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第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る

(28)爆弾発言

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「分かりました。雇いましょう。雇用条件は人事担当のダニエルと、会計担当のシーラとの相談になりますが。二人とも、よろしく頼む」
「畏まりました」
「メリアと同僚になれるんだから、無給でもよいんじゃない?」
「シーラ、あんたは