上 下
58 / 79

そしてきみはいなくなった

しおりを挟む
へっぽこリオネルここにあり

**************


愛しのマリアンヌと誤解の残る逢瀬のまま他国へと遣わされ数週間経った頃、王都にいる母より意味不明な手紙が届いた。

いつものことだと一読して破棄しようとしたが文章の最後の方でマリアンヌに接触したような1行があり驚いた。

急いで事の真偽をただそうと書いた便りへの母からの返信は、こちらが移動をしてしまったためタイミング悪く受け取れないまま日が過ぎていた。

マリアンヌへは日もおかずほぼ毎日便りを送っていたがほとんど返事はなかった。まだ怒っているのか、一体何にこれほどまで、と少し呆れるようにも思っていた。

この時、彼女の気持ちを軽く考えていたことを後にどれほど悔やんだだろうか。




ようやく帰国の目処がたち、各国行脚あんぎゃと今回参加した国際会議での発表総括やその報告書などをまとめることに専念した。

帰国したらすぐにでもこの(魔)改造した時計を改めて贈り婚姻を願おうと考えている。

想いが叶えば、今回働き詰めた分を蜜月期間にあて長期休暇をもぎ取ってやるつもりだ。

少し気を抜くと、艶やかなマリアンヌや可愛らしいマリアンヌ、お芋研究に精を出す真面目マリアンヌなどなど様々なマリアンヌが次々に脳裏に浮かび仕事にならないのでほんの少しの間だけマリアンヌへ出す手紙も控え彼女から来た手紙なども鞄にしまい後のお楽しみに取り置いた。

そんなある日、国から”オリウス伯爵”宛の信書が届き開封するとそこには驚愕の内容が綴られていた。

オリウス伯爵位が伯母であるアザレア様に移ると言う内容であったが、それは良い。

問題なのはその申立人にマリアンヌの名前が連なっていたことだった。

嫌な音をたてて心臓が大きく脈打つ。

彼女の父親であるファルマ男爵には、お付き合いをしている事実とオリウス家の承継は正しい人物に引き継いでもらうべきと考えていることなどをマリアンヌには内緒で綴り送っていた。

自分が彼女に対し、彼女の家を長年に渡り無闇に使役していたオリウス家の当主であることを隠していたのはひとえにはずかしかったからだった。

本当に大した理由ではない、忙しさにかまけて恋人の家を大切にすることをおざなりにしていただけだった。

もし伯爵位を委譲し、貴族籍を手放すことになれば彼女との婚姻を断られるかも知れないと恐れた。そして、このまま王都でずるずるなし崩し的に過ごしていればいずれ婚姻相手に自分しかいない状況になるのではないかという至極自分勝手な考えを抱いていたことを私自身己の非であることは十分認識していたため心のどこかでマリアンヌに対して引け目を感じていたのだ。

そんな自分勝手で自己中心的な自意識のせいでこんなことになるなんて、彼女の立場を優先的に考えていなかった昔の自分を殴り倒してやりたい。



例の信書を読んでからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
帰国の途中も何をしていたかも思い出せない。

ただ一刻も早く寮にもどりマリアンヌに会おうとおもっていたが研究所で上司に捕まり部屋に戻るころにはくたくたになりベッドに倒れ込んだ。

部屋の窓から見える空は茜色に染まっていた。その色を見ていたら涙が込み上げてくる、マリアンヌの茜色。あの茜色の中に埋まりたい。

ベッドの上でひとしきり後悔と向き合ったからだろうか、マリアンヌときちんと向かい合おうと決意を固めることができた。

恥ずかしさなんかよりも大切にすべきことがあることに気づいた。あとは行動あるのみだ、そう思いベッドに横たえていた体を起こした。

外はもう暗くなり今日は月明かりが十分な光度を窓から部屋に注いでいた。

部屋の片隅、入り口にある扉のあたりに月明かりを受けて鈍く光る何かに気がついた。

なんだろうとそこまで行き拾い上げ手にした。

そしてそれが何か分かった時に心臓が音を立てるのにつれて冷えていく。

すぐにそれを確かめるために3階の東角にあるあの部屋に行かなくてはいけないと頭では分かっているのに、体が動かない。抑えることができないほどに手が震えたために拾い上げた鍵は手のひらから床に再度落ちていった。

(なぜ、この鍵がここに?)

その答えを簡単に導き出す、こんな時ばかり働く勘の良さに腹がたつ。

(マリアンヌはお前を身限り、別れるつもりだ)

勘が教えるその答えは正しくないかも知れないじゃないか、と自分を安心させるようにひとりごちる。

そんなはずはない、もしかしたら親切な誰かがマリアンヌが落とした合鍵をこの部屋に帰してくれたのかも知れないじゃないか。

そんな風に導き出した安直で自分本位な予測の回答に正解の可能性が低いことはわかっている。

でもそれに縋りつきたいほど、真実を知る勇気が湧いてこなかった。

鍵はそのままに、起き上がったばかりのベッドにもう一度戻った。
ギシリ、と音を立てるベッドに腰掛けて両手で頭をかか項垂うなだれる。

この後するべき行動に考えが全く及ばなかった。

さらに追い討ちをかけるように、カバンの中にしまい込んでいたマリアンヌからの手紙を読んでからはもう記憶は残っていなかった。




その後、どうやってこうなったのかわからないが気がつくと研究所敷地内の診療所にあるベッドに横たわっているようだった。

聴き覚えのある誰かの声がそう伝えていた。

人の声はするのだが、目は光をとらえるが感覚が鈍く五感がしっかり働いていないのがわかる。

体は何かに拘束されているようだがそれを解く気にもなれずもう一度五感を手放した。

五感を閉じれば、頭の中にいろいろなマリアンヌが声をかけてくれる。優しく頭を撫でてくれもするのだ。

瞼の裏のマリアンヌ、もう本物に会えないのならいっそこのままでいい。

そう思って意識を再び手放した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷 ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。 ◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...