楽しい転生

ぱにこ

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其の六

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 カリンやリョウブが旅立ち、おババ様が眠りについた後、気が付けば遺跡へと足を運ぶヒイラギの姿があった。
 何もせずに一人佇む時もあれば、一心不乱にへばりついた何かを拭い掃除している時も、ただひたすらに願うのは、おババ様の御身。
 されど、穏やかに眠るおババ様の傍らで眠る少年を見つめていると、畏怖し剣を抜いた己の姿が過り、溜息が零れる。
(…………)
 あの状況では最善を尽くしたと言い切れるものの、無垢な少年を前にすると他に手立てはなかったのかと、自分に問いかけてしまうのだ。
 幾度となく考えても結果は変わらず、掃除する手に力が入る。
 腐臭が漂う遺跡でおババ様を目覚めさせるわけにはいかないと始めた掃除だったが、ヒイラギ自身の心の拠り所になりつつもあった。

 隠密部隊の仲間であろうと、すべてを知る者はいない。
 相談する者も、指針を示してくれる者もいない。
 見回りや訓練の後、この場所へと赴くのは、孤独から逃れるためだった。

「おババ様、報告いたします。本日、カリンより文が届きました。文によると『ヨークシャー王国』の宰相である『ハウンド侯爵』様と御令嬢である『ルイーズ』様、カツラさんのお孫さんの『ケンゾー・シバ』様、遺跡に詳しい『アルノー・サルーキ』様がこちらに向かっているとの事です。今回の報告では書かれていませんでしたが、訳もなく御令嬢まで同行するとは考え難いので、もしかすると件の少女かも知れません。次の報告は一週間後となっていますので、届き次第報告に参ります……(まあ、遺跡には毎日来てるんだがな……)」



 ◇ ◇ ◇



「はあ?…………」
 孫のケンゾーを見送りに行った折に、ハウンド侯爵から手渡された手紙を読み、眉間を揉むカツラ。対面に腰かけお茶を飲んでいるユズリハは、そんな父を気遣い声をかけた。
「父さん?難しい顔をして、どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「そう?侯爵様からのお手紙でしょう?ケンゾーに関わる問題だったら、私にも教えてね」
 ユズリハはそれだけ言うと、考え事の邪魔になると感じて、部屋を退室した。

「すまねえな……」
 カツラはそう呟くと、再度手紙に目を通し始めた。

【カツラ殿。口頭で伝える時間がなかったので、手紙で知らせる事を許してほしい。昨夜、ケンゾーから聞いたのだが、前世の記憶を持つ少女を探してほしいと、貴殿に頼まれたとのこと。ケンゾーはその少女に心当たりがあったのだが、私に許可もなく伝える事を躊躇い相談にきた。ケンゾーが躊躇うのも致し方がないといえよう……何を隠そう、その少女は『ルイーズ』なのだから。今回、使者殿が王国へと来たのは、遺跡に異変があったからだ。まだ、幼いとは言え、ルイーズの前世の知識が必要と判断し、同行させることにした。ルイーズの従者であるため、貴殿の孫であるケンゾーくんを巻き込む形になってしまったのは、心から謝罪する。すまない。危険がないよう守ると誓う。追伸:気になるのならば、追いかけてくるといい】

(ルイーズが、前世の記憶を持つ少女だと?なんてこった……少し変わった子だと思ってたが、そうだったのか……従者であるケンゾーが言えないのも無理はないな。ルイーズが同行するにあたって、カリンやリョウブは事情を説明して貰ったはずだろうが……なんで俺に言わない。退いたとはいえ元隊長だぞ…………何年も遺跡を見回ってきた。万が一の時は、おババ様を守るために命をも投げ出す覚悟もしてきた。……まあ、娘可愛さに、部隊を退いた俺が言っても仕方がないか……さて、どうするかね……ケンゾーが気掛かりなのは確かなんだが、おババ様も気になる。何事もないといいが…………これから先、ルイーズがカギになるのなら、ケンゾーも関わってくるのは必至。手助け出来ねえで、あいつらの師匠を名乗るのもおこがましいってもんだ。行くか……)

 カツラは、冷めきったお茶を飲み干すと、手紙を胸ポケットにしまいこみ立ち上がった。
「荷造りでもするか」
 気が急いでいるのか、碌に確認もせず手当たり次第詰め込むと、パンパンに膨れ上がった鞄が完成した。 それを肩に掛け、隠密部隊の時から使い込んでいる愛刀を腰に差した。
「追いつくのなら、一日でも早い方がいいが……」
 窓を外を見ると、空が夕闇に染まっている。
 今から出るか、朝一番に出るか迷ったカツラは、娘であるユズリハの元へ向かった。

