楽しい転生

ぱにこ

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67話

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 約200の瞳が見守る中、冒険者の1人が拡声魔道具を手に持ち語り始めた。

「俺はCランク冒険者で、ドニという者だ。今から君達に語る事を教訓として記憶していてくれると、嬉しい」

 そう前置きしたCランク冒険者『ドニ』は、意を決した様にゴクリと喉を鳴らし前を見据えた。
 ちょうど冒険者として脂が乗り始めたドニが教訓として語る出来事とは。
 きっと、私達にとって価値のあるものとなるだろう。

「ルイーズ、お茶のおかわり」
「はい。どうぞ、フェオドール。今の内に皆もおかわりしておいてね」
『は~い』

 私は、皆が手に持つカップにお茶を注ぎ、片手で食べられる様に揚げた『ねじりドーナッツ』を手渡す。
 受け取った皆が、嬉々として齧りつく姿を一瞥して、前に向き直った。
 語り部ドニの話が始まりそうだ。

「俺は成人を迎えるや否や、冒険者となった。特に苦難もなく順調にランクを上げていった俺は、2年でCランクへと昇級した……今、思うと青臭いガキだったと思う。現に王都周辺に出没する魔物程度であれば、目を瞑っていても屠れると慢心する様な鼻持ちならない奴だったんだからな」

 死線を潜り抜ける事無く、順調に昇級していったとしたら、慢心しても仕方がないと思う。
 私は父様という絶対的強者が傍に居るお陰で、ちょくちょく鼻をへし折られているけれどね。
 だから、私が天狗になる事はないだろう……。

「……だが、そんな俺に転機となる日が訪れた━━その日は、いつになく清々しい朝だったのを今でも覚えている……ギルドに赴いた俺は、いつも通り依頼掲示板に目を通していた。当時は受ける事が出来ていたワンランク上の依頼書だ。皆も知っているかと思うが、今は自身のランク以上の物を受けることが出来ない。これは、俺の一件があってから、改定されたと言っていい━━」

 ワンランク上の依頼が受けられなくなったのは最近の出来事である。
 それに関係する一件の当事者が、ドニ……。
 これは、聴き応えがありそうだわ。
 皆も同じ気持ちなのか、固唾を呑みジッとドニを見据えている。

「━━ワンランク上の依頼書に目を通していた俺が目を付けたのは、キラービーの討伐及び、ビーハニー採取だった。キラービーの討伐推奨ランクはD、しかし、ビーハニーの採取は推奨レベルBになる。これは何故だかわかるか? そう、キラービークイーンが守っている可能性があるからだ。キラービークイーンの討伐推奨レベルはBランク。しかもパーティで挑んだ場合だ。依頼書にデカデカと記されていたBランクパーティ推奨と言う文字を軽く流し、俺はこの依頼を受ける事に決めた……もちろん、ギルドの職員に止められはしたが、当時の俺は素直に聞き入れる様な奴じゃない。……俺は、ギルド職員の言葉を突っぱねた。こんな容易い依頼でこの俺が窮地に追い込まれるはずがないだろうとな。すると、ギルド職員はこう言った。『冒険者として身を置く以上、どんな依頼を受けようとも自己責任です。ですが、危ういと感じた時は、深入りせず、どうか逃げて下さい。それを約束して頂けるのなら、この依頼を受理致します』ってな。俺は頷いた。そうしなければ、依頼が受けられないと思ったからであって、逃げるなど負け犬のする事だ、この俺が逃げる訳ないだろうと、鼻で笑いながらな。……この時の俺に出会えるなら、俺は全力で引きとめるだろう。縄で縛りつけて懇々と説教してやりたい。……それくらい、単身でこの依頼を受ける危険性を軽く受け止めていたんだ。俺は……」

 ドニはそう言って、自分を戒める様に強く拳を握っている。
 苦悶に満ちた表情を浮かべ、何処かを一瞥し、顔を上げた。
 そして、再び語り始めた。

「そんな危険が孕んでいるとは知らず、俺は嬉々としてキラービーの巣に向かった。キラービーは弱い。一対一に持ち込みさえすれば、まず負ける事はないだろう。そうやって、1匹、2匹と順に屠りつつ、俺は巣に近付いて行った。辺りは、キラービーの死骸の山。それを見て、俺はほくそ笑んだ。『やはりな、この辺りの魔物になんぞ、後れを取る訳がない。なんて容易い依頼なんだ。これでBランクパーティ推奨だって? もしかして俺ってAランクぐらいの実力があるんじゃないか?! ハハハ』……この時、俺は実際そういう風に思い、笑っていた。……本当に、これを言うのは恥ずかしくて居た堪れない気持ちになるが、こういう恥の部分も、しっかり伝えておかなければと思ってな……そして俺は、目的のビーハニーを採取すべく、採取用のナイフを突き立てた! 瞬間、つ~っと温かいものが流れ落ちる感触が頬を伝った。なんだ? 俺は頬に手をやり確かめた。すると頬の内側の皮一枚を残し、深く切り裂かれているのが分かった」

