楽しい転生

ぱにこ

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其の四

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 心地よい波の音。
 時折、風に乗って磯の香りが鼻孔をくすぐり、アガーテは徐々に意識を覚醒させていく。
「ん~っ」
 硬くなった体を解すように思いっきり伸びをすると━━同時に伸ばした腕が何かにぶつかった。

「ん? わっ、あああっ、ごめんなさい」
 殴り飛ばしたのは人である。それも弟。
 勢いよく腕を伸ばしたせいで、頬が赤くなってしまっている。
 アガーテは慌てふためき、弟であるダミアンの頬を擦った。

「ごめんなさい、いたかったね。これはじこなのよ。わるぎはないのよ。ゆるして」
 未だ意識を取り戻していないダミアンに向かって、謝罪をするアガーテだが。
 ふと、寝ていた場所、部屋の内部に気を取られた。

「ここはどこ? 」
 見慣れぬ粗末な寝床に絨毯も敷かれていない木を打ち付けただけの床。
 同じく木を打ち付けただけの壁には磯の香りが漂う網が吊るしてある。

「だれかにたすけられたの? 」
 まだ、ぼうっとする頭を振り、アガーテは記憶を整理する事にした。
 伯母でもあり、祖母でもあるカミラの決死の助力により、船で逃げ果せたのは記憶にある。

「カミラさま…………」
 別れ際のカミラの顔を思い出し、苦悶の表情を浮かべるアガーテ。
 慕っていた分だけ、悲しみと怒りがアガーテを支配するが、唇を噛み耐えた。
 そして、続きの記憶を探る。
「ふねはじゅんちょうにうごいていた……」

 そう、あの時までは━━━━

 それは、航海が始まって、10日目の事であった。
 急な出来事だったとはいえ、十分に確保したつもりだった食料が尽きかけていた。
 ここまで、大陸を渡るのに時間を要するとは思っていなかったリヒャルトの落ち度である。
 叱責を受ける覚悟でリヒャルトは、その事をダミアンとアガーテに報告したが。
 娯楽もなく、やるべき事もない船旅に退屈を持て余していたダミアンが釣りをする事を提案した。
 魔王城で暮らす2人にとって、娯楽とはチェスの様な盤上遊戯のほか兵士達が競い戦う闘技観戦くらいであった。
 その他の時間は全て、次代魔王の在り方とそれを補佐する者としての教えを詰め込まれていたのだ。
 本から知識を得た釣り。
 子供らしい笑顔を浮かべ釣りをしたいと提案するダミアンと、賛同し喜び跳ねているアガーテ。
 船に乗り、初めて見せる2人の笑顔。
 リヒャルトは喜び勇んで釣り道具を用意し始めたのである。

 残り少ない干し肉を餌にして釣りを始めたアガーテとダミアンは、次々と魚を引き上げていった。
 岸から遠く離れたこの場所に限った事なのか、それとも魚に警戒心がないのか、入れ食い状態である。 

『また、つれたわ』
 喜び、竿を引き上げるアガーテ。その声に反応して、リヒャルトは魚を釣り針から外す役目をこなす。
 双子が次々と釣りあげるので、自身が竿を垂らす余裕━━時間がない。
 リヒャルトの目算では、すぐに食べる分と干物、釣りの餌用と分ける為、最低でも10匹。多くて15匹くらい釣れればいいと考えていたのだが、当にその数を超えている。
 しかし、楽しんで釣りをしている2人に告げれるわけもなく。
 塩漬けにした後、乾燥させればどうにかなるだろうと踏み、2人の世話を続けるのであった。

『リヒャルト、こっちもだ。こんどのはすごいぞっ! みたこともないおおものだ』
『少々、お待ちを』
 ダミアンにそう断りを入れ、アガーテの釣り針に餌を仕込む。
 そして、急ぎダミアンの釣り針から魚を外そうと駆け寄り、竿先へと目を向けた。

