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そしてあなたのいない日々 その2
しおりを挟む王都から北方辺境伯領の中程に位置する男爵領館の街区まで約2日で駆け抜けたが、脱落するものもなく無事太古の森を抜けることができた。
太古の森を抜けると森の近くには耕作地が広がっている。
耕作地の間を縫うように水路が巡らされておりところどころに大小の集落が見える。小高い土地には集落と物見櫓が見える。その景色の向こうに連なるのは大陸を走る龍骨山脈だ。
目一杯空気を吸い込めば、王都とは異なる清涼な空気が肺いっぱいに広がるのをマリアンヌは久しぶりに味わった。
「北方辺境伯領はもっと荒涼とした土地かと思っていたのですが、かなり長閑な雰囲気なんですね」
初めて北方辺境伯領に足を踏み入れた兵士の一人がそう口にする。
「少し前までは森の近く以外は荒れた土地が多かったんです。土地の改良が進んでここ数年でかなり景色は変わりました」
空気感は昔と変わらないが、今では広がる大地の多くに植物が覆い牧歌的な雰囲気が漂う。
しかしマリアンヌが子供の頃、北方地区は開墾こそ進んでいたが荒れた状態の場所が多かった。
「さぁ後もう少しだ。マリーも久々に家族との対面だな」
マローにそう声かけられマリアンヌから笑顔が溢れる。
「はい、楽しみです。ですが、小さかった妹たちもすっかり大きくなっていると思うと少し緊張します」
王都に出てくる直前に生まれた2人目の異母妹は当然マリアンヌの顔を知らず、便りのやり取りで姉と認識してくれていると信じているが会うまではドキドキしてしまう。
そのようにして景色を楽しみながら立ち止まっていると、頭上に鳥が旋回しているのが見えた。
おそらくこちらを偵察している鳥だろう。呼び笛で合図を送るとキーッと一声発して領館の方角へと飛んで行くのを見送った。
再度騎乗し、領館へ向かう整備された道を進んでいくと人々とすれ違うようになってきた。
王都兵団の騎獣兵士が北方地区を訪れている姿には領民たちは慣れているが、マロー・スピナ公爵令嬢の美貌は旅装で少しくたびれていても目立つためすれ違う人みな一様に彼女に見惚れている。
そのうちの一人がマリアンヌに気づいた。
「もしや、姫さんか?」
筋骨隆々のおじさまに突如幼少時の呼び名で声をかけられ騎獣の歩みを止めてしまった。
「ファブロ伯父様のところのセッコおじさん!?」
セッコおじさんと呼ばれた男性はマリアンヌの乗る騎獣や周りの兵士たちに臆することもなく近寄ると、マリアンヌの乗っている騎獣の鼻面を撫でながらマリアンヌを見上げた。
「姫さん帰ってこれたのか?王都から解放されたのか?」
コワモテのお顔をさらに顰めた様子で周りの兵士を睨みながらマリアンヌに尋ねる。
「セッコおじさん、解放って何の話?」
「姫さんは王家に人質にされとったんだろう?」
「?」
人質とは不穏な言葉だが、マリアンヌには身に覚えがない。
「アザレア様が得意げに触れ回っているぞ。”マリアンヌを王家から取り返した!”とな」
マリアンヌが突然王都に行った理由を領民たちに知らされることはなかったが、おてんばな領主館の姫さんは勉強好きだからどこかに学びの旅にでも出たんだろうとその不在の理由を領民たちは勝手に推測していた。
しかし、領主替わりの報せを領内に伝令する際、新領主であるアザレア自身が”北方地区の発展に身を捧げ貢献したマリアンヌ・ファブロ男爵令嬢を王都より奪還!!”と鼻息荒く触れ回ったことでここ数年の領の著しい発展の最大の貢献者がマリアンヌだということも共に明らかにすることで彼女の王都行きと凱旋の話には尾鰭がついて美談として膨らみ領民の間に広がったのだった。
騎獣している若い女性がマリアンヌだと知ると、遠巻きに見ていた領民たちも我先に挨拶しようと少し離れたところにわらわらと人だかりができてしまった。
「姫さ~ん、おかえりぃ~、美味しいお芋をありがとね~」
「姫さんの図書館でいっぱいご本がよめるんだよ~」
「マリアンヌ様のおかげで道が綺麗になりました、ありがとうございました!」
次から次へと皆が声をかけてくる。あまりの騒動に騎獣たちがブルブルと興奮しだしたのでこのままではいけないとマリアンヌが皆に声を返す。
「マリアンヌ・ファルマ、ただいま帰りました!今日はこれから館にもどります。急いでいるので道をあけてくださーい。機会をみてみんなには挨拶に行くからね!」
皆に聞こえるように大きな声で伝えると、集まっていた人たちはそうかそうかと道を開けていく。
「ありがとう、またね!」
領民に気安く接する貴族令嬢の姿に同行していた領地持ち貴族の令息は少々驚いていた。
いもおんな、だの、いもむすめだのと辺境出身であることを王都で揶揄われていた地味令嬢は故郷に戻り活き活きと輝いている。
「ファルマ嬢は領民に実に慕われておられるのですね」
マリアンヌに並走していた兵士の一人がそう声をかけるとマリアンヌは首を傾げた。
「慕われているのはアザレア伯母様や父とか、オリウス家の家臣の方達なんです。私は長い間ここを離れておりましたし大したことしていないですもの。慕われているようなことは何も。
みんなにとっては私はいつまで経っても子供みたいなのでしょう、ちょっと恥ずかしいわ」
王都から来た兵士に対しては先ほどの領民に対してほど気安く話したりしないマリアンヌだが、先ほどの活き活きとした笑顔を見た後ではその少しわざとらしい貴族令嬢の振る舞いも可愛らしく見える。
「私なんかは、何年も領地を空けていると誰も私が領主の息子だと気づいてくれないんですよ。それに比べてファルマ嬢は皆に声がけをされ愛されているんだとおもいました。」
愛されている、なんて表現をされて少々気恥ずかしく感じたマリアンヌだが ”愛されている” の言葉に忘れようとしていた人をつい思い出してしまった。
「・・・愛されているなんて、、、私は本当にたいしたことはしていませんから」
遠くを見るように急に静かになったマリアンヌの様子を不思議に思いながらも、先ほどとは異なりしっとりと大人の女性の雰囲気のマリアンヌにどきりとしてしまう。
「いえ、ファルマ嬢は愛されるに値する女性なんですよ」
やけに強く言い切る兵士の顔を思わず見ると、明るさの混じる茶色い髪にくるみ色の瞳が優しい雰囲気の若い兵士だった。マリアンヌは一緒に数日過ごしたこの兵士のことをほとんどよく見てもいなかったことに気づいた。
そう、マリアンヌは若い男性をリオネルと資料管理室の同僚2名以外まともに認識してこなかったのだ。こうやって相手の瞳や顔つきなどじっとみたこともなかった。
だって興味がなかったから。
マリアンヌに突然じっと見つめられたその兵士はなんだか顔が赤くなっている。
日が高くなり暑くなってきたからだろうか。
「暑くなってきましたね、いそぎましょう」
マリアンヌはニコリと微笑み、前を向き領館へ騎獣を急がせた。
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