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第七章

従者問題

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 家令マサジ・モリタと入れ違うように、クリスティーナと弟マヌエル・ソードルがやってきた。
「おじょ~様!」
 クリスティーナは女を見つけると嬉しそうにかけてきて、それに慌てた弟マヌエル・ソードルが追いかけている。
「おじょ~様!
 ご本読んで!」
 クリスティーナは椅子に座るエリージェ・ソードルの膝にしがみつき、そして、その細い腰に手を回しぎゅっと抱きしめた。
 そんな彼女に、エリージェ・ソードルは目を柔らかくする。
 そして、その頭を優しく撫でた。
「フフフ、クリスったら。
 仕方がないわね」
 そこに、弟マヌエル・ソードルが割ってはいる。
「ちょっと待って下さい、お姉さま!
 僕はお姉さまに大切なお話が――」
 すると、クリスティーナが立ち上がり、エリージェ・ソードルの左腕に腕を絡めて、弟マヌエル・ソードルを睨んだ。
「駄目!
 おじょ~様はクリスにご本を読むの!」
 そんなクリスティーナに弟マヌエル・ソードルは顔を赤くしながらエリージェ・ソードルの右腕にしがみつき、クリスティーナをキッと睨む。
「何を言ってるんだ!
 お姉さまは僕のお姉さまなんだぞ!
 クリスティーナは引っ込んでろよ!」
「何をぉ~」
「何だよぉ!」
 にらみ合う二人に挟まれ、エリージェ・ソードルは(あら? わたくし、ひょっとして子供に好かれる才能があるのかしら?)などと、しょうもない事を考えた。
 ただ、流石にそのままにするのはまずいと思ったので、クリスティーナを優しくなだめた。
「クリス、ごめんなさいね。
 マヌエルが大切なお話があるみたいなの。
 ちょっと待ってて貰えるかしら?」
 クリスティーナは「うぅ~」と不満そうな声を漏らしたが、エリージェ・ソードルに優しく頬を撫でられると、気持ちよさげに目を細めた。
 その隙に、エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルに訊ねる。
「で、マヌエル?
 どうかしたの?」
「あ、はい、お姉さま」
 弟マヌエル・ソードルは少し恥ずかしそうにしながら女の右腕を離すと、話し始める。
「お姉さまにご相談したいことがあって」
「何かしら?」
「従者のことです」
「従者?」
 エリージェ・ソードルは小首を捻ったが、すぐに理解したというように頷いた。
「そうね、もうすぐあなたにも従者が必要になるわね」
 弟マヌエル・ソードルはもうすぐ十歳になる。
 多くの貴族はその年齢になれば、従者を付ける。
「安心なさい、目星をつけた者が幾人かいるから……」

 そこでこの女、少し悩む。

 ”前回”の弟マヌエル・ソードルにも従者はいた。
 家令マサジ・モリタの息子で、騎士リョウ・モリタの弟、シンジ・モリタだ。

 ただ、人の心の機微に疎いエリージェ・ソードルにすら分かるぐらい、弟マヌエル・ソードルは彼に対して突き放した態度を取っていた。

 弟マヌエル・ソードルは仕える者に対しては、基本的に優しく接していた。
 むしろ、反抗的な態度を取るのはエリージェ・ソードルとその側にいる女騎士ジェシー・レーマーぐらいだった。

 にもかかわらず、従者になったシンジ・モリタには冷淡な態度を取っていた。

 訊ねても答えなかったし、この女自身それどころでなかったこともあり、結局何の対策もとれずに終わったのだが……。
 反りが合わないのであれば別の人間の方がよいのではないか、と思ったのだ。
(正式に決める前に、顔合わせをさせようかしら?)
などと考えていると、弟マヌエル・ソードルが何か言いたげにこちらを見ているのが見えた。
「どうしたの?」とエリージェ・ソードルが訊ねると、意を決したように弟マヌエル・ソードルが口を開いた。
「お姉さま、実は従者にしたい者がいるんです」
「あら?
 誰かしら?」
 少し驚き訊ねると、弟マヌエル・ソードルが恐る恐る答える。
「あのう、庭師……なんですが……。
 フラン、じゃなくフランチェスコと言うんですが……」
「フランチェスコ?
 そんな庭師、いたかしら?」
 エリージェ・ソードルが小首を捻ると、弟マヌエル・ソードルが一生懸命説明をする。
「ローネからの移民の子供で、二年ぐらい前からここで働いていて……。
 ちょっと変わっているけど、悪い人間じゃなくて、そのぉ――」
などと、まくし立てる説明には筋道が通っている様には思えなかった。
 エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルから聞き出すのをそうそうに諦めた。
 なので、弟マヌエル・ソードルがさらに続けようとするのを手で制して、近くにいた侍女に、当人を呼んでくるように指示を出した。

