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10話

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 満月の日の約束‥。5年前から魔女が周囲に守らせていた“干渉するな”というルール。

 無事に朝を迎えた私は、サリーに身支度を整えてもらいながらも満月である今宵について漠然とした不安を抱いていた。

 夜に何かあるなら‥日中あまり無闇にリセットできないなぁ。夜まで待つのがもどかしい‥。

「あ、サリーは今日王宮に行くんだよね」

「はい」

 新しいメイドを手配してもらう為に王宮に行くって言ってたものね。
きっとまた悪女がメイドを泣かせてやめさせたんだとか思われるんだろう。実際、事実だ。ミーナが皇女殺しという大罪を犯そうと決意しなくてはならない程に、彼女の心をズタズタにしていたことには違いないのだから。


 ーーとりあえず日中のうちに出来ることをしよう。
 午前中のうちにレオンと共に地下牢に向かう。

 地下牢の奴隷たちは皆、私が直接牢を訪れたことに驚きを隠せないようだった。その牢の一番奥から、刺すような視線を感じる。

 ノエルだ。白金の髪の隙間から水色の瞳がこちらを覗いている。その瞳は明らかに何かを訴えているけれど、私はノエルを直視できずにいた。返り血だらけの顔を、蕩けさせて笑ったあの顔が忘れられない。

 きっと、ノエル以外はみんな当たり前にここから出ていきたい筈。
私は牢の鍵を次々と開けて、4人の奴隷たちを牢から出した。驚くレオンの声に反応はしなかった。

 ノエルも、瞳を大きく丸ませながら、じぃっと私を見続けていた。まるで、愛に飢えた子供のような、愛を強請るような、そんな瞳だ。見られるだけで手のひらに汗が滲む。

「レオン、この4人は今日をもって解放するわ。この子たちに適当に身支度をさせてあげて。準備を終えたら4人は適当な部屋で待たせていて。渡したいものがあるから」

「し、しかし‥、ここを離れるわけには‥!」

「私、ノエルと少しお話したいの。柵越しだし、何も心配いらないから。あ、ひとりで4人の面倒を見切れないというなら、手伝ってあげるけど」

「っ!で、では、2階の瑠璃の間で待機していますので。あとテッドを送ります!」

 私はハイハイと、レオンに手を振った。レオン達が地下牢からいなくなったのを見送って、私はノエルに近付いた。

「ノエル‥」

「‥よかった。俺のことまで追い出そうとしたなら、俺たぶん発狂してこの城の奴ら皆殺しにしちゃってたと思う」

 ノエルはそう言って、ふわりと笑顔を見せた。自分だけが残されたに酔いしれているようで、心底嬉しそうにも見える。

 普通、奴隷たちは解放されたことを喜ぶはずなのに‥。実際に貴方はほぼほぼ皆殺しにしたのよ、と心の中で語りかけた。

「ねぇ皇女様。次はいつ俺の番なの?待ちくたびれちゃった。もう暫く皇女様に触らせてもらえてないよ」

 私よりも随分と体格は良いくせに、よほど甘え上手らしい。あざとさを含ませながら、ノエルは私に向かって腕を伸ばしてきた。
 その手を取らぬまま、私は口を開く。開くけど、まるで喉の奥を何かで塞がれているみたい。声の出し方を忘れてしまったようで、なかなか声が出てきてくれない。ーー切り出し方を、恐れてる。

 リセット魔法があっても、リセットできるのはその日の朝から。1日を最善を目指して終えても、それが実は最善ではなかった場合、自分で自分の首を絞めてしまう恐れもある。慎重に向き合わなくては。

「ねぇ、ノエル。私とノエルは幼い頃に出会っていたわよね」

「っへ?!」

 ノエルは大きな瞳を瞬かせた。突然の私の言葉に理解が追いついていないようだった。

「‥でも、ノエルと触れ合っていた私はそれを覚えていなかった。違う?」

「‥‥‥え?どう、いう‥‥」

「ノエルと触れ合っていた私はね、体を乗っ取られていたの。魔女が私を好き勝手に操っていたんだ。意識もね、夜はなくなって‥。あ、でも、夜以外の意識はあったんだよ。‥‥10年間も、乗っ取られてたんだ。すごいよね」

「‥皇女、様‥?何を、言って‥」

 ノエルは私が初恋だったと言っていた。奴隷の間、魔女に心を救われたとも言っていた。
 初恋の私だったから、魔女に心を許したに違いないんだ。だから、この切り出し方は賭け。

 私への想いが強いなら、ではなく、初恋だったに同情してくれという、賭け。

「‥‥ノエルは、私の体が魔女に乗っ取られていたままの方が良かった??私はね、やっと体を解放されて、これからはやっと私の体が誰かを絶望させる姿を見なくて済んで、本当によかったと思っているの。‥大好きだったお父様にも見放されて、知らぬ間に純潔は捨てられて、あろうことか自分の知らない間にその体で、夜な夜な遊ばれていたのよ。‥皇女として、正しく生きようとしていた私が」

 ぽろぽろと溢れる涙は、もはや演技ではなかった。すべて私の、紛れもない本心。
 幼い頃の‥魔女に毒される前の私を見て好いてくれていたのなら‥小さいながらも誇りを胸に抱いていた筈の私の、この絶望を分かってくれるんじゃないかと、そう思った。

 ノエルは口を半開きにしたまま、その大きな瞳を涙で滲ませていた。ようやくノエルが瞬きをすると、その拍子に涙がぽろりと落ちた。

 ーーどんな反応を、見せるんだろう。
 昨日は私を殺したいかという問いに、”わからない”と言った。昨日とは全く違う状況で、ノエルの同情心を煽りながら訴えた。

 お願い、正解でありますように。

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