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二話
しおりを挟むだらだらと額から流れる血が床を濡らし続けているが、当の本人は気にも止めていない様子だ。
止まる気配が一向にないどころか、その怒りの熱がさらに白熱していくばかり。
今の彼女の気分は、まさに地獄の底の炎が燃え盛るかの如く、不機嫌の極みといったところだ。
そう、腹の虫が大暴れしているのである。
なぜこんなにも彼女が怒っているのか──それは、昼食を共にしようとした婚約者のオルトに、あろうことか他の女性を優先されたからだ。
しかも、それは婚約者であり、政略結婚の相手である自分を差し置いてのことだったのだ。
「ふざけた話ですわッ!! よりにもよってあの平民出身の娘を優先するなんてッ!! まるで、伯爵家に養子に入らなければ路地裏で野垂れ死んでいたような小娘が、私よりも価値ある存在だとでも言わんばかりにッ!! とんでもない冗談ですわ、これは!! 王太子殿下の冗談のセンスが一流だと言わざるを得ませんわね!!」
「さすがオルト殿下! 文武両道、聡明の噂に違わぬお方です!」と、彼女のそばに控えていたロミーが、冷静さを保ったまま応じた。
「それ皮肉ですわロミー! 殴りますわよ!?」と、彼女は怒りを込めて叫んだ。
「お、おやめくださいお嬢様! せめて! せめて見えるところでお願いします! そうすれば公爵様にご報告する時に言い訳が楽になりますので!!」
「ロミー!! あなたは私の専属の侍女でしょう!? 味方であって然るべきではなくて!?」
「もちろんです、お嬢様! 私はお嬢様の味方です! しかし、従順な奴隷ではございませんので!」とロミーは毅然とした態度で返答した。
「うーん、そういうところが実に素晴らしく私好みですわ、ロミー!!」
「お嬢様!!」
「ロミー!!」
二人は抱き合い、いつの間にかその背後には百合の花が咲き誇っているかのような幻想的な光景が広がっていた。
そっと肩と腰に回された手に、ほんの少しだけ力が込められ、ロミーの給仕服にかすかな皺が寄った。
──そして、次の瞬間。
「そぉいッ!!」
「お、お嬢様!?」
ゴッという鈍い音が響き、ロミーはあっという間に背中から床に叩きつけられた。
彼女の隙を見逃さず、足払いを繰り出して体勢を崩し、宙に浮いたロミーの体を即座に掴んで倒す。その見事なまでの投げ技には、容赦など一切なかった。
学園の制服だからこそ成し得た技術。もしも彼女が社交界用のドレスを着ていたら、このような動きは無理だっただろう。
「それはそれとして、なんか腹が立つので、これぐらいはお許しくださいまし」
「な、なぜ……ですか……お、お嬢様……っ……」
「泣いても無駄ですわ、ロミー。今は深夜、お父様は私の機嫌の悪さを見てディナーにワインをがぶ飲みしてらっしゃいましたわ。その後はぐっすりお休み中です。そしてお母様もその隣で熟睡中。他の使用人たちも皆、寝静まっている。今起きているのは、あなたと私だけ──せいぜい、私が手を貸すまで床に這いつくばっていなさい!」
「ま、まさか……た、たすけ……! お嬢、様……っ、わ、私……」
「安心なさい。肺から一時的に空気が抜けただけですわ。そのうち呼吸も元に戻ってくるでしょう──さて、それまで私はこの溢れんばかりの不満を発散して参りますわ――!!」
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