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生真面目騎士様の求婚(3)
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――しかし、それだけではいまいち、決め手に欠ける。
ヒューバートは、大浴場を後にすると、再び王宮図書館へと舞い戻った。もはや辺りを気にすることもせずに堂々と立ったのは、以前にリズベスと並んで本を探した恋愛小説の書架である。
その時よりも時間は早いが、既に宵の口であるためか人の姿はまばらで、ヒューバートの姿に気を留める者はいない。過去の記憶を掘り返しながら、何冊かの本をぱらぱらとめくっては戻し、また手に取っては戻す。
その作業を繰り返しているうちに、ヒューバートの手元には三冊ほどの本が残った。
「――よし、このあたりでいいか……」
ふう、と息をついて選んだ本の貸し出し手続きを済ませる。
「に、しても……」
不意に辺りを見回すと、ヒューバートはくすりと笑った。案外、王宮図書館の利用者というのは他人の事は気にしないものらしい。以前まで、あれほど気を張っていたのがまるで馬鹿みたいに思えるほど、彼の借りた本に目を留めるものはいなかった。
いそいそと本を抱えて部屋へと戻り、ヒューバートは早速それを広げた。相変わらず甘ったるい台詞が並ぶ本を、以前にはない熱心さで読み進める。
時折眉間にしわを寄せつつ、全てを読み終わるころには、すっかり深夜になっていた。
「ふむ」
最後の一冊をぱたんと閉じると、ヒューバートは呟いた。
「やはり、シチュエーションが大切なのか……」
これらはすべて、リズベスがおすすめの本を選んでくれた時に候補に挙げてくれたものだ。ということは、彼女のお気に入りの本――ということになるだろう。つまりは、どこか心ときめかせる部分があった、ということに他ならない。
多少セコい手であることは認めるが、生粋の朴念仁であるヒューバートにとっては頼れる教本である。もちろん、これをそのまま実行するのはあまりにも敷居が高い。
しかしながら、今後を考える上での参考には充分だ。もう一度、部屋の窓から星空を見上げる。うん、とひとつ頷くと、ヒューバートは今後について考えを巡らせ始めた。
◇
ヒューバートが再びリズベスを訪ねたのは、それから2日後のことである。
モンクトン邸の応接室に通されたヒューバートは、姿を見せたリズベスに微笑みかけた。
「リズ、元気にしていた?どこか、身体の調子の悪い所はない?」
そう問いかけると、リズベスは少しこわばった表情でこくりと頷く。
「――本当なら、すぐにでもまた来るべきだったのだけど……」
「いえ、ヒューバートさまはお忙しい方ですから……」
ヒューバートの対面に腰を降ろし、少し俯き加減のリズベスがか細い声で答える。そのことに、ヒューバートの心は痛みと――そして、少しだけ甘美な疼きを覚えた。
緩みそうな口元を押さえて、リズベスの隣へと座を移す。少しだけ、リズベスの身体に力がこもったが、立ち上がって逃げたりはされなかった。
「リズ」
意図したわけではないが、ヒューバートも少し緊張していたのだろう。呼びかけはは、囁くようなかすれ声になってしまう。ぴくん、と反応したリズベスの顔を覗きこめば、そこには真っ赤な頬と潤んだ瞳があった。
――いっそ、この場で押し倒したい。
そうヒューバートが一瞬考えたのも、無理のないことだろう。それくらい、リズベスの反応は破壊力が抜群だ。ごくり、と喉が鳴る。
その気持ちを必死に押しとどめて、ヒューバートはそっとリズベスの手を握った。一応、本人の了解がないとはいえ、扱いは婚約者である。この程度の接触は許される、と思いたい。
「すまなかった。あれこれ言い訳をするつもりはない。ただ、俺がリズを大切に思っていることだけは、どうか信じてほしい」
「……そんな、ヒューバートさまは」
「いや、俺が悪い。リズベスは何も悪くない。俺が至らないばかりに、リズを傷つけてしまった」
一呼吸置くと、ヒューバートはリズベスの青い瞳をじっと見つめて続ける。
「今日は、そのお詫びも兼ねて……二人で出かけたいんだが、いいか……?」
その言葉に、リズベスは目を見開いた。言葉の意味を理解するまでに、二、三度瞬きをする程度の時間がかかる。
やがて彼女は、真っ赤に染まった顔をこくりと縦に振った。
「――あの、どちらへ向かっているのですか?」
馬車を走らせて、小一時間ほども経った頃、ようやくリズベスもおかしいと気が付いたのだろう。昼過ぎに出発したことを考えて、近場を想定していたに違いない。これまで他愛もない話題で間を持たせてきたが、この辺が限界のようだ。
ヒューバートはくすりと笑うと、悪戯が成功した子どものような表情で答えた。
「ラトクリフ家所有の別荘――と言っても、昔リズを招待したあそこよりはずっと王都に近い……うん、あと一時間もすれば着くのじゃないかな」
「べっ……?ちょ、ちょっと、ヒューバートさま……!?」
どうやら、ヒューバートの企みに気が付いたらしい。今からでは、行って戻るだけでもモンクトン邸に戻るのは夜になる。
「大丈夫、ちゃんと許可はいただいているし……誓って妙なことをするつもりはないから」
安心して、と微笑みかけると、リズベスは真っ赤な顔で俯いた。もう、とかまったく、とかぶつぶつと呟く声はするが、怒ってはいないようだ。
どうやら、第一段階はクリアできたようだ。
多少の強引さは紳士の嗜み――というのは、間違っていなかったらしい。