 ギャーッ!!
 痛い痛いっ。
 私1人頬を押さえ身悶えているかと思ったら、皆も同様に頬を押さえ、身悶えている。

「流れる血、まだ痛みは襲ってこない。だが俺は頬を押さえ、悲鳴をあげた。何が起こったのかが全く理解できない。理解できないゆえ恐慌状態に陥ったんだ。しかし、何かに攻撃されたのは事実。歯をガチガチと鳴らしながら、敵を見極めようと視線だけを彷徨わせた。が、攻撃を仕掛けた相手は待っていてはくれなかった。視線を動かした瞬間、俺の背後にある木が大きく抉れ、ついでとばかりの余波が小枝を切り裂いていった。この時、俺は何が起こったのかようやく理解する事が出来た。巣に踏み込んだ俺を、配下であるキラービーを屠った俺を、キラービークイーン自らの手で制裁を加えようとしているのだと……クイーンはキラービーに比べて数倍大きいにも拘らず、目にも止まらぬ速さで、風を起こし敵を切り裂くという。そして、有効な手段は羽を攻撃し、飛び立てなくする事だが、俺は逃げの一手を選んだ。目に捕らえる事も出来ない速さで飛び回られている現状━━俺に出来る事はなかったからな……俺は這いつくばりながら、逃げた」

 命あっての物種。
 この場合、逃げるのが最良でしょう。

「カンカンと言う音と共に背中に衝撃が走る。致命傷だけは避けようと、剣を背負っていたのが功を成した様だ。さりとて、クイーンの攻撃が止むことはない。俺は這う這うの体で辿り着いた大木のウロに身を隠した。『どうか、諦めてくれ、去ってくれ』と神に祈りつつ攻撃は止むのを待った。だが、そんな俺の心境とは裏腹に、クイーンの攻撃は一層激しいものへと変化していく。身を隠した大木がすぐさま切り裂かれることはなかったが、頭上からどんどん枝が舞い落ちてくる。……これ以上逃げる事も叶わない。もうすぐ俺の身体も大木ごと切り裂かれ死ぬ……」

 そう呟き、ドニは空を見つめている。
 死を覚悟した瞬間の事を思い出しているのだろう。
 そして、話に聞き入っている生徒達を見つめ、ドニはこう続けた。

「だが、抗わず、ただ死を待つだけというのも悔しい。ならば、例え敵わなくとも一矢報いてやらねば、冒険者としての名折れでもある。俺は剣を抜き、ギュッと握りしめた。ドクドクと脈打つ鼓動。止まる事を知らない冷や汗……駆け出す時機は次の攻撃が着弾した瞬間だ! 大きく深呼吸をして、よし! と気合を入れ俺は駆け出した━━」

 張りつめた空気が辺りを包む。
 ドニの決死の突撃。
 その結末を知ろうと、学生達はドニを刮目している。
 そんな空気を知ってか知らずか、ドニが表情を緩めた。

「『ヤーーーーッ! 』と雄叫びをあげながら突撃した俺と、それを待ち受けていたかの様に滞空飛行しているクイーン。俺はクイーンを睨め付けたまま、ジリジリと距離を詰めていった。合間合間に飛んでくる攻撃は俺の体を傷つけるが、死を覚悟した俺に恐れるものなど何もない。俺はニヤリと口角を上げ、クイーンにこう言い放ち駆け出した『覚悟しろっ! 』とな……だが、俺の攻撃は掠りもしなかったんだ……そればかりか、クイーンの羽に剣を弾き飛ばされた俺は、体勢を崩して地に転げてしまった。『ああ、俺はなんて無力なんだ……だが、精一杯のことはやった。頑張ったんだ、俺は……もう、思い残すことはない……』さぁ、止めを刺せとばかりに全身の力を抜き静かに目を瞑った。ところが、何時まで経ってもクイーンの攻撃が来る事がない。どうしたんだ? 諦めてくれたのか? そんな希望的観測が脳裏を掠めた。ハハッ、そんな訳はない。あの怒り狂ったクイーンが、俺を見逃すはずなどない。ならば、ここはもう、死後の世界なのだろう。ああ、苦しまずに俺は死ねたのだな。良かった……そう思った瞬間、俺の体は宙を舞い、ふわりと柔らかな何かに包まれた。ああ、あの世というのは、こんなにも優しくフワフワしているのだなと、俺は柄にもなく涙を流した。その時、あれ? と違和感に気付いたんだ。あの世で涙が流せるのか? と」

