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第2章 想定外の加護

(1)僅かな感傷

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 前々からの決定通り成年を迎えたカイルは王族籍から離脱し、それに伴い伯爵位を賜った。しかしその一連の手続きはともかく、臣籍降下の儀式と爵位授与の儀式は、れっきとした王子であった彼の立場にはそぐわない、徹底的に簡略化された内容で執り行われた。

「カイル・フィン・グラントにフェロール伯爵位と、領地としてトルファンを与える。以後はカイル・フィン・フェロールを名乗り、変わらず我が国のために働き、国王たる私に忠誠を尽くせ」
 普段謁見が行われる部屋に、カイルは一人で呼び出された。そして挨拶もそこそこに、ひな壇の上にある玉座から国王である父親が、微塵も慈愛を感じさせない声で横柄に言い放ってくる。それに続いて宰相であるルーファスがカイルに歩み寄り、無言で目録などを手渡した。

「陛下のご厚情、ありがたくお受けいたします。以後はカイル・フィン・フェロールを名乗り、今後ともグレンドル国の平穏のため、全力を尽くす所存でございます」
 目録を受け取ったカイルは、無言のままルーファスに小さく頷いてみせた。そして玉座に向き直り、神妙に頭を下げる。その時に国のためとは言っても、国王のために尽力すると言及しなかったのは、カイルのささやかな意地であり抵抗でもあった。

(これで清々したな。長居は無用だ。さっさと出かけるか)
 これまで冷遇されてきた立場からすれば当然と言えば当然のごとく、華やかなセレモニーなどは皆無であったが、上辺だけ取り繕った宴などに出るのは苦痛でしかなかったカイルは、寧ろこれ幸いと謁見室を後にした。
 好奇心と侮蔑の視線を一身に浴びながら廊下を歩き出した彼だったが、幾らも進まない所で、行く手を遮られてしまう。

「やれやれ、やっと目障りな奴がいなくなるな。今日は祝杯を上げるとするか」
 背後に複数の取り巻きを引き連れ、行く手を塞いだランドルフが嘲笑してきた。それにカイルは内心でうんざりしつつも、朗らかに笑いながら言葉を返す。

「ああ……、誰かと思ったら、ランドルフ殿下でしたか。随分、ご機嫌がよろしいようですね。ご挨拶ついでに、一つご忠告させていただきたいのですが」
「はあ? もう王族ではなくなった貴様が、私にどんな忠告をすると言うんだ」
 悔しがる姿を想像していたランドルフは、予想に反してカイルに笑顔で返されたことで、不快げに顔を歪めた。するとカイルは、落ち着き払った態度のまま言葉を継いだ。

「先程、『今日は祝杯を上げる』とか言っておられたようですが」
「それがどうした」
「酔われて手を滑らせて、酒を零すかもしれません。濡れても目立たないように、飲む前にズボンは濃い色のものに履き替えておいた方がよろしいですよ? 衆人環視の中で、恥をかかれるのは酷かと思いまして」
 すまし顔でカイルがそう口にした瞬間、ランドルフの後ろで笑いを堪えようとして失敗する音が続発した。

「ブフッ!」
「ぶはぁっ!」
「おい、止めろ!」
「なっ、なんだと⁉︎ 貴様‼︎」
 取り巻き達が、武術大会で自分がカイルに惨敗した時の光景を思い出しているのが分かったランドルフは、怒りのあまり顔を紅潮させた。それに気付かないふりで、カイルは傍目には恭しく頭を下げてから踵を返す。

「それでは御前、失礼いたします」
「はっ! 負け犬野郎が! 二度とその不愉快な顔を見せるな!!」
 その背中に異母兄の悪態が届いたが、カイルは今更なんとも思わなかった。

(相変わらず、品がないな。だが吠える犬は噛まないと言うし、どうでも良いか)
 心の中で結構辛辣な事を考えながら、カイルは足を進めた。広い回廊に出ると行き交う人間も多くなり、吹き抜けの上階からも含めて、色々な思惑を含んだ視線を感じる。

(陰からコソコソと……。面と向かって嘲笑しているのと、大して違いはないな)
 純粋に自分との別れを悲しむ兄弟姉妹は、同母異母を含めて皆無だろうと分かり切っていたカイルだった。しかし改めて、臣籍降下の話が出てから実母からも面会の申し入れがなかった事実を思い返し、少しだけ胸が痛む。

(やはり母上達は、姿を見せなかったな。俺を恥だと思っているから、当然と言えば当然だが。だが、これでスッキリと縁切りできたとも言えるか)
 ほんの少しの感傷とかなりの解放感を味わいながら、カイルは外に向かって迷わず足を進めた。

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