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第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る

(33)天才少年の片鱗

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「早速だがトルファンへの移住について、必要な物品や手配が必要なことがあれば、教えてくれればありがたい。大人だけではなく小さな子ども連れだと、色々と配慮しなくてはいけない事があるだろうし。まだ少し時間はあるから、今からでも十分対応できると思う」
「その辺りは大丈夫です。既にダレンさんと相談して、諸々の手配を済ませています」
 冷静にディロスが応じ、そこで出された名前にカイルは納得した。

「そうか……。ダレンは大叔父上の下で各種内政運営に関わっていた筈だから、問題なく手配できるか」
「はい。移動は幌馬車三台で、乗車分が二台、荷物の運送用が一台。乗車用には、取り外し可能な座席を作り、夜はこれを外して小さい子達用の寝るスペースを作ります。ある程度の年齢以上は、外に天幕を張ってそちらで休みますので。既に野営の練習は、ひと月前から屋敷の庭で行っています」
 なにやら妙に具体的な話が出されたことで、カイルは若干戸惑いながら問い返す。

「えっと……、野営の練習?」
「はい。水の確保や獲った獲物の捌き方、火の起こし方から調理の仕方、怪我の応急手当てなどです」
「そこまで子どもがしなくても良いと思うのだが……」
「それから普通の騎士様達のペースで移動されても困りますので、悪路を避けて十分休憩が取れるトルファンまでのルートを考えました。通常の旅程ですと四日で済みますが、この旅程ですと六日かかります。ご了解ください」
 そこでディロスはさり気なく持参していた地図をテーブルに広げ、それに書き込んであるルートを指し示す。宿泊地の他、懇切丁寧に休憩場所まで書き込まれた地図を見て、カイルとリーンは呆気に取られた。

「ああ……。別に急いで向かわなければいけない理由はないし、子供達に余計な負担がかからないのなら、これで良いのではないか?」
「ありがとうございます。このルートは、後でダレンさんから正式に殿下に伝えられる筈です」
「分かった。他に何か希望する事や、懸念する事はないかな?」
 カイルは何気なくそう口にしてみた。その瞬間、ディロスが不敵な笑みを見せる。

「言って良いんですか? ちょっとした贅沢を言わせていただけるのなら、色々ありますけど」
「……可能な範囲で対応する。リーン、一応書き取っておいてくれ」
「分かりました」
「それでは……」
 何を言われるのかと若干警戒しながらも、カイルはリーンに指示を出した。対するリーンも微妙に強張った顔になりながら用紙とペンを引き寄せ、ディロスの要求を書き取る。

「……取り敢えず、これくらいですね」
 確かに色々と細かい内容ではあったが、それほど無茶な要求でもないそれらに、カイルとリーンは安堵しながら頷いた。

「分かった。大体要望通りできそうだ」
「ありがとうございます。ところで、リーンさんに質問があるのですが」
「俺に? 何かな?」
 自分に何の質問かと、不思議そうにリーンが応じた。するとディロスが、話題を一変させてくる。

「カイル殿下の側近の人達は、全員大陸共通語の読み書き及び日常会話等は可能なのですか?」
 その問いかけに、リーンは困惑しながら答えた。

「え? それは、まあ……、仮にも王族に仕えるわけだから、自国語の他に大陸共通語のヒーリス語くらいは必須だが……」
「それなら、帝国語はどうでしょうか?」
「ええと……、帝国語というとバルザック語だよな? それは話せるには越したことはないが……、俺達全員が読み書き会話が問題なくこなせるレベルかと言われたら、それはちょっと難しいと答えるしかないな」
 リーンは同僚達の語学力を思い浮かべながら、曖昧に答えた。しかしディロスは、リーンが懸念した人物について的確に言及してくる。

「他の人はともかく、シーラ姉さんが怪しいんじゃありませんか? あの人、ルーファス様が皆に手配してくれた外国語の授業でも覚えが悪くて、大陸共通語はなんとかなっていたと思いますが、バルザック語はかなり怪しかった筈ですし。あの人、本当に金勘定を任せたら完璧なんですけど、他の事はからきしだったから」
「…………」
 肯定も否定もできず、リーンは返答に窮した。その反応を見たディロスは小さく溜め息を吐いてから、決意漲る表情で告げる。

「今後は元王族になるとしても、そういう高貴な人の側近として仕えるなら、バルザック語くらいは普通にこなせないと駄目でしょう。分かりました。今後は僕が、勤務の合間にみっちり特訓することにします。シーラ姉さんの再教育は任せてください」
「え? 特訓って……、君、バルザック語は普通にこなせるのか?」
「ヒーリス語、バルザック語を含む、外国語五か国語が読み書き会話が可能です」
「そうか……」
 あっさりと返された言葉に、リーンは思わず遠い目をしてしまった。そこでカイルが控え目に尋ねる。

「ええと……、勤務の合間といっても、シーラの休憩時間に合わせて君がわざわざ出向いてくるのは大変だと思うのだが……」
 それを聞いたディロスは、意外そうな表情になった。

「あれ? 聞いていませんか? 僕、ダレンさんと一緒に、殿下が伯爵位を賜るのに合わせて、侍従として仕えることになるのですが」
「……聞いていないが」
「ダレンさんか、ルーファス様のところで話が止まっていたようですね。そういう事ですので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく……」
 若くても頼りになりそうだと思う反面、なんとなく大変な事になりそうだと微妙な心地になりながら、カイルは辛うじて笑顔を保った。ここでリーリアが、溜め息まじりに会話に加わる。

「ディロス、私も知らなかったのだけど」
「準備や何やらでバタバタしていましたからね。リーリア様は反対ですか?」
「いいえ。あなたが本当にやりたくない事を『やる』と言わないのは分かっているし、唐突にこんなことを言い出した理由もちゃんとあるのでしょう? それにあなたはどこに出しても恥ずかしくない位、自慢の息子だもの。殿下の側近としても、立派に務まるわ」
「ありがとうございます」
 自慢の息子とさりげなく自慢され、ディロスは嬉しそうに表情を緩めた。そんなところは年相当だよなと、カイルとリーンは密かに感心する。
 それからカイル達はほっこりした空気を醸し出している二人に案内され、当初の予定通り子供達のところに出向いた。






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