 あの世で涙か……どうなんだろう?

「その違和感が拭いきれず、俺は恐る恐る目を開け、そして俺は驚愕した。あんなに俺を追い詰めていたクイーンが石化して転がっていたんだからな。呆然と石化したクイーンを見つめていると、優しくも勇ましい瞳が俺を見据えていた。その瞳の主は、ポーションを咥え差し出してくれるぴよたろう様だったんだ。この時、俺は気付いた。優しく全身を包み込んでくれたフワフワはぴよたろう様の羽毛。誰もが憧れ、その背に乗った者は、誰もが自慢するぴよたろう様の背中に俺は乗せられていたんだと。ある意味あの世とも取れる心地良さに俺の思考は停止した。フワフワに身をゆだねてしまった俺は、『治療しないと出血多量で死ぬぞ』と、ぴよたろう様に窘められるまで、至福の時を過ごした。俺はハッとした。確かに、ドクドクと流れ出る血でぴよたろう様の極上の羽毛を汚す訳にはいかないし、血を流しすぎて眠くなり始めていたからだ。初めは、ぴよたろう様の羽毛のお陰で眠くなっているのかと思ったが、これは違う。それに羽毛に包まれているのだから、寒気を感じる訳がないんだ。すぐさま俺はポーションを受け取り飲み干した。だが、ポーションで怪我は治ったものの、血を流しすぎた俺は動く事すらままならず、ぴよたろう様の『後の事は私に任せて今は休め』という言葉に甘える事にした。極度の緊張状態、出血多量による貧血。意識を手放すのは一瞬だったと思う。そして、気が付いたら……冒険者ギルドの中。この瞬間、本当に自分は生き残ったんだと、心底安堵して子供の様に泣きじゃくってしまった。ぴよたろう様はそんな涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺の顔を優しく拭ってくださった。同時に叱られもした……厳しくもありがたいお言葉だったよ……『背中を預けられる仲間を集え。互いを高め合える仲間をな』 ━━助言に従い、俺は仲間を募る事を決めた。そうそう、その時に討伐したキラービーの証明部位とビーハニーはぴよたろう様が集めてくださっていたんだ。本当に何から何まで、世話になったというのに、礼をしようにもぴよたろう様は何も受け取っては下さらない。そんな、ぴよたろう様のお心遣いに報いる為、俺はこの話をしようとこの遠征に志願した。……この場を借りてお礼申し上げます。ぴよたろう様、命を救ってくださりありがとうございました。そして、皆さん。この話から、何かを感じ取ってください。それが皆さんの成長に繋がると信じています━━」

 話を終えたドニは深々とぴよたろうに頭を下げた。
 ……あのビーハニーを手土産に持ち帰った日、そんな出来事があったのね。
 そして、ドニに手渡した分とは別に私の分も確保してくれてたのね。
 ぴよたろう、私は母として誇らしいわ。
 ありがとう。

「ねぇねぇ、ルイーズ。ビーハニーって、この前作ってくれたパンケーキにかけたものだよね? あれ美味しかったね~」

 フェオドールはそう言いながら、パンケーキにかけたビーハニーの味を思い出しているのか、ゴクンと喉を鳴らした。
 もう、食いしん坊さんなんだから。

「またビーハニーが手に入ったら作ってあげるから、今はこのねじりドーナッツで我慢してね」
「やったー! きっとだよ、ルイーズ」
「ええ、もちろん」
「それにしても、ぴよたろうって色んな功績を残してるよね」
「そうねぇ……騎士団のお話は、守秘義務があるらしくて、こちらも聞かないし、ぴよたろうも話してはくれないけれど。冒険者のお話はよく話してくれるわね。でも、ドニさんのお話は初耳よ」

