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57話
しおりを挟むーー魔女の母がこの世に生まれたのは今から300年ほど前。
その間、魔女の母の容姿は現在の姿と変わることはなかった。
彼女自身がその力に気付いたのは生まれてから13年ほど経った頃だったが、その頃には既に彼女は周囲から奇異な目で見られるようになっていた。
年子の妹にはとっくに背を抜かれ、7つ下の弟にも背を抜かれた頃、両親からは気味が悪いと遂に突き放された。それでも健気に家の仕事を手伝っていた彼女だったが、とうとう見知らぬ老人に売られそうになった。
ーー彼女は歳を取らない代わりに始まりの魔女として生まれた特殊な存在だった。彼女は恐らく神に選ばれた存在だったのだろう。この境遇で育っても、とても綺麗に澄んだ心を持っていた。
「いやだ‥!私、売られたくない‥」
物心ついてから自分の気持ちを誰かに訴えたのはこの時が初めてのこと。
元々気弱だった彼女は自分の意見を通す以前に、自身の家族にすら目を合わせて話すこともできなかった。幼い頃から叩かれ貶され気味悪がられていたのだから当然のことといえばそれまでなのだが。
売られる寸前、母の目を見て訴えた途端‥
母の瞳は突如色が変わったよう光を失った。表情を変えぬまま、まるで操り人形のように「わかったわ」と言って老人に断りを入れたのだ。
しっかりと目を合わせて訴えれば気持ちが伝わるのだと思った彼女は、この日を境にどんどん自分の意見を伝えるようになった。自分を突き放していた筈の家族たちが、憧れていた筈の愛を与えてくれることに心から幸福を感じていた。
やっぱり家族だから‥本当はずっと自分を愛してくれていたのだと、涙を流して喜んだ。
しかし不思議なことに、村の子どもたちや見知らぬ大人たちすら、目を合わせて訴えればみんなが彼女の都合の良いように行動することに気が付いた。
そのうえ、「抱きしめてほしい」「頭を撫でてほしい」という希望通りに愛してくれていた両親が、時間が経つとまたふと自分に殴りかかる。
そんなことが繰り返されていくと、彼女もさすがにこれが自然の出来事ではないのだと気が付いてしまった。
周囲の人々も、お前といると体が勝手に動いている気がして気持ちが悪いと言い出した。
村を追い出されそうになり、また咄嗟に目を見て訴えようとしたが虚しくなってやめた。
彼女の心はそれでも澄んだままだった。不思議な力を持って生まれ、その代償に老けない体を貰った。これが自分の運命なのだと受け入れていたのだ。
そのまま寿命を全うしようと、各地を転々としながら生きていく為に最低限その力を使った。
歳を取らない体でも、様々な体験や経験を重ねて精神は成長していく。自分の秘密を明かせるほど心を許せた友も、あっという間に大人になり家族を持ち子供に恵まれた。
自分はそういう人生を送れないのだと悲しくなる時もあったが、その友がついに老衰で死ぬと、そろそろ自分も死ぬのだろうと気が楽になった。
だがその友の子どもが死に、さらにまたその子どもが家庭を持ってもまだ彼女の命は終わらなかった。
もう生まれてから何年経っているのか分からない。幼女のまま、時間だけが過ぎていく。まさか自分は死ねないのか、その疑問を抱いた途端に彼女の澄んだ心は段々と形を歪ませていった。
心を許せる友人というのは何人もできるわけではなかった。特別な条件を有する彼女には、尚のことなかなか理解者は現れない。
家族に愛されたかった、またもう一度あの頃のように心を許せる友人が欲しかった、彼女自身も誰かに愛されて家族を作ってみたかった。
他人の心を求めて、虚しくなっていく一方だった。
彼女もただ年月を重ねて生きていたわけではなく、愛されている人は愛される理由があることに気がついた。
もちろん家族間の無償の愛もあれば、幼き頃の彼女のように無償の愛など貰えない人もいる。
でも、様々な人々を観察していくうちに、友人の多い人や他者から好かれ易い人の特徴が分かるようになっていた。
ーーーー私も、愛されたい。
永遠に幼女の姿をしている彼女は、どの街に行っても保護をされる対象でしかなく、決して頼られる存在ではなかった。
愛されたいのであれば必要とされなくてはならない。そう確信した彼女は困っている人に積極的に声を掛けるようになった。
母の病気を治したいと泣く子どもの悩みを聞いた彼女は、“この子がどんな薬でも作れるようになればいいのに”と願った。そうすると、その子は彼女の願い通りどんな薬でも作れるようになった。
水不足で悩む人には、“好きな時に雨を降らせる力があればいいのに”と願った。そうすると、その人はたくさんの雨を降らせてその土地を豊かにした。
彼女は自身が他者に何らかの力を授けることができるのだと、この時ようやく気付いたのだ。
だけどその力を他者に授けると、彼女の中に満ちていた何かが削ぎ落とされるような感覚があった。そして決まって力が抜けて、しばらくの間満足に体が動かなくなる。
数年力を溜めないと、他者に力を授けることはできなかった。その為困っている人みんなを救えたわけではないけど、彼女に救われた人々は彼女をまるで神のように崇拝した。
彼女はこの時やっと、はじめて己の心が満たされた気がした。
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