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第2章 想定外の加護
(33)結論
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(ええと……、ディロスがシーラと同じように、他人の精神支配の能力が仕えるようになって、他人を自分の思い通りに動かせるようになればということだよな? ディロスが他人を好きなように操れるようになれば良い。ディロスがシーラと同様に他人を操れるようになる。ディロスが思い通りに他人を動かせればよい。ディロスが……)
カイルは俯き加減になりながら、頭の中でひたすらディロスに言われた内容を考え始めた。するといきなり、室内にディロスの声が響き渡る。
「カイル様以外、全員腕立て伏せ始め!!」
ディロスの叫びにも、自分の考えに集中していたカイルは(何か言っているな)程度の認識しかなく、机を凝視しながら考え続けた。しかし彼とディロス以外の者達は、揃って床に両手両足をついた。
「え? おいっ!?」
「きゃあっ、何!?」
「うおっ!」
「ちょっと待て!」
八人の男女が伏せるには決して広いとは言えない執務室に、自分の意思によらず腕立て伏せの体勢を取った者達の、狼狽気味の悲鳴が上がる。
「いぃーち! にぃーい! さぁーん!」
「な、なんだぁ!?」
「どうして俺達、腕立て伏せをしてるんだよ!?」
「どうしてあんたの言う通りになってるの!?」
ディロスの号令に合わせて、八人が規則正しく腕立て伏せを始める。さすがにその喧騒に集中力を削がれたカイルが顔を上げ、目の前の光景に絶句した。
「…………」
「カイル様、もう考えるのを止めて貰っても良いですよ?」
「そうか……」
ディロスの指示を待つまでもなく、その時にはカイルは考えるのを止めていた。それに従って、八人は半ば呆然としながら床に座り込んだり、元通り立ち上がって安堵の溜め息を吐く。
「びっくりした……」
「一体、何だったんだ……」
「これで皆さんにも、実感して貰えたかと思います」
「何がだよ!!」
わけが分からず、ロベルトは憤然としながらディロスを怒鳴りつけた。しかしディロスは大真面目に断言する。
「カイル様の加護は《他人の加護を奪う加護》ではなく、《他人の加護を好きなようにできる加護》だったんです」
「はぁ?」
「だから、他人の加護を奪えるし、その加護を他の人にも与える事ができるんですよ。それがただ単に分け与えているのか、複製しているのかまでは分かりませんが。それに、そう意識している時だけの一時的な事象みたいです」
「なんだってぇえ?」
「…………」
ディロスが理路整然と告げた推測に、ロベルトは間抜けな声を上げた。しかしあまりと言えばあまりの内容に、周囲は反論も賛同もできず、困ったように互いの顔を見合わせる。そんな困惑も露わな周囲を綺麗に無視しながら、ディロスは冷静に話を続けた。
「それでは最後の検証です」
「……え? まだ何か、確認する事があるのか?」
「はい。カイル様の加護で、他人が一時的にでも加護を得られるのが判明しました。ですからカイル様自身に、他人が保持している加護を行使できるか試してみましょう」
「試してみるって……、どうするつもりだよ?」
何を考えているのかと、ロベルトは訝しげな顔になった。周囲の者達も同様であり、机を回り込んでカイルのすぐ前に進んだディロスを、無言で眺める。
「カイル様。これからメリアさんが保持している加護のように、あらゆる物質的攻撃を無効化できる加護を、自分が使えると想像してください。僕が何をしても、ずっとそう考えるんですよ!?」
「あ、ああ。分かった。考える」
(ええと、メリアのように攻撃を無効化できる加護を行使できるようになる。メリアのように、外部からの精神的攻撃以外の攻撃が利かなくなる。メリアのようにあらゆる攻撃が……)
ディロスに気迫負けした上、目の前でなかなか衝撃的な光景を目にした事で、カイルは思わず言われた通りに考え始めた。するとディロスが、次の行動に出る。
「それじゃあ、いきます!!」
「うわ! ディロス、この馬鹿!」
「止めろ!」
右手を大きく振ったディロスが何をするのかを悟った瞬間、ロベルトとアスランは大声で彼を静止した。しかし時既に遅く、彼らが叫んだ瞬間にディロスの右手が、バシィッ!!という激しい音と共にカイルの左頬を打つ。
