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第2章 想定外の加護

(20)些細な嫌がらせ

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 カイル達の暗殺を試みた騎士達を放逐した翌朝。何人かずつ固まって座り、簡単な朝食を摂っていた部下達を見回しながら、カイルが声を上げた。

「皆、今後の日程について話があるから、食べながら聞いてほしい。今日街道を進んで予約してある宿屋で一泊した後、トルファン入りする予定だったが、その後野営を一泊入れてからトルファン入りする事にした。今日到達する宿場町で、必要な物を買い入れる時間も多めに取る」
 唐突な主君の言葉に、纏め役であるダニエルが、怪訝な顔になって問いを発する。

「それは構いませんが……、理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「それは私から説明する」
「アスラン殿下?」
「元殿下だがな」
「失礼しました」
 どうやら昨夜のうちに、または朝一番で兄弟間の話を済ませていたらしいと察したダニエルは、それ以上余計な事は言わずに頭を下げた。するとアスランが立ち上がり、説明を始める。

「急遽フェロール伯爵の直臣になった9人に関して、ちょっとした配慮が必要になるからな。元王子のフェロール伯爵は、近衛騎士団から私兵を引き抜いて領地に向かうという触れ込みだ」
「確かに、そうなっておりますね」
「そこに出自が怪しい者が紛れ込むとは思われないだろうが、このまま彼らを同行させると不審に思われる点がある。まず馬だ」
「馬、ですか?」
「ああ」
 アスランと同行してきた騎士達は、それだけで彼が言わんとすることが分かったらしく、樹に繋いでいる馬達に視線を向けながら無言で頷いた。しかし騎士ではないダニエルは、唐突に出てきた内容に軽く首を傾げる。そこでアスランは、彼にも理解できるように説明を加えた。

「昨夜のうちに、彼らが隠しておいた場所から各自の馬を連れてきてもらったが、俺達が連れて来た馬と比べると一目瞭然だろう?」
 そこでしげしげと馬を眺めたダニエルは、少ししてその違いを認識した。

「なるほど……。確かに軍馬として鍛え上げられた馬と、単なる乗馬や使役用の馬とは、体格や筋肉のつき方が明らかに違いますね」
「その通りだ。昨夜追い返した6人が使っていた馬を使うとしても、3頭は足りない。脚が悪いというギリューは、あまり大きい馬だと乗馬しにくいという理由でこれまでの馬を使っても良いと思うが」
「できれば、そうさせてください」
 そこで話の水を向けられたギリューが、すかさず申し出た。アスランは、それに軽く頷いてから話を続ける。

「それでは新たに調達するのは、2頭で良さそうだな。宿場町で同様の馬が購入できるかどうかは運次第だが、今いる馬を売ってもう少し良い馬を準備したい。ただ、彼らが思い入れのある馬とかだったら、そのまま乗っていても良いとは思うが。どうする?」
「そういう事であれば、俺達の馬を売って、もう少し使えそうな馬に変えて構いません。もっともな意見です」
 問いかけられた者達を代表して、ロベルトが真顔で了承した。それを受けて、アスランが更に提案する。

「それでは次に、持ち物だな。ざっくり言えば衣類と武器だが。俺達は近衛騎士団の制服をそのまま着ているから、お前達も逃げていった連中の着替えの中から、体型が合うのを選んで着てくれ。手直しが必要なら宿泊時に急ぎで修繕を頼むし、間に合わなければそれらしい、今着ている服より上質な物を準備する。武器も同様だ」
「確かに、見劣りするのも甚だしいですね」
「もっともトルファンに着いたら、そこの警備兵の制服や武器が支給されるから、少しの間だけだが。必要以上に不審がられない筈だ」
「分かりました。皆も良いな?」
「ああ」
「分かった」
「馬や武器はまとめて売ろう。あまり高くは売れないだろうが」
 アスランとの受け答えをしたロベルトは、仲間達に確認を入れた。彼らにしても異論はなく、素直に頷く。するとここで、アスランが太っ腹な事を口にした。

「安心しろ。売却益は、お前達の手持ちにしておけ。新しい馬や武器の購入費用は、全額俺が出す。腐っても、元王子だからな。それくらい持ち合わせがある」
「それはそれは、ありがとうございます」
「そして、ここからが本題だ。一日旅程が増えたから、その間に特訓をするぞ」
 唐突に変わった話題にロベルトは面食らい、反射的に尋ね返す。

「特訓? 何のです?」
「近衛騎士団式の乗馬や敬礼、隠語や伝達事項の諸々を一通りできるようにしてもらう」
「……え?」
「うわあ、殿下は正気か?」
「あの顔、絶対に面白がってるだろ」
 ニヤリと少々意地悪く笑ったアスランを見て、ロベルトの顔が微妙に引き攣った。近衛騎士団出身の騎士達も、小声で囁き合う。さすがにこのまま黙っていられなかったロベルトは、控え目に反論してみた。

「あのですね……、こいつらは堅苦しい騎士の儀礼なんて、欠片も知らないど素人ばかりですよ? 一日で身につけられる筈がないじゃありませんか」
「俺もさすがに、完璧にこなせとは言わない。だが実際に見た事やした事が一度でもあるのとないのでは、違ってくるだろう」
「そりゃあまあ……、確かにそうでしょうが。まあ……、一通り見せておくだけなら良いか」
「だが、ロベルト。仲間とは違って、お前は二十五までは実際に近衛騎士団に所属していたんだからな。10年のブランクがあるとはいえ、完璧にこなしてみせるよな?」
「……え?」
 仲間達にそれほど無理強いはしないらしいと分かって安堵したのも束の間、有無を言わさぬ笑みと共に話の矛先を向けられたロベルトは、蛇に睨まれた蛙の如く固まった。

「一つでも間違えて人前で無様な姿を晒したら、伯爵の名前に傷がつく。そこら辺を、分かっているんだろうな?」
「…………」
「あ、他の皆は素人同然だし、幾ら間違えても構わないぞ? 何事も経験だし、人は失敗して覚えるものだ。他の騎士達もフォローするから、安心してくれ」
「そ、そうですか……」
「ありがとう、ございます……」
「恐縮です……」
 アスランから満面の笑みを向けられたロベルトの仲間達は、揃って引き攣った笑みを浮かべて礼を述べた。そのやり取りを目の当たりにしたカイルは、溜め息を吐いてから声をかける。

「あの……、アスラン? ほどほどにな?」
「何をでしょうか?」
 アスランからわざとらしい笑みを向けられたカイルは、即座に説得の相手を変えた。

「……サーディン。よろしく頼む」
「心得ました。全く、変なところで狭量な奴ですな」
 サーディンは苦笑いし、かつての部下の防波堤となるのを了承して頷いた。

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