上 下
60 / 123

59話

しおりを挟む

 無限の命ではなくなった魔女の母。
サマンサの体を乗っ取ったり、バートン卿に暗示のろいを掛けたこともあり、他人に力を授ける余裕は正直もう残っていなかった。

 それでもサマンサに力を授けたのは、復讐をやり遂げる為。魔女の母と言いつつも彼女の魔法は決して万能ではなく、何十人を一斉に服従させられるものでもないし、その効果が長く続くわけでもない。
 自身の手で戦う力もない彼女は他者を操って復讐を行うしかないが、皇室全体にダメージを負わせられるほどの復讐というのは、なかなか難しいものだった。

 そもそも皇室の中枢に近い者を操らなければ復讐を果たせないが、何十人と一斉に操ることができない彼女にとっては中枢に近づくことすら難しい。

 ーーそこで考えついたのが、サマンサを利用することだったのだ。

 サマンサの体を乗っ取りながら、皇族の人々が青ざめていく姿が何とも快感だった。体の芯の部分から感じるサマンサの悲しみの心。サマンサが傷付いていく度に、サマンサは自分と同じの底にいるのだと嬉しくなった。


 サマンサの体を解放したあと、魔女の母は山の中に身を隠していた。サマンサに力を授けたことで消費した魔力が戻ってきたら、最後の仕上げをしてやろうと心に誓っていた。


 ーー魔女の母は山奥の澄んだ空気に包まれながら、深い緑のなかに寝そべっていた。

 幼い頃のレオンの姿を思い返していたのだ。


「‥ねぇ、俺は今からどこに行くの」

「剣術を教えてるジジィがいるんだよ。あんたはそこで剣を習って、ゆくゆくは騎士になる」

「ふーん。‥‥ていうかさ、俺の名前覚えてる?」


 この時のレオンはまだ8歳程。両親に愛され、甘え盛りだったはずの少年はすっかり心に影を抱いていた。

 それでも1年ほど共に過ごしていた魔女の母との別れに、少し感情が揺れたのだろう。出会って1年が経つのに名前を一度も呼ばれたことがないことが不服だったのかもしれない。

 魔女の母はレオンを小馬鹿にするように笑った。

「猫だろ?」

「‥は?猫じゃねーし。レオンだし」

「あんたねぇ‥レオンって名前はライオンが由来なんだよ。そんな細くて小さくてひょろひょろなのにライオンだなんて笑われるよ」

「はぁ?うっざ。てかお前の方がチビじゃん。全然背も伸びてないし。お前に言われたくないね。そもそもなんで猫なわけ?意味わかんねーし」

「あらあんたライオンが猫の仲間だって知らなかったのぉ?」

「っ!!知ってるし!!!!」


 剣術の師範の元にレオンの身を置かせても、魔女の母は頻繁にレオンの元に通っていた。姿の変わらない自分を怪しまれても厄介だった為、人には見られないようにしながらもレオンの成長を見守っていた。

 魔女の母にとってレオンは最後の家族のようなもの。レオンが思っている以上に、魔女の母はレオンのことを大切にしていた。

 それから数年後、魔女の母がサマンサの体を乗っ取ると、2人はめっきり会わなくなった。

 レオンは道端で見つけたテッドに声を掛け、2人で騎士になることを目指して剣術の稽古に打ち込んだ。魔法を使えばするすると話もうまく進んでいく。

 皇女の悪い噂を聞く度に、魔女の母が暴れているのだと感じていた。魔女の母が復讐の為に頑張っているのだから、自分も頑張ろう、そう思った。

 幼い頃に全てを失って、焼け焦げた両親の元から離れられない程に傷付いたレオン。彼は魔女の母に出会って導かれ、復讐の為だけに生きてきた。

 ーーー体を乗っ取られた哀れな皇女様は、一体どんな心境なんだろうか。魔女や自分と同様、辛い思いをしているのか。

 無事に騎士になり離宮に配置されることが決まると、段々とレオンの思考が具体的になっていった。

 離宮に配属されて皇女の姿を見た時に、その可憐さと神々しさに、レオンは思わず呼吸するのを忘れてしまった。美貌であると聞いていたがここまでだとは思っていなかったのだ。

 夜には度々部屋に招かれて、魔女の母からを聞かされていた。

 ーー今この間にも、哀れな皇女様はこの体の中で嘆いているのだろうか。皇女の姿を見る度にそんなことを思うようになっていた。

 幼女の体ではなくの体を手に入れた魔女の母は、皇女の体を大切にせずに夜な夜な男を連れ込んでいた。

 レオンは夜になって部屋に招かれた時だけ、昔のような言葉遣いをした。

「おい、その体をもっと大切にしろよ」

「はぁ?煩いね。あんた皇女の顔が好きなんだろ?この面食いが。目が合う度に頬を染めやがって」

「別にそういうのじゃねぇよ。復讐と関係ないだろって言ってんだよ」

「関係あるに決まってるさ。男と酒に溺れていく度に周りがガッカリしていくんだから。‥‥あんたまさか復讐心がなくなったのかい?」

「‥‥そういうわけじゃ」

「誰がここまで面倒見てやったと思ってるんだ。皇女が可哀想だとでも思ってるんだろ?じゃあ今すぐにでもこの体を解放してやるか?解放した途端、絶望して自害するかもしれないけどね!」

「‥‥」


 幼いながらに“復讐”という言葉を生きる糧にしていたレオンは、この時に初めて無知で無力だった自分に震えるほどに腹が立った。

 縋るところが魔女の母しかいなかった。
だけどそれが一体どんな道だったのか。


「もう乗る気がないならとっととここから出ていきな。もうあんたとはお別れだよ。私ひとりでやってやる」

「‥何言ってんだよ。俺まだ何も復讐してない」

 レオンはこの時、自分の心に蓋をして目を細めて笑った。何の綻びもないその笑顔を見て、魔女の母は満足そうな顔をしていたという。


 魔女の母の復讐を止められるのは自分しかいないと、レオンはこの時強く思った。その為には魔女に怪しまれないよう協力しながら、近い距離に身を置いてその時を待つしかない。

 レオンはひとり心の中で、幼い頃に自分を救い出してくれた魔女の母と決別する道を選んだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...