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第2章 想定外の加護
(2)出発前のひと時
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正式にフェロール伯爵となったカイルと共に、早速その領地に向かう者達は、城の正面玄関前に揃って待機していた。
伯爵ともなればさすがに単身騎馬で出向く事などできず、元王族にしては質素ながらも彼専用の馬車が用意され、側近達の馬車として男性用と女性用の二台が手配されている。それに加えて当面必要な物資や金銭を運搬するのに必要な荷馬車が三台。それを動かし、警備する伯爵の私兵二十数人が、それぞれ数人ずつ集まって雑談を交わしていた。
私兵とは言っても元王族のカイルに伝手など無く、形式上、国王の許可を得た上での、近衛騎士団からの勧誘である。国境沿いに放逐されるも同然の元王子に雇われたいなどと考える者は、普通であれば相当酔狂な人間か訳ありと相場が決まっていた。
「どうして近衛騎士団の大隊長が、あっさり職を投げ打つような真似をする……」
出発予定時刻が近付いた頃。アスランは、その酔狂な人間の中で筆頭と思われる男に歩み寄り、呆れ気味に声をかけた。対する年配の貫禄があり過ぎる男は、豪快に笑い返しながら当然の如く言い返す。
「真っ先にあっさり職も身分も投げ打った張本人が、今更なにを言う。それに年寄りがいつまでも上にいると、後がつかえてしまって嫌な顔をされるからな。老害扱いはご免だ」
「近衛騎士団の実務責任者の一人であるサーディンを老害扱いする者など、いるわけがないだろう。寧ろ、残された者達が困るぞ」
「若い者には苦労をさせろと言うしな」
「……本当に潔いな。そして、恨まれるのは俺じゃないか。絶対、俺が引き抜いたと思われているぞ」
近衛騎士団の中でも、一、二を争う実力と人望がある指揮官二人が一気に抜けるとあって、騎士団内では少なからず動揺が広がっていた。現に、大っぴらに見送りなどはできないながらも、遠巻きに自分達の様子を窺っている多くの騎士達の存在を認識していたアスランは、深い溜め息を吐く。
「以前からランドルフとは決定的にそりが合わなかったようだが、まさかあなたまで本当に辞めるとは思っていなかったな」
「まだまだ読みが甘いな、アスラン。鍛え直しがいがありそうだ」
「この期に及んで、俺の何を鍛えるつもりだと?」
「まあ、色々と? 俺から見ると、お前もまだまだひよっこだ」
歴戦の勇者である初老の男に胸を張って断言されてしまったアスランは、思わず遠い目をしてしまった。
「それはまあ……、あなたと比べたら、俺はまだまだひよっこだろうな……」
「加えてお前の人物鑑定眼も、意外に節穴っぽいからな」
含み笑いをしながら、サーディンは横目で何人かの騎士達が集まっている方向に目を向ける。その視線の先を追ったアスランは、如何にも心外そうに言い返した。
「あいつらに関しては、俺は声をかけていない。誤解しないでくれ」
「それ位、分かっている。今のは、ちょっとした冗談だ」
「全く……」
「なんの話ですか?」
アスランが本格的にうんざりしながら額を押さえたところで、全ての手続きと儀式を終えたカイルがやって来た。その問いかけに、サーディンが苦笑いで答える。
「殿下……、ああ、もうフェロール伯爵ですね。伯爵に随行希望の元近衛騎士達の中に、毛色が違うと申しますか、不穏な気配の者達が紛れ込んでおります。それをアスランが把握しているかどうか、確認していただけです」
それを聞いたカイルは、アスランに向き直った。
「兄上?」
「伯爵?」
詳細を尋ねようとしたものの即座に笑顔で問い返され、カイルは内心でたじろぐ。
(ええと……。私は貴族だけど兄上は平民扱いで、しかも今後、私とは主従関係になるから、立場ははっきりさせておけと言うことだよな? 正直、ものすごく抵抗があるが……)
少しだけ葛藤したもののカイルは即座に割り切り、主君の顔で問いかけた。
