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74話

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 ーーーいつの日にかレオンが言った通り、まさか2人で逃げることになるなんて。

 奥さんに着替えを手伝ってもらいながら、そんなことをぼんやりと思った。
 私たちのことを本当に夜逃げ中の駆け落ちカップルだと思っているのか、私もレオンも頭をすっぽりと覆えるマントまで頂いてしまった。

「貴女様は綺麗な長いブロンドの髪がとても目立つので、宜しければこのスカーフもどうぞ」

「あ、ありがとうございます‥」

 奥さんにスカーフを巻いてもらったあとにレオンの元へ行くと、レオンは少し照れたように微笑んだ。

「お似合いですよ」

「貴方もね」

 私は白いシャツに深緑色のエプロンワンピースを重ね、その上からクリーム色のマントを羽織った。頭には薄い花柄のアイボリーのスカーフ。

 マントといっても生地は薄めで風通しも良い。少し冷える夜風にも、日中の日差しにも対応できそうな代物だった。

 レオンは薄茶色のチュニックとズボンの上にマントを羽織っている。
 庶民の服を着た今、大きな騎士の剣を持ち歩くのはあまりにも目立ってしまうけど、マントがあればそこまで目立たないで済むかもしれない。

「本当にありがとうございます‥!助かりました」

 私がそう言って頭を下げると、夫婦はにっこりと笑顔を見せてくれた。もう夜も遅いし、幼い子どもがいるお家にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかない。

 私とレオンは目を合わせて頷くと荷物を纏めて民家から出た。ちなみにドレスや騎士団服は紐で結びあげて小さくまとめた。これは道中捨てていくつもりだ。
 この民家に置いていけばもし足がついた時に若夫婦が何らかの被害に遭うかもしれないから、いくらお金になるといっても迂闊に置いていくことはできない。

 窓からこちらを覗く若夫婦に手を振って、私たちは再び馬に乗って駆けた。

 夜も更けて気温が下がった気もするけど、マントのおかげで直接風を浴びることはない。それに、レオンと密着しているせいでむしろ暑いと思うほどだった。

 さっきまでは横座りだったけど、ワンピースはドレスよりも随分とボリュームが少ない。ここからは少し長距離の移動になるだろうから、今回は正面を向いて跨って座った。横座りよりかは安定しているような気がする。

「2人も乗っかって、この馬も大変ね」

「大男が鎧を身に纏って乗っているのと比べたら大差はないかもしれませんよ。まぁ、とにかく今日明日はこの馬に頑張ってもらうしかありません」

「そうね‥」

 ーー魔女の母が魔力を回復させるまでにどれだけ離れることができるか。そして、過去に戻る魔法が使えるようになるか。それが私たちの運命の分かれ道。


 新しい魔法が使えるように練成したいけど、万が一失敗して朝からリセットされてしまっても困る。

 だから日を跨ぐまでは迂闊に試すことはできない。今はとにかく魔女の母から離れることだけを考えるべきね。


 走り出してから小一時間は経っただろうか。
すっかり景色は変わって、たまにぽつぽつと民家が現れる程度の郊外を走っていた。

 一旦馬を休ませる為に山の中に入って馬から降りた。レオンが馬を引き、私たちは山道を進む。

「皇女様は馬に乗ったままでよかったんですよ」

 馬から降りる際にも似たようなことを言われた。
走らせるわけではなく引いて歩くくらいであれば、私ひとりが乗っていても然程馬の負担にはならないらしい。
 それでも私だけ楽させてもらうのは気が引けて、私は自力で歩くことを選んだ。

 山道といってもここは舗装されている道が続いていて、ずっと夜道を進んできたから目も暗闇に慣れている。その為以外にもスムーズに歩くことができた。

 服を調達させてもらった民家で、奥さんから靴も頂くことができた。ヒールではないけど、革製の硬めの靴。贅沢を言うつもりはないけれど、歩き慣れていない靴のせいか次第に足に痛みが蓄積されていった。

 元々長い距離を歩くこともなければ、舗装されているとはいえ山道を歩くこともない。サイズが合っていない革靴の中で、足の裏の皮が剥けたのが分かった。


「皇女様、無理は禁物ですよ」

「‥‥もう少し歩けると思ったのよ‥。迷惑をかけてごめんなさい」

 結局またレオンの手で馬に乗せてもらうことになった。
自分の無力さが嫌になってしまうけど、意地を張ってこれ以上怪我しても何の得にもならない。

「こんなの、迷惑なんかじゃないですよ。皇女様がいちいち謝るような内容でもありません」

「‥‥そうかしら」

 私は馬のたてがみを撫でながら目を細めて遠くを見つめた。
普通の皇女ならそうかもしれないけど、私には皇女としての自信もプライドもない。皇女として人々に何かを与えることができたわけでもないのに、偉ぶることはできない。

「‥‥全てをやり直しましょう、皇女様。この帝国の、全てを」
 
 ここからではレオンの表情は分からない。だけどレオンが本気でそう口にしているのだということは分かった。

「‥‥それは魔女狩りを含めて?」

 いまの帝国をやり直すならば、魔女狩りというのは大きな岐路。魔女狩りさえなければ、帝国中で暴動が起きることもなかったし、多くの命が失われることもなかった。そして、魔女の母が皇室を恨むこともなかった筈よ。

「はい‥」

「本当にできるのかしらそんなこと‥。‥それに、レオンはずっと魔女の母の仲間だったんでしょう?‥こんな形で魔女の母から逃げることになって本当によかったの?」

「‥魔女は復讐だけに囚われてますから、皇女様の魔法で過去をやり直せる可能性があったとしてもその道を選びません。幸せな道があったとしても、魔女は自ら修羅の道を選ぶでしょう。‥‥俺は暴動で家族を失い魔女に拾われ、俺自身も復讐を誓って生きてきました」

 レオンがぽつりぽつりと自身の話をしてくれた。風の音だけが響く山道に、レオンの穏やかな声が落ちていく。

「‥‥でも段々と、自分が何のために復讐したいのか分からなくなってきたんです。俺は魔女ほど、復讐に対して自分を突き動かす何かがあるわけじゃない。俺は普通に幸せな道があるならばその道を選びたい。‥それだけです」

「‥‥幸せな道、ね」

 皆が大きな悲しみや苦しみを抱えているこの世の中を一からやり直せるのなら‥私だってその道を選びたい。本当にそんなことができるのかなんて、分からないけど。

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