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第2章 想定外の加護

(24)初対面での駆け引き

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 カイル達は当初の予定より一日遅れでフェロール伯爵領トルファンに入り、無事にトルファン城に入った。予め先触れを出して遅れを伝えており、一行は全く問題なく出迎えられる。入城後は持参した荷物の整理や子供達の世話の為、殆どの者は居住用に割り振られた棟に移動し、カイルは武官としてアスランとロベルト、文官としてダレンとリーンのみを引き連れて奥へと進んだ。
 カイルは執務室に隣接した応接室に通され、促されるままソファーに座った。その背後に随行の四人が無言で立つと、カイルの向かい側に座った男が、恭しく頭を下げる。

「遠路はるばるご苦労様でした、フェロール伯爵。私が国王陛下から直々にこの城とトルファンの管理を一任されております、ニール・フォイザーです。お見知り置きくださいませ」
 探るような視線と殊勝な物言いに微妙な棘が潜んでいたが、カイルはそれには気づかないふりをしながら笑顔で言葉を返した。

「ああ。これまでこのフェロール伯爵領は統治者不在で王家直轄領だったが故に、君には何かと苦労をかけた。これからは国王陛下から直々にフェロール伯爵の爵位と領地としてトルファンを授かった私が、最終的な責任を持つ。ニール。君が一管理官として、今後も職務を全うしてくれるのを期待している」
「……かしこまりました」
 ぴくっと僅かに顔を引き攣らせながらも、ケリガンは辛うじて笑顔を保ちながら再び頭を下げた。それを目撃したロベルトが、小さく噴き出す。

「ぶふっ……」
「聞こえるぞ」
 すかさず相手だけに聞こえる小声で、隣に立つアスランが窘めてきた。それにロベルトが、弁解まじりに囁き返す。

「いや、だって、国王任命なんてしょうもない威光を笠に着て、今後も自分が仕切る気満々だったらしいあいつが、盛大に出鼻を挫かれた間抜け面が無様すぎて。というか、つい何日か前まで無頼漢だった俺が、何でこんな場所にいるんですかね?」
「サーディンが『年寄りに面倒なことをさせるな』と、面倒事を俺に押し付けた。お前は『今まで働かなかった分、働け』だそうだ。諦めて巻き込まれろ」
「他にも立派な経歴に騎士が、何人もいるだろうが。今更、堅苦しい場なんか真っ平なのに」
 アスランの素っ気ない物言いに、思わずロベルトは愚痴を零した。するとここで、ケリガンの背後に立っていた初老の男が口を開く。

「フェロール伯爵。国境警備隊兼、フェロール伯爵領駐留部隊総責任者のマークス・デルモナです。今後はあなた様の麾下になりますので、よろしくお願いします。身辺警護と国境警備は、我らにお任せください」
「ああ、マークス。頼りにしている」
 そこでデルモナは、視線をカイルからアスランに移し、皮肉げな口調で告げてくる。

「今回、近衛騎士団をお辞めになった方々が、伯爵様に同行されておられるとか。サーディン様やアスラン様の勇名は、こちらでも聞き及んでおります。ですがこの北西部国境周辺は険しい環境で、戦闘条件も異なります。実際の戦闘になれば、こちらの流儀にお任せ願えればと思います」
(おいおい、余計な口を出さずに引っ込んでいろってか? そんなのこのアスランや、サーディン様が「はい、そうですね」なんて素直に頷く筈がないだろ)
 初対面の場でやんわりと牽制され、ロベルトは肝を冷やした。するとアスランが、予想に反して笑顔で頷いてみせる。

「それはそうだ。私達はこれまで、主に平地での大規模戦闘を経験しているが、山岳地帯でのそれに関しては詳しくはないからな」
「ご理解いただけてなによりです」
(へえ? 取り敢えず最初から、揉める気はないってことか? こいつ、意外に温厚だったんだな)
 二人のやり取りに、ロベルトはアスランに対して結構失礼な事を考えた。するとアスランが、不敵な笑みを深めながら言葉を継ぐ。

「それに加えて、何年も何十年もダラダラと小競り合いを続けるような、時間と労力を無駄にする戦い方など経験がないのでね。郷に入れば郷に従えというし、まずは大人しく見学させてもらうつもりだ。見学だけで済むかどうかは保証の限りではないが」
「……そうですか」
 真っ向から「お前達は無能の集団だ」と言ったに等しい発言に、デルモナの顔が瞬時に強張り、ロベルトは頭痛がしてきた。

「おい、要らん喧嘩を売るな」
「最初に売ってきたのは向こうだ」
「サーディン様、恨みますよ? 他の連中も、これが分かっていて逃げたな? なんで俺が抑え役なんだよ……」
 一応、小声で注意してみたものの、アスランは平然としていた。ロベルトはこれで、どうして自分にお鉢が回って来たのかを正確に理解する羽目になった。

「それでは伯爵様。今夜、伯爵御一行の歓迎の宴をご用意しております。それまでお部屋で、ゆっくりとお寛ぎください」
 色々思う事はあったにせよ、ニールはそれらを全く面には出さずに愛想笑いを振り撒いた。それを受けて、カイルも笑顔で立ち上がりながら、ある事を要請する。

「ありがとう。そうさせてもらうよ。それではその部屋にフェロール伯爵領の前年と今年の経理簿と、トルファン全域の地図と警備隊全員の名簿を持ってきてくれ」
「はい? 今、ですか?」
「移動でお疲れでしょうし、後日になさってもよろしいのでは?」
 さすがにニールとマークスが困惑した表情で問い返してきたが、カイルは構わず要求を繰り返す。

「騎馬でならともかく、私はずっと馬車での移動だったから大して疲れてはいない。せっかく私の歓迎のために皆が準備してくれているのだから、領主として少しでもそれに報いたいんだ。今言った物を、早急に頼む。それでは、部屋に案内してもらえるか?」
「畏まりました……。おい、皆様をお連れしろ」
「はい。皆様、こちらへどうぞ」
 ニールに声をかけられ、壁際に控えていた侍女がカイル達に歩み寄り、先導して応接室を出て行った。そしてドアが閉まった瞬間、ニールとマークスが憤然とした様子で悪態を吐き始める。

「生意気な小僧だな。加護詐欺王子の分際で!」
「全くだ。もう王子でもないのに、何様のつもりだ」
「早速、ここを自分達の思う通りに動かすつもりだぞ」
「そうはいくか。適当に丸め込んで飼い殺しにしてやる。そうできなければ、ここは国境で度々紛争が起こっているんだ。偶々流れ矢に当たって命を落とす事だってあり得るさ」
「それもそうだな。どうせ王から見捨てられた連中だ。王都に死亡を伝えても、こちらが処分を受ける恐れはないだろう」
「寧ろ、よく知らせてくれたと、褒美を貰えるかもしれん」
「違いない」
 そう言って、二人は狡猾な笑みを浮かべてから、その場を離れた。



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