『だ、ダミアン様っ、アガーテ様っ。そのまま静かに竿を置き、船室の方へ逃げて下さい』
 リヒャルトの身体から血の気が引き、嫌な汗が噴き出る。

『どうした?! これはたべられぬのか? 』
『どうしたの? リヒャルト』

 緊迫した声で告げるリヒャルトとは対照的な2人の様子。
 主に声を荒げるなど、以ての外だが、今は時間が惜しい。

『はやくっっ!!! 』
『ひっ! 』『っ!!』

 怒声交じりの声色に驚き、ダミアンとアガーテは竿をポトリと落としてしまう。
 そして、言われた通り船室に慌て逃げ込もうとした瞬間。
 大きく船が揺れた。

『ギャアァァァス!! 』

 水飛沫を大きく立て現れたのは海竜。
 海に出る際は、最も警戒せねばならない魔物である。
 運悪くダミアンの竿先にかかっていたものは、海竜の仔であった為、仔を奪われたと思い激怒して現れたようだ。
 咆哮をあげ海竜が船に体当たりを仕掛けてきた。

 ━━ドンッッッッ!!!

 打ち上げられた海水が容赦なく降り注ぐ。
『うわぁぁぁっっ!! ━━━━ぐぇっ、う、うぇっ』
『キャアァァーーッ!! ━━━━ごほっ、ごほごほっ』

 うねる波。竿先に捕らえられていた海竜の仔が海面に投げ出される。
 ぽちゃんと水のはねる音に気付き、海竜が仔に視線を落とした。
 仔の無事を確認しているのか、海竜はグルルと唸り、船から離す様に鼻先で押し退けている。
 海竜が仔に気を取られている隙を見て、リヒャルトはダミアンとアガーテに目を向けた。
 なんとか、船縁にしがみ付いているものの、もう一度体当たりを食らえば、海に投げ出されるのは必然。
 これ以上、船の損傷が大きくなれば、いずれ沈没する。
 魔王城から出た事もない彼らが泳げるとは到底思えないし、リヒャルト自身も、2人を助けつつ泳ぎ切る自信はない。
 ならば、これ以上海竜を刺激せぬよう、静かにダミアンとアガーテを船室に避難させ、やり過ごすのが最善とリヒャルトは考えた。

 そして、船室の扉を開け、逃げ込む様に促す。

『早く、今のうちにっ! 』

 リヒャルトの切迫した声が響き、ダミアンとアガーテの肩がびくりと跳ねた。
 2人はコクコクと頷き、船室に逃げ込もうと走る。

 だが遅かった。

『グガァァァァァッ!!! 』

 海竜のの咆哮が轟くと同時に、船体が横倒しになる。

『キャァァァァァァーーーッ!!! 』
『うわぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!! 』
『っつ!!! 』

 咄嗟に2人を引き寄せ、開け放した船室のドアにぶら下がるリヒャルト。
 もういつ転覆してもおかしくはない。
 なんとか、2人が海に投げ出されるのだけは阻止したい。

『私の体を伝い、船室に逃げ込んでくださいっ』
 リヒャルトは抱きかかえる2人に自力でよじ登り、船室に逃げ込むよう叫んだ。

『でも…………』
 今尚揺れる船体。
 アガーテは不安気な表情を浮かべ、自信なさげに出来ないと小さく呟いた。
『でも、ではありません。投げ出されれれば、死んでしまうのですよ。仇も討たぬまま死んでも良いのですかっ!! 魔王となり、仇を討ち、魔族を束ねて下さい。それが私の希望なのですから……』
 リヒャルトは片手でドアの縁を掴み、片手には幼子とはいえ2人も抱えている。
 これ以上の揺れや衝撃が加われば、いつ手が離れてもおかしくはない。
 それゆえに、檄を飛ばした。
 魔王となり、仇を討つ。その言葉を聞いたダミアンが、アガーテの顔を見据た。
『アガーテ! いくぞっ! 』
『わかったわ。ちちうえとははうえとカミラさまのかたきをうたなくてはね』

 2人が船室までよじ登る。傾く船体の壁際に立ち、ダミアンがリヒャルトも登る様に促す。
 しかし、リヒャルトは頭を振り、
 『私は、あの海竜を追い払います。ダミアン様とアガーテ様は、扉を閉めじっとしていてください』
 そう言って、掴んでいた手を離した。

『『リヒャルトッ!! 』』

 守るべき主の危機は、一時回避した。
 後は、この海竜を追い払うのみ。
 カミラの護衛騎士でもあったリヒャルトの身体能力は高い。
 足場が揺れる為、両脇に刺した大剣を抜く事は出来ないが、前腕に仕込んでいる短剣は使用できる。
 リヒャルトは短剣を抜き、船室の外壁に立った。

『この短剣で、致命傷を負わす事は出来ないだろうが、逃げてくれれば重畳。逃げなければ、共に海の藻屑となろう』

 そう呟き、リヒャルトは海竜の頭部に飛び乗った。狙うは目。海竜とて目を失えば、海に潜む他の魔物の餌食となろう。
 渾身の力を籠め、海竜の目に刃を振り下ろす。だが、海竜が首を振り、目測を誤ってしまう。

 ━━━━ガシッ!!

