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第2章 想定外の加護
(18)祝福、もしくは試練
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「それだがな、メリア。以前から私は、加護というのは女神からの祝福ではなくて、試練なのではないかと思っていた」
「はい? どういう意味ですか?」
「加護は、普通の人間が幾ら努力しても得られない能力だ。だがそれを得ただけで崇高な人間になれるかと言えば、そうではないと思う。私の兄弟達がその証拠だ」
「確かに、『崇高』という言葉からはかけ離れた方々ですが……」
これまでのあれこれを思い返したシーラは、渋面になりながら言葉を濁した。するとディロスが、傍らに立つシーラに不思議そうに尋ねる。
「シーラ姉さん。確かに王子王女に加護持ちが生まれやすいって聞いているけど、そんなに人格的に問題がある人間ばかりなのか?」
「加護持ちが生まれやすいのは、国王が加護持ちが生まれやすい家系から、何人も側妃を出させて節操なく子供を産ませているからよ。数が多けりゃ当たりも出やすいわ」
「……シーラ姉さん、ちょっと言い方を考えようか。仮にも王族なんだからさ」
ぞんざいに言い放った義理の姉を、ディロスは宥めようとした。しかしシーラの糾弾は止まらなかった。
「こんな事を遠慮して、何になるっていうのよ。素早く動ける王子は暇つぶしとか面白半分に近衛騎士を叩きのめすろくでなしだし、どんな言語でも聞き取り会話ができる王子は会話の中身が皆無の馬鹿面丸出しだし、類稀なる美声で歌える王女は段取りや場を弁えずに得意満面で歌いまくる空気を読めない高慢ちき女だし、一度に複数人の会話を聞き分ける王子なんて自分の加護を知らしめるために、常に十人以上の側近を引き連れて歩いているのよ? つ・ね・に!」
最後は吐き捨てるように告げられた内容を聞いたディロス、呆気に取られた表情になった。そして何拍か後に、恐る恐る確認を入れてくる。
「ええと、それってまさか……、どんな加護を持っているのか聞かれた時に、自分の周りで一斉に喋られせて、それを聞き取ってみせるということ?」
「それ以外に、どんな理由があるのよ?」
答えるのすら嫌そうな素振りのシーラを見て、ディロスはそれが真実だと理解した。そして、率直な感想を口にする。
「馬鹿か? それに王城では、そんな事が本当に許されているのか?」
「王城内では日常の光景よ」
「うわぁ……。俺だったら無理。そんな馬鹿どもをまともに相手にしてたら、こっちまで馬鹿になるじゃないか」
「あんたこそ、少しは口の利き方を考えなさい」
「…………」
それ以上何も言わず、ディロスはしげしげと呆れ顔で一行を見回した。話題に出た者達と血の繋がりがあるカイルとアスランは、さすがに羞恥を覚えて項垂れる。他の騎士達も、その日常の光景の中で勤務してきており、揃ってディロスから視線を逸らした。
そこで少々微妙な沈黙が満ちてから、カイルが気を取り直して会話を再開した。
「話を戻すが、ロベルトが加護を無効化してしまった二人は、本当に気の毒だし被害者だと思う。しかし二人には、加護以外の何物もなかったのか? 元々の裁縫の腕や、記憶力が皆無といったわけではなかったはずだ。それらをしている上で、自らの加護に気がついたわけだから」
「勿論、裁縫はできました。でも元々、大した腕ではなかったかと……」
「どうしてだ? 加護を授かったからにはそれを活かすために、少しでも己の力量を高めようと思わなかったのだろうか」
「どう、でしょうね……。本人ではないので、分かりかねます……」
リリアナに関しての問いかけに、ロベルトは自信なさげに答えた。それに文句を言ったりせず、カイルが話を続ける。
「隊商の護衛をしていた加護持ちについてだが、さきほどサーディンが言ったように、仮に加護を失っても護衛として雇われたのなら、その本分を全うする義務があると思う。それをしなかったのは、自分が加護ばかり頼りにしてまともに鍛錬をせず、加護無しでは戦えないと自覚していたからだろう」
「それはそうでしょうね」
「だから私は、女神の温情で加護があたえられるのではなく、女神からの少々意地の悪い試練なのではないかと考えていた。加護を与えた人間が堕落するかしないかを、面白半分に観察しているのかもしれない」
