33 / 126
第七章
従者問題
しおりを挟む
家令マサジ・モリタと入れ違うように、クリスティーナと弟マヌエル・ソードルがやってきた。
「おじょ~様!」
クリスティーナは女を見つけると嬉しそうにかけてきて、それに慌てた弟マヌエル・ソードルが追いかけている。
「おじょ~様!
ご本読んで!」
クリスティーナは椅子に座るエリージェ・ソードルの膝にしがみつき、そして、その細い腰に手を回しぎゅっと抱きしめた。
そんな彼女に、エリージェ・ソードルは目を柔らかくする。
そして、その頭を優しく撫でた。
「フフフ、クリスったら。
仕方がないわね」
そこに、弟マヌエル・ソードルが割ってはいる。
「ちょっと待って下さい、お姉さま!
僕はお姉さまに大切なお話が――」
すると、クリスティーナが立ち上がり、エリージェ・ソードルの左腕に腕を絡めて、弟マヌエル・ソードルを睨んだ。
「駄目!
おじょ~様はクリスにご本を読むの!」
そんなクリスティーナに弟マヌエル・ソードルは顔を赤くしながらエリージェ・ソードルの右腕にしがみつき、クリスティーナをキッと睨む。
「何を言ってるんだ!
お姉さまは僕のお姉さまなんだぞ!
クリスティーナは引っ込んでろよ!」
「何をぉ~」
「何だよぉ!」
にらみ合う二人に挟まれ、エリージェ・ソードルは(あら? わたくし、ひょっとして子供に好かれる才能があるのかしら?)などと、しょうもない事を考えた。
ただ、流石にそのままにするのはまずいと思ったので、クリスティーナを優しくなだめた。
「クリス、ごめんなさいね。
マヌエルが大切なお話があるみたいなの。
ちょっと待ってて貰えるかしら?」
クリスティーナは「うぅ~」と不満そうな声を漏らしたが、エリージェ・ソードルに優しく頬を撫でられると、気持ちよさげに目を細めた。
その隙に、エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルに訊ねる。
「で、マヌエル?
どうかしたの?」
「あ、はい、お姉さま」
弟マヌエル・ソードルは少し恥ずかしそうにしながら女の右腕を離すと、話し始める。
「お姉さまにご相談したいことがあって」
「何かしら?」
「従者のことです」
「従者?」
エリージェ・ソードルは小首を捻ったが、すぐに理解したというように頷いた。
「そうね、もうすぐあなたにも従者が必要になるわね」
弟マヌエル・ソードルはもうすぐ十歳になる。
多くの貴族はその年齢になれば、従者を付ける。
「安心なさい、目星をつけた者が幾人かいるから……」
そこでこの女、少し悩む。
”前回”の弟マヌエル・ソードルにも従者はいた。
家令マサジ・モリタの息子で、騎士リョウ・モリタの弟、シンジ・モリタだ。
ただ、人の心の機微に疎いエリージェ・ソードルにすら分かるぐらい、弟マヌエル・ソードルは彼に対して突き放した態度を取っていた。
弟マヌエル・ソードルは仕える者に対しては、基本的に優しく接していた。
むしろ、反抗的な態度を取るのはエリージェ・ソードルとその側にいる女騎士ジェシー・レーマーぐらいだった。
にもかかわらず、従者になったシンジ・モリタには冷淡な態度を取っていた。
訊ねても答えなかったし、この女自身それどころでなかったこともあり、結局何の対策もとれずに終わったのだが……。
反りが合わないのであれば別の人間の方がよいのではないか、と思ったのだ。
(正式に決める前に、顔合わせをさせようかしら?)
などと考えていると、弟マヌエル・ソードルが何か言いたげにこちらを見ているのが見えた。
「どうしたの?」とエリージェ・ソードルが訊ねると、意を決したように弟マヌエル・ソードルが口を開いた。
「お姉さま、実は従者にしたい者がいるんです」
「あら?
誰かしら?」
少し驚き訊ねると、弟マヌエル・ソードルが恐る恐る答える。
「あのう、庭師……なんですが……。
フラン、じゃなくフランチェスコと言うんですが……」
「フランチェスコ?
