73 / 93
第3章 策謀、紛争、ついでに縁談
(4)何気ない会話
しおりを挟む「現時点ではここだけの話にして欲しいのだが、カディス峠経由で紛争が発生した場合の、兵站を考えておいてくれ」
それを聞いたロベルトが唸るように、シーラは冷え冷えとした口調で応じる。
「…………ダレン。そこまで状況が逼迫しているのか?」
「因みに動員騎士数と運用規模、想定紛争期間はどの程度でしょうか
?」
「兵站を構築してくれ、とは言っていない。考慮しておいてくれと言っただけだ」
「ディロスの奴、何かヤバいネタでも掴んだんですかね?」
思わずロベルトは、つい先程エンバスタ国内に出向いていると聞いたばかりの名前を口にした。するとそれは寝耳に水の話だったらしく、シーラが本気で驚いた顔を向ける。
「え? ディロス? そう言えば最近城内で見かけないから、また遺跡巡りでもしているのかと思ていたのに、まさかエンバスタに潜入してたの!?」
「取り敢えず、そういうことだ」
ここであっさりとダレンが話を締めくくった。それでこれ以上の問答は無理と悟った二人は、詳細については知らされなくとも文句を言わずに引き下がる。
「いつでも必要数を動員できるように、サーディン様やアスランが不在のうちに内々に準備をしていきます」
「余剰資金はありますし、当座の糧食も確保できます。規模と期間にもよりますが」
「了解した。二人とも、下がってくれて構わない」
ダレンの指示に二人は揃って一礼し、執務室から退出した。そして廊下を並んで歩き出すと、シーラが苦々しげに口を開く。
「驚いた……。でもやっと領内が安定して、目に見えて豊かになってきたところなのに……」
「そう見えてきたから、エンバスタもちょっかいを出したくなってきたのかもな」
「それは一理あるわね」
ロベルトの指摘に素直に頷いてから、シーラは話題を変えた。
「ところで、さっきカイル様と廊下ですれ違ったけど、挨拶する間もなくもの凄い形相と勢いで部屋に駆け込んで行ったの。でもあそこは衣裳部屋の筈だけど……、なにかあそこで緊急の用件ができたとか、カイル様があそこまで血相を変える理由を知っている?」
本気で困惑しているらしいシーラに、ロベルトは真顔で事情を説明する。
「ああ、今日はメリアはそこで作業をしていたんだな。俺がちょっと意見をしたら、伯爵がメリアを説得しようと飛び出していった」
「ええ? ロベルトったら、カイル様に向かって一体何を言ったのよ?」
「大した事を言ったつもりではなかったんだがな……。メリアは妊娠判明後も伯爵の毒見をしているが、メリア自身は毒を無効化できるけど胎児は危険じゃないのかって言ってみたんだ。てっきりそこら辺は伯爵もダレンさんも考慮しているのかと思っていたら、そうじゃなかったらしい」
若干咎めるような視線を向けたシーラだったが、彼の話を聞くと呆気に取られた表情になった。
「うわ…………、私も、その危険性には思い至らなかったわ。ロベルトって、意外に頭が良かったのね」
「意外ってなんだよ」
「からかっているわけじゃなくて、誰も気がつかなかった事を指摘してくれてありがとう。もしかしたら取り返しがつかない事態になる可能性だってあったのよね」
真摯に礼を言われてしまったロベルトは、照れくささを誤魔化しながら別件について尋ねてみた。
「いや、そこまで深刻になる事でもないって。あと、アスランと夫婦揃って未だに城内に間借りしている件についても、言ってみたんだよな。ちゃんと結婚したのに、それってどうなんだよ」
その問いかけに、シーラが溜め息まじりに応じる。
「本当にそうよね……。傍から見ていると弟離れできない兄姉というより、子離れできない両親って感じだもの」
「そうだよなぁ……。この機会に、色々言い含めた方が良いんじゃないか?」
「それについては、全面的に賛成。だけど、そういう自分はどうなのよ?」
「は? 俺がなにか?」
急に矛先が自分に向いたことで、ロベルトは面食らった。そんな彼に向かって、シーラが淡々と言葉を重ねる。
「だから、仮にも大隊長を務めている人間が平気で城内に間借りして、当直も平の騎士と同様にこなしているのが、傍から見てどうなのかなって言っているの」
「何か問題でも? 俺は独身だし、全く問題ないよな?」
「今は良くても、付き合っている人とかいないわけ?」
呆れ気味にシーラが問いかけた。するとロベルトは、苦笑しながら断言する。
「まあ、そりゃあ……、全くいないと言えば嘘になるが、今更誰かと所帯を持とうとかは思わないなぁ……。風来坊生活が染みついているし、こんなおやじと好き好んで結婚したがる女なんていないだろ」
「……そうかもね」
軽い口調のロベルトに対し、シーラはどこか憮然としながら応じた。するとロベルトが思い出したように口にする。
「そういえば、以前からシーラに聞きたいことがあったんだが」
「何?」
「どうしてこっちに来てからは男装しているんだ?」
「…………………」
「シーラ?」
質問された直後、シーラは「何を言っているんだ、こいつ」と言わんばかりの表情になった。そのまま無言で睨みつけられ、なぜ気分を害したのか分からなかったロベルトが、不思議に思いながら再度尋ねてみる。するとシーラは、小さく溜め息を吐いてから言葉を返した。
「元々、侍女の制服はピラピラして嫌いだったのよ。だけど王城内ではカイル様に迷惑をかけられなかったから、悪目立ちしないように仕方なく着ていたの。こっちに来てからは侍女の仕事は皆無で財務の専従になっているし、動きやすい服装で構わないでしょう?」
「それはそうだな」
「もう一年近く勤務中はこの姿で通しているのに、今更聞かれるとは思ってもいなかったわ」
「因みに、城下に出る時はどうしているんだ?」
服装について説明したので話は終わりかと思いきや、質問が続いてシーラは少し困惑した。
「え? それはまあ、仕事中でなければ男装はしていないけど……。それが何か?」
「いや、そう言えば外で見かけたことがなかったなと思って、聞いてみただけだ。それじゃあな」
言うだけ言ってあっさり踵を返したロベルトを、シーラは引き留めたりせずにそのまま見送った。そしてその姿が見えなくなってから、ボソッと愚痴っぽく呟く。
「変な所で鋭いのに、変な所で鈍すぎなんだから……」
自分でもらしくない事を口にしたと思ったシーラは、すぐに何事もなかったかのように自分の仕事部屋に戻って行った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
キャンピングカーで往く異世界徒然紀行
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
※カクヨム様でも投稿をしております
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる