【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

生真面目騎士様と伯爵令嬢の幸福な朝（終）

　――身体が動かない。何か重たいものに拘束されている。
　覚醒前のうすぼんやりとした意識のなかで、リズベスはそう思った。
　目を開けなくても、部屋の中が明るいのはわかる。もう朝なのは間違いないだろう。むしろ、朝を超えて昼くらいのような気もする。
　そこで、リズベスのお腹がくう、と小さな音を立てた。その音を耳が拾って初めて、とても空腹なことに気が付いた。

「……っぷぷっ……」
「……えっ、あっ、あ……！」
　誰かの笑い声に、はっとして目を開く。目の前にあるのは、筋肉質な身体。そして、この声は間違えようもない。
「ヒューバートさま……！」
「おはよう、リズ」
　多分に笑いを含んだ声が、頭上から降ってきた。恐る恐る見上げると、翠の瞳が優しい光をたたえて彼女を見ている。逞しい腕が、リズベスの身体を抱き込んでいて、身動きが取れない。
　それが、気恥ずかしいのに嬉しい。
　頬を染めて、もごもごと朝の挨拶をする妻に向かって、ヒューバートは微笑んだ。
「その……身体の調子はどう？起き上がれそう？」
　夫にそう問われて、リズベスは身体を動かそうとしてみる。が、すぐに気が付いた。
「……ヒューバートさまが離してくれないと、起きられないですよ」
「うーん、名残惜しいな……」
　昨日の夜、散々身体を重ねたばかりだというのに、何を言うのだろう。リズベスは、顔を赤くした。どうも、最後の方は意識が朦朧としていたようで、一体何回ともに果てたのか記憶にないほどだ。
　こんなこと、本には書いていなかったような気がする。あの本では、一度愛し合ったらそのまま抱き合って朝を迎え――てる。最後だけは合っている。
　はっと気づいて自分の身体を見下ろせば、きちんと寝間着――これは寝間着というには少しアレな……まるで下着のような薄さだが、まあ、少なくとも裸ではない。そして、あれほど乱れた後だと言うのに、妙にさっぱりとしている。
　そのことに気が付いて、リズベスは今度こそ上がないのではないかと思うほど真っ赤になった。これは、もしかしなくてもヒューバートがやってくれたのか。
　そんなリズベスの百面相を見て、今度はヒューバートが声を立てて笑った。
「……もう、ヒューバートさま！」
「怒ってる声も可愛いなあ」
　これが、生真面目で通っていた聖騎士団の副団長さまだというのが、とてもではないが信じられない。つられてリズベスも笑いだしてしまう。

　――ああ、なんて幸せな朝なのかしら。

　もう一度、リズベスのお腹が空腹を訴える。それを聞いたヒューバートが、彼女の額に一つ口づけを落とすと起き上がった。
「何か、食べるものを頼んでこよう。リズはここで待っていて」
「昨夜、お願いしていたじゃないですか……わざわざ作っていただかなくても、それで」
　シャツを羽織るヒューバートの背中に向けてそう言うと、悪戯がばれた子どものような顔が振り返った。
「あれな――すまない、俺が食べてしまった」
「ええ！？」
　あれほど疲れていたはずなのに、そんな元気がまだ残っていたのか。リズベスは目を丸くした。
　慌てて起き上がって、朝食の席に就く――と言おうとしたが、身体が言うことを聞かない。起き上がれなかったのは、ヒューバートが抱きしめていたせいだけではなかったらしい。
「ほら、無理しないで――まあ、俺が無理させたんだけど」
　すまない、とあまり反省していない顔でヒューバートが続ける。
「大人しくここで待っていて、奥様」
「お、おくっ……！？」
　器用に片目をつぶって、ヒューバートが部屋から出て行く。
　リズベスは、真っ赤な顔でその背中を見送ると、枕に背を預けて息をついた。
「心配しなくても、良かったみたい……」
　ふふ、と自然と笑みがこぼれる。
「……これからは、男心の方をもう少し研究すべきかもしれないわ」
　ひとりごちて、窓に目を向ける。どうも、朝というにはだいぶ陽が高いようだ。
「これからは、その実践にお付き合いいただかなくては」
　窓に映る自分の顔は、幸福に満ちていた。リズベスは、大きく一つ深呼吸すると、愛する夫が朝食を運んでくるのを大人しく待つ。

　この後、甲斐甲斐しく食事を口に運ぼうとするヒューバートとひと悶着あるのだが――それもまた、幸福な朝の一コマなのであった。

（終）