そんな庭師、いたかしら?」
エリージェ・ソードルが小首を捻ると、弟マヌエル・ソードルが一生懸命説明をする。
「ローネからの移民の子供で、二年ぐらい前からここで働いていて……。
ちょっと変わっているけど、悪い人間じゃなくて、そのぉ――」
などと、まくし立てる説明には筋道が通っている様には思えなかった。
エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルから聞き出すのをそうそうに諦めた。
なので、弟マヌエル・ソードルがさらに続けようとするのを手で制して、近くにいた侍女に、当人を呼んでくるように指示を出した。
――
エリージェ・ソードルが図書室で待っているように頼むと、クリスティーナは『早く来てね!』と侍女ミーナ・ウォールと屋敷の中に入っていった。
そこからしばらく待つと、何故か侍女長ブルーヌ・モリタがやってきた。
そして、その後ろには”何故か”、”前回”、弟マヌエル・ソードルを助けたという庭師が付き従っていた。
一礼する侍女長ブルーヌ・モリタに対して、エリージェ・ソードルは訊ねる。
「ブルーヌ、どういうこと?」
それに対して、少し苦笑気味に侍女長ブルーヌ・モリタが話し始める。
「お嬢様、実は――」
そこに割り込むように、感極まった声を上げ、庭師の男が一歩前に出た。
「ああぁ~麗しのお嬢様!
また御前に――」
地を踏み込む大きな音と共に、女騎士ジェシー・レーマーが前に出ると、ギョッとした顔になった庭師は二歩後ろに下がった。
それでも懲りもせず、さりとて女騎士ジェシー・レーマーをチラチラ警戒しながら、「御前に立てることを喜びにぃ~」などと言っていた。
そんな様子に、侍女長ブルーヌ・モリタが一つため息を付くと、庭師を苦笑しながら見ている弟マヌエル・ソードルに向かって説明をし始めた。
「若様、恐らくご存じないと思いますが、フランチェスコとは本名ではございません」
「え?」
「本当の名はマンサクと申します」
「え? え?
どういうこと、フラン?」
それに対して、自称庭師フランチェスコは前髪を掻き上げながら答える。
「違います、違いますよ!
麗しのお嬢様に、坊ちゃん、ブルーヌ夫人!
わたしの名はフランチェスコ、気楽にフランとお呼び下さい」
エリージェ・ソードルは侍女長ブルーヌ・モリタに向かって訊ねる。
「ねえブルーヌ、領主に対して名を偽った場合、どれくらいの罰を与えるべきかしら?」
「斬首が相応かと」
「申し訳ございません!
マンサクで間違いありません!」
地面にひれ伏せる自称庭師フランチェスコに弟マヌエル・ソードルは「嘘でしょう?」と顔をひきつらせる。
そんな彼に対して、自称庭師フランチェスコは悲しげに顔を歪ませた。
「坊ちゃん、申し訳ございません……。
これには深い理由がございまして」
「深い、理由?」
弟マヌエル・ソードルが訊ねると、自称庭師フランチェスコは神妙な顔で頷いた。
弟マヌエル・ソードルはエリージェ・ソードルを一瞥した後、「聞かせて、くれる?」と優しく訊ねる。
自称庭師フランチェスコは「はい」と立ち上がった。
そして、悲痛の顔で言った。
「お嬢様、坊ちゃん、マンサクという名の由来をご存じありませんか?」
姉弟そろって小首を捻ると、悲恋の歌を声高に歌い上げるように叫んだ。
「マンサクとは!
ああ、マンサクとは!
豊作という意味なのです!
分かりますか!?
豊作という意味なのです!」
「???」
姉弟そろって訳が分からないといった顔で眉を寄せた。
そして、エリージェ・ソードルが訊ねる。
「だからなんだというの?
結構な名前じゃないの」
「田舎っぽいじゃありませんかぁぁぁ!」
突然の絶叫に、姉弟そろってポカンとする。
自称庭師フランチェスコはそれに構わずまくし立てる。
「嫌なんですよ!
田舎っぽい、ほのぼのな名前が!
しかもですよ!
勝手にそんな名前を付けておいてですよ、ちょっと不作になると、『おいマンサク、もっと頑張って豊作にしろ』とか訳の分からないこと言うんですよ!
