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生真面目騎士様の攻撃

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 ――言ってやったぞ!


 リズベスと二人で話す機会を得られたのは幸いだった。ヒューバートは足取りも軽く、執務室へと戻る道をたどっていく。達成感で、周囲の景色が二割増し輝いて見えている。普段は気にも留めない木々の緑が、今は美しいもののように目に映った。

 あの夜のことを、ただの酒の勢いと思われていることは想定していた。そして突然の告白に頷いてもらえないこともまた、ヒューバートの思っていた通りだ。
 なかったことになどさせてなるものか、と決意して、思い切った行動に出たが――リズベスはどう思っただろう。急いで結論を出させなかったのは、完全に切り捨てられるのを防ぐためだ。
 あの場で色よい返事がもらえる、と思うほどにはヒューバートも楽観的な性格ではない。むしろ、ここからが勝負なのだ。
 極秘任務の期日までは、もう時間があまりない。今週のうちにも決行が予定されている。終わってしまえば、リズベスとの繋がりは、少なくとも王宮内では無くなってしまう。
 それまでに、少しでもリズベスの心に入り込んでおかなければ、元の木阿弥だ。
 その第一歩を踏み出した。ここから先は、真っ向勝負だ。
 ヒューバートは不敵な笑みを浮かべると、開放回廊を歩いて行った。



 ♢

 執務室では、にやにや笑いのサイラスがヒューバートの帰りを待ち構えていた。
「……どうでした?」
 サイラスの手の平で踊っていると思うと、少なからず腹立たしいが、チャンスを作ってくれたのは間違いなくこの有能な副官だ。仕事だけでなく、気の利く男なのである。
「まあ、一歩進んだってところかな」
「亀の歩みですね」
 どっかりと椅子に腰を降ろしながら答えるヒューバートに、サイラスの手厳しい一言が突き刺さる。
「これでも精一杯なんだけどなあ……」
「副団長殿に迫られて落ちない女性がいるとは思えませんからね。こういう時こそ、いつもの早業を見せてくださいよ」
「いつもの、って……戦闘じゃないんだから」
 はあ、とため息がこぼれてしまう。そんなヒューバートを見て、サイラスは困ったような笑みを浮かべた。

 サイラスにしてみれば、リズベスの気持ちなどバレバレもいいところだ。なんなら、第一小隊の騎士たちだって、一部はもう気付いていると思う。
 落とす落とさない、という以前に、まとまらないのが不思議なくらいなのだ。
 気付いていないのは、本人たちばかりなり。まったく世話の焼ける副団長殿だ。そう思いながらも、日々仕事に明け暮れてばかりいて、色恋沙汰には興味の欠片も示さなかったヒューバートが、こうして恋に悩む姿は大変おもしろ――いや、人間らしく見える。
 サイラス自身は、既に妻帯している身である。その余裕がそう思わせるのだろうか。
 なんにせよ、サイラスは副団長殿の恋路を、基本的には応援しているのだった。


「やあヒューバート、調子はどうだい?」
 午後になって、あらかた執務を片付けたところへアーヴィンが現れた。確かそれなりの量の仕事を押し付けた、と聞いていたが特段疲れた様子もなく、いつも通りの笑顔を浮かべている。
 職位が上がったことで、制服も小隊長だった時とは違い、略装でなく正式なものを着用している。嫌味なほど良く似合っているな、とヒューバートは思わず感心してしまった。
「いやあ、この格好は肩が凝るね」
 ヒューバートの視線に気づいて、アーヴィンは肩をすくめた。その様子を見て、ヒューバートも着任当時同じようなことを言ったのを思い出す。略装に比べると、やれ飾り紐だの飾りボタンだの、必要のない所がいちいち華美なのだ。それにもすっかり慣れてしまった自分に気付いて、ヒューバートは苦笑する。
「慣れればそうでもなくなるさ」
「まあ礼装に比べればまだまだ楽ではあるけどね」
 アーヴィンは大げさにため息をつくと、執務室のソファに腰を降ろした。気を利かせて、サイラスがお茶を運んでくる。
「ありがとう、サイラス殿。いやあ、仕事が多いのなんのって……」
「団長殿は書類仕事は苦手ですからね、大変でしょうけど頑張ってください」
 しれっとそう言うサイラスの様子に、ヒューバートは吹き出しかけた。仕事を半分くらい押し付けてきたのは当のサイラスのはずだが、申し訳なさそうな様子は欠片もない。
 恨めしげな視線をサイラスに送っているアーヴィンは、初日からの仕事の多さの原因を、どうやら正確に把握しているようだ。しかし、団長からの副官就任要請を引き延ばしていたのはアーヴィン本人なので、そう強くも出られないでいる。
「まあ……以前からアーヴィンにはよく手伝ってもらっていたし、何か助けが必要なら言ってくれ。こちらも立て込んでなければ力になるよ」
 一応そう声をかけると、アーヴィンは愉快そうに笑った。

