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縁とゆかりのあるオトコ、運命に出会う その1

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その日は本当に朝からついていなかった。

久しぶりに家に戻ると苦手な叔父が母と口論をしていた。火の粉がこちらに飛んでこないうちに必要なものだけ回収して引っ越しに備えようと自室にそっと足を運んだ。

研究所への入職が決まり、完全な自活をするまで後一歩。入職先である程度の結果を出せればこの先貴族という枠の中にいなくても一人生きていくことはできる。もし母もともに出る覚悟をしてくれるなら母も養うだけの稼ぎは得ることができるはずと入職説明会の時に算段はできた。

亡き父が残してくれた書籍のうち、処分されては困るものを見繕い箱に詰めていく。

夢中になっていたから気が付かなかった、叔父が背後にいることに。

「穀潰しが、泥棒のような真似をしやがって」

およそ貴族の口ぶりとは思えないセリフを口にしながら叔父は俺の背中を蹴り付けた。

「早く書類にサインをしろ、さもなくばお前の母親を娼館に売り飛ばすぞ。まあ、年増だから下働きのついでに客を取らされるんだろうけどな、わはははは」

どこの三文芝居だ・・・呆れるしかない。

放蕩のかぎりを尽くし半ば勘当も同然に家を出されていたのに、祖父が死に、兄である私の父も亡くなるとどこからか戻り当主の座を要求してくるどうしようもない奴だ。

穀潰しの意味もわかっていない、わかっていたら自身にこそ相応しい誹語だろうに阿呆が。

なんならそのセリフはただ言ってみたかったくらいのものであろう、内容の全くないものだ。一体なんの寸劇に付き合わされているんだ、クソが。おっと私はやはり貴族にふさわしくない。

さて、煩いハエには退場願おう。

ゆらりとたちあがり禿げた頭を見下ろす。

「中途半端な暴力、死んでいる語彙力と毛根。。。ましてや何の権力も法的に有していないあなたになぜ当主の私が蹴られ罵られしなくてはいけないのでしょうか」

「な、なんだ一体、ブツブツと言いおって気持ち悪い!それは敬うべき叔父に対しての態度かッ、真の当主は俺だぞ!!」

(敬うべき叔父?真の当主?一体この部屋のどこにそんなのがいるんだ)

一歩一歩近づいていけば叔父はジリジリと後退り《あとずさり》をし小説に出てくる末端の悪役のようなセリフを吐いて去っていった。

「こ、この、覚えてろよっ」

くだらなすぎる、実にくだらない。

当主であった祖父と選民的な思想を共有していたというだけで何の正当な権利も有していない、能力もなない、なにも持たない愚か者がどういう理由でこの家を継げると思ったのか。

本当に父と血が繋がっているのかを疑いたくなる。


「あなたがさっさと継承申請をしないから、こんなことになるのよっ」

別の頭痛の種がやってきた。

「母上、何度も言っているでしょう。私は父と同じ考えです」

「なにをいっているの?あなたが当然継承すべきでしょう!」

「あの地は伯母上か家令に渡すべきです」

真の継承者と名乗れるのは名実ともにどちらかだ。

僕たちは何もしていない、ただ男子直系というだけ、中身は王都生活しかしらない無能貴族だ。

「私は研究所に入職します、爵位がなくても生活には困ることはありませんし、これからも同じ生活を母上には保証します。もういい加減諦めてください」

母の目を見つめ、わかってくれと願う。
母は大きなため息をついて疲れたので寝室に向かうと告げて部屋を出ていった。


祖父は頑なに、遠く離れた領地と伯爵位を手放そうとしなかった。

名実共に正当な伯爵位にいたければこんな遠く離れた王都で商売などせずに己で統治すべきだと父も私も声をあげて反対していた。

真っ当な感性の父が伯爵位は正当な人物に継承させたいという話は子供のころからずっと聞かされていた。

かの地で問題が生じた時も、家令に丸投げしその成果はすべて己のものだと言い張る耄碌ジジイはさっさと棺にぶちこんでしまえばよかった。

そうできなかった理由も仕方ないと言えば仕方ないが、迷惑をかけてしまっていた領の民や家令一族には本当に合わせる顔がないのだ。

無駄に大きくしてしまった商会を有していたために、その従業員たちや関係者の生活を考えるとそちらをおざなりにもできず父は奔走していた。

しかし父が頑張るほど商会は発展し、内向きのためどころかこの国も彼の商会がなければ傾くと言われるほどになってしまった。

父自身は商人としての人生を享受していた。向いていたのだろう。
商人でいられれば貴族でいる必要などないと常々言っていた。

商会内には父とこれからの商会を支えるに十分な人材も育っていた為、商会自体を貴族の威光から切り離し独立させることも問題ないほどには十分に成長していた。

後一歩、父が祖父を退け爵位の委譲を完遂する前に祖父と父は馬車の事故で共に亡くなってしまった。


実のところ継承申請は済み受理されている。
母、叔父そして五月蝿い親戚たちには内密にしているが、すでに当主は私になっているのだ。

学生ではあったが研究所への入職資格も有し、健康にも(貧弱ではあるが)問題はなく、私が爵位継承申請で引っかかるはずもなく。
ましてやとっくに成人しているのだ。こちらで勝手にことは進めていた。

ただ公にしてはいない。

調べればこんなものは誰でもわかるのに阿呆どもはそれすらもしないのだ。
一体私はなにと争っているのだろうか。

爵位は継いだが、私の本意ではない。
しかし爵位を継いでしまった今自分にできることは一つ。

爵位を真に相応しいものに継承してもらう中継ぎの役割を果たすこと。

私はこの家に生まれ今まで享受してきた恩を返すべく、爵位譲渡後は裏から新しい伯爵家と商会を支えて一生を過ごすのだ。
そのためにも一刻も早く研究者として生活を安定させ、爵位譲渡の算段を取らねばならない。

余計な邪魔がはいったせいで予定を大幅にすぎてしまった。
さっさと荷を出さなくてはならない。
学生寮から搬出した荷を乗せた帆馬車がもうすぐやってくる。急がなくては。
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