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第2話
しおりを挟むあの日。
唯菜の射をみたあの日から私は弓道部に入部することに決めた。
「え!理沙も入るん!やった!」
「理沙一緒に頑張ろうね!」
唯菜と芽衣に話すと二人とも喜んでくれた。
部活初日。
「けっこうな人が入りましたね~。ね!部長!」
副部長の杏南先輩が一年生を見渡して、部長に話しかける。
「お~、すごいな。今年は男子も多いんだな。改めまして、弓道部にようこそ。部長やってる篠原 修二です。それじゃあ、みんなで自己紹介から始めようか!」
「はい!皆さん返事ね!」
「「「「は、はい!」」」」
杏南先輩に言われて、慌てて一年生全員が返事をする。
そして、先輩達から順に自己紹介をしていった。その後は一年生。
一年は男子が8人、女子が12人いた。
「始めまして。林 芽衣です。中学でも弓道やってました。弓道が好きで高校でも絶対入りたいと思って入部しました!これからよろしくお願いします。」
芽衣はペコリとお辞儀をした。
「始めまして。永坂 唯菜です!芽衣と同じく、中学でやってました!ここの部活は全国を目指してやっていると聞きました。私も全国狙っていきたいと思ってます。よろしくお願いします!」
唯菜は元気よく、凛とした瞳で自己紹介をした。
…「全国」、本気で目指す気なんだ。だって、目が本気なんだもん。
なんだか、初心者だし弓引けるようになれればそれでいいと思っていた自分が急に恥ずかしくなってしまった。
「次の人ー?」
少し俯いていると、顧問の先生から声を掛けられた。
あ!私の番だ!
「は、はじめまして。沖弓 理沙です。弓道初心者ですが、精一杯頑張ります!よろしくお願いします。」
き、緊張した~。
なんか早口になっちゃったかな~。
自分の番が終わった後、また少し俯いていると唯菜が隣から小声で話かけてきた。
「……理沙、大丈夫?」
「…あ、うん。大丈夫。なんか緊張しちゃって。」
「そう?全然バッチリだったよ。」
ひそひそと耳元で話すせいか、唯菜の吐息を耳に感じた。
……なんだか、耳がくすぐったい。
耳元に少し熱が帯びる。
少しだけ唯菜の方をちらっと見ると、唯菜は目を細めニコっと笑った。
「……ありがとう。」
私も自然と唯菜に笑い掛けていた。
それからは練習が始まった。
毎日平日は授業が終わってから18時半までの練習。日曜は試合や、合宿がないときは休みで、土曜日は朝7時半から14時まで練習。
その後、自分たちで自主練習として残って練習をしてるらしい。
と言っても、先輩たちばかりで一年生はほぼ、帰宅する。唯菜と芽衣を除いて。
今、私たち一年は主に坂と階段のダッシュや筋トレメイン。体力作りらしい。
これがほーんとにつらいし、きつい。
それとゴム弓と呼ばれるものを使っての練習。
最初は普通の紐を使って、フオームの練習をしていたど、最近この練習が始まった。
ゴム弓は、棒にゴムをつけた道具のこと。
ゴムが弦の代わりになり、ゴムを引くことで、矢を番えなくても、射形やフォーム、動作の形づくり、感覚をつかむための練習ができるみたいだ。
練習が始まって二週間半ほど、ずっとこの練習をしている。
18時半。
今日も練習が終わった。
「芽衣と唯菜は今日も残ってくの?」
「うん!理沙もやってこうよ!」
唯菜が私の手をぎゅっと握った。
「…っ」
なぜか私は、私の手に絡められた唯菜の細い指にドキッとしてしまった。
そして咄嗟に唯菜の手を振りほどいてしまった。
「あ…ごめん。私早く帰らないと行けないんだ。先に帰るね。」
私は熱を帯びる頬と握られた手を隠すように、道場の女子更衣室へと逃げて行った。
「………。」
唯菜は振りほどかれた自分の手を見つめる。
「…なになに?フラれたの?ゆーいなちゃん。」
唯菜の後ろで、少しニヤつきながら芽衣が話し掛けた。
唯菜はしかめっ面で芽衣の顔をじーと見て、自分の足で芽衣のケツに蹴りを入れてから「さ、練習!練習!」と言って先輩たちのところに混ざりに行った。
私は道場内の更衣室に入り、思いっきり引き戸をバン!と閉めた。
すると、更衣室にいた一年生の女子たちが体をビクッとさせた。
「…っびっくりした~。は?なに?どうかした?」
