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第十七章

とある家具職人のお話3

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 ブルクの家具職人の中では、嫁ぐ娘のために父親や兄弟が家具を作るのが習わしとされていた。

 嫁ぎ先が平民の家であれば調理道具や清掃道具などが主になるが、娘ヴァラの場合は、準男爵家である。
 必然、自室の調度品になった。
 貴重品や私的なものを収めるひつや書き物机や寛ぐための長椅子、二脚掛けの丸机一式、茶器を載せて運ぶ手押し車、そして、寝台であろうか。

 家具職人ミランが働く工房、その一角に娘ヴァラが持参する家具が並べられていた。

 そのお披露目会に参加した者達は皆、その出来に息を呑んだ。

 ずらりと並んだ家具一つ一つが高価な仮漆かしつで磨き上げられていて、輝いていた。
 生地や皮などの部分は貴族でもなかなか行わない黄色単色で統一されていた。
 それだけでも驚きなのだが、全てに娘ヴァラの名の由来である羽が本当に細かく彫り込まれていた。
 椅子の足や机の天板を支える箇所、手押し車の持ち手にまでだ。
 それでいて、利便性が考え抜かれていて、称号どころか爵位持ちである男爵が「うちのより良い」と苦笑していた。

 だが、多くの見物人を唸らせた嫁入り道具であったが、見る者が見たら小首を捻る物が一点だけあった。

 寝台である。

 けして出来が悪いわけでは無かった。
 多くの名の知れた商人が「さすがはミランの寝台だ!」と感じ入り、何度も頷いていたのだ。
 良品なのは間違いないところだった。
 だが、卓越した商人の目を持ち、家具職人ミランの才をいち早く見抜いた大商人ミシェル・デシャは内心で小首を捻った。
 そして、(上の息子さんが作ったものだな)と見抜いた。
 だが、大体の事情を察した彼は口に出さず、同じ娘を持つ父親として苦笑するのだった。

 大商人ミシェル・デシャの想像は正しかった。

 家具職人ミランは他の家具はともかく、寝台だけはガンとして作ろうとしなかった。

 家具職人ミランの代名詞ともいえる寝台である。

 娘ヴァラは「寝台こそ父さんに作って貰いたかったのに」と頬を膨らませていたのだが、今度こそきっちりしっかり「やらん」「断る」と言い切った。

 家具職人ミランとしても、嫁入り道具はこの手で作ってやりたい気持ちはむろんあった。

 だが、寝台はどうしても、その上で娘が”される”事を考えてしまって、とても作ってられなかった。
 だから、長男に任せたのである。



 騒がしくも賑やかな娘ヴァラの嫁入りだったが、終わってしまえばもの寂しさが残った。

 特に、工房の家具職人ミランが使う場所の正面――いつも、娘ヴァラが金槌を振るっていた場所はガランとしていて、そこだけはなんだかひんやりとした空気が流れている様にさえ感じた。

 家具職人ミランはそこを見ないようにしていた。

 目に入らぬように、座り位置を変えてすらいた。

 だが、習慣とは恐ろしいもので、どうしても目が追ってしまう。
 作業の合間合間、顔を上げそちらを見てしまう。

 そして、娘ヴァラのいない現実に、何度も何度も失望する。

 情けないと分かりつつも、未練がましいと分かりつつも、だ。
 そして、決まってこのような思考が頭をよぎり出す。

 あの彫り方を教えてなかった。
 あの組み方を教えていなかった。
 あの塗り方を教えていなかった。

 結局、寝台の作り方を教えてやれなかった。

 そんな、後悔に胸を強く締め付けられた。

 そんな日々を過ごしていた家具職人ミランだったが、しばらくすると、皆が仕事を終え、人気のなくなった工房で、一人、黙々とある物を作り始めた。

 寝台である。

 はじめ、夕食後、仕事が終わったはずの工房に戻って籠もる家具職人ミランに対して、妻を初めとする一同は「何を作ってるのか?」と質問してきた。
 だが、家具職人ミランはそれを無視した。
 次に、それが寝台だと気づいた妻らは呆れた顔になり、「今更遅い」とか「もういらない」とか的外れのことを言ってきた。
 家具職人ミランはそれも無視をした。
 すっかり、次期準男爵夫人といった出で立ちの娘ヴァラが家に帰ってきた時に、「父さん、兄さんの作ってくれたのがあるから、もういいのよ?」と言ってきた。
 だが、家具職人ミランはムスっとした顔で言う。
「これは、お前のじゃねえ」
 すると、気を悪くしたのか、娘ヴァラも不機嫌そうなふくれっ面になった。
「じゃあ、誰のよ!」
「これは……」一瞬、なんて答えたらよいか思案した家具職人ミランだったが、刹那に閃いた言い訳が口をく。
「これは、輿入れされる公爵姫様への献上品だ!」