「……っ」
「カイル様!」
「大丈夫ですか!?」
まともに平手打ちを喰らったカイルは、呆然自失状態で無意識に打たれた頬を押さえた。あり得ない事態に周りの者達は顔色を変えたが、ディロスは腹立たしげにカイルを叱りつける。
「カイル様! 無意識に目を閉じて、考えるのを止めましたね!? ちゃんと考えてくれって、言ったじゃないですか!?」
「……悪い、つい反射的に」
「今度はきちんと考えてください! じゃあもう一度いきますよ!!」
「いい加減にしろ、このクソガキが!」
今度は左手を振ったディロスだったが、駆け寄っていたアスランが背後からその手を捕らえた。
「何をするんですか! 大事なところなんですよ!?」
「貴様……、そんなに死にたいらしいな」
「アスラン、ここは冷静に」
憤怒の形相で見上げてきたディロスを、アスランが本気の殺気を含ませながら見下ろす。慌ててカイルが取りなそうとしたが、ここで二人の間にロベルトが割って入った。
「アスラン、ちょっと待て! こいつは俺が引き取る! ディロス、お前ちょっと頭冷やせ!!」
そう叫ぶや否や、ロベルトはアスランの手をディロスから引き剥がした。次いで、問答無用でディロスを担ぎ上げる。
「何するんですか、ロベルトさん!!」
「それはこっちの台詞だ!! 無抵抗の主君を、何度も殴り倒す家臣がいてたまるか! この馬鹿野郎が!!」
肩に担いだディロスを叱りつけながら、ロベルトは一目散に執務室を飛び出していった。その逃げっぷりを他の者が呆然と見送っていると、宰相の屋敷での付き合いが長い、かつ一番歳が近いシーラがカイルの前に駆け寄り、勢い良く土下座する。
「カイル様! ディロスは普段はもの凄く聞き分けが良いんですが、何かに熱中してしまうと、他の事はどうでも良くなってしまうんです! ディロスが殴った分、私を殴っていただいて構いません。この度は本当に、申し訳ありませんでした!」
その謝罪っぷりに、(いつもは相当悪態を吐いているのに、やっぱり身内同然なんだな)と感心しながら、カイルはできるだけ穏やかに声をかけた。
「さすがに驚いたが、ディロスに悪気が無かったのは分かっているし、咄嗟に避けなかった私も悪いから気にしなくて良い」
「ですが……」
「…………」
ちらりとシーラが顔を上げた視線の先を、反射的にカイルが追った。するとそこには未だに殺気を醸し出しているアスランがおり、カイルは溜め息まじりに彼に告げる。
「アスラン……。私は彼に、処罰を与えようとは思っていない」
「……了解しました」
かなり不承不承ながらアスランは殺気を消し、傍目にはいつもの表情になった。そこでこの間無言を貫いていたダレンが、床に落ちていた本を拾い上げつつ、渋面で口を開く。
「全く……。ディロスはまだまだですね。これからじっくり育てていかなければ。カイル様、さきほど彼が指示した通り、攻撃無効化の加護が使えるようになれば良いと考えていただけませんか?」
「え? あ、ああ……、構わないが……」
(ダレンまで、何を言い出すんだ? まあ、取り敢えず、言われた通りにしてみるか……。メリアのように、攻撃無効化の加護を行使できる……)
疑問に思いながらも、再び素直に言われた通りの内容を考え始めたカイルだったが、その頭に軽い衝撃が生じた。
「…………」
ダレンが手にしている本で、軽くカイルの頭を叩き続ける。ポスッ、ポスッ、ポスッ、ポスッと大した音と衝撃ではないにしろ、それは確実にカイルへの攻撃となっていた。
「どうやら、殿下の加護は他人に対して加護を付与する事はできても、自分自身で加護を行使できるようにはならないみたいですね」
真剣に考え込んでいるダレンに、ここでリーンが控え目に疑問を呈する。
「あ、あの……、それは単に、本で軽く叩かれた程度では、攻撃と言えないからという事ではないですか?」
「そう解釈することもできるな。それではカイル様、リーンにメリアと同様に、攻撃無効化の加護が使えると考えてください」
「……分かった」
「さて、どうなるか」
再び考え始めたカイルの前で、ダレンが本を上に持ち上げ、リーンの頭に軽く落とそうとする。しかしその本は先程のカイルの場合とは異なり、頭に到達する少し手前で勢いよく弾かれた。ダレンは念のため何回か同じ動作を繰り返し、そのいずれもが同じ結果であったことから、真顔で結論を下す。