「話があるんだが、いいか?」
「どうしたの?」
「詳しい事情は話せねえんだが、ケンゾーの後を追おうかと思ってな」
 カツラがそう言うと、ユズリハの表情が険しくなった。
「ケンゾーに何かあったの?」
「いや、ケンゾーには何もないから安心しろ。昔の仕事仲間から手紙を貰っただろ? その内容は言えないが、ちょっと気になってな……侯爵家の鍛錬も休みになったし、ケンゾーは『サクラ公国』に向かってるし、孫の様子を見ながら旅をして、仲間の様子も探ってこれるなら、一石二鳥だと思ってな」
「う~ん……嘘ではないみたいね。なにか言い訳っぽいけど、言えない事情のせいでそう感じるのね」
 ユズリハは、父が嘘を言っているようにも見えず、腑に落ちないながらも了承した。

「それで、荷物を抱えてるってことは、今から行く気なの?」
「あ、ああ、どうしたもんかと思ってな……早く追いつきたい気持ちがあるんだが……」
 カツラはそう言うと、一旦荷物を下ろし、ソファに腰かけた。
 いくら気持ちが逸っているとはいえ、夜に出発しても距離が稼げるとは思えなかった。
 カンテラと月明りだけで進むのは危険もあるし骨が折れる。
 自分自身はどうにでもなるが、乗っていく馬が怪我でもしたらたまったものではない。

 煮え切らない態度の父を見つめ、溜め息まじりにユズリハが告げる。
「故郷の言い伝えにあるでしょう『急がば回れ』って。本当に急ぐのなら、明日の朝一番に出発すればいいじゃない。わざわざ危険を伴う夜に出発しなくても、朝に出発して、寄り道をしなければ十分に間に合うわよ」

 サクラ公国では、数百年前に召喚された巫女の日本特有の考え方やことわざなども根付いている。
 それは、親から子へ言い聞かせ、代々受け継がれていった考えでもある。
 カツラ自身が娘であるユズリハに言い聞かせてきた言葉を、自分自身が聞かされるとは考えていなかったので苦笑が漏れた。


「そうだよな。明日の朝、出発することにするか」
 カツラは娘を安心させるように微笑み、告げると自室へと戻っていった。
 ・
 ・
 ・
 次の日。
 夜が明けきらない時間に目が覚めたカツラは、窓を開け深呼吸した。
 朝露に濡れた草木の香りが肺いっぱいに満ちて、清々しい気持ちになると「よしっ!出発するか」と声をあげ階下に降りて行った。

「おはよう、父さん」
 階段の下で待ち構えていたユズリハの姿を目にして、カツラは驚き「おはよう、早いな」と返事をした。

「行ってきますも言わないで行くつもりだったでしょう」
 頬を膨らませ、不満気に抗議するユズリハの姿は、いくつになっても娘には甘い父親には有効だった。

「すまない。起こすのも悪いと思ってな」
 ユズリハは、頬を掻きバツの悪そうな顔をするカツラに、まだ温かさの残る包みを差し出した。

「ふふ、そんな事だろうと思ってた。はい、お弁当を作ったから持っていってね。父さん、しっかり食べて、しっかり休んで、無理をしないでね。それと、追いついたらケンゾーの事、よろしくお願いします」
 ユズリハはそう言うと、深々とお辞儀をした。
 カツラは娘が作ってくれた弁当を鞄に詰め、お辞儀をする娘の頭を優しく撫でた。
「行ってくる。ケンゾーの事は俺に任せておけ。皆、無事に元気に戻ってくるから、お前も体には気をつけんるんだぞ」

 ユズリハは、多くは語らない父が危険な場所へと向かうのではないかと考え一晩眠れず、弁当作りに没頭したのだった。溢れそうになる涙を押しとどめ「気を付けていってらっしゃい」と見送る。
「ああ」と短い返事の後、カツラは馬に跨り『ヨークシャー王国』を出立した。



 ◇ ◇ ◇



「しかし、ルイーズ様って変わった子よね」
 カリンとリョウブは、馬車に揺られながら何気ない会話を始める。
「そうですね……ルイーズ様も変わってると言えば変わってるかも知れないけど『ハウンド侯爵』一行は、皆変わってますよ」
「アルノー先生だっけ?馬車を暴走させた時は肝が冷えたわ」
 カリンはそう言うと、クスクスと笑い始めた。
 リョウブは馬車を操りながら、横目でカリンを見て引きつった笑みを浮かべる。
 あの時、暴走する馬車から振り落とされそうになった子供たちをどうやって助けるか、パニックを起こしたカリンの姿を思い出したからだ。

【大変っ!!子供があの速度で振り落とされたら、死んでしまうわっ!!侯爵家の令嬢に怪我をさせるのも、論外だけれど、死んでしまったら━━あああ、どうしましょうっ!!】

