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四話
しおりを挟む──はじめて、剣を握った。
レリアはこれまで一度も剣術を習ったことがなかった。剣を振るうのは騎士の役目であり、公爵家の一人娘である彼女には、次期王妃としての立場にふさわしい帝国に関する知識と、上流階級の作法を身につけることが求められていた。
身体を動かすのも護身術程度に限られ、武器を持つなど、これまで一度もなかった経験だ。
正真正銘、生まれてはじめて「剣」を握った。
それでも。
(……あれ?)
なんだかとても、しっくりくる。まるでずっと手の中にあったような馴染みさえ感じる。
(あれれ? ……あれれれれ?)
──腰を自然と落とす。
地面をしっかりと踏みしめる。
さっきまで怒りに支配されていた心が急速に静まり、頭が冷えていくのを感じた。これほどの冷静さを保てる瞬間は、生まれて初めてかもしれない。
自分がどのような体勢を取り、どのように動かせば、どれほどの力を発揮できるのかが、すべて理解できるような感覚だ。
心臓の鼓動、呼吸の間隔、筋肉の伸び縮み、関節の動きまでもが手に取るようにわかる。
すべての感覚が、研ぎ澄まされている。
(これって、まさか……)
無意識に木剣を構え、振りかぶった。
さらに腰を落とし、後ろに下げた右脚で地面を掴むように踏み込む。
──息、二息、三息。
これ以上ない、完璧なタイミングと確信した瞬間、彼女は跳躍した。
「───!」
風を切って、身体が宙を舞う。足元で土が爆ぜ、彼女の放たれた勢いを象徴するかのように、土埃が立ち上がった。
目の前の丸太標的との距離は、一瞬で縮まった。
自分の体が、どう動いているのかがすべてわかる。
木剣はわずかに右後ろに傾き、右足首には突然の衝撃がかかり、少し捻っている。それでも、身体は勢いを保ったまま──
「───あぁあぁぁぁああッ!!!!」
叫び声を上げながら、腰の回転に合わせて剣を振り抜いた。
(───すごい……)
木剣の刃先が、まるで紙のように粉々に砕け散る。
標的となっていた丸太は彼女の剣撃を受け、大きな音と共に折れた。
破壊音とも言うべき快音が、演習場に響き渡る。
流れる金髪が風になびき、飛び散る木片と共に、汗がほのかに光を反射して宙を舞った。妖しく輝く碧眼には、どこか愉悦の色が宿っている。
(爽快……ですね……これは……)
彼女は呆然と大きく口を開け、握りしめた手を解くと、木剣の残骸がぽろりと手のひらからこぼれ落ちていった。
妙な感覚だった。
すべてができると思い込むような慢心とは違う。確実に「できる」と分かって動ける確信──。
これは幻覚でも、気のせいでもなく、彼女は心臓の鼓動も、呼吸も、すべてを自身の意思で操った実感がある。
──それは、とんでもない、ありえないほどの体験だった。
「──ッ、わ、わわわッ、あぁあッ! 痛ッ、イタタタタ!? イッテェですわ、これ!?」
ふと我に返ると、全身に激しい痛みが襲ってきた。右足首が捻挫、右肩が脱臼、左手首が骨折。さらには、数か所で出血も起き、筋肉も部分的に傷めているらしい。
慣れない運動を、文字通り全力でやってしまった反動が、体中に現れていた。
どさり、と彼女は力なく地面に座り込む。
「──ッ、あーもう……最悪ですわ……、ロミー! ロミー!? 早く起き上がって助けにきなさい! わたくし、こんなところで寝てしまいますわ! 夜は冷えますわよ! 体調を崩してしまいますわよ!? あなた、わたくしの健康を心配してないんですの!? ロミーーーー!」
叫びながら、レリアは仰向けに寝転んだ。
全身の痛みは酷いが、だからといってそれはどうにか我慢できるレベルだった。
痛むのは体だけでなく、心の奥深くでもあった。自分のモノが、誰かに取られた。奪われた──その事実のほうが、ずっと辛く、耐えがたいものだった。
そうだ、彼女にとっては、肉体の痛みなど取るに足らない問題でしかなかったのだ。
結局、探しに来たロミーが彼女を見つけるまでの三時間もの間、レリアはただ一人で夜空を見上げ続けていた。
「ロミー! 遅すぎですわよっ!!」
「ぎゃーっ!? お嬢様が倒れてるぅーーー!?」
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