許し難いですよ!
それに、わたしのようなエルフ似のイケメンにはもっと都会的な名前が似合う、そう思いませんか!?」
弟マヌエル・ソードルが「エルフは森の種族だから、どちらかというと田舎だと思うけど?」と指摘をしたが、自称庭師フランチェスコはお構いなしに、何故フランチェスコという名に行き当たったかぁ~などと熱弁を振るい始めた。
エリージェ・ソードルがうんざりした顔で、弟マヌエル・ソードルに言う。
「マヌエル、従者は別の者にしなさい。
わたくしも探してあげるから」
それを聞きつけた自称庭師フランチェスコがぎょっとした顔で女を見た。
そして、その足にすり付かんばかりにひれ伏し、詰め寄る。
「お嬢様!
何故ですか!?
名前ですか!?
やはりマンサクがよく無いのでしょうか!?」
間に入った女騎士ジェシー・レーマーに踏みつけられながらも食い下がる自称庭師フランチェスコに、エリージェ・ソードルは呆れた顔で溜息を付いた。
「名前というより、あなた、なんだかめんどくさそうじゃない。
仕事をする主の補助をするための従者が、主に心労をかけるなどあってはならないでしょう?
マヌエル、あなた”これ”が側にいて公務に集中できるのかしら?」
「う~ん、自信がないです……」
「ちょっと、坊ちゃん!?」
「決まりね。
もう下がって良いわよ」
「お嬢様ぁぁぁ!」
などというやりとりをしている三人に、侍女長ブルーヌ・モリタが声をかけてくる。
「お嬢様、若様、少し宜しいでしょうか?」
「どうしたの?」
「もし宜しければ、マンサクを従者見習いという形にして、お試しいただけませんでしょうか?」
その提案に、自称庭師フランチェスコを含む、その場にいる者全てが目を見開く。
エリージェ・ソードルが代表するように訊ねる。
「どういうこと?
何故、”あなた”が”これ”を擁護するの?」
規律や礼儀を何よりも尊ぶこの侍女長がくだらない理由で偽名などを使っているこの男に力添えをする理由が分からなかったからだ。
それに対して、侍女長ブルーヌ・モリタは簡潔に答える。
「労には報いるべきだと思うからです。
本当に苦しい時に、この者は若様を守りました」
そこまで言うと、侍女長ブルーヌ・モリタは少し苦しげな笑みを浮かべた。
「お嬢様、それはわたしには出来なかったことです」
「……」
弟マヌエル・ソードルは「そんなこと無い! ブルーヌは、僕を守ろうとしてくれたよ!」などと擁護するが、侍女長ブルーヌ・モリタの表情は晴れることはない。
そんな彼女の手を取る男がいた。
自称庭師フランチェスコである。
片膝をつく自称庭師フランチェスコは――止める間もなく踏み付けていた足から抜け出された女騎士ジェシー・レーマーが「な!?」っと驚くのもお構いなしに――キラキラ輝く笑みを侍女長ブルーヌ・モリタに向けた。
「何をおっしゃる、可憐なご婦人ブルーヌ様。
あなたは、我らを柔らかな陽光で照らす太陽なのです。
そのように、顔を曇らせてはなりませんよ」
「……」
顔をひきつらせた侍女長ブルーヌ・モリタは、エリージェ・ソードルに向き直り微笑んだ。
「お嬢様、駄目だった場合は斬首にしていただければよろしいかと」
「もう斬っといた方がよいのでは?」
侍女長ブルーヌ・モリタと呆れ気味のエリージェ・ソードルの言に、「ひぃ! こ、怖いことをおっしゃらないで下さい!」と自称庭師フランチェスコは再度地に伏せた。
エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルにやや疲れぎみの視線を向けると言った。
「マヌエル、あなたは近いうちに、わたくしと王都に行くことになるわ。
それまでに、これで良いのかしっかり考えておきなさい」
「は、はい!
分かりました!」
エリージェ・ソードルは少し目を険しくさせながら、続ける。
「マヌエル、良いかしら。
一緒にいたいからという理由で選んでは駄目よ。
あなたが公務する上で助けになる、従者とはそんな者でなければならないの。
分かったかしら?」
「はい」
弟マヌエル・ソードルは強く頷いた。
「おじょ~様!」
クリスティーナは女を見つけると嬉しそうにかけてきて、それに慌てた弟マヌエル・ソードルが追いかけている。
「おじょ~様!