――

 エリージェ・ソードルが図書室で待っているように頼むと、クリスティーナは『早く来てね!』と侍女ミーナ・ウォールと屋敷の中に入っていった。

 そこからしばらく待つと、何故か侍女長ブルーヌ・モリタがやってきた。

 そして、その後ろには”何故か”、”前回”、弟マヌエル・ソードルを助けたという庭師が付き従っていた。
 一礼する侍女長ブルーヌ・モリタに対して、エリージェ・ソードルは訊ねる。
「ブルーヌ、どういうこと?」
 それに対して、少し苦笑気味に侍女長ブルーヌ・モリタが話し始める。
「お嬢様、実は――」
 そこに割り込むように、感極まった声を上げ、庭師の男が一歩前に出た。
「ああぁ~麗しのお嬢様!
 また御前に――」
 地を踏み込む大きな音と共に、女騎士ジェシー・レーマーが前に出ると、ギョッとした顔になった庭師は二歩後ろに下がった。
 それでも懲りもせず、さりとて女騎士ジェシー・レーマーをチラチラ警戒しながら、「御前に立てることを喜びにぃ~」などと言っていた。
 そんな様子に、侍女長ブルーヌ・モリタが一つため息を付くと、庭師を苦笑しながら見ている弟マヌエル・ソードルに向かって説明をし始めた。
「若様、恐らくご存じないと思いますが、フランチェスコとは本名ではございません」
「え?」
「本当の名はマンサクと申します」
「え? え?
 どういうこと、フラン?」
 それに対して、自称庭師フランチェスコは前髪を掻き上げながら答える。
「違います、違いますよ!
 麗しのお嬢様に、坊ちゃん、ブルーヌ夫人!
 わたしの名はフランチェスコ、気楽にフランとお呼び下さい」
 エリージェ・ソードルは侍女長ブルーヌ・モリタに向かって訊ねる。
「ねえブルーヌ、領主に対して名を偽った場合、どれくらいの罰を与えるべきかしら?」
「斬首が相応かと」
「申し訳ございません!
 マンサクで間違いありません!」
 地面にひれ伏せる自称庭師フランチェスコに弟マヌエル・ソードルは「嘘でしょう?」と顔をひきつらせる。
 そんな彼に対して、自称庭師フランチェスコは悲しげに顔を歪ませた。
「坊ちゃん、申し訳ございません……。
 これには深い理由がございまして」
「深い、理由?」
 弟マヌエル・ソードルが訊ねると、自称庭師フランチェスコは神妙な顔で頷いた。
 弟マヌエル・ソードルはエリージェ・ソードルを一瞥した後、「聞かせて、くれる?」と優しく訊ねる。
 自称庭師フランチェスコは「はい」と立ち上がった。
 そして、悲痛の顔で言った。
「お嬢様、坊ちゃん、マンサクという名の由来をご存じありませんか?」
 姉弟そろって小首を捻ると、悲恋の歌を声高に歌い上げるように叫んだ。
「マンサクとは!
 ああ、マンサクとは!
 豊作という意味なのです!
 分かりますか!?
 豊作という意味なのです!」
「???」
 姉弟そろって訳が分からないといった顔で眉を寄せた。
 そして、エリージェ・ソードルが訊ねる。
「だからなんだというの?
 結構な名前じゃないの」
「田舎っぽいじゃありませんかぁぁぁ!」
 突然の絶叫に、姉弟そろってポカンとする。
 自称庭師フランチェスコはそれに構わずまくし立てる。
「嫌なんですよ!
 田舎っぽい、ほのぼのな名前が!
 しかもですよ!
 勝手にそんな名前を付けておいてですよ、ちょっと不作になると、『おいマンサク、もっと頑張って豊作にしろ』とか訳の分からないこと言うんですよ!
 許し難いですよ!
 それに、わたしのようなエルフ似のイケメンにはもっと都会的な名前が似合う、そう思いませんか!?」
 弟マヌエル・ソードルが「エルフは森の種族だから、どちらかというと田舎だと思うけど?」と指摘をしたが、自称庭師フランチェスコはお構いなしに、何故フランチェスコという名に行き当たったかぁ~などと熱弁を振るい始めた。
 エリージェ・ソードルがうんざりした顔で、弟マヌエル・ソードルに言う。
「マヌエル、従者は別の者にしなさい。
 わたくしも探してあげるから」
 それを聞きつけた自称庭師フランチェスコがぎょっとした顔で女を見た。
 そして、その足にすり付かんばかりにひれ伏し、詰め寄る。
「お嬢様!
 何故ですか!?
 名前ですか!?
 やはりマンサクがよく無いのでしょうか!?」
 間に入った女騎士ジェシー・レーマーに踏みつけられながらも食い下がる自称庭師フランチェスコに、エリージェ・ソードルは呆れた顔で溜息を付いた。
「名前というより、あなた、なんだかめんどくさそうじゃない。
 仕事をするあるじの補助をするための従者が、主に心労をかけるなどあってはならないでしょう?
 マヌエル、あなた”これ”が側にいて公務に集中できるのかしら?」
「う~ん、自信がないです……」
「ちょっと、坊ちゃん!?」
「決まりね。
 もう下がって良いわよ」
「お嬢様ぁぁぁ!」
 などというやりとりをしている三人に、侍女長ブルーヌ・モリタが声をかけてくる。
「お嬢様、若様、少し宜しいでしょうか?」
「どうしたの?」
「もし宜しければ、マンサクを従者見習いという形にして、お試しいただけませんでしょうか?」
 その提案に、自称庭師フランチェスコを含む、その場にいる者全てが目を見開く。
 エリージェ・ソードルが代表するように訊ねる。
「どういうこと?
 何故、”あなた”が”これ”を擁護するの?」
 規律や礼儀を何よりも尊ぶこの侍女長がくだらない理由で偽名などを使っているこの男に力添えをする理由が分からなかったからだ。
 それに対して、侍女長ブルーヌ・モリタは簡潔に答える。
「労には報いるべきだと思うからです。
 本当に苦しい時に、この者は若様を守りました」
 そこまで言うと、侍女長ブルーヌ・モリタは少し苦しげな笑みを浮かべた。
「お嬢様、それはわたしには出来なかったことです」
「……」
 弟マヌエル・ソードルは「そんなこと無い! ブルーヌは、僕を守ろうとしてくれたよ!」などと擁護するが、侍女長ブルーヌ・モリタの表情は晴れることはない。