『ちっ!! 』

 短剣が振り落とされた場所は、目の上。想像以上の硬さである。
 されど、リヒャルトに悔しがっている暇はない。
 素早く短剣を振り被り、再び振り下ろした。

 ━━━━ザシュッ!!

『ギャアァァァァァッ!!! 』

 肉を切る鈍い音を共に、海竜が吠える。
 そして、痛みでのた打ち回る様に、海面をバシバシと跳ねている。
 衝撃で波打つ船。海面に幾度となく叩きつけられるリヒャルト。
 懸命に海竜の尖った外皮にしがみ付いていたが、あえなく飛ばされてしまう。

『ウワァァァァァァァァァアッ!! ━━━━グホッ!! 』

 リヒャルトの叫喚を聞き、船室内で見ていたダミアンとアガーテは青ざめる。
 リヒャルトがどこへ飛ばされたのか、中からは窺い知れぬがもう戦えぬだろう。
 後がない。
 絶望し、悲観に暮れるダミアン。だが、対照的にアガーテはギリリと歯を食いしばっていた。
 アガーテは怒っていた。たかだか、仔を釣り上げたくらいで、この仕打ち。
 仔が死んだわけでもない。
 なのに━━━━

『も、もう………もうっ、やめてーーーーーーーーっ!!! お、おまえなんか…………どこ……かにいっちゃえ………』

 ブツブツと呪言を吐くように呟くアガーテ。
 怒りに燃えているその瞳は、元々赤く染まっていたのにも関わらず、片側だけ銀色に変化していた。
 その銀色の瞳が怪しく光り、呪言と交じり合う。

『ギャアスッ』

 あれだけ荒れ狂っていた海竜が小さく唸り、興味を失ったかのように去っていく。
 時折振り向き、頭まで垂れる始末だ。
 幼い2人は、海竜が何故去って行ったのか理解できずにいたが、脅威が去った事に関して安堵した。
 そして、海竜の姿が見えなくなった後、ダミアンが双子の姉の変化に驚きの声をあげた。

『あ、アガーテ…………め、まがんが…………』
『えっ? 』

 ダミアンは四肢を折り大粒の涙を流している。物心がついた頃より魔王となるべく教えられてきたダミアンは魔眼の発現を心待ちにしていた。いや、切に願っていた。
 魔眼さえ現れれば、両親の仇を討つことが叶うと。
 にもかかわらず、アガーテに魔眼が発現してしまった。
 喜ばしいの事のはずなのに、先を越された悔しさと魔王となる夢を絶たれた絶望感がダミアンを支配する。

 そんなダミアンの様子で察したアガーテは、まだ横に傾いている船室の壁を這いながら備え付けられている鏡の元へと向かった。
 そして、アガーテは自分の顔を鏡に映し小さく悲鳴をあげた。

『こ、これは…………これはっ、まおうのまがんではないわっ。かたほうだけなんてありえないものっ。そ、そうよ……ありえないのよ…………っ、ダミアンっ、これはまおうのまがんではないわ』

 アガーテは自分自身にも言い聞かせるように、ダミアンにきっぱりと告げた。
 魔眼を発動しながら。

『そうだね。それは、まがんではない……アガーテのいうとおり━━━━』

 そう呟きながら、ダミアンは気を失う様に倒れてしまう。

『だ、ダミアンっ!! 』

 再び這うように移動し、ダミアンに駆け寄るアガーテ。
 しかし、同じくアガーテも気を失う様に倒れてしまった。

 こうして、舵を切る者もおらず、船は潮に流されホエール連邦国の北東に位置する漁村『アルガ村』へ辿り着いたのであった。

 ・
 ・
 ・

 気を失うまでの出来事を思い出したアガーテ。
 ダミアンと共に陸に居る事を察し、心の底から安堵する。
「よかった。ほんとうに、よかった……ダミアン、わたしたち、たすかったのよ。いきているのよ」