ご本読んで!」
クリスティーナは椅子に座るエリージェ・ソードルの膝にしがみつき、そして、その細い腰に手を回しぎゅっと抱きしめた。
そんな彼女に、エリージェ・ソードルは目を柔らかくする。
そして、その頭を優しく撫でた。
「フフフ、クリスったら。
仕方がないわね」
そこに、弟マヌエル・ソードルが割ってはいる。
「ちょっと待って下さい、お姉さま!
僕はお姉さまに大切なお話が――」
すると、クリスティーナが立ち上がり、エリージェ・ソードルの左腕に腕を絡めて、弟マヌエル・ソードルを睨んだ。
「駄目!
おじょ~様はクリスにご本を読むの!」
そんなクリスティーナに弟マヌエル・ソードルは顔を赤くしながらエリージェ・ソードルの右腕にしがみつき、クリスティーナをキッと睨む。
「何を言ってるんだ!
お姉さまは僕のお姉さまなんだぞ!
クリスティーナは引っ込んでろよ!」
「何をぉ~」
「何だよぉ!」
にらみ合う二人に挟まれ、エリージェ・ソードルは(あら? わたくし、ひょっとして子供に好かれる才能があるのかしら?)などと、しょうもない事を考えた。
ただ、流石にそのままにするのはまずいと思ったので、クリスティーナを優しくなだめた。
「クリス、ごめんなさいね。
マヌエルが大切なお話があるみたいなの。
ちょっと待ってて貰えるかしら?」
クリスティーナは「うぅ~」と不満そうな声を漏らしたが、エリージェ・ソードルに優しく頬を撫でられると、気持ちよさげに目を細めた。
その隙に、エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルに訊ねる。
「で、マヌエル?
どうかしたの?」
「あ、はい、お姉さま」
弟マヌエル・ソードルは少し恥ずかしそうにしながら女の右腕を離すと、話し始める。
「お姉さまにご相談したいことがあって」
「何かしら?」
「従者のことです」
「従者?」
エリージェ・ソードルは小首を捻ったが、すぐに理解したというように頷いた。
「そうね、もうすぐあなたにも従者が必要になるわね」
弟マヌエル・ソードルはもうすぐ十歳になる。
多くの貴族はその年齢になれば、従者を付ける。
「安心なさい、目星をつけた者が幾人かいるから……」
そこでこの女、少し悩む。
”前回”の弟マヌエル・ソードルにも従者はいた。
家令マサジ・モリタの息子で、騎士リョウ・モリタの弟、シンジ・モリタだ。
ただ、人の心の機微に疎いエリージェ・ソードルにすら分かるぐらい、弟マヌエル・ソードルは彼に対して突き放した態度を取っていた。
弟マヌエル・ソードルは仕える者に対しては、基本的に優しく接していた。
むしろ、反抗的な態度を取るのはエリージェ・ソードルとその側にいる女騎士ジェシー・レーマーぐらいだった。
にもかかわらず、従者になったシンジ・モリタには冷淡な態度を取っていた。
訊ねても答えなかったし、この女自身それどころでなかったこともあり、結局何の対策もとれずに終わったのだが……。
反りが合わないのであれば別の人間の方がよいのではないか、と思ったのだ。
(正式に決める前に、顔合わせをさせようかしら?)
などと考えていると、弟マヌエル・ソードルが何か言いたげにこちらを見ているのが見えた。
「どうしたの?」とエリージェ・ソードルが訊ねると、意を決したように弟マヌエル・ソードルが口を開いた。
「お姉さま、実は従者にしたい者がいるんです」
「あら?
誰かしら?」
少し驚き訊ねると、弟マヌエル・ソードルが恐る恐る答える。
「あのう、庭師……なんですが……。
フラン、じゃなくフランチェスコと言うんですが……」
「フランチェスコ?
