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86話
しおりを挟むレオンは考えるようにしながら慎重に言葉を落としていた。恐らくレオンも私たちに説明しながら考えを整理しているんだと思う。
「全てやり直す為に過去に飛んできましたが‥‥本来俺たちはこの時代に存在するはずのない異物です。皇女様の魔力がいくら増強されていても、時空が歪んで現れた俺たちはきっと長くは留まれない」
確かにレオンが言うように、ずっと過去にいられるとは思っていなかったけど‥。
「それが大前提にある中での過去へのトリップです。このトリップの目的に、魔女は絶対に関わってますよね。俺も過去にきてすぐは何が何だか分かってませんでしたが、あの小屋でこの時代の魔女と会った時に思ったんです‥。魔女はこのトリップの鍵になるのだと」
「さっき魔女の母に会ったことが原因でまた飛ばされたの‥?」
なんとかレオンの話を理解しようと、頭の中をフル稼働させる。バートン卿も同じようで、眉間に皺を寄せたまま難しい顔をしていた。
「過去から現代に戻る過程の中で、魔女と接する度に時間が進むのではないでしょうか。魔女と会うとその時代に存在できる制限時間が設けられるのか、それとも魔女と関わって過去を“変えられた”から飛ばされるのか、それはまだ分かりませんが」
「‥‥あの時レオンはそれを判断したから全て打ち明けたってことなのね」
「はい。もし仮に“制限時間”があった場合、あの場にどれだけ残れたのかも分かりませんし、次にいつの時代のどこにいくのかも分かりませんでした。最悪すぐに元の時代に返される可能性すらあったので‥あの短い時間で伝えるなら単刀直入に、と」
確かに、何も爪痕を残せなかったら‥結局何も変えられない。
未来の話を聞いて“悲劇”だと笑った魔女の母は‥その悲劇を回避する為に動いてくれるだろうか。
「それにしたって何でもかんでも話しすぎじゃないのか。魔女狩りを警戒するあまり魔女たちが暴動でも起こしたらどうするつもりだ」
バートン卿はジュンさんに巻かれた真新しい包帯を摩りながらそう言った。魔力が込められた薬を塗ってもらえたおかげか、バートン卿の顔色が随分良くなったようにも見える。
「‥‥でも魔女狩りというワードを落とさないと、あの短時間では魔女に何も残せなかったと思います。それに、あの時点の魔女は短絡的に暴動を起こすような人には見えませんでした」
「だからそれに賭けたっていうのか」
「はい」
バートン卿は目を瞑って長く細く息を吐いた。どうやら気持ちを落ち着かせようとしているようだ。
「ーーーでも、確かに‥あの短い時間では、私たちにできるのはあれくらいしかなかったと思います‥」
魔女の母は、レオンから魔女狩りの話を聞いたことで‥魔女狩りに直結する何らかの事案を回避できるかもしれない。
「‥‥‥はぁ‥‥。‥‥皇女様、いいですか?私が過去に飛ぶ前に、他にも“方法がある”といった件に関してですが」
ーー私たちは人通りの少ない路地に座り込んだまま話し込んでいた。仮説にしかすぎないけど、魔女の母に会うことがきっかけで時が進んでしまうのだとしたら、まだ魔女の母と再会していない今のうちに話し合うしかない。
バートン卿は過去に飛ぶ前、「方法はひとつじゃありません」と言って魔法を躊躇う私の背中を押してくれた。
過去を変えることで、レオンをはじめとした沢山の人の存在が消えてしまう‥。それを防ぐための方法。
「その話、詳しく聞きたかったんです」
さっきはそんな話をする余裕もなかったけど、今なら‥。
「ーーー私が考えたのは、過去に戻っても“魔女狩り”に関しては改変しないという方法です」
「「えっ」」
私とレオンの声が重なった。
全ての悲しみの根源である“魔女狩り”をやめさせることばかり考えていた。バートン卿は一体どういう考えなんだろう‥。
「魔女狩りに関わった死も、それ以降に生まれるはずだった生も、何も変えさせないのです。私たちがやることはひとつ。魔女の母を懐柔して復讐心を生ませない、ということです」
「‥懐柔‥‥」
ーー死ぬ筈だった命を救って、生きている筈だった存在を消す。過去を改変することに伴う、大きすぎる命の課題。
人の命という測りきれないものを私のエゴで左右させてしまうかもしれないという恐怖。目の前にいるレオンが消えてしまうかもしれないという不安‥。
「過去を変えて未来を明るいものにすることには賛成です。しかし、命の在り方まで皇女様がお決めになる必要なんてありません。それは本来在るべきままでいい。魔女狩りは行わせるべきです」
ーー魔女の母を懐柔できるかどうかはさておき、私はバートン卿の言葉を聞いて、やっと生きた心地がした気がした。もちろん魔女狩りで失われた命を救うつもりでいたし、大勢をみすみす死なせてしまうことに関しては納得はいかない。阻止したい気持ちだってもちろんある。‥あるけども、命のことを考えると身動きが取れなくなってしまう。
「‥‥そんなのうまくいくわけないじゃないですか」
レオンは伏し目がちにそう言った。赤茶色の髪をわしゃわしゃ掻いて、どこか不機嫌そうにも見える。
「‥‥懐柔?あんな短時間の繰り返しですよ?その繰り返しの間に何年経ってるのかも分からない。何回魔女と会う機会があるのかもわからない。それなのに‥懐柔なんてできるわけないでしょう」
その言葉に、だんだんとまた生きた心地がしなくなっていく。いかに“不可能に近い”ことなのかを理解させられた。確かにレオンの言う通りだわ。
「‥‥だがそれでもその方法以外にないだろ。お前の存在に関わってくる話なんだぞ、レオン。お前が諦めていてどうする」
バートン卿がそう言うと、レオンは乾いた笑い声を響かせた。
「そもそも、さっきの魔女を見ましたよね。未来の魔女とは大違いだ。‥あの魔女が、未来ではああなってるんですよ?それほどまでに魔女狩りという行為が魔女を心底傷付けたのに‥本気で懐柔できると思ってるんですか‥?」
バートン卿も私も、なにも言葉を発することが出来なかった。
重く、苦しい時間が体の周りにまとわりついているみたい。ーーーレオンの言う通りだ‥。
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