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資料管理室の才女たち その3

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王都には昨夜到着し、王城近くの宿屋に泊まっている。ファルマ男爵家は王都にタウンハウスを所持しておらず王都滞在中は宿屋暮らしとなる。辺境地と比べるべくもない物価の高さから宿賃の高さも推して知るべし。それほど長くカルドとマリアンヌがここに滞在することは難しい。

久しぶりにゆっくりと湯浴みをし、マリアンヌは父に手伝ってもらいながら身支度をした。
会ったことはないのだがずっと楽しみにしていた”稀代きだいの才女 ナオミ・セドー女史”との出会いにマリアンヌは妄想を止められないでいた。

(どんな女性かしら?流行小説に出てくるこわーい家庭教師みたいな方かしら?それとも女神官おんなしんかんのような無表情で暗い感じの人かしら?それとも、それとも姉様たちが貸してくれた桃色小説にでてくる女王様みたいなかんじかしら?はっ、その場合私は女だからムチでペチペチとかはされないけど弟子入りしてムチのペチペチもお勉強と一緒に習うのかしら・・・ うーん、できれば母様みたいな方や領の姉様がたみたいにやさしいといいんだけどな・・・)

「さぁ、マリアンヌできたよ。・・・お前は妄想と暴走が激しいからきちんと周りをよく見て話をしっかり聞くんだよ。 聞いているか?大丈夫か?」

早速父の予想通り、まだ見ぬ上司ナオミ・セドーへの妄想を暴走させていたマリアンヌは身支度中意識を想像の世界に飛ばしていた。

「・・・あっ、うん、大丈夫。きっと大丈夫。だってアザミ様やお姉様方に教えてもらった
”女の世界のルール”というのを完璧にそらんじることができるようになったもの。」

父に向き直り両手の拳を目の前で握りキラキラした目で見つめてくるが、領の女性陣に教えてもらった”女の世界のルール”など不安要素でしかない。

「アザミたちが教えたというそのルールの中身が気になるところではあるが、とりあえず、何よりも人としてきちんと礼儀をわきまえ真摯しんしに向かい合うことだけは誰にでも欠いてはいけないよ。場に合わせた礼儀やマナーは順番に身につけていけばいい。お前はそれができる子だ。」

自分と同じ夕焼け色の髪の毛を優しくなでながら、亡くなった妻と同じ濃い緑のまじった茶色の瞳を覗き込む。

「はい、とうさま、誰にでも等しく礼を欠くことなく過ごします。いただいたご恩はわすれません。そうよね、とうさま?」

いつまでも手元に置いておきたかった娘はこんなにもしっかりと育ち、数日経てば離れて暮らすことになると思うとカルドの目にはじわっとにじむものが浮かぶ。

「さぁ、待ち合わせの時間に遅れてはいけないから急ごう。王城で研究所への入場許可証を発行してもらわなくてはいけないがどれくらい時間がかかるかわからないからもう出よう」

そういってカルドは大きい声と笑顔でごまかしたが娘は父の小さな涙を見逃さなかった。



数時間後、広大な研究所敷地内に一際大きくそびえる煉瓦作りの事務本館に2人はいた。

案内人という若く小柄な男性についていくと広いフロアの一角に壁で囲まれた場所に連れてこられた。小柄な男性、というよりマリアンヌと同じ年くらいのその少年は自分の名を告げ扉をノックした。

「ネイトです、お客様をお連れしました」

「どうぞ、お入りなさい」

扉の向こうから少し低めの優しい女性の声がする。
ネイトという少年に扉を開けてもらい、カルドを先頭にマリエンヌも扉の中へと歩を進めた。

父が挨拶をしている女性を見てみると、男性文官と同じスラックス型の文官服を着た中肉中背の女性が立っていた。顔に表情は少ないが、目元口元はわずかに笑みをたたえ落ち着いた声色に優しさが滲んでいるとマリアンヌは感じた。

「こちらが、お世話になります娘のマリアンヌです。マリアンヌ、セドー様にご挨拶を」

父に促され、マリアンヌは覚えたばかりの少々儀礼的な挨拶をするためスカートをつまみ膝を折り頭をさげた。

「ファルマ男爵家、長子のマリアンヌと申します。精一杯学び、勤めます。どうぞよろしくご指導くださいませ。」

「ふふふ、そんな固くならないでいいのよ。よろしく、マリアンヌ。私のことはどうかナオミと呼んでちょうだい。」

想っていたよりも気さくな方だと思うと、足や肩から力が抜けていくのを感じる。

「ありがとうございます、ではナオミ様とよばせていただきたく」

固くならないでと声をかけてもまだ緊張を隠せない、自分の末子よりも何歳も歳若としわかい未来の部下に苦笑いが出てしまう。

「緊張しないで、といってもまだ無理よね。いいわ、少しずつ慣れていけば。あなたとの詳しい話は勤務が始まってからしたいと思います。とりあえず今はお父様とお話があるのでそこにいるネイトに館内を案内してもらってらっしゃい。」

セドーはそうマリアンヌに声をかけるとそばにいたネイトに目配せをして案内をするように指示をだした。

「1時間ほど案内をお願いね、このフロアと事務本館を中心に。できれば食堂や休憩棟、可能ならば独身寮の場所も教えてあげて」

「承知しました、ではファルマ嬢こちらへ」

案内役にされたネイトもすこし震えが見られるくらいには緊張をしているようで、マリアンヌの方が心配になった。

「ネイト様、とお呼びしてよろしいのでしょうか。家名を存じ上げず失礼致します。私はネイト様の”こうはい”になると思いますのでどうぞマリエンヌとそのままお呼びください」

仕事場に出ると、”せんぱい””こうはい”というものが存在しお互いを高め合っていく、そういった話を領の鍛冶師や薬師のみんなから聞いていたのでマリアンヌはそんな関係がどのようなものか興味があった。そのため恐らくセドー女史のもとでともに働くであろうネイトにそんな風に伝えてみた。

「せ、先輩!?え。ぼ、僕が? そ、そっかぁ、僕が先輩かぁ」

なぜか突然両手で目を覆い上を見上げたネイトを不思議そうにみていると、その両手が勢いよくマリアンヌにせまりその手をとるとぶんぶんと上下に振りだした。

「こちらこそ、よろしくマリアンヌ。ここは人が少なくて死にそうになる程忙しい部署だけどみんないい人ばかりだからすぐ馴染めると思う。一緒に頑張ろうね」

そういってよりいっそうはげしくぶんぶんされ、マリアンヌの肩ははずれそうになった。
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