 そんな彼女の手を取る男がいた。
 自称庭師フランチェスコである。

 片膝をつく自称庭師フランチェスコは――止める間もなく踏み付けていた足から抜け出された女騎士ジェシー・レーマーが「な!?」っと驚くのもお構いなしに――キラキラ輝く笑みを侍女長ブルーヌ・モリタに向けた。
「何をおっしゃる、可憐なご婦人ブルーヌ様。
 あなたは、我らを柔らかな陽光で照らす太陽なのです。
 そのように、顔を曇らせてはなりませんよ」
「……」
 顔をひきつらせた侍女長ブルーヌ・モリタは、エリージェ・ソードルに向き直り微笑んだ。
「お嬢様、駄目だった場合は斬首にしていただければよろしいかと」
「もう斬っといた方がよいのでは?」
 侍女長ブルーヌ・モリタと呆れ気味のエリージェ・ソードルの言に、「ひぃ! こ、怖いことをおっしゃらないで下さい!」と自称庭師フランチェスコは再度地に伏せた。
 エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルにやや疲れぎみの視線を向けると言った。
「マヌエル、あなたは近いうちに、わたくしと王都に行くことになるわ。
 それまでに、これで良いのかしっかり考えておきなさい」
「は、はい!
 分かりました!」
 エリージェ・ソードルは少し目を険しくさせながら、続ける。
「マヌエル、良いかしら。
 一緒にいたいからという理由で選んでは駄目よ。
 あなたが公務する上で助けになる、従者とはそんな者でなければならないの。
 分かったかしら?」
「はい」
 弟マヌエル・ソードルは強く頷いた。
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