「アスラン。子供達も連れて行くのだし、なるべく道中の荒事は避けたいのだが。不穏な者達をこのまま同行させて大丈夫だろうか?」
それにアスランが真顔で答える。
「来るという者を拒む理由はありませんし、連中を拒否しても、道中で他の者を送り込んでくるだけでしょう」
「それはそうだろうな」
「それよりは危険性のある者を、予め身近で監視しておいた方が賢明です。それに旅程を考慮すると、仕掛けてくる可能性があるのは三箇所に絞られます。それについては、既に殿下の側近や信頼のおける者達と対策を講じておりますので、ご安心ください」
「分かった。よろしく頼む」
カイルは素直に頷いたが、ここでサーディンが話に割り込んできた。
「当然の対応だな。しかし俺は、詳細を聞かされていないが?」
「途端に目を輝かせて、迫って来るのは止めてくれないか。遊びではないし、詳しい話は道中隙を見て伝達予定だ」
「分かった。それではまた後でな」
そのやり取りを聞いていたカイルは、会話に一区切りついたところで、サーディンを眺めながらしみじみと言い出す。
「まさか、サーディンまで同行するとは……。私が言うのもどうかと思うが、家族に反対されなかったのか?」
「残りたい者は王都に残ります。付いてくる者は、一足先にトルファンに向かわせておりますので、ご心配なく」
「そうか……」
(しかし、近衛騎士団から兄上とサーディン殿が抜けるなんて。勿論、他の指揮官は何人もいるが、二人ほど見識と実績がある者はいない筈だ。噂ではランドルフが仕切る気満々らしいし、これから大丈夫なのか?)
あっさり笑顔で返してきたサーディンに安堵しながらも、今後の近衛騎士団の運営を思って、カイルは少しだけ他の現場指揮官達に同情した。
「カイル様、準備は整っております。そろそろ出発されますか?」
「そうだな。リーリア様をお待たせしたら申し訳ない。出発しよう」
この間、移住の準備を滞りなく進めてきたダニエルが、恭しくカイルにお伺いを立ててくる。それにカイルは穏やかな笑顔で頷き、用意された馬車に乗り込んだ。それを合図に一行は騎馬と馬車で整然と隊列を組み、トルファンに向けて出発した。
伯爵ともなればさすがに単身騎馬で出向く事などできず、元王族にしては質素ながらも彼専用の馬車が用意され、側近達の馬車として男性用と女性用の二台が手配されている。それに加えて当面必要な物資や金銭を運搬するのに必要な荷馬車が三台。それを動かし、警備する伯爵の私兵二十数人が、それぞれ数人ずつ集まって雑談を交わしていた。
私兵とは言っても元王族のカイルに伝手など無く、形式上、国王の許可を得た上での、近衛騎士団からの勧誘である。国境沿いに放逐されるも同然の元王子に雇われたいなどと考える者は、普通であれば相当酔狂な人間か訳ありと相場が決まっていた。
「どうして近衛騎士団の大隊長が、あっさり職を投げ打つような真似をする……」
出発予定時刻が近付いた頃。アスランは、その酔狂な人間の中で筆頭と思われる男に歩み寄り、呆れ気味に声をかけた。対する年配の貫禄があり過ぎる男は、豪快に笑い返しながら当然の如く言い返す。
「真っ先にあっさり職も身分も投げ打った張本人が、今更なにを言う。それに年寄りがいつまでも上にいると、後がつかえてしまって嫌な顔をされるからな。老害扱いはご免だ」
「近衛騎士団の実務責任者の一人であるサーディンを老害扱いする者など、いるわけがないだろう。寧ろ、残された者達が困るぞ」
「若い者には苦労をさせろと言うしな」
「……本当に潔いな。そして、恨まれるのは俺じゃないか。絶対、俺が引き抜いたと思われているぞ」
近衛騎士団の中でも、一、二を争う実力と人望がある指揮官二人が一気に抜けるとあって、騎士団内では少なからず動揺が広がっていた。現に、大っぴらに見送りなどはできないながらも、遠巻きに自分達の様子を窺っている多くの騎士達の存在を認識していたアスランは、深い溜め息を吐く。
「以前からランドルフとは決定的にそりが合わなかったようだが、まさかあなたまで本当に辞めるとは思っていなかったな」
