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第2章 想定外の加護
(29)後処理
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「伯爵様。例の不心得者達の、没収資産一覧ができました」
「ああ、ありがとう。ディロス」
執務中、少し離れた机からやって来たディロスに差し出された書類の束を、カイルは笑顔で受け取った。対するディロスは、呆れ顔で感想を述べる。
「また随分と溜め込んでいたものですね。勿論何年、下手をすると十数年に渡っての不正蓄財ですから、既に使い込んでしまった分の方が多いでしょうが」
「そうだろうな。だが取り敢えず、今年と来年の領内運営の助けにはなるから。早速街道と宿場の整備予算に振り分けるつもりだ」
そこですかさず斜め前の机から、ダレンの声が届く。
「既に、伯爵の計画に沿った指示を出しております」
「そうか」
「計画ってなんのですか?」
そのやり取りに、ディロスが反射的に問いを発した。それにカイルが律儀に答える。
「ここに到着直後、予算編成の都合があるから今年と来年の運営計画を直ちに作成するよう、ダレンに言われたんだ。それで、急いで半月ほどで作成した」
それを聞いたディロスは、呆気に取られた。
「はい? 見ず知らずの土地で、あの連中が作った正確かどうか分からない資料を基にですか?」
「ああ、ぶっつけ本番だったが、取り敢えず及第点は貰えて良かった」
「主君に対しても容赦ないな……」
しみじみと呟いてから、ディロスはここでダレンに向き直った。
「ダレンさん、ちょっと個人的な事を聞いても良いですか?」
「執務中だ。個人的な事なら簡潔に」
「どうしてカイル様の身の回りの世話をする従僕として派遣されたはずの僕が、行政官の仕事の一端を担わされているのでしょうか?」
(それは私も、疑問に思っていた。執務室内にいつの間にかディロスの机が置かれていて、当然の如くダレンが彼に仕事を割り振っていたが、ディロスがそれを普通にこなしていたのですっかり尋ねる機会を逸していたな……)
移住してきた直後は子供達の世話に従事していたディロスだったが、生活が落ち着くと同時に問答無用で執務室に引っ張り込まれていた。既にその状態は半月以上になっていたが、次々割り振られる仕事をこなすのに精一杯で、これまで改めて仔細を尋ねる状況ではなかったなとカイルは思い返す。しかしダレンの返答は、あっさりとしたものだった。
「何かと人手不足の折、人格と能力に信用の置ける人は貴重だ。君は適材適所という言葉を知らないのか?」
「僕の人格と能力を認めて貰って、ありがとうございます。ですが十五の若輩者を、大事な政策決定業務に携わらせるなんて、周りから色々言われないんですか?」
「言われるとなにか拙いのか?」
「……いえ、もう良いです」
「多少若い位がちょうど良い。二十年したら、安心して後を任せられる」
あまりにも淡々と応じられ、ディロスはそれ以上の追及を諦めた。そこである事に気づいたカイルが、控え目に確認を入れる。
「ええと……、ダレン? もしかして二十年かけて、君の後釜を育てるつもりか?」
「そのように聞こえませんでしたか?」
「……だそうだ。ディロス、頑張ってくれ」
「伯爵以上に、僕に対して厳しくなるのが確実だな、これ……。見込まれたのが嬉しいような悲しいような……」
カイルからの憐憫の視線を受けて、ディロスは重い溜め息を吐いた。そこで気持ちを切り替えつつ、話題を変えてくる。
「それにしても……、あの連中の処分ですが」
「ディロスは不服か?」
「不服と言うか……。全財産没収は勿論ですが、身一つで放り出すだけで良かったんですか? 死刑まではいかないにしても、投獄とか。本人の私物はともかく、家族の私物は残してあげましたし。ロベルトさんが『あのごうつくババァの大量の服を売り払えば、それなりの金になるぞ』とか、悪態を吐いていましたよ?」