カイルが真顔で口にした内容を聞いて、ロベルトは呆気に取られて何度も瞬きした。そして遠慮の無い感想を述べる。
「これはまた……、随分と大胆で斬新な解釈ですね。今の話を神官達が耳にしたら、卒倒しますよ」
「だが、これが私の本心だ。きつい言い方をしてしまうが君が加護を無効化した者達は、手足や耳目を失ったわけではない。加護を失ってからも一層努力して、本来の職務に邁進するべきだった。少なくとも二人が自ら命を絶ったのは、彼ら自身の心の弱さによるものだ。君が、そこまで責任を感じる必要はない筈だ」
「…………」
落ち着いた口調ながら、カイルの台詞には他者を圧倒させる何かがあった。ロベルトは微動だにせず、顔を若干強張らせながらその言葉に聞き入る。
「ただ、強制的に他人の加護を無効化した責めは負うべきだろうが、今、自身の加護を失って、その報いは受けていると思う。今後は今までのように加護持ちが護衛している隊商を楽に襲えないし、困るのではないか? 主人が妙な加護持ちですまないが、君達の経歴を多少誤魔化した上で、それなりに安定した仕事を提供できると思うがどうだろうか?」
カイルは改めて、誘いの言葉を口にした。そこまで話を聞いたロベルトは、なにか込み上げてくるものを堪えながら、低い声で応じる。
「俺達は……、ごろつきの寄せ集めですよ?」
「ああ、連携は取れているし、適材適所の良い隊のように見える」
「俺は、罪人なんですが?」
「生憎と、他人の加護を無効化した罪なんて、聞いた事が無いんだ。そんな罪状があったか、誰か知っているか?」
ここでカイルは背後を振り返って同行者達に尋ねたが、返ってきたのは溜め息と呆れ声だけだった。
「無茶言わないで下さいよ……、そんなもの聞いたことありません」
「前例がありませんからね」
「というか、こいつが原因で他人の加護が消滅したって、どう証明するんですか」
そこでカイルはロベルトに向き直り、苦笑いしながら声をかける。
「どうやら君の罪は存在しないし、証明できないらしい。無罪放免だな。でもどうしても気が済まないというのなら、罪滅ぼしを兼ねて私に仕えて欲しい」
「どんな理屈ですか。全然意味が分かりません」
「正直に言うと、私も良く分からない。だがこう言えば、君が引き受けてくれそうだからね」
カイルが苦笑を深めると、ロベルトは意を決したように彼に視線を合わせた。
「はい? どういう意味ですか?」
「加護は、普通の人間が幾ら努力しても得られない能力だ。だがそれを得ただけで崇高な人間になれるかと言えば、そうではないと思う。私の兄弟達がその証拠だ」
「確かに、『崇高』という言葉からはかけ離れた方々ですが……」
これまでのあれこれを思い返したシーラは、渋面になりながら言葉を濁した。するとディロスが、傍らに立つシーラに不思議そうに尋ねる。
「シーラ姉さん。確かに王子王女に加護持ちが生まれやすいって聞いているけど、そんなに人格的に問題がある人間ばかりなのか?」
「加護持ちが生まれやすいのは、国王が加護持ちが生まれやすい家系から、何人も側妃を出させて節操なく子供を産ませているからよ。数が多けりゃ当たりも出やすいわ」
「……シーラ姉さん、ちょっと言い方を考えようか。仮にも王族なんだからさ」
ぞんざいに言い放った義理の姉を、ディロスは宥めようとした。しかしシーラの糾弾は止まらなかった。
「こんな事を遠慮して、何になるっていうのよ。素早く動ける王子は暇つぶしとか面白半分に近衛騎士を叩きのめすろくでなしだし、どんな言語でも聞き取り会話ができる王子は会話の中身が皆無の馬鹿面丸出しだし、類稀なる美声で歌える王女は段取りや場を弁えずに得意満面で歌いまくる空気を読めない高慢ちき女だし、一度に複数人の会話を聞き分ける王子なんて自分の加護を知らしめるために、常に十人以上の側近を引き連れて歩いているのよ? つ・ね・に!」
最後は吐き捨てるように告げられた内容を聞いたディロス、呆気に取られた表情になった。そして何拍か後に、恐る恐る確認を入れてくる。
「ええと、それってまさか……、どんな加護を持っているのか聞かれた時に、自分の周りで一斉に喋られせて、それを聞き取ってみせるということ?」
「それ以外に、どんな理由があるのよ?」
答えるのすら嫌そうな素振りのシーラを見て、ディロスはそれが真実だと理解した。そして、率直な感想を口にする。
「馬鹿か? それに王城では、そんな事が本当に許されているのか?」