 確かに、遺跡調査へと向かう重要な一行なのだから、カリンが動揺するのも無理はないが、たとえ振り落とされたとしても、ルイーズやケンゾーは擦り傷ぐらいで済んだだろう。

「それより、コカトリスの雛を飼うや飼わないで、親子喧嘩した時は笑ってしまいましたよ」
「ええ、あれも面白かったわ。当人たちは真剣なのだろうけど、3人と1匹の攻防は見ていて微笑ましかったわ」
「はい。結果、丸く収まったんでしょうが、本当にコカトリスを飼い続けるんでしょうかね?」
 素朴な疑問を口に出すリョウブにカリンも首を傾げる。
「さあ?」

 コカトリスは成長すると、2メートルを越す。敷地内で密かに飼うことは出来るかもしれないが、街の中を練り歩くとなると、人々がパニックを起こすだろう。
 将来の事を危惧する二人だったが、考えても答えが出ずに【宰相様だから、何とかするんだろう(でしょう)】と考え、他の話題に移った。

「しかし、侯爵家ともなると、魔法も大したものですよね」
 つい先日、ルイーズの麦刈りを目撃したカリンとリョウブは始めこそ呆気にとられたが、深く感心した。
「あの素早い動きも見事だったけど、魔法も見たことがないものだったわ」
「ルイーズ様で、あれほどの魔法を放てるとなると、侯爵様はもっと魔法に長けてるはず。やっぱり、あれくらい出来ないと『宰相』にはなれないんでしょうか?」
「サクラ公国の基準で行くと、あれほどの魔法を放てる者は一握りしかいないわ。それもまだ5歳になったばかりの少女が、麦刈りに使うんだもの……怖いわね……」

 麦刈りではなく、対人戦ならばと思い巡らせてしまったカリンは軽く震えた。
 同じような想像をしたリョウブも魔物と戦うのなら心強いが、対人戦となると恐怖せずにはいられない。

「怖いですよね……」
「ええ……」

「あの侯爵様に似た綺麗な顔も、怖さを増長させるわ」
「そうですか?」
「そうよっ!想像してみなさい。剣技はまだ見てないからわからないけど、鍛錬は続けるだろうから、攻撃力は上がるわよね。あの綺麗な顔で、麦刈りの時の様な笑顔のまま、魔物と対峙してたら?」
「…………怖い」

 妙な想像をして、心身ともに冷え込む2人。
 魔物と対峙するときに笑顔は向けないだろうが、麦刈りの時の笑顔が印象に残りすぎて、そういう想像をしてしまうのは仕方がないだろう。

「それはそうと、ケンゾー様やアルノー先生に薬学を教えてるんでしょう。どんな感じ?」
 カリンは冷えた気持ちを温めようと、話を切り替えた。

「先生の方は知識は豊富なんですが、本を読んで得た分だけですからね……薬草の取り扱い方法や、薬の作り方の方を優先して、教えています。ケンゾー様の方は、先生から教えてもらってる最中なんで、一から教える感じですね」
「行きのひと月余りで教えきれるの?」
「……2人とも物覚えがいいんでほとんど覚えきれると思いますよ。部隊の様に対人戦に使う爆薬や毒薬が必要って訳でもないですし」

 リョウブは、自分が得意とする爆薬作りや毒薬作りは、ケンゾー達が欲している知識ではないので、教えきれるだろうと踏んでいる。
 事実、ケンゾー達が欲しているのはコカトリスの毒に対しての知識だ。
 将来、必要になるだろう知識よりも、可愛いコカトリスの雛に向き合う準備を優先させているのだった。

「カリンさん。折角、野営続きなんですし、侯爵様に手合わせをしてもらわないんですか?」
 あんなに手合わせに執着していたのに、カリンはきっかけが掴めずにいる。
「お願いしたいのだけど、なかなか言い出せないのよね……侯爵様、ルイーズ様に目を光らせているし……」

 野営続きとはいえ、ルイーズのやる事なす事に目を光らせている侯爵に声をかける隙が見つからないのだ。

「過保護なんですかね?」

 目を光らせていないと突拍子もない事を始めてしまうルイーズを警戒しての行動なのだが、その事実を知らない2人は過保護に見えてしまうのだろう。

「まあ、可愛い娘に目を光らせるのは仕方がないわよね。怪我でもしたら大変だもの……でも、剣聖の再来とも言われてる侯爵様と手合わせできる機会は、そうそう来ないから隙を見つけるわっ」

 カリンが盛大に意気込むと馬車が大きく揺れた。
 リョウブは振動に驚いた馬を落ち着かせ、皮肉った声色でカリンに言い放つ。

「おっと。気を付けてくださいよ、馬はカリンさんと違って繊細なんですからね」
「私じゃないわよっ」
 カリンはリョウブの左脇腹を軽く抓って弁明する。

「こんにちわ。たいくつだったので、またあそびにきました」

 背後からの声に驚き、機械仕掛けの様にギギギと首を後ろ向けると、ルイーズが馬車に乗り込んでいた。

「ルイーズ様っ」
「あなただったのっ」
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