「それでね、用件なんだけれど」
 サイラスにそれとなく用事を頼み、部屋から追い出すと、アーヴィンは話を始めた。
「例の任務、期日が判明したらしい。今週末には動くことになる。場所は少し遠いから、前日の夕方に出て現地に宿を用意している。そこを拠点に動くことになるってさ」
「遠方か……王都内じゃないんだな」
「うん。場所は詳しくは当日出発時に聞かされる。人員は魔術師団から2名、うちからは5名。本当に少数だね――目的も当日までは伏せるって。今回はずいぶん用心深いと思わない?」
「団長殿も聞かされていないって、どこからの指令なんだ?どうも内容からしてうち向きとも思えなかったが……それにしたって随分と秘密が多すぎる」
 ヒューバートはソファに背を預けると、考え込むように腕を組んだ。
「まあ、考えても仕方がないことだよ、ヒューバート。やれと言われたからにはやるしかないんだからさ、僕らは」
 アーヴィンは肩をすくめてそう呟いた。
「団長殿が受けたからには、間違いのない任務だと思うけれど、どうにも嫌な感じだよね――今回は」
「そうだな」
 二人そろってため息をつく。妙なことにならなければいいのだが――。ヒューバートは天を仰いだ。
 今回の任務には、リズベスも参加する。彼女の得意とする魔術の分野は戦闘ではなく補助系だと聞いていた。つまり、彼女自身には身を守るすべはない。必ず自分たちが――自分が、守り通さなければならない。
「今回の任務、魔術師団からはリズと、アデリン嬢が参加するという話だよ」
 リズベスのことを考えていたタイミングで名前を出されて、ヒューバートは内心どきりとした。しかし、すぐに思考を切り替える。
「アデリン嬢……?ああ、あの第二部隊の、確か副官だったかな……?」
「そそ。彼女はなかなか腕が立つというからね、心強いよ」
 アーヴィンはにっこりと笑った。
「仮面舞踏会、か。リズのエスコートはきみに任せるからね、ヒューバート。しっかり頼むよ?」
「……任務だからな」
「実際のところ、僕よりきみの方が強いからね。こっちはアデリン嬢の援護を期待しているのさ」
「大した差はないだろ……」
 呻くようにそう口にしたが、エスコートをさせてもらえるのは素直にうれしかった。何をさせられるのかはわからないが、一番近くで彼女を守れるのなら、それが一番安心だ。
「じゃ、この件、リズに連絡をよろしくね。明日、予定通り来るはずでしょう?」
 そう言うと、アーヴィンは席を立った。
「ああ、わかった。後の人員はやはり第一小隊からかな?」
「ああ、うん。オルトンとブライアン、アンソニーに今頃団長から指令が出てるはずだよ。若手ばかりだけど、御者役と従僕役だから、その方が良いだろうってさ」
 それに、リズとも顔なじみだからやりやすいだろうしね。そう続けて、アーヴィンは今度こそ部屋を出て行った。
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