 あっ、それと父様とパーティを組んでいるのも内緒にしていたわね。
 まぁ、父様や陛下に口止めをされていたのだろうけれども。

「なんで内緒にしていたんだろうね? 人助けなんだし、もっと自慢したり、誇ってもいいのに……」

 フェオドールは、ねじりドーナッツにまぶしたお砂糖を口の周りにいっぱいくっ付けて、首を傾げている。
 ほらほら、ちゃんとお口を拭きましょうね。
 濡らしたハンカチで、フェオドールの口周りを拭いながら、私は考えます。
 確かに、もっと誇っていい事なのに、ぴよたろうは内緒にしていた。
 なんでだろう? 
 もしかして、金狼仮面や赤狼仮面と一緒に行動していたとかかしら?
 それとも……

「ルイーズ、2人目の冒険者さんの話が始まるよ。ついでにお茶のおかわりも」

 2人目の冒険者さんの登場を知らせてくれるついでにお茶のおかわりを要求するフェオドール。
 私は、皆のカップにお茶を注ぎ足し、しょっぱい系のおやつ。
 塩バター味ポップコーンを真ん中にドンと置きました。

「はい、どうぞ。ふふ、2人目の冒険者さんはどんなお話を聞かせてくれるんでしょうね。楽しみだわ」
「だね。あっ、ぽっぷこーんだ! やっぱり甘いおやつの後はしょっぱいおやつだよね~」
「よね~」

 互いにそう言って、フェオドールと私はニッコリ微笑み合います。
 それにしても、今日の皆は静かだわ……。
 いつもなら、ワイワイガヤガヤと賑やかすぎるくらい賑やかなのに。

「ねぇ、皆。どうして━━」
「しっ、静かに。始まるよ」
「え、ええ。わかったわ。フェオドール」

 フェオドールに窘められ、私は前を向きました。
 あら、2人目と言うか、次にお話をしてくださるのは、5人組なのね。
 パーティ仲間同士なのかしら?
 1人の男性が、一歩前に出て拡声魔道具を口元まで掲げました。

「俺達は、最近サクラ公国から王都へやって来たAランク冒険者パーティ『くるみゆべし』と言う」

「ブホォッ! ゴホッゴホッ━━」
「る、ルイーズっ? どうしたのっ? 大丈夫っ? 」

 私の背中をとんとんと撫でながら、大きめの手拭いを貸してくれるフェオドール。

「え、ええ。だ、大丈夫よ。ゴホゴホ……少し、油断していただけだから━━」

 そう、油断していただけ。
 サクラ公国からやってきた冒険者さん達なら、可笑しくはない。
 和菓子なパーティ名でもね。
 でも、『くるみゆべし』は予想外過ぎた。

「それで、どうしてむせちゃったの? 」
「あ、ああ。くるみゆべしって美味しいのよ。またクルミが手に入ったら作ってあげるね」
「わ~い!? 何か、よくわからいけど。美味しい物の名前なんだね」
「そうなの」

 ん、ん、よし!
 さて、くるみゆべしさんのお話の続きを聞きましょうか。

「俺はリーダーの『エノキ』だ。これから話す事がきっかけで、この王都に移り住む事になった。まぁ、学生達の皆は知らないと思うが、冒険者の間では有名な話でもある。俺が事ある毎に話をひろめているからな。ハハハ━━」

 そう言って、エノキさんは豪快に笑っている。
 エノキさんってキノコの方なのかな?
 それともニレ科の樹木である榎の方なのかな?
 エノキ茸って美味しいよね……でも、この世界では見たことがないんだよなぁ。
 何処かに生えてないかしら……。

 あ、エノキさんが笑い終わって、続きを話し始めた様です。

「━━3週間前、俺達は様々な魔石がドロップするという『ダンジョン』に潜っていた。出てくる魔物もさほど強くなく、斥候さえ居れば、難なく踏破できる。そして何より実入りが良い。俺達にとっては、幾度となく訪れ、慣れ親しんだダンジョンだったんだ。ちょっとばかし、小遣い稼ぎに行こうぜ! くらいの軽いノリで、いつも潜っていたからな。その日も、夜の酒代にする為、軽い気持ちで行ったんだ……それが大きな間違いだったとは気付かずに……」

 Aランク冒険者パーティの方々なら、初心者ダンジョンを軽く見るのも仕方がないのだろうけれど。
 いつ何が起こるか分からないダンジョンを、軽く見過ぎている節があるわね。
 私なら、何があってもよい様に、最低1週間分の着替えと食べきれない程の食料を持っていくわ。
 だって、備えあれば憂いなしですもの。