 アガーテは、寝ているダミアンに語りかけた。
 返事を欲している訳ではなく、助かった事への喜びを口に出したかったのだ。
 しかし、思いがけずダミアンが目を覚ました。
「う~ん…………うん? もう、あさ? 」
 朝と言うか、もう夕暮れだが、アガーテは優しく微笑み「ええ、もうあさよ」と答えた。
 これは、双子で生まれた2人が、同じ部屋で寝起きし、毎朝繰り返されているやり取り。
 いつもと変わらぬダミアンの様子に、アガーテはプフッと吹きだしてしまう。

 魔眼が発現し、悲観したダミアンだったが、アガーテ自身も1人で突き進んでいる様な感じがして寂しさを感じていた。
 だからこそ、いつもと変わらぬダミアンがより愛おしく思えた。

「わたしたち、だれかにたすけられたみたいよ。おきて、おれいをいいにいきましょう」

 助けてくれた者へ礼を言いに行こうとダミアンを促すが、まだハッキリ目覚めていないのか、目を擦りながら、部屋をぼうっと眺めている。

「ダミアン? まだねむいの? 」
「うん? いいや、ねむくはないのだが、ここはどこだ? 」
「…………」

 それを知る為に礼を言いに行こうと提案しているのであって、アガーテが知る由もない。
 意識が覚醒しきっていないダミアンの眼前で、アガーテはパンっと手を叩いた。
 音に驚き、目を見開くダミアン。

「わたしたちをたすけてくれたひとのいえでしょう。さあさ、しっかりめをさまして、おれいをいいにいきましょう」
「うっ、うん。わかった」

 アガーテに手を引かれ、部屋に一つだけあるドアの前に来た。
 そして、大きく深呼吸して、アガーテは取っ手に手をかけたのだが。
 ダミアンが力を籠めてアガーテの手を引き、止めた。

「どうしたの? 」
「アガーテ。もし、おそろしいひとだったらどうする? それか、どれいしょうにんだったばあいは? 」

 仮に、強面の人だとしても助けてくれたのだ。それは心根が優しいという事である。
 一方、奴隷商人である可能性は極めて低い。
 奴隷商人が清潔なシーツに寝かせ、看病するはずがないのだ。
 それは、寝かされていた脇に置いてある桶と手ぬぐいで見て取れる。
 アガーテはダミアンの杞憂を一掃するためにも、極めて明るく言い放った。

「ふふ、どれいしょうにんならしばりもせず、わたしたちをねかすわけないわ。それと、こわいひとがたすけてくれるわけもないでしょう? あ、かおがこわいのは、わたしたちのしゅぞくでみなれているはずだし、へいきね」
「…………まぁ、まぞくのかおつきはこわいものな……こわもてはみなれているから、いいとして。そうか、そうだよな、あくとうがたすけるわけはないものな」

 納得したのか、ダミアンの顔に憂いは見当たらない。

「よし、いこう」
「ええ」

 勢いをそのままに盛大にドアを開け放したダミアンとそれに続くアガーテ。
 その先に、囲炉裏を囲んで話し合う老人とリヒャルトの姿が飛び込んできた。

「リヒャルトっ! 」
「リヒャルト、いきていたのねっ! 」
「お二人とも、目を覚まされたのですね…………良うございました……」

 あの戦いを見ていたからこそ、リヒャルトが無事だったことを喜ぶ2人。
 飛ばされた先が見えなかった事もあり、海に投げ出されたのかと思っていたのだ。
 そんな、リヒャルトは3日前から目を覚ましており、2人にずっと付き添っていた。
 しかし、いくら待てど目覚めない2人を案じて、大きな町まで行き、医者を連れてこようかと相談していた最中であった。
 無事、目を覚めた2人を見て、喜び咽び泣くリヒャルト。

 3人の様子を温かい眼差しで見つめ、この村の長である『オウサ』が口を開いた。
「ああ、2人とも目を覚ましたんじゃな。良かった、良かった」

 尚も泣き続けているリヒャルトの背中を擦りつつ、アガーテが長に向き直った。
「あ、あの。わたしたちをたすけてくださったかたですか? 」
「わしではなく、村の若い衆が助けたんじゃ」
「ぞうでず。ご、ごの村のがだがたが、だずげでぐださったんです━━━━」
 ズルズルと鼻をすすりながら、説明をしてくれるリヒャルト。
 王族の護衛騎士でありながら、幼子の様に泣く姿にはダミアンもアガーテも苦笑いしか出てこない。