 公爵姫様とは、ブルクを治める大貴族、ソードル公爵家の令嬢を指す。

 正式には発表されてはいないが、十歳になった公爵令嬢はいずれ第一王子に嫁ぎ、将来の王妃になるのだと平民の間でも噂になっていた。
 そのことで、仮に公爵令嬢が学院卒業後、すぐに婚姻する事となっても八年は先の事にも関わらず『公爵姫様御婚姻記念』などといういささか以上に先走った商品を販売する商人もいた。
 その事を考えれば、ブルクの職人として姫様用の寝台を作っておくのは――まあ、早すぎる訳では、無いともいえなくも無い、かもしれなかった。


 完全なる思いつきの言い訳だった、『公爵姫様への献上品』だったが、家具職人ミランはそれを効果的に使い始めた。

 公爵姫様の為だと言えば、ブルクの職人達が積極的に手を貸してくれたからだ。

 例えば、寝台の天蓋に付ける絵を必要とすれば、ブルクでもっとも著名な絵師が名乗り出てくれた。

 例えば、寝台の寝心地を良くするために必要な魔獣の毛皮を欲すれば、ブルクでもっとも大きい毛皮商人が最高級の物を用意してくれた。

 例えば、寝台の為の最高級の敷布を求めれば、ブルクでもっとも大きい布工房の親方が飛んできて、用意してくれた。

 なまじ、家具職人ミランが寝台作りの名人として知られているので、すでに公爵姫様から注文を受けたらしい、などという噂が広まりだして、公爵家へ恩返しをしたいという真摯な思いだったり、これを機に名を上げようと言う下心だったり様々だったが、とにかく、『無償でも良いから手助けをさせてほしい』などという者すら出始めた。

 事が大きくなり始めて真っ青になったのは、家具職人ミランの妻と親方だ。

 二人とも、家具職人ミランが何故寝台を作り始めたのかあらかた理解していたので、すっかり公爵専属工房みたいに見られ始めた現状に怯え、「あなた! 出任せばっかり言って、これ、どうするのよ!」とか「これで、姫様への伝手なんて一切無いって知られたら、とんでもないことになるぞ!」とかぎゃあぎゃあ言っていた。

 だが、家具職人ミランは良くも悪くも職人である。
 そのような雑音など一切無視して、寝台と向かい合った。

 ただ、普段と違うのは誰一人として、たとえ息子であっても手を出させず、一人っきりで作業を行ったことだ。

 家具職人ミランは一つ一つ丁寧に作業をする。
(この部分は強度に関わるから大事だ)とか(ここに遮光布を付けることで陽光の光を調節できるようにするのだ)とか心の中で説明をしながら、作り込んでいく。

 当然のように彫り物には羽を沢山散りばめる。

 まあ、名目上の送り主である公爵姫様の為に、家紋にかかれた光や太陽、そして太刀も彫り込む。
 そして、高価な仮漆かしつをムラなく塗り上げる。
 魔石照明を取り付ける。
 天蓋に絵をはめ込む。
 魔獣の毛皮を敷き、寝台として整える。
 白地の遮光布を吊し、中を隠す。

 出来上がったそれを眺め、その完成度に家具職人ミランの肌が粟立った。
 周りで見守っていた職人達も呆然とそれを眺めていた。

 ミランという希代な職人の最高傑作がそこにあった。

 それ一つ一つが芸術品といっても過言ではないムラ無く描かれた彫りに要所要所にはめ込まれた金細工、それと調和するように金縁の白い羽が描かれた遮光布が吊されている。
 寝台で横になると、天蓋に描かれた光の神と闇の女神が見え、魔石照明の切り替えによって明るさが強ければ光の神が、弱ければ闇の女神が見えるように仕掛けられていた。
 当然、寝心地の良さは最高で、『光の神に不敬を働いてしまう寝台』もしくは『闇の女神に呆れられる寝台』といった出来であった。

「うむ、中々良いな」
 家具職人ミランは寝台の柱を撫でながら呟いた。
 普通の貴族でもすぐに汚れが目立つからと忌避する白の遮光布ではあったが、家具職人ミランはそれを付けた。
 高貴なる公爵姫様に相応しいというのもある。

 だが、それ以前に娘ヴァラの、花嫁衣装を連想させたからだ。

「綺麗だな」
 家具職人ミランは小さく囁く。
 しかも、親不幸者の本人とは違い――勝手に離れていかない所が良い。
 幼い頃の娘ヴァラが脳裏をよぎり、目を細めた。
(よし、これは手もとにずっと置いておこう)
 家具職人ミランは決意する。
 親方や妻うるさい奴らはギャアギャア言うかもしれないが……。

 これは試作品とか何とか言えば良いだろう。

 そんな事をご機嫌に思いながら、家具職人ミランは寝台の柱に付いた小さな塵を、綺麗な布で丁寧に払うのだった。
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