「第3層まで降りた俺達は、良い金になる魔石━━無属性の物を探し求めた。これは元々高値で売買されていたが、人工的に作れるようになって一時価格が下落したんだ。だが、やはり天然物には敵わないらしくてな。元の数倍の価格で売買されるようになった」

 …………これ、私の魔道具制作のせいじゃない?
 人工的な無属性魔石に3つの付与が出来るとしたら、天然物は6~7つ出来るわ! と父様に報告したせいよ……。

「このダンジョンは全5層となっていて、第3層ではゾンビを倒すと稀にドロップするし、第4層では一回り大きい物が手に入る魔物━━スケルトンが出てくるんだ。ちなみに、階層主━━リビングデッドを倒せば必ず大きめの物が手に入る。だから、5層まで降りなくても、酒代には事欠かないって事だな」

 …………ついさっきまで、ダンジョンって面白そうって思ったのに。
 出てくる魔物が悉くアンデッドってなんなの?!
 私は幽霊やお化けが苦手なのよ! 
 ああ、この世は無情なのね……。

「ここに居る学生達がダンジョンに赴く時の為に言っておくが、第5層はグールが蔓延っているぞ。ついでに階層主はリッチーだ。踏破しようとするのなら、きちんとパーティを組み、万全を期して挑めよ。よし、話を続けるぞ! そして、俺達は第4層に降り立った。ここで注意するのは出てくる魔物じゃない。罠だ。よくある罠は落とし穴で、階層主の目の前に落ちる。まあ、落ち着いて対処すれば、負ける事はないが、慌てると死ぬぞ。そして、次に多い罠は天井から大きな岩が降ってくる。これも落ち着いて対処すれば、なんて事はない。落ちる部分と落ちない部分の境界線があるからな。後は、一斉に魔物が押し寄せてくる罠や炎が襲ってくる罠もある。……だから、そういう罠を解除、もしくは回避できる斥候はパーティの命綱とも言える。信頼できる斥候を持つことは、何よりも代えがたい宝だ。パーティに迎え入れる事があったら、大切にするんだぞ」

 そう言ってエノキさんは、学生達の顔を見つめました。
 そして、学生達が頷いたのを確認して、話を再開しました。

「俺達は、数々の罠を回避して進んだ。階層主を倒すためにな。そんな俺達を待ち受けていたのは……あると知っていても存在すら疑わしい程、稀にしかお目に掛かれない罠だった。落ちれば必ず死ぬと言われている━━溶岩に真っ逆さまの罠……一瞬にして体全てを溶かし、無に帰す。恐ろしい罠が発動したんだ。それは、どんなに斥候が優秀であろうとも、看破できないものだった。なにせ、仕掛けがある物ではなかったんだ。本当に何もなく、ただ無作為に表れ、人を呑み込む無慈悲な罠……それが俺達を待ち受けていた。……俺達は死を悟った。俺達は互いの顔を見つめ、微笑んだ。恨み言を吐く余裕もないからな。ただ、お前達が仲間で良かった。ありがとうという気持ちを込めて微笑んだんだ」

