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十三話

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死ね、とレリアは心の中で真っ直ぐに、そして痛烈に思った。かつてこんな感情を誰かに抱いたことがあっただろうか?いや、ない。彼女の心の中に湧き上がるのは、まるで底のない井戸のように深い怒りと憎悪であった。これが彼女を突き動かす動機となっていることは、もはや隠しようもなかった。

彼女は決してこんな形で人に対して負の感情を抱くような女ではない。けれども今は違った。心の底から、彼の存在が邪魔でならない。それほどに、彼の無遠慮な態度が腹立たしくて仕方がなかった。

かの邪知暴虐の王太子を生かしておくわけにはいかない。

この感情は一時の怒りなどではなかった。決して軽々しい感情ではなく、心の奥底に深く根を下ろし、日増しに強まっていくものだと自覚していた。

我が心の安寧のために、そして国の未来のために、さらには帝国民の安らぎのために──。

彼女は強くそう信じて疑わなかった。オルトさえいなければ、すべてがもっと良くなる。周囲がもっと穏やかでいられる。少なくとも彼がいない学園であれば、彼女の心も穏やかさを取り戻すだろうに。




「────ちッ。もういいですわ。とにかく授業がはじまりますの。さっさとお二人とも教室へ戻ってくださりまし?」

怒りが収まらないレリアは、精一杯の冷静さを装いながらも、やはりその言葉には苛立ちが含まれていた。内心ではまだ怒り足りないが、表面上は何とかその怒りを押し殺し、命令口調で告げる。

「ああ、それを伝えに来たのかい? だったら初めからそうと言ってくれればいいのに」

平然と言い放つ彼の無神経さに、再び彼女の内側で何かが切れる音がしたような気がした。彼は一体どこまで自分が人の心を踏みにじっているのか理解していないのだろうか。

「言いましたがクソボケナスバカ殿下そうですわね申し訳ございません」

その一言に含まれる侮蔑が、彼に届いたかどうかは分からない。けれども、その小さな一撃が、レリアにとって少しばかりの満足感を与えてくれるのだ。

「ふふっ、リア。本音と建前が逆だ。気をつけるように」

彼の微笑みは、彼女をからかうように優雅で、腹立たしささえも湧いてくるほどだった。

「はいしね!!」

レリアは心の底からの叫びを声に出し、あからさまに吐き捨てるように言い放つ。彼に対する嫌悪感がすべて込められたその一言が、彼に少しでも刺さることを願ってやまない。





「……………………、」

オルトが言葉に詰まったのか、わずかにその場の空気が静まり返る。だがそれもほんの一瞬のことで、次に動き出したのは、レリアではなくマルミナであった。

「マルミナ嬢も早くお行きになって? その制服ひん剥かれたいんですの??」

レリアが威圧的な視線を向けると、マルミナは慌てて頷き、震える声で謝罪の言葉を口にしながら、その場を逃げるように後にした。

「ごっ、ごめんなさいぃ!!」

怯えた小動物のようにぴゅーっとその場から走り去るマルミナの姿を見送り、レリアはようやく小さく息を吐いた。




全くもってままならない──。彼女の感情がどうにもならないほどに荒れ狂っていることを自覚しつつ、それでもどうしようもない苛立ちが胸に残っていた。

やはりというべきか、今日は厄日だった。それだけでなく、毎日が厄日だ。あの女がオルトに近づくようになってからというもの、日常がことごとく厄日で彩られているかのようだ。彼女は大きく肩を落としながら、自嘲気味にそう考える。

……くり返すが、それは決して彼が好きだから、というわけではない。断じてそうではない。

自分の感情に対してはっきりとした理由を付けようとすれば、全くの見当違いであると感じるのだ。彼に対して感じる苛立ちは、恋愛感情などではないと自分に言い聞かせる。それはもっと根深い、別の部分に根差した感情だ。

彼女が怒っているのは、己の奥底に眠る、いつからか宿っていた原初の歪み──。




───私のモノが、狙われている。

ただそれだけの、理屈など不要の、不愉快な感情。

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