そこまで聞いたカイルは、思わず苦笑いで応じた。
「ああ、その話は聞いている。フォイザー夫人は、すごい数のドレスを作っていたらしいね」
「笑い事ではないと思いますが」
うんざりした表情になったディロスを宥めるように、カイルが言い聞かせる。
「一応、衣装箱や子供のおもちゃ箱に至るまで、関係者家族の私物は改めて、問題が無い物だけ返却している。アスラン所有の大量の金貨が小分けされて、子供達の私物入れの箱で運搬してきた例もあるからね」
「宰相もあの人も、全く……。出発直前に、面倒な事を押し付けてくれやがりましたよ。小さい子ども達に、悪戯しないように言い聞かせるのが大変だったんですから」
「ご苦労だったね。おかげで安心して運搬できたし、こちらに来てすぐ使えたとアスランが言っていた」
「本当に……。それなりに緊張して運んだ大金の一部が、早速派手な飲み代に消えたと思うと、力が抜けましたよ」
ディロスの愚痴を聞いて、カイルは吹き出しそうになるのを堪えながら話を続けた。
「とにかく、本人はともかく、家族にまで責を負わせるのは酷というものだ。それにもし本人が家族から私物を取り上げそれを現金化した場合、家族からの心証はどうなるのだろうな?」
「……悪くなる事はあっても、良くはならないでしょうね」
「それと、投獄などはせずに追放とした理由だが、連中に繋がっている人間が全て炙り出されたとは限らない。牢内に閉じ込めておいても、内通する者が出たり脱走する恐れがある。もっと言えば、今度は本格的な反逆を企てる恐れもある」
「だから一度野に放って、これからどうするのか動きを見るのですか?」
「ああ。群れて何か企むなら、城内に呼応する者と連絡を取ったところを押さえればよいし、今まで通じていたエンバスタ国側に逃亡するなら、それを王都に伝えて今回の処分の正当性を裏付ければ良い。当面の最優先課題は、停滞しているこの領の健全化だ」
真顔で主張するカイルを、ディロスはまじまじと眺めた。そして控え目に尋ねる。
「カイル様……、今のはご自分の考えですか?」
「うん? そうだが。一応、ダレンに了承して貰ったが、やっぱり甘いかな?」
「いえ、まあ……、一見甘いようで、結構シビアと言うか……。伯爵様も結構容赦ないですよね」
「ディロス。話が終わったら」
「あ、そういえば! 来週から、領内の視察に出向かれるんですよね? 僕も同行させてください!」
ここでダレンが長話を窘めようとしたが、ディロスが唐突に声を上げた。それにダレンは無言のまま眉根を寄せたが、カイルはそんな彼に目配せを送って宥めつつ、ディロスに尋ね返す。
「それは構わないが、どうかしたのか?」
「視察予定地のデニスファに、ユーゼルド公国の遺跡があるじゃないですか! トルファンに来たら、是非あそこに行ってみたいと思っていたんです! かつてこの大陸の半分を支配し、言語も統一して文化も発展したと伝わる、幻の国の名残ですよ? うわ、考えただけでワクワクする!」
いかにも十五歳の少年らしい興奮振りに、カイルは微笑ましく思いながら問いを重ねた。
「ディロスは歴史が好きなのか?」
「はい! 好きと言うか宰相様に『未来を知る者は未来に通ず』と言われて歴史を勉強しているうちに、色々と嵌ってしまいまして」
「そうか。それならその地域の視察の時は、その遺跡の辺りで長めに休憩時間を取るか宿泊しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
カイルの提案に、ディロスが嬉々として声を上げて頭を下げる。さすがに看過できなくなったダレンが、通常よりも若干低い声で呼びかけた。
「……ディロス」
「はい、仕事ですね! 頑張ります!」
「全く……」