「うっ、うう……エノキさん……う、うわぁ~ん」
「る、ルイーズ?! どうして泣くの? エノキさん、生きてるよ」

 フェオドールはそう言って背中をポンポンしてくれますが。
 生きているのは知っているよぉ。でも、仲間同士の友情がっ。絆がっ。
 胸熱なのよぉ~~~

「その時! 一陣の風が俺達を包み込んだ。ふわりなんてものじゃない。突風だ。俺達は飛ばされながらも互いの顔を見遣った。皆、一様に呆気に取られている。なんだ? 何が起こったんだ? 訳が分からない。
だが、このままでは、溶岩に落ちる罠を回避出来たとしても、壁に激突する。俺達は違う死に方をするのか! 少しでもダメージを減らすために、体を捩じろうと試みた。が、突風はそんな優しいものではなかった。ああ、何もかも溶けてなくなる死に方より、まだマシなのかもな……『皆、ありがとう、さようなら……』そう言って、俺は目を閉じた。瞬間、ふわりと何かが俺を、俺達を包み込んだんだ。俺は恐る恐る目を開けた。そして、ギョッとしたよ。何故なら、俺達はコカトリスの背中に乗っていたんだからな。俺達は、再び。否、三度死を覚悟した。溶けてなくなる死を回避したかと思えば、激突死からも逃れた。にもかかわらず、コカトリスに啄まれて死ぬ運命が待ち受けていたんだ。これが笑わずにいられるか? 俺は笑った。引き攣ってはいたがな。すると、コカトリスは俺達を見てこう言ったんだ『無事か? 怪我はないか? 怪我をしているのならポーションがあるぞ』ってな。そして、ポーションを口に咥え差し出してくれた。俺達はコカトリスの言葉を呑み込む事が出来なかった。だってそうだろ? コカトリスが人助けなんかするか? しかも、ポーションを差し出し、身を案じてくれるコカトリスがどこに居るんだ? 理解が追い付かず俺が呆けていると、仲間の1人がコカトリスに向かってこう言ったんだ。『もしかして、ぴよたろう様ですか? 』とな。俺はその名に聞き覚えがあった。人々の英雄的存在のコカトリスが王都に居るってな。その方が最近、冒険者になったって事も聞いた。そんな方が、ここに居るって思うか? 思わないだろう。だが、運よくこのダンジョンに訪れ、俺達を助けてくれた……俺は、項垂れたよ。と同時に、この偶然に感謝した。そして俺達を気遣って、ダンジョンの外まで護衛までして下さったぴよたろう様に、せめてもの礼をと、飲みにお誘いしたが断られた。そして帰り際にぴよたろう様はこう仰ったんだ『仲間を信じる心根は尊い。しかし、そんな仲間を窮地に追いやったのは誰でもない貴殿だ。どんなに容易く屠れる魔物であろうとも、初心者向けのダンジョンであろうとも、気を抜きすぎてはいけない。今回の失敗を胸に刻み、良い冒険者となれ』と……その言葉を聞いて、俺は猛省した。そして、ある決心をした。その日の夜の飲み会で、俺はその決心を皆に伝える事にした。仲間の皆が受け入れてくれなかった場合、Aランクパーティ『くるみゆべし』の解散になるが、それでも告げずにはいられなかった。俺はエールを呷りこう言った『王都に引っ越さないか? ぴよたろう様のいらっしゃる王都へ』ってな。告げたはいいが、俺は仲間の顔を見るのが怖かった。ぴよたろう様の男気に惚れたとはいえ、仲間が同意してくれなければ、決別する事になるからだ。だが、そんな杞憂もすぐに払拭された。だってな、盛大な雄叫びと共に、仲間は王都へと行く話で盛り上がり、追加注文のエールをこれでもかってくらい呷り始めてたんだからな。こうして、俺達『くるみゆべし』は王都へやって来たという訳だ。……ぴよたろう様、この場をお借りしてお礼申し上げます。俺の命を、仲間の命を救って下さりありがとうございました。この話を聞いてくれた学生の皆も、ありがとうございました」

 …………。
 家の子、何してんの?
 いや、いいお話だったわよ。とてもね。
 けれど、家の子何してるの?
 何処まで足の延ばしてるの?

「ねぇねぇ、ルイーズ」
「なに? フェオドール」
「ぴよたろうって、いつも何してるの? 」
「さぁ? でも、まぁ、強いて言うのなら人助け? 」
「面白いね」
「……ね」

 そういえば、丁度その頃に貰った無属性の魔石があったわね。
 あれは父様が手に入れて下さったものかと思ったけれど、ぴよたろうがダンジョンに潜って手に入れたものだったのかも知れない。
 ……後でお礼を言っておきましょう。

「ところで、皆は何故静かなの? 」

 気になっていた事を聞く為に、私は後ろを振り返った。
 そして、私は見て知った。
 皆が静かだった理由。
 訳を……。

「もう! 父様も陛下も近くに居すぎです! 皆が畏まってしまって楽しめないではないですかぁ! 」
「いや、だってな。傍に居たいじゃないか。愛娘の傍にな」
「それにの。ルイーズ嬢の作る菓子は美味いからの。ハハハ」

 悪びれもせず、ポップコーンをつまむ父様と陛下。
 しかし、何度も振り返り皆に茶を注いでいたというのに、何故気が付かなかった?

「先ほどまで、私が振り返った瞬間だけ、身を隠していました? 」
「ああ、ルイーズを驚かせようと思ってな」
「うむ。アベルの策略だ」

 ……この2人、気配遮断も巧いから手に負えないわ。
 ふぅ、ともあれ冒険者さんのお話はこれでおしまいです。
 次は……。
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