昨夜読んだ本の中身を思い出しながら、ヒューバートはほっと胸をなでおろした。
ヒューバートは、大浴場を後にすると、再び王宮図書館へと舞い戻った。もはや辺りを気にすることもせずに堂々と立ったのは、以前にリズベスと並んで本を探した恋愛小説の書架である。
その時よりも時間は早いが、既に宵の口であるためか人の姿はまばらで、ヒューバートの姿に気を留める者はいない。過去の記憶を掘り返しながら、何冊かの本をぱらぱらとめくっては戻し、また手に取っては戻す。
その作業を繰り返しているうちに、ヒューバートの手元には三冊ほどの本が残った。
「――よし、このあたりでいいか……」
ふう、と息をついて選んだ本の貸し出し手続きを済ませる。
「に、しても……」
不意に辺りを見回すと、ヒューバートはくすりと笑った。案外、王宮図書館の利用者というのは他人の事は気にしないものらしい。以前まで、あれほど気を張っていたのがまるで馬鹿みたいに思えるほど、彼の借りた本に目を留めるものはいなかった。
いそいそと本を抱えて部屋へと戻り、ヒューバートは早速それを広げた。相変わらず甘ったるい台詞が並ぶ本を、以前にはない熱心さで読み進める。
時折眉間にしわを寄せつつ、全てを読み終わるころには、すっかり深夜になっていた。
「ふむ」
最後の一冊をぱたんと閉じると、ヒューバートは呟いた。
「やはり、シチュエーションが大切なのか……」
これらはすべて、リズベスがおすすめの本を選んでくれた時に候補に挙げてくれたものだ。ということは、彼女のお気に入りの本――ということになるだろう。つまりは、どこか心ときめかせる部分があった、ということに他ならない。
多少セコい手であることは認めるが、生粋の朴念仁であるヒューバートにとっては頼れる教本である。もちろん、これをそのまま実行するのはあまりにも敷居が高い。
しかしながら、今後を考える上での参考には充分だ。もう一度、部屋の窓から星空を見上げる。うん、とひとつ頷くと、ヒューバートは今後について考えを巡らせ始めた。
◇
ヒューバートが再びリズベスを訪ねたのは、それから2日後のことである。
モンクトン邸の応接室に通されたヒューバートは、姿を見せたリズベスに微笑みかけた。
「リズ、元気にしていた?どこか、身体の調子の悪い所はない?」
そう問いかけると、リズベスは少しこわばった表情でこくりと頷く。
「――本当なら、すぐにでもまた来るべきだったのだけど……」
「いえ、ヒューバートさまはお忙しい方ですから……」
ヒューバートの対面に腰を降ろし、少し俯き加減のリズベスがか細い声で答える。そのことに、ヒューバートの心は痛みと――そして、少しだけ甘美な疼きを覚えた。
緩みそうな口元を押さえて、リズベスの隣へと座を移す。少しだけ、リズベスの身体に力がこもったが、立ち上がって逃げたりはされなかった。
「リズ」
意図したわけではないが、ヒューバートも少し緊張していたのだろう。呼びかけはは、囁くようなかすれ声になってしまう。ぴくん、と反応したリズベスの顔を覗きこめば、そこには真っ赤な頬と潤んだ瞳があった。
――いっそ、この場で押し倒したい。
そうヒューバートが一瞬考えたのも、無理のないことだろう。それくらい、リズベスの反応は破壊力が抜群だ。ごくり、と喉が鳴る。
その気持ちを必死に押しとどめて、ヒューバートはそっとリズベスの手を握った。一応、本人の了解がないとはいえ、扱いは婚約者である。この程度の接触は許される、と思いたい。
「すまなかった。あれこれ言い訳をするつもりはない。ただ、俺がリズを大切に思っていることだけは、どうか信じてほしい」
「……そんな、ヒューバートさまは」
「いや、俺が悪い。リズベスは何も悪くない。俺が至らないばかりに、リズを傷つけてしまった」
一呼吸置くと、ヒューバートはリズベスの青い瞳をじっと見つめて続ける。
「今日は、そのお詫びも兼ねて……二人で出かけたいんだが、いいか……?」
その言葉に、リズベスは目を見開いた。言葉の意味を理解するまでに、二、三度瞬きをする程度の時間がかかる。
やがて彼女は、真っ赤に染まった顔をこくりと縦に振った。
「――あの、どちらへ向かっているのですか?」
馬車を走らせて、小一時間ほども経った頃、ようやくリズベスもおかしいと気が付いたのだろう。昼過ぎに出発したことを考えて、近場を想定していたに違いない。これまで他愛もない話題で間を持たせてきたが、この辺が限界のようだ。
ヒューバートはくすりと笑うと、悪戯が成功した子どものような表情で答えた。
「ラトクリフ家所有の別荘――と言っても、昔リズを招待したあそこよりはずっと王都に近い……うん、あと一時間もすれば着くのじゃないかな」
「べっ……?ちょ、ちょっと、ヒューバートさま……!?」
どうやら、ヒューバートの企みに気が付いたらしい。今からでは、行って戻るだけでもモンクトン邸に戻るのは夜になる。
「大丈夫、ちゃんと許可はいただいているし……誓って妙なことをするつもりはないから」
安心して、と微笑みかけると、リズベスは真っ赤な顔で俯いた。もう、とかまったく、とかぶつぶつと呟く声はするが、怒ってはいないようだ。
どうやら、第一段階はクリアできたようだ。
多少の強引さは紳士の嗜み――というのは、間違っていなかったらしい。
昨夜読んだ本の中身を思い出しながら、ヒューバートはほっと胸をなでおろした。
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