ディロスは上機嫌で自分の机に戻り、そんな彼をディロスをダレンは苦々しげに、カイルは微笑ましく見守っていた。
「ああ、ありがとう。ディロス」
執務中、少し離れた机からやって来たディロスに差し出された書類の束を、カイルは笑顔で受け取った。対するディロスは、呆れ顔で感想を述べる。
「また随分と溜め込んでいたものですね。勿論何年、下手をすると十数年に渡っての不正蓄財ですから、既に使い込んでしまった分の方が多いでしょうが」
「そうだろうな。だが取り敢えず、今年と来年の領内運営の助けにはなるから。早速街道と宿場の整備予算に振り分けるつもりだ」
そこですかさず斜め前の机から、ダレンの声が届く。
「既に、伯爵の計画に沿った指示を出しております」
「そうか」
「計画ってなんのですか?」
そのやり取りに、ディロスが反射的に問いを発した。それにカイルが律儀に答える。
「ここに到着直後、予算編成の都合があるから今年と来年の運営計画を直ちに作成するよう、ダレンに言われたんだ。それで、急いで半月ほどで作成した」
それを聞いたディロスは、呆気に取られた。
「はい? 見ず知らずの土地で、あの連中が作った正確かどうか分からない資料を基にですか?」
「ああ、ぶっつけ本番だったが、取り敢えず及第点は貰えて良かった」
「主君に対しても容赦ないな……」
しみじみと呟いてから、ディロスはここでダレンに向き直った。
「ダレンさん、ちょっと個人的な事を聞いても良いですか?」
「執務中だ。個人的な事なら簡潔に」
「どうしてカイル様の身の回りの世話をする従僕として派遣されたはずの僕が、行政官の仕事の一端を担わされているのでしょうか?」
(それは私も、疑問に思っていた。執務室内にいつの間にかディロスの机が置かれていて、当然の如くダレンが彼に仕事を割り振っていたが、ディロスがそれを普通にこなしていたのですっかり尋ねる機会を逸していたな……)
移住してきた直後は子供達の世話に従事していたディロスだったが、生活が落ち着くと同時に問答無用で執務室に引っ張り込まれていた。既にその状態は半月以上になっていたが、次々割り振られる仕事をこなすのに精一杯で、これまで改めて仔細を尋ねる状況ではなかったなとカイルは思い返す。しかしダレンの返答は、あっさりとしたものだった。
「何かと人手不足の折、人格と能力に信用の置ける人は貴重だ。君は適材適所という言葉を知らないのか?」
「僕の人格と能力を認めて貰って、ありがとうございます。ですが十五の若輩者を、大事な政策決定業務に携わらせるなんて、周りから色々言われないんですか?」
「言われるとなにか拙いのか?」
「……いえ、もう良いです」
「多少若い位がちょうど良い。二十年したら、安心して後を任せられる」
あまりにも淡々と応じられ、ディロスはそれ以上の追及を諦めた。そこである事に気づいたカイルが、控え目に確認を入れる。
「ええと……、ダレン? もしかして二十年かけて、君の後釜を育てるつもりか?」
「そのように聞こえませんでしたか?」
「……だそうだ。ディロス、頑張ってくれ」
「伯爵以上に、僕に対して厳しくなるのが確実だな、これ……。見込まれたのが嬉しいような悲しいような……」
カイルからの憐憫の視線を受けて、ディロスは重い溜め息を吐いた。そこで気持ちを切り替えつつ、話題を変えてくる。
「それにしても……、あの連中の処分ですが」
「ディロスは不服か?」
「不服と言うか……。全財産没収は勿論ですが、身一つで放り出すだけで良かったんですか? 死刑まではいかないにしても、投獄とか。本人の私物はともかく、家族の私物は残してあげましたし。ロベルトさんが『あのごうつくババァの大量の服を売り払えば、それなりの金になるぞ』とか、悪態を吐いていましたよ?」
そこまで聞いたカイルは、思わず苦笑いで応じた。
「ああ、その話は聞いている。フォイザー夫人は、すごい数のドレスを作っていたらしいね」