そんな庭師、いたかしら?」
エリージェ・ソードルが小首を捻ると、弟マヌエル・ソードルが一生懸命説明をする。
「ローネからの移民の子供で、二年ぐらい前からここで働いていて……。
ちょっと変わっているけど、悪い人間じゃなくて、そのぉ――」
などと、まくし立てる説明には筋道が通っている様には思えなかった。
エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルから聞き出すのをそうそうに諦めた。
なので、弟マヌエル・ソードルがさらに続けようとするのを手で制して、近くにいた侍女に、当人を呼んでくるように指示を出した。
――
エリージェ・ソードルが図書室で待っているように頼むと、クリスティーナは『早く来てね!』と侍女ミーナ・ウォールと屋敷の中に入っていった。
そこからしばらく待つと、何故か侍女長ブルーヌ・モリタがやってきた。
そして、その後ろには”何故か”、”前回”、弟マヌエル・ソードルを助けたという庭師が付き従っていた。
一礼する侍女長ブルーヌ・モリタに対して、エリージェ・ソードルは訊ねる。
「ブルーヌ、どういうこと?」
それに対して、少し苦笑気味に侍女長ブルーヌ・モリタが話し始める。
「お嬢様、実は――」
そこに割り込むように、感極まった声を上げ、庭師の男が一歩前に出た。
「ああぁ~麗しのお嬢様!
また御前に――」
地を踏み込む大きな音と共に、女騎士ジェシー・レーマーが前に出ると、ギョッとした顔になった庭師は二歩後ろに下がった。
それでも懲りもせず、さりとて女騎士ジェシー・レーマーをチラチラ警戒しながら、「御前に立てることを喜びにぃ~」などと言っていた。
そんな様子に、侍女長ブルーヌ・モリタが一つため息を付くと、庭師を苦笑しながら見ている弟マヌエル・ソードルに向かって説明をし始めた。
「若様、恐らくご存じないと思いますが、フランチェスコとは本名ではございません」
「え?」
「本当の名はマンサクと申します」
「え? え?
どういうこと、フラン?」
それに対して、自称庭師フランチェスコは前髪を掻き上げながら答える。
「違います、違いますよ!
麗しのお嬢様に、坊ちゃん、ブルーヌ夫人!
わたしの名はフランチェスコ、気楽にフランとお呼び下さい」
エリージェ・ソードルは侍女長ブルーヌ・モリタに向かって訊ねる。
「ねえブルーヌ、領主に対して名を偽った場合、どれくらいの罰を与えるべきかしら?」
「斬首が相応かと」
「申し訳ございません!
マンサクで間違いありません!」
地面にひれ伏せる自称庭師フランチェスコに弟マヌエル・ソードルは「嘘でしょう?」と顔をひきつらせる。
そんな彼に対して、自称庭師フランチェスコは悲しげに顔を歪ませた。
「坊ちゃん、申し訳ございません……。
これには深い理由がございまして」
「深い、理由?」
弟マヌエル・ソードルが訊ねると、自称庭師フランチェスコは神妙な顔で頷いた。
弟マヌエル・ソードルはエリージェ・ソードルを一瞥した後、「聞かせて、くれる?」と優しく訊ねる。
自称庭師フランチェスコは「はい」と立ち上がった。
そして、悲痛の顔で言った。
「お嬢様、坊ちゃん、マンサクという名の由来をご存じありませんか?」
姉弟そろって小首を捻ると、悲恋の歌を声高に歌い上げるように叫んだ。
「マンサクとは!
ああ、マンサクとは!
豊作という意味なのです!
分かりますか!?
豊作という意味なのです!」
「???」
姉弟そろって訳が分からないといった顔で眉を寄せた。
そして、エリージェ・ソードルが訊ねる。
「だからなんだというの?
結構な名前じゃないの」
「田舎っぽいじゃありませんかぁぁぁ!」
突然の絶叫に、姉弟そろってポカンとする。
自称庭師フランチェスコはそれに構わずまくし立てる。
「嫌なんですよ!
田舎っぽい、ほのぼのな名前が!
しかもですよ!
勝手にそんな名前を付けておいてですよ、ちょっと不作になると、『おいマンサク、もっと頑張って豊作にしろ』とか訳の分からないこと言うんですよ!
許し難いですよ!