「まだまだ読みが甘いな、アスラン。鍛え直しがいがありそうだ」
「この期に及んで、俺の何を鍛えるつもりだと?」
「まあ、色々と? 俺から見ると、お前もまだまだひよっこだ」
歴戦の勇者である初老の男に胸を張って断言されてしまったアスランは、思わず遠い目をしてしまった。
「それはまあ……、あなたと比べたら、俺はまだまだひよっこだろうな……」
「加えてお前の人物鑑定眼も、意外に節穴っぽいからな」
含み笑いをしながら、サーディンは横目で何人かの騎士達が集まっている方向に目を向ける。その視線の先を追ったアスランは、如何にも心外そうに言い返した。
「あいつらに関しては、俺は声をかけていない。誤解しないでくれ」
「それ位、分かっている。今のは、ちょっとした冗談だ」
「全く……」
「なんの話ですか?」
アスランが本格的にうんざりしながら額を押さえたところで、全ての手続きと儀式を終えたカイルがやって来た。その問いかけに、サーディンが苦笑いで答える。
「殿下……、ああ、もうフェロール伯爵ですね。伯爵に随行希望の元近衛騎士達の中に、毛色が違うと申しますか、不穏な気配の者達が紛れ込んでおります。それをアスランが把握しているかどうか、確認していただけです」
それを聞いたカイルは、アスランに向き直った。
「兄上?」
「伯爵?」
詳細を尋ねようとしたものの即座に笑顔で問い返され、カイルは内心でたじろぐ。
(ええと……。私は貴族だけど兄上は平民扱いで、しかも今後、私とは主従関係になるから、立場ははっきりさせておけと言うことだよな? 正直、ものすごく抵抗があるが……)
少しだけ葛藤したもののカイルは即座に割り切り、主君の顔で問いかけた。
「アスラン。子供達も連れて行くのだし、なるべく道中の荒事は避けたいのだが。不穏な者達をこのまま同行させて大丈夫だろうか?」
それにアスランが真顔で答える。
「来るという者を拒む理由はありませんし、連中を拒否しても、道中で他の者を送り込んでくるだけでしょう」
「それはそうだろうな」
「それよりは危険性のある者を、予め身近で監視しておいた方が賢明です。それに旅程を考慮すると、仕掛けてくる可能性があるのは三箇所に絞られます。それについては、既に殿下の側近や信頼のおける者達と対策を講じておりますので、ご安心ください」
「分かった。よろしく頼む」
カイルは素直に頷いたが、ここでサーディンが話に割り込んできた。
「当然の対応だな。しかし俺は、詳細を聞かされていないが?」
「途端に目を輝かせて、迫って来るのは止めてくれないか。遊びではないし、詳しい話は道中隙を見て伝達予定だ」
「分かった。それではまた後でな」
そのやり取りを聞いていたカイルは、会話に一区切りついたところで、サーディンを眺めながらしみじみと言い出す。
「まさか、サーディンまで同行するとは……。私が言うのもどうかと思うが、家族に反対されなかったのか?」
「残りたい者は王都に残ります。付いてくる者は、一足先にトルファンに向かわせておりますので、ご心配なく」
「そうか……」
(しかし、近衛騎士団から兄上とサーディン殿が抜けるなんて。勿論、他の指揮官は何人もいるが、二人ほど見識と実績がある者はいない筈だ。噂ではランドルフが仕切る気満々らしいし、これから大丈夫なのか?)
あっさり笑顔で返してきたサーディンに安堵しながらも、今後の近衛騎士団の運営を思って、カイルは少しだけ他の現場指揮官達に同情した。
「カイル様、準備は整っております。そろそろ出発されますか?」
「そうだな。リーリア様をお待たせしたら申し訳ない。出発しよう」
この間、移住の準備を滞りなく進めてきたダニエルが、恭しくカイルにお伺いを立ててくる。それにカイルは穏やかな笑顔で頷き、用意された馬車に乗り込んだ。それを合図に一行は騎馬と馬車で整然と隊列を組み、トルファンに向けて出発した。
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