「王城内では日常の光景よ」
「うわぁ……。俺だったら無理。そんな馬鹿どもをまともに相手にしてたら、こっちまで馬鹿になるじゃないか」
「あんたこそ、少しは口の利き方を考えなさい」
「…………」
それ以上何も言わず、ディロスはしげしげと呆れ顔で一行を見回した。話題に出た者達と血の繋がりがあるカイルとアスランは、さすがに羞恥を覚えて項垂れる。他の騎士達も、その日常の光景の中で勤務してきており、揃ってディロスから視線を逸らした。
そこで少々微妙な沈黙が満ちてから、カイルが気を取り直して会話を再開した。
「話を戻すが、ロベルトが加護を無効化してしまった二人は、本当に気の毒だし被害者だと思う。しかし二人には、加護以外の何物もなかったのか? 元々の裁縫の腕や、記憶力が皆無といったわけではなかったはずだ。それらをしている上で、自らの加護に気がついたわけだから」
「勿論、裁縫はできました。でも元々、大した腕ではなかったかと……」
「どうしてだ? 加護を授かったからにはそれを活かすために、少しでも己の力量を高めようと思わなかったのだろうか」
「どう、でしょうね……。本人ではないので、分かりかねます……」
リリアナに関しての問いかけに、ロベルトは自信なさげに答えた。それに文句を言ったりせず、カイルが話を続ける。
「隊商の護衛をしていた加護持ちについてだが、さきほどサーディンが言ったように、仮に加護を失っても護衛として雇われたのなら、その本分を全うする義務があると思う。それをしなかったのは、自分が加護ばかり頼りにしてまともに鍛錬をせず、加護無しでは戦えないと自覚していたからだろう」
「それはそうでしょうね」
「だから私は、女神の温情で加護があたえられるのではなく、女神からの少々意地の悪い試練なのではないかと考えていた。加護を与えた人間が堕落するかしないかを、面白半分に観察しているのかもしれない」
カイルが真顔で口にした内容を聞いて、ロベルトは呆気に取られて何度も瞬きした。そして遠慮の無い感想を述べる。
「これはまた……、随分と大胆で斬新な解釈ですね。今の話を神官達が耳にしたら、卒倒しますよ」
「だが、これが私の本心だ。きつい言い方をしてしまうが君が加護を無効化した者達は、手足や耳目を失ったわけではない。加護を失ってからも一層努力して、本来の職務に邁進するべきだった。少なくとも二人が自ら命を絶ったのは、彼ら自身の心の弱さによるものだ。君が、そこまで責任を感じる必要はない筈だ」
「…………」
落ち着いた口調ながら、カイルの台詞には他者を圧倒させる何かがあった。ロベルトは微動だにせず、顔を若干強張らせながらその言葉に聞き入る。
「ただ、強制的に他人の加護を無効化した責めは負うべきだろうが、今、自身の加護を失って、その報いは受けていると思う。今後は今までのように加護持ちが護衛している隊商を楽に襲えないし、困るのではないか? 主人が妙な加護持ちですまないが、君達の経歴を多少誤魔化した上で、それなりに安定した仕事を提供できると思うがどうだろうか?」
カイルは改めて、誘いの言葉を口にした。そこまで話を聞いたロベルトは、なにか込み上げてくるものを堪えながら、低い声で応じる。
「俺達は……、ごろつきの寄せ集めですよ?」
「ああ、連携は取れているし、適材適所の良い隊のように見える」
「俺は、罪人なんですが?」
「生憎と、他人の加護を無効化した罪なんて、聞いた事が無いんだ。そんな罪状があったか、誰か知っているか?」
ここでカイルは背後を振り返って同行者達に尋ねたが、返ってきたのは溜め息と呆れ声だけだった。
「無茶言わないで下さいよ……、そんなもの聞いたことありません」
「前例がありませんからね」
「というか、こいつが原因で他人の加護が消滅したって、どう証明するんですか」
そこでカイルはロベルトに向き直り、苦笑いしながら声をかける。
「どうやら君の罪は存在しないし、証明できないらしい。無罪放免だな。でもどうしても気が済まないというのなら、罪滅ぼしを兼ねて私に仕えて欲しい」
「どんな理屈ですか。全然意味が分かりません」
「正直に言うと、私も良く分からない。だがこう言えば、君が引き受けてくれそうだからね」
カイルが苦笑を深めると、ロベルトは意を決したように彼に視線を合わせた。
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