それに、わたしのようなエルフ似のイケメンにはもっと都会的な名前が似合う、そう思いませんか!?」
弟マヌエル・ソードルが「エルフは森の種族だから、どちらかというと田舎だと思うけど?」と指摘をしたが、自称庭師フランチェスコはお構いなしに、何故フランチェスコという名に行き当たったかぁ~などと熱弁を振るい始めた。
エリージェ・ソードルがうんざりした顔で、弟マヌエル・ソードルに言う。
「マヌエル、従者は別の者にしなさい。
わたくしも探してあげるから」
それを聞きつけた自称庭師フランチェスコがぎょっとした顔で女を見た。
そして、その足にすり付かんばかりにひれ伏し、詰め寄る。
「お嬢様!
何故ですか!?
名前ですか!?
やはりマンサクがよく無いのでしょうか!?」
間に入った女騎士ジェシー・レーマーに踏みつけられながらも食い下がる自称庭師フランチェスコに、エリージェ・ソードルは呆れた顔で溜息を付いた。
「名前というより、あなた、なんだかめんどくさそうじゃない。
仕事をする主の補助をするための従者が、主に心労をかけるなどあってはならないでしょう?
マヌエル、あなた”これ”が側にいて公務に集中できるのかしら?」
「う~ん、自信がないです……」
「ちょっと、坊ちゃん!?」
「決まりね。
もう下がって良いわよ」
「お嬢様ぁぁぁ!」
などというやりとりをしている三人に、侍女長ブルーヌ・モリタが声をかけてくる。
「お嬢様、若様、少し宜しいでしょうか?」
「どうしたの?」
「もし宜しければ、マンサクを従者見習いという形にして、お試しいただけませんでしょうか?」
その提案に、自称庭師フランチェスコを含む、その場にいる者全てが目を見開く。
エリージェ・ソードルが代表するように訊ねる。
「どういうこと?
何故、”あなた”が”これ”を擁護するの?」
規律や礼儀を何よりも尊ぶこの侍女長がくだらない理由で偽名などを使っているこの男に力添えをする理由が分からなかったからだ。
それに対して、侍女長ブルーヌ・モリタは簡潔に答える。
「労には報いるべきだと思うからです。
本当に苦しい時に、この者は若様を守りました」
そこまで言うと、侍女長ブルーヌ・モリタは少し苦しげな笑みを浮かべた。
「お嬢様、それはわたしには出来なかったことです」
「……」
弟マヌエル・ソードルは「そんなこと無い! ブルーヌは、僕を守ろうとしてくれたよ!」などと擁護するが、侍女長ブルーヌ・モリタの表情は晴れることはない。
そんな彼女の手を取る男がいた。
自称庭師フランチェスコである。
片膝をつく自称庭師フランチェスコは――止める間もなく踏み付けていた足から抜け出された女騎士ジェシー・レーマーが「な!?」っと驚くのもお構いなしに――キラキラ輝く笑みを侍女長ブルーヌ・モリタに向けた。
「何をおっしゃる、可憐なご婦人ブルーヌ様。
あなたは、我らを柔らかな陽光で照らす太陽なのです。
そのように、顔を曇らせてはなりませんよ」
「……」
顔をひきつらせた侍女長ブルーヌ・モリタは、エリージェ・ソードルに向き直り微笑んだ。
「お嬢様、駄目だった場合は斬首にしていただければよろしいかと」
「もう斬っといた方がよいのでは?」
侍女長ブルーヌ・モリタと呆れ気味のエリージェ・ソードルの言に、「ひぃ! こ、怖いことをおっしゃらないで下さい!」と自称庭師フランチェスコは再度地に伏せた。
エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルにやや疲れぎみの視線を向けると言った。
「マヌエル、あなたは近いうちに、わたくしと王都に行くことになるわ。
それまでに、これで良いのかしっかり考えておきなさい」
「は、はい!
分かりました!」
エリージェ・ソードルは少し目を険しくさせながら、続ける。
「マヌエル、良いかしら。
一緒にいたいからという理由で選んでは駄目よ。
あなたが公務する上で助けになる、従者とはそんな者でなければならないの。
分かったかしら?」
「はい」
弟マヌエル・ソードルは強く頷いた。
10
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
連帯責任って知ってる?
よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる