89 / 93
第3章 策謀、紛争、ついでに縁談
(20)筒抜けの悪事
しおりを挟む
「それではヴォール男爵様、伯爵様の仕事に区切りがついた時点で応接室にご案内しますので、暫しお寛ぎください」
「ああ、分かった。よろしく頼む」
客人用の、広い居間と寝室の続き間に案内されたケーニスは、案内役の者に愛想笑いで応じた。しかし彼が一礼して部屋から退出すると同時にケーニスはその笑みを綺麗に消し去り、同行してきた側近に向かって悪態を吐く。
「以前王宮で見かけた時、加護持ちのくせになんて見栄えのしないガキだと思っていたが、まだ王子だったことでマシに見えていたんだな。伯爵風情に落ちぶれたら益々貧相になっていて、さっきは笑うのを堪えるのが大変だったぞ」
「男爵様。間違ってもそのような事は」
「貴様は私が、相手に面と向かって口にするような馬鹿だと思ているのか?」
「滅相もございません」
さすがに貧相呼ばわりした城主の城に滞在中の台詞ではないと意見しようとしたものの、ケーニスに忌々しげに睨みつけられ、側近はそれ以上余計なことは言わずに頭を下げた。
「わざわざ出向いて来たのだから、クレート伯爵に頼まれたことくらいはきちんと調べてやるさ。恩を売っておけば、領地の分割交渉時に有利だからな」
そんなろくでもない事を平然と言ってのける主君に何とも言えない不安を感じながら、彼は以前から考えていた懸念を口にしてみた。
「ですが……、本当に大丈夫でしょうか? フェロール伯爵領に攻め込んできたクレート伯爵が伯爵領全域を手中に収めた後、こちらの領地にまで攻め込んで来る可能性もあるのでは? 連中はフェロール伯爵領を分割するだけで、おとなしく引き上げるでしょうか?」
しかしケーニスは、そんな不安をつまらなそうに一蹴する。
「地の利がない所で、急に攻め込むのは困難だろう。それにフェロール伯爵領がエンバスタ国から侵攻を受けたと王都に知らせれば、王都から形だけでも周辺領地から援軍を出すよう要請が出る。大事になるはずがない」
「はぁ……、そうでございますね」
「全く、こんな辺境に追い払われた加護詐欺王子のくせに、幸運に恵まれやがって。この際、あいつの持っているものを、俺が根こそぎ奪ってやるぞ。……ああ、王子ではなくて、元王子だったな」
カイルを見下した挙句に馬鹿にした笑い声を上げるケーニスを、彼の家臣はその顔に愛想笑いを受かべながらも一抹の不安を覚えていた。
室内には自分達だけであり、念のために廊下にも随行してきた騎士達を護衛に配置していることから、ケーニスは室内の会話が盗み聞きなどされないと確信していた。それ故に遠慮のないことを放言していたのだが、この城内に限っては内密な話などできる筈がなかった。
「ダニエル。リーンの代理、ご苦労。どうだ?」
ケーニス達に用意された棟の、彼らとは異なる階層の一室で、少し前からダニエルが待機していた。ケーニスと別れたカイルがその部屋に入り、彼に声をかける。するとダニエルは苦笑いしながら、カイルに視線を向けた。
「少し前から、リーンの加護を行使する訓練をしておいて正解でした。最初の頃はありとあらゆる人の声が聞こえて、処理できなくて酷い目にあいましたからね。今ではきちんと対象者の声だけ聞き分けられます」
「それで?」
カイルはこの部屋に入る少し前から、リーンが持つ離れた場所の物音や話し声が聞き分けられる加護がダニエルに行使できるよう念じていた。それは的確に作用していたらしく、ダニエルが呆れ顔で成果を口にする。
「予想通り、しっかりクレート伯爵と繋がっていました。それにあの男爵様は顔に似合わず随分と夢想家で、妄想の沼に片足どころか首まで浸かっている様子ですね」
「当たって欲しくない予感に限って当たるものだな」
ダニエルが簡潔な報告と辛辣な感想を繰り出し、懸念が肯定されてしまったカイルは憂鬱そうに溜め息を吐いた。
「それから城内外の様子の他に、この領がカイル様がいらした後に裕福になったのを妬んでいるようですね。この機会に、その秘密も探る腹積もりだそうです」
「それは予想の範囲内だからな。皆には迷惑をかけるが表向き丁重にもてなして、適当にあしらって早々にお引き取り願おう」
「そうですね。招かざる客人の対応は王宮にいた頃にも色々ありましたから、私達だったらそこら辺は慣れています。ですが実直な騎士団の人達が、ストレスを溜めないかが心配です」
「それは私も同感だ。特にロベルトあたりが」
「本当ですよね……」
そこでダニエルは素早く手元の紙にペンを走らせ、箇条書きにしたものをカイルに手渡した。
「それで、今まで連中の聞き取った内容で、判明している今後の計画と予定がこれです」
それにざっと目を通したカイルは、真顔で頷く。
「なるほど……。頭に入れておこう。早速男爵は、私相手に一働きする予定みたいだな。勤勉なことだ」
「もっとまともな方向で、勤勉でいて欲しいですね。他国へ横流しする情報の収集に血道を上げるなんて。かといって、内通の証拠を掴んでいるわけではないし、陛下に訴えても男爵から言いがかりだと言われるのがオチですし」
「こんな加護で盗み聞きしたなどと言ったら、余計に騒ぎになるしな。それ以上に陛下が、こんな辺境の小競り合いなどに興味を示す筈もないさ」
「本当にろくでもないな……」
そこでカイルはダニエルにケーニス達の会話の聞き取りを止めさせ、二人でその部屋を出て行った。
「ああ、分かった。よろしく頼む」
客人用の、広い居間と寝室の続き間に案内されたケーニスは、案内役の者に愛想笑いで応じた。しかし彼が一礼して部屋から退出すると同時にケーニスはその笑みを綺麗に消し去り、同行してきた側近に向かって悪態を吐く。
「以前王宮で見かけた時、加護持ちのくせになんて見栄えのしないガキだと思っていたが、まだ王子だったことでマシに見えていたんだな。伯爵風情に落ちぶれたら益々貧相になっていて、さっきは笑うのを堪えるのが大変だったぞ」
「男爵様。間違ってもそのような事は」
「貴様は私が、相手に面と向かって口にするような馬鹿だと思ているのか?」
「滅相もございません」
さすがに貧相呼ばわりした城主の城に滞在中の台詞ではないと意見しようとしたものの、ケーニスに忌々しげに睨みつけられ、側近はそれ以上余計なことは言わずに頭を下げた。
「わざわざ出向いて来たのだから、クレート伯爵に頼まれたことくらいはきちんと調べてやるさ。恩を売っておけば、領地の分割交渉時に有利だからな」
そんなろくでもない事を平然と言ってのける主君に何とも言えない不安を感じながら、彼は以前から考えていた懸念を口にしてみた。
「ですが……、本当に大丈夫でしょうか? フェロール伯爵領に攻め込んできたクレート伯爵が伯爵領全域を手中に収めた後、こちらの領地にまで攻め込んで来る可能性もあるのでは? 連中はフェロール伯爵領を分割するだけで、おとなしく引き上げるでしょうか?」
しかしケーニスは、そんな不安をつまらなそうに一蹴する。
「地の利がない所で、急に攻め込むのは困難だろう。それにフェロール伯爵領がエンバスタ国から侵攻を受けたと王都に知らせれば、王都から形だけでも周辺領地から援軍を出すよう要請が出る。大事になるはずがない」
「はぁ……、そうでございますね」
「全く、こんな辺境に追い払われた加護詐欺王子のくせに、幸運に恵まれやがって。この際、あいつの持っているものを、俺が根こそぎ奪ってやるぞ。……ああ、王子ではなくて、元王子だったな」
カイルを見下した挙句に馬鹿にした笑い声を上げるケーニスを、彼の家臣はその顔に愛想笑いを受かべながらも一抹の不安を覚えていた。
室内には自分達だけであり、念のために廊下にも随行してきた騎士達を護衛に配置していることから、ケーニスは室内の会話が盗み聞きなどされないと確信していた。それ故に遠慮のないことを放言していたのだが、この城内に限っては内密な話などできる筈がなかった。
「ダニエル。リーンの代理、ご苦労。どうだ?」
ケーニス達に用意された棟の、彼らとは異なる階層の一室で、少し前からダニエルが待機していた。ケーニスと別れたカイルがその部屋に入り、彼に声をかける。するとダニエルは苦笑いしながら、カイルに視線を向けた。
「少し前から、リーンの加護を行使する訓練をしておいて正解でした。最初の頃はありとあらゆる人の声が聞こえて、処理できなくて酷い目にあいましたからね。今ではきちんと対象者の声だけ聞き分けられます」
「それで?」
カイルはこの部屋に入る少し前から、リーンが持つ離れた場所の物音や話し声が聞き分けられる加護がダニエルに行使できるよう念じていた。それは的確に作用していたらしく、ダニエルが呆れ顔で成果を口にする。
「予想通り、しっかりクレート伯爵と繋がっていました。それにあの男爵様は顔に似合わず随分と夢想家で、妄想の沼に片足どころか首まで浸かっている様子ですね」
「当たって欲しくない予感に限って当たるものだな」
ダニエルが簡潔な報告と辛辣な感想を繰り出し、懸念が肯定されてしまったカイルは憂鬱そうに溜め息を吐いた。
「それから城内外の様子の他に、この領がカイル様がいらした後に裕福になったのを妬んでいるようですね。この機会に、その秘密も探る腹積もりだそうです」
「それは予想の範囲内だからな。皆には迷惑をかけるが表向き丁重にもてなして、適当にあしらって早々にお引き取り願おう」
「そうですね。招かざる客人の対応は王宮にいた頃にも色々ありましたから、私達だったらそこら辺は慣れています。ですが実直な騎士団の人達が、ストレスを溜めないかが心配です」
「それは私も同感だ。特にロベルトあたりが」
「本当ですよね……」
そこでダニエルは素早く手元の紙にペンを走らせ、箇条書きにしたものをカイルに手渡した。
「それで、今まで連中の聞き取った内容で、判明している今後の計画と予定がこれです」
それにざっと目を通したカイルは、真顔で頷く。
「なるほど……。頭に入れておこう。早速男爵は、私相手に一働きする予定みたいだな。勤勉なことだ」
「もっとまともな方向で、勤勉でいて欲しいですね。他国へ横流しする情報の収集に血道を上げるなんて。かといって、内通の証拠を掴んでいるわけではないし、陛下に訴えても男爵から言いがかりだと言われるのがオチですし」
「こんな加護で盗み聞きしたなどと言ったら、余計に騒ぎになるしな。それ以上に陛下が、こんな辺境の小競り合いなどに興味を示す筈もないさ」
「本当にろくでもないな……」
そこでカイルはダニエルにケーニス達の会話の聞き取りを止めさせ、二人でその部屋を出て行った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
ブラフマン~疑似転生~
臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。
しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。
あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。
死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。
二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。
一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。
漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。
彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。
――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。
意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。
「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。
~魔王の近況~
〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。
幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。
——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる