上 下
12 / 79

資料管理室の才女たち その7-2

しおりを挟む
北方辺境はオリウス伯爵家の領地であり、ファルマ男爵家はそのオリウス家から領内のいくつかの土地をあずかる一家臣にすぎない。

しかしオリウス家の本体が長く領地を空けていることからその任は家令でもあったファルマ男爵家の者たちに託されている。

数十年と長い間そのような管理をされているのは、統治の方法としては国内では例を見ない異常な事態となっているが市井しせいではあまりしられていない。

しかし王宮内では良くも悪くも有名な話であった。

「あの、マロー様、あ、えーと小公爵様?」

「ふふ、君まで父君を真似てそんな言い方しないでくれ。マローと呼んでほしい」

マリアンヌも父と同じように、姿勢をただしまっすぐマローの目を見てから礼をとり頭を下げる。

「マロー様。北方の民に代わり過日かじつの派兵と食糧の提供に深く深くお礼を申し上げます。

あの支援のおかげで私たちには飢えるものはなく大きな怪我や病そして死で倒れるものもなく無事を得ました。

・・・王室も、そしてオリウスのご当主からも最後まで支援も連絡もなくあの時のご支援がなければ私たちは飢えて奪われそして・・・」

最悪の事態は免れたもののあの時、みなと逃げまどった恐怖はマリアンヌにとって決して忘れられないものとなっていた。


今から約3年前、マリアンヌが12歳になったころ。
大陸西部を南から北へとおそった異常気象のために食糧不足が生じた。


それだけであればまだよい、とはいえなくとも日頃から備えを怠らないカルドたちのおかげで北方の民たちはそこまで不安をかんじてはいなかった。

しかし、大陸西部の南方に住む人たちは食料不足から飢饉ききんに陥ってしまった。

そこに北方で食糧の備蓄があるとどこかで聞きつけた人々がでてきて彼らは暴徒となり、またそれに乗じて王国へ攻め込もうとする南方の諸部族が兵を連れ攻め込んできたのだ。

そのことを早い段階から知り得ていたカルドたちは真の当主である王都にいるオルソン家へと文便ふみだよりに人使ひとづかいにと手段を尽くして戻りと支援を願った。

が、一つの返事もよこされることはなかった。攻め上がる群れへの対処に苦心しながら、痺れを切らしたカルドは不敬覚悟で王室へ便りを送った。

だがそのように返事を待っているうちに北方地区の南端とりでまで暴徒は迫ってしまった。

北方辺境部隊も玄人くろうと同士の戦闘には迷いも見せず切り込めはするが、敵もこちらの様子は心得ているようで前方に農具のみで武装させた農民などの素人で”人の盾”をつくってまずは攻め込ませてきた。

またその数は膨大で、隣接する部族の民たちに下手な傷を負わせたとなれば騒ぎが治ったのちの外交への影響を考えると過激な掃討にでることはできない。

この地の真の当主家でもないため判断にまよってしまった。

そのように逡巡しゅんじゅんしているうちに相手の策通り南の砦は突破された。
しかたなく南の砦は諦め、近辺の住民とともにカルド率いる辺境部隊は北へ北へと逃げるしかなかった。

当然、蓄えていた食料をすべてもって逃げるわけにもいかずあえて食料を囮にする形で人の命だけは守ろうとする作戦以外にとるすべはなかった。

皆で汗水垂らして蓄えたいのちかてを差し出すしか戦う術をもたぬ現状にカルドもその嫡子であるマリアンヌも泣きそうになった。

12というまだ幼い歳ではあったがマリアンヌには領主代行の娘という気概がしっかり備わっていたから。


北方地区の太古の森沿いのほぼ中央に位置する最も大きなファルマ男爵領の館まで暴徒の手が伸びようとしていた。

そこには暴動の最初の時期から怪我人や病人、幼い子供たちと老人が集められていたためここから大人数で移動するのは困難な状況にカルドたちは頭が痛くなる。

しかし、決心をしなくてはならない。

南の砦よりはるかに堅牢にできているこの館とその周辺に巡らされた砦ではあるが、万が一のことを考えると恐ろしい。

どうしたものかと、もうこれは戦争だと敵として暴徒の民を武力で掃討するしかないとカルドが腹をくくったその時であった。

遠方から大きな音がし、南の方角をみてみると大きな火の手が上がっていた。

何事かと高台から望遠鏡でみる。

すると隣接する公爵領の旗を振るう兵団が火を吹く珍妙な武具で人の群れに威嚇を加えながら押し返しているのが見えた。


のちに聞いたろことによると、マローの得意とする武器開発による最新型火焔砲というものだという。

王室宛のカルドの決死の覚悟で書かれた文を見た宰相でもあるスピナ公爵が即断で、武器と食糧を送ったということだった。カルド宛に援軍を送る旨の返信は別に送っていたが、常に移動していたカルドにその便りが届くことはなかった。


「あの時の兵団、実は私が率いていました。あなたたちが食料や大切な領地を犠牲にしても、暴徒にすら死者をだすこともなく逃げおうせていることは早い段階から知っていました。その矜持の高さにこころを打たれ私自身が兵を率いたのです」

そういって頭を下げ続けるカルドとマリアンヌの手をとり、それぞれを握らせ頭を上げさせた。

「私の可愛い開発品たちの華々しいお披露目にもなりましたし、大した労ではありませんでしたよ。すべてはあなたたちの力が引き寄せたのです」

マローは2人と目を合わせるとお茶目な様子で片目をつぶった。

「わたしはご存知の通り、戦馬鹿いくさバカでしてね。幼い頃から腕力にものをいわせて周りを押さえ込んでいたのですが宰相職という頭脳職についている父にこの研究所に引き摺り込まれまして頭を冷やせと。

あの高名であるくそじじぃ、ごpほん失礼、ジェニオ・サッジョーレ所長に預けられたのです。まぁ頭も悪くはなかったですし、すぐ頭角を表してしまったというか。才能とは恐ろしいものです」

はぁ、と艶かしい息を吐きながら明るい窓辺に行きガラスに映る己の美貌を眺めているようだ。

なんかこの人ちょっと、、、

「生まれ持った身体能力に頭脳、そして私のたゆまぬ努力により生み出される数々の戦闘技術と武具は蓄えられていく一方で日の目を見る機会にはなかなか恵まれないのですよ。

ですからあの機会に暴徒鎮静、捕縛、頭領への拷問等と大義名分を得て私の可愛い子たちをぶっぱなすことができて快感でした」

なんか、文章の最後の方頭おかしい人みたいになっているけど大丈夫かなとおもいつつもマローは話を続けていく。

「とはいえ、私も慈善家ではない。私の可愛い子たちを阿呆のために使う気はなかったのです。

しかし、あなたたちの矜持高い行動に心をうたれみずから馳せ参じたのです。あの時は捕縛した敵の頭領どもを片っ端から締め上げる必要があったのであなたたちのいる城に伺い説明することは叶わなかったのですがこうしてあの時の英雄親娘にこうやって縁づいてお会いできたのですから人生とは奇なものですね」

なんだかいいように締めくくったが、どうにも血生臭い気が漂う美女であることはこの数分で理解できてしまったファルマ父娘だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完結】何も知らなかった馬鹿な私でしたが、私を溺愛するお父様とお兄様が激怒し制裁してくれました!

山葵
恋愛
お茶会に出れば、噂の的になっていた。 居心地が悪い雰囲気の中、噂話が本当なのか聞いてきたコスナ伯爵夫人。 その噂話とは!?

処理中です...