少し気の強そうな長い巻き髪の一年生が、私を少し睨んで聞いてきた。二組の橘 美佳さんだ。
「あ!ごめんなさい!」
「別にいいけど。てか入る前にノックしてよね。着替えてたらどうすんの?」
「ご、ごめんなさい。」
橘さんは私をスルーして他の子達と話し始めた。
「てかさ~、私やっぱ辞めようかな、部活。」
「えー美佳が辞めるなら私も辞める~。」
「まぢ?じゃあ、私も~。てかこんな地味で、しかも筋トレ、走ってばっかだと思わなかったんだけど!?」
「それな~!袴着てみたかっただけなのに、全然着させてもらえないし、弓とか矢も触れないし~。」
最近一年生の女子の間では疲れと不満が積もり、部活が終わるといつも更衣室で不満大会が始まる。
確かに理想とちがったのか入部当時は女子が12人いて、まだ数週間しか経ってないのに、9人と人数が減ってしまった。
女子たちが不満を溢しながら、制汗スプレーを取り出しシュッシュと自分にかけている。
元々この部屋は、空気が籠りやすいせいか制汗スプレーやらなんやらの匂いが混ざって、とても臭い。
…うぅ、なんか気持ち悪くなってきた。早く着替えて帰ろう。
そう思って私は急いで制服を着る。
「ねえ、沖弓さん。沖弓さんもそう思うでしょ?」
橘さんが突然私話を振った。
「……え?」
「だーかーら~、部活キツくない?それに、なんだっけ名前。あ、永坂 唯菜と林 芽衣?あいつらヤバくない?毎日残っちゃってさ~。」
「それ超~思ってた~!特に永坂?あいつ、全国行くって言ってたっしょ?え、キモくない?」
……は?
「ほんと、それ!行くなら一人で勝手に行っとけよ、まぢで!そんなに先輩達に好かれたいんでちゅか~?って感満載なんだけど!」
「それな~!!キッモ~乙~!」
美佳を含めた四人ほどの女子が、キーキー高くうるさい声で笑いながら話している。
…なにそれ、別にキモくなくない?
なんでそんな二人のこと…唯菜のこと…芽衣のことも何も知らないくせに。
腹の底からだんだん、ふつふつ怒りが沸いてきているのが分かった。
しかし、それと同時に何も言い返せない自分にも嫌気が差してくる。
情けない。
でも、こわい。
こういう子達の集団での独特の威圧感が堪らなく嫌いだった。
匂いも気持ち悪い。
そのまま下を向いて黙っている私に、美佳が更に詰め寄ってきた。
「ね~え~。黙ってないでさ~。何も言わないってことは、沖弓さんも実はそう思っちゃんてるんでしょ~?」
「……わ、わたし…」
声を少し震わせてそう言いかけた瞬間、引き戸がコンコンコンとノックされた。
「ねえ!今いい?入るよー?」
そう言って引き戸の扉が開く。
杏南先輩だ。
「ごめんねー!お茶飲みたくてさ~、あ、ちょっとそこいい?てかさ、最近終わってからずっと更衣室居座ってるみたいだけど、練習しないなら早く帰りなー。邪魔になるわよ?」
杏南先輩がペットボトルを取り出しながら、ここにいる全員の目を見て言った。
「………はい。」
美佳がどこか不服そうな顔をして、更衣室を出ていった。それに続くように、三人の女子達も急いで出ていった。
「ねえ。」
杏南先輩が不意に声を掛けた。
私も顔を上げて杏南先輩の顔を見た。
「理沙ちゃんはさ、部活のこと…それと唯菜と芽衣のことどう思ってるの?」
「………。」
……杏南先輩、さっきの話聞こえてたんだ。
そりゃ、あんなにうるさい声で話してたら聞こえるよね。
「……私は…」
私はそこまで言いかけて口をつぐんだ。
「……すみません。お先に失礼します。」
そう言って一度お辞儀して、更衣室から出ていった。
二人のことは……尊敬してる。本当にすごいと思ってるよ?
でも、あそこまで私は頑張れないよ。
今でさえ疲れてヘトヘトでなのに。……宿題もあるし?
頑張ってるよ?それなりに。わたしなりに。
今のままじゃ駄目なのかな…
私は心の中でたくさん言い訳を並べてみた。
そしてふと、初めて唯菜の弓を引いている姿を見たときの事を思い出した。
…私もあんな風に……。
いや、無理無理。わたし、初心者だし。
そんな気持ちにはすぐ蓋をして、家までの道を急いで帰った。
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