「もう、リヒャルトったら。こどもみたいだわ」
「そうだな、わたしたちよりこどもみたいだ」
「ずびまぜん…………」

「外の井戸で顔を洗ってくるといい」 
 長が、しゅんと項垂れるリヒャルトに顔を洗って来るように勧めた。
「はい……」

 寂しそうに出ていくリヒャルトを見送り、ダミアンとアガーテは改めて長にお礼を言った。

「わたしたちをたすけてくださりありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いや、いいんじゃ。船から引き揚げたのは若い衆じゃし、後は寝かせておいただけじゃ」
「それでも、たすけていただいたことにかわりはありません。また、ふねからひきあげてくださったかたたちにも、おれいをいいたいので、なまえやすんでいるところをおしえてください」

 何日眠っていたのかはわからないが、見ず知らずの者を助け置いてくれている。
 それだけで、感謝してもしきれない程に、恩を感じているダミアンとアガーテ。

「そうじゃの……ひとまず、起きたばかりじゃし、礼を言いに行くのは明日にして、飯でも食うか? 」
 ご飯と言う言葉を聞いて、急に空腹を感じる2人。
「「はいっ」」
 声を揃えて返事をしたのだった。

 ・
 ・
 ・

 夕飯の時。
 胃に優しいだろうと、柔らかく煮た野菜と魚の入った汁を御馳走になりつつ、長が船の状態や倒れていた3人の様子を話して聞かせてくれた。
 ダミアンとアガーテが目覚めたのは、助け出して5日目の事だったそうだ。

「このむらはさかなをとって、くらしているんですね」
 魚の出汁が程よくでて、旨味が野菜にしみ込んでいる。
「そうじゃ、お主らは国に帰らぬのだろう? 」
「はい。もう、むらをおわれたみですから、ここにおいてください」

 夕飯の前に口裏を合わせる為、話し合った事を思い出すアガーテ。
 3人は兄弟という設定にするという事。暮らしていた町が飢饉に陥り、人減らしのために捨てられたという事。
 それと、獣人に間違えられている為、獣人として生きるという事。
 この村の者達は始め、アガーテ達を貴族と思っていたという。
 それは乗って来た漁船が、この村では見たことないほど豪華な造りであった為であり、
『私の国では、これは一番安い漁船なんです』と苦しい言い訳をしたとリヒャルトが苦い顔をして言っていた。
『きょうだいというせっていなら、アガーテさまとか、ダミアンさまとかいうのはやめておきましょうね』
『それと、かしずくのもやめたほうがいい』
 ダミアンとアガーテがそう提案すると、リヒャルトは青くなり『申し訳ございませんっ』と床に頭を打ち付けて詫びを入れる始末。
『いまは、ダミアンとリヒャルトだけがしんらいできるのだから、ぶしつけでもいいのよ』
『そうだぞ、リヒャルト』
『ふふ、ダミアンもきをつけないとね』
『うん? 』
『そのことばづかいよ。リヒャルトはあにうえになるのよ。うやまわなくてはね』
『おお、そうか! リヒャルトにいさま、よろしくおねがいいたします』
『じょうずよ、ダミアン。では、わたしも。リヒャルトおにいさま、これからよろしくおねがいします』
 そう言って、深々と頭を下げたら、一層青褪めて気を失いそうになっていたリヒャルト。
 アガーテは思い出し笑いをした後、設定どおりの返答を返したのだった。

「そうじゃの。暫くはここに住むとええ。だが、若い衆と一緒に自分達で家を建てるのじゃぞ」
 村に住みたいと思った者に対しては、快く迎え入れ、必要最低限の手伝いはするが。
 その後の事は別である。
 住む家を自分達で建て、魚を捕り、畑を耕す。
 それが出来なくては、村に寄生するのと同じ事。それぞれが自立し、補い合って生きていくのがこの村のあり方だと、長が説明する。

「もちろんです」
「はい」
「はい、家が建つまで、お世話になりますがよろしくお願いします」


 こうして、ダミアン、アガーテ、リヒャルトの3人は『アルガ村』に暮らす事となった。
 それは、ダミアンの魔眼が発現するまでの間の仮暮らしと念頭において。
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