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しおりを挟むひと昔前まで熱心に行われていた魔女狩りは、「帝国内の魔女をひとり残らず討ち終えた」という当時の皇帝の言葉により終わりを迎えた。
魔女ではない人間の女性すら、魔女と疑われて殺されることも多かった為、人々は魔女を心から憎み、嫌っていた。皇帝の宣言を聞いた当時の帝国民たちは、心から安堵したというーーー。
私はそんな、もう帝国にはいない筈の魔女に10年間も体を乗っ取られていた。何故か毎晩8時以降から朝までの間は意識が途絶えていたんだけど、それ以外の時間は全て意識があった。
魔女が悪事を働く度に、「やめて」と叫んでいたけど、まるで夢の中で叫んでいるような感覚で、実際に声が出たことはない。体の自由が効かないまま、魔女は言葉にできないような数々の悪事を私の体で行った。
私はこの10年間一度も自分の意思で行動をすることができなかった。
「もう死亡フラグしかないから、あんたに体返すわ。ちょっと可哀想だし、楽しませてくれたお礼ってことであんたにリセット魔法をかけてあげるわね。指を鳴らせば1日3回、朝からリセットできるわ。ついでに処女に戻しておいてあげる。いや~皇女として遊べるなんて、最高の10年だったわ。ありがとね。じゃあバイバ~イ」
そう言って、名前すら知らない魔女は私の体から抜け出ていった。私の20歳の誕生日のこの朝に‥。
ーー私が目覚めたこの場所は、城から随分と離れた離宮。父である皇帝からも見放された私の、唯一の居場所。
ここには本当に最低限の従者しかいない。悪女として帝国中から嫌われている私を隔離する為に用意された森の中の孤城。
だけど魔女にとっては随分と好都合だったみたい。
この孤城で魔女は散々遊び尽くした。あまりにも贅沢を極め過ぎていたせいで、魔女が自由に使えるお金は制限されていた筈だけど、魔女は魔法で宝を用意できてしまうからそんなもの関係がなかった。
魔女はこの孤城に何人もの奴隷を置いていた。毎晩、食事を終えると奴隷を部屋に呼び出していたけれど、それ以降は私の意識が途絶えていたから、一体魔女が奴隷に何をしていたかなんてわからない。ただ‥
『ついでに処女に戻しておいてあげる』なんて台詞を聞いてしまえば、嫌でも想像できてしまう。
本当に好き勝手やってくれたのね‥。おかげで、“聡明でかつ優しさに溢れた姫”と呼ばれていた私はもういない。愛してくれていた父も私を見放したし、とても可愛がっていた筈の腹違いの弟も、今では私を心から嫌っている。
死亡フラグしかないと言っていたけど‥もう死んだっていい。
そう思って、部屋の隅に飾っていた亡き母の肖像画を見た。血も涙もない魔女だったけど、これだけは捨てずに取っておいてくれてたんだよね。
「お母様‥私はもう死んでしまいたいです」
床にぺたりと座り込んでお母様の肖像画を見ていると、不覚にも涙がぽろぽろと溢れ出してきた。
もう生きていたくない。そのくらいのことを、魔女は平気でしてきたんだから。
体を乗っ取られたあの日から、私に向かって牙を剥き出しにしていた愛犬のルーク。‥ルークは分かっていたんだよね。私の体に何かが入り込んだこと。
でも魔女にとっては、よく吠えて全く懐かない可愛くない犬だった。だから、魔女はルークを殺した。私はあの時のことを思い出すと今でも体中の皮膚を掻きむしりたくなる。この爪を全て剥いで、この体を全てナイフで刻みたくなる。そのくらいの、絶望。
肖像画のお母様は、美しく微笑んだまま。私の涙だけがぼたぼたと溢れ続けた。
ひどい虚無感。ひどい絶望感。
大切なものを全て失ったこの状態で体を返されたって‥どうしたらいいの。
いっそのこと、私は魔女に体を乗っ取られていたのだと公表する?
ーーいや、でも‥この世にもう魔女はいないと世間は信じ込んでいる。散々魔女狩りで犠牲を出したし、魔女はもういないと公表したのは、当時の皇帝だったお祖父様。
私の話を信じる者はいないでしょう。それに、下手すりゃ私は魔女狩りと称して殺されるに違いない。
‥‥殺されるに違いないだなんて、死んでしまいたいと思っているくせに矛盾してる。‥殺されたっていいじゃない。もう生きていたくないのだから。
そう思っているのに、涙は一向に収まらなかった。
どれほど長い時間、お母様の肖像画と向き合っていたかわからない。
本当は、取り返したい。
私のかけがえのない大切なものを全て。失ったものを、全て。
たぶん、それを諦めきれないせいで、涙が止まらないのだと思う。生きる資格なんてないと思っても、心のどこかで抗いたいのかもしれない。
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