「弾かれましたね。きちんと攻撃認定はされているようです。ディロスの推論は当たっていたみたいですね。殿下の加護は、ますますわけが分かりません」
「…………」
淡々と容赦の無さすぎる事を断言され、カイルは無言で机に突っ伏した。そんな主君に、周囲の者達は憐憫の視線を送ったのだった。
カイルは俯き加減になりながら、頭の中でひたすらディロスに言われた内容を考え始めた。するといきなり、室内にディロスの声が響き渡る。
「カイル様以外、全員腕立て伏せ始め!!」
ディロスの叫びにも、自分の考えに集中していたカイルは(何か言っているな)程度の認識しかなく、机を凝視しながら考え続けた。しかし彼とディロス以外の者達は、揃って床に両手両足をついた。
「え? おいっ!?」
「きゃあっ、何!?」
「うおっ!」
「ちょっと待て!」
八人の男女が伏せるには決して広いとは言えない執務室に、自分の意思によらず腕立て伏せの体勢を取った者達の、狼狽気味の悲鳴が上がる。
「いぃーち! にぃーい! さぁーん!」
「な、なんだぁ!?」
「どうして俺達、腕立て伏せをしてるんだよ!?」
「どうしてあんたの言う通りになってるの!?」
ディロスの号令に合わせて、八人が規則正しく腕立て伏せを始める。さすがにその喧騒に集中力を削がれたカイルが顔を上げ、目の前の光景に絶句した。
「…………」
「カイル様、もう考えるのを止めて貰っても良いですよ?」
「そうか……」
ディロスの指示を待つまでもなく、その時にはカイルは考えるのを止めていた。それに従って、八人は半ば呆然としながら床に座り込んだり、元通り立ち上がって安堵の溜め息を吐く。
「びっくりした……」
「一体、何だったんだ……」
「これで皆さんにも、実感して貰えたかと思います」
「何がだよ!!」
わけが分からず、ロベルトは憤然としながらディロスを怒鳴りつけた。しかしディロスは大真面目に断言する。
「カイル様の加護は《他人の加護を奪う加護》ではなく、《他人の加護を好きなようにできる加護》だったんです」
「はぁ?」
「だから、他人の加護を奪えるし、その加護を他の人にも与える事ができるんですよ。それがただ単に分け与えているのか、複製しているのかまでは分かりませんが。それに、そう意識している時だけの一時的な事象みたいです」
「なんだってぇえ?」
「…………」
ディロスが理路整然と告げた推測に、ロベルトは間抜けな声を上げた。しかしあまりと言えばあまりの内容に、周囲は反論も賛同もできず、困ったように互いの顔を見合わせる。そんな困惑も露わな周囲を綺麗に無視しながら、ディロスは冷静に話を続けた。
「それでは最後の検証です」
「……え? まだ何か、確認する事があるのか?」
「はい。カイル様の加護で、他人が一時的にでも加護を得られるのが判明しました。ですからカイル様自身に、他人が保持している加護を行使できるか試してみましょう」
「試してみるって……、どうするつもりだよ?」
何を考えているのかと、ロベルトは訝しげな顔になった。周囲の者達も同様であり、机を回り込んでカイルのすぐ前に進んだディロスを、無言で眺める。
「カイル様。これからメリアさんが保持している加護のように、あらゆる物質的攻撃を無効化できる加護を、自分が使えると想像してください。僕が何をしても、ずっとそう考えるんですよ!?」
「あ、ああ。分かった。考える」
(ええと、メリアのように攻撃を無効化できる加護を行使できるようになる。メリアのように、外部からの精神的攻撃以外の攻撃が利かなくなる。メリアのようにあらゆる攻撃が……)
ディロスに気迫負けした上、目の前でなかなか衝撃的な光景を目にした事で、カイルは思わず言われた通りに考え始めた。するとディロスが、次の行動に出る。
「それじゃあ、いきます!!」
「うわ! ディロス、この馬鹿!」
「止めろ!」
右手を大きく振ったディロスが何をするのかを悟った瞬間、ロベルトとアスランは大声で彼を静止した。しかし時既に遅く、彼らが叫んだ瞬間にディロスの右手が、バシィッ!!という激しい音と共にカイルの左頬を打つ。
「……っ」
「カイル様!」
「大丈夫ですか!?」
まともに平手打ちを喰らったカイルは、呆然自失状態で無意識に打たれた頬を押さえた。あり得ない事態に周りの者達は顔色を変えたが、ディロスは腹立たしげにカイルを叱りつける。
「カイル様! 無意識に目を閉じて、考えるのを止めましたね!? ちゃんと考えてくれって、言ったじゃないですか!?」
