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九話

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 講堂を出て教室へ向かう。

 

 先ほどまで感じていた身体の痛みは、ほんの数分で大分良くなったように感じる。

 歩くのにも然程問題がないため、気分が少し軽くなった。

 この分であれば、午前の授業が終わる頃にはすっかり完治しているだろう、とぼんやり考えながら廊下を歩いていく。

 

 朝の時間、始業まではあと十分ほど残っている。

 行き交う生徒たちの数は多くもなく少なくもなく、活気がありながらも静かな時間が流れている。

 大半の優良な学園生はすでに教室の中で自分の机に座り、授業の準備に取りかかっているようだ。

 

 お陰様で無駄に広く長い廊下は、いつもより静寂が漂っている。

 そんな中、コツコツと響くのは、力強く踏み込まれるレリアの靴音。

 この音が廊下に響き渡る度に、彼女の気分も少しずつ落ち着いていく。

 

(授業にはフツーに間に合いそうですわね。仕方ないので、殴るのは後にしてさしあげますわ、クソ生徒会長サマ)

 

 本当なら、即刻ギロチン送りにしても構わないほどの無礼を働く相手だが、実のところ、何だかんだで色々助けてもらったりもしている。

 

 特に、他の生徒と諍いになった時などには、なぜかその場をおさめる役目を引き受けてくれることが多い。

 

 尤も、その場を収めた後には必ず生徒会室に呼び出されて、小一時間ほど説教されることになるのだが。

 

(というか、こうして大人しく従っているわたくしに感謝してくれても良いのではなくて? 公爵家のわたくしが黙っているからなにも言わない、という生徒が多いことに気付いているのでは? やっぱりあの男、最低では?)

 

 むむむ、と考え込んでみるものの、答えはどうやら彼女の胸には見つからないらしい。

 もし本当に気になるのであれば、本人に訊くのが一番なのだろうが、生憎レリアにとってもルナはそれほど親しく接せられる相手ではない。

 

 言葉の応酬であれば幾らでも続けられる自信があるが、仲睦まじくテーブルを挟んで紅茶でうふふ、などという関係には到底ならないだろう。

 そもそも、生徒会長であるあの男が「うふふ」とか微笑む姿が想像できないのである。

 

「……あら?」

 

 と、考え事をしながらふと顔を上げた時、前方にふらふらと歩く──少し見覚えのある──男子の背中が目に入った。

 

「──ん? え、あ。ミフリス、公爵令嬢……?」

「あらあら。ニカエル様。そんなに大量の荷物を抱えて、一体どちらへ?」

「きょ、教室に。……あはは。うん。ちょうど先生に用事があったから、ついでに」

「頼まれた、というワケですのねぇ」

「まあ、そうだね」

 

 くすくすと笑う少年の表情には、曇りひとつない穏やかな雰囲気が漂っている。

 目元を覆うほどまでに伸びた金色の髪が、廊下の窓から差し込む朝の光に柔らかく照らされ、彼の白い肌がさらに輝いて見える。

 その上、細くて華奢な手足や、運動とは無縁のように思える滑らかな肌も彼の特徴の一つだ。

 

 彼の名は、辺境に領地を持つパンドライト子爵の令息、ニカエル・パンドライト。

 

 学園への入学を機に中央へとやってきた彼は、不慣れな環境に戸惑いながらも、日々の勉強や学校生活に真摯に取り組んでいる努力家だ。

 揉め事や争い事、その他の厄介事を起こすことなく真面目に過ごしているため、教師からの信頼もそこそこ厚い。

 

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