「笑い事ではないと思いますが」
うんざりした表情になったディロスを宥めるように、カイルが言い聞かせる。
「一応、衣装箱や子供のおもちゃ箱に至るまで、関係者家族の私物は改めて、問題が無い物だけ返却している。アスラン所有の大量の金貨が小分けされて、子供達の私物入れの箱で運搬してきた例もあるからね」
「宰相もあの人も、全く……。出発直前に、面倒な事を押し付けてくれやがりましたよ。小さい子ども達に、悪戯しないように言い聞かせるのが大変だったんですから」
「ご苦労だったね。おかげで安心して運搬できたし、こちらに来てすぐ使えたとアスランが言っていた」
「本当に……。それなりに緊張して運んだ大金の一部が、早速派手な飲み代に消えたと思うと、力が抜けましたよ」
ディロスの愚痴を聞いて、カイルは吹き出しそうになるのを堪えながら話を続けた。
「とにかく、本人はともかく、家族にまで責を負わせるのは酷というものだ。それにもし本人が家族から私物を取り上げそれを現金化した場合、家族からの心証はどうなるのだろうな?」
「……悪くなる事はあっても、良くはならないでしょうね」
「それと、投獄などはせずに追放とした理由だが、連中に繋がっている人間が全て炙り出されたとは限らない。牢内に閉じ込めておいても、内通する者が出たり脱走する恐れがある。もっと言えば、今度は本格的な反逆を企てる恐れもある」
「だから一度野に放って、これからどうするのか動きを見るのですか?」
「ああ。群れて何か企むなら、城内に呼応する者と連絡を取ったところを押さえればよいし、今まで通じていたエンバスタ国側に逃亡するなら、それを王都に伝えて今回の処分の正当性を裏付ければ良い。当面の最優先課題は、停滞しているこの領の健全化だ」
真顔で主張するカイルを、ディロスはまじまじと眺めた。そして控え目に尋ねる。
「カイル様……、今のはご自分の考えですか?」
「うん? そうだが。一応、ダレンに了承して貰ったが、やっぱり甘いかな?」
「いえ、まあ……、一見甘いようで、結構シビアと言うか……。伯爵様も結構容赦ないですよね」
「ディロス。話が終わったら」
「あ、そういえば! 来週から、領内の視察に出向かれるんですよね? 僕も同行させてください!」
ここでダレンが長話を窘めようとしたが、ディロスが唐突に声を上げた。それにダレンは無言のまま眉根を寄せたが、カイルはそんな彼に目配せを送って宥めつつ、ディロスに尋ね返す。
「それは構わないが、どうかしたのか?」
「視察予定地のデニスファに、ユーゼルド公国の遺跡があるじゃないですか! トルファンに来たら、是非あそこに行ってみたいと思っていたんです! かつてこの大陸の半分を支配し、言語も統一して文化も発展したと伝わる、幻の国の名残ですよ? うわ、考えただけでワクワクする!」
いかにも十五歳の少年らしい興奮振りに、カイルは微笑ましく思いながら問いを重ねた。
「ディロスは歴史が好きなのか?」
「はい! 好きと言うか宰相様に『未来を知る者は未来に通ず』と言われて歴史を勉強しているうちに、色々と嵌ってしまいまして」
「そうか。それならその地域の視察の時は、その遺跡の辺りで長めに休憩時間を取るか宿泊しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
カイルの提案に、ディロスが嬉々として声を上げて頭を下げる。さすがに看過できなくなったダレンが、通常よりも若干低い声で呼びかけた。
「……ディロス」
「はい、仕事ですね! 頑張ります!」
「全く……」
ディロスは上機嫌で自分の机に戻り、そんな彼をディロスをダレンは苦々しげに、カイルは微笑ましく見守っていた。
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