「……悪い、つい反射的に」
「今度はきちんと考えてください! じゃあもう一度いきますよ!!」
「いい加減にしろ、このクソガキが!」
今度は左手を振ったディロスだったが、駆け寄っていたアスランが背後からその手を捕らえた。
「何をするんですか! 大事なところなんですよ!?」
「貴様……、そんなに死にたいらしいな」
「アスラン、ここは冷静に」
憤怒の形相で見上げてきたディロスを、アスランが本気の殺気を含ませながら見下ろす。慌ててカイルが取りなそうとしたが、ここで二人の間にロベルトが割って入った。
「アスラン、ちょっと待て! こいつは俺が引き取る! ディロス、お前ちょっと頭冷やせ!!」
そう叫ぶや否や、ロベルトはアスランの手をディロスから引き剥がした。次いで、問答無用でディロスを担ぎ上げる。
「何するんですか、ロベルトさん!!」
「それはこっちの台詞だ!! 無抵抗の主君を、何度も殴り倒す家臣がいてたまるか! この馬鹿野郎が!!」
肩に担いだディロスを叱りつけながら、ロベルトは一目散に執務室を飛び出していった。その逃げっぷりを他の者が呆然と見送っていると、宰相の屋敷での付き合いが長い、かつ一番歳が近いシーラがカイルの前に駆け寄り、勢い良く土下座する。
「カイル様! ディロスは普段はもの凄く聞き分けが良いんですが、何かに熱中してしまうと、他の事はどうでも良くなってしまうんです! ディロスが殴った分、私を殴っていただいて構いません。この度は本当に、申し訳ありませんでした!」
その謝罪っぷりに、(いつもは相当悪態を吐いているのに、やっぱり身内同然なんだな)と感心しながら、カイルはできるだけ穏やかに声をかけた。
「さすがに驚いたが、ディロスに悪気が無かったのは分かっているし、咄嗟に避けなかった私も悪いから気にしなくて良い」
「ですが……」
「…………」
ちらりとシーラが顔を上げた視線の先を、反射的にカイルが追った。するとそこには未だに殺気を醸し出しているアスランがおり、カイルは溜め息まじりに彼に告げる。
「アスラン……。私は彼に、処罰を与えようとは思っていない」
「……了解しました」
かなり不承不承ながらアスランは殺気を消し、傍目にはいつもの表情になった。そこでこの間無言を貫いていたダレンが、床に落ちていた本を拾い上げつつ、渋面で口を開く。
「全く……。ディロスはまだまだですね。これからじっくり育てていかなければ。カイル様、さきほど彼が指示した通り、攻撃無効化の加護が使えるようになれば良いと考えていただけませんか?」
「え? あ、ああ……、構わないが……」
(ダレンまで、何を言い出すんだ? まあ、取り敢えず、言われた通りにしてみるか……。メリアのように、攻撃無効化の加護を行使できる……)
疑問に思いながらも、再び素直に言われた通りの内容を考え始めたカイルだったが、その頭に軽い衝撃が生じた。
「…………」
ダレンが手にしている本で、軽くカイルの頭を叩き続ける。ポスッ、ポスッ、ポスッ、ポスッと大した音と衝撃ではないにしろ、それは確実にカイルへの攻撃となっていた。
「どうやら、殿下の加護は他人に対して加護を付与する事はできても、自分自身で加護を行使できるようにはならないみたいですね」
真剣に考え込んでいるダレンに、ここでリーンが控え目に疑問を呈する。
「あ、あの……、それは単に、本で軽く叩かれた程度では、攻撃と言えないからという事ではないですか?」
「そう解釈することもできるな。それではカイル様、リーンにメリアと同様に、攻撃無効化の加護が使えると考えてください」
「……分かった」
「さて、どうなるか」
再び考え始めたカイルの前で、ダレンが本を上に持ち上げ、リーンの頭に軽く落とそうとする。しかしその本は先程のカイルの場合とは異なり、頭に到達する少し手前で勢いよく弾かれた。ダレンは念のため何回か同じ動作を繰り返し、そのいずれもが同じ結果であったことから、真顔で結論を下す。
「弾かれましたね。きちんと攻撃認定はされているようです。ディロスの推論は当たっていたみたいですね。殿下の加護は、ますますわけが分かりません」
「…………」
淡々と容赦の無さすぎる事を断言され、カイルは無言で机に突っ伏した。そんな主君に、周囲の者達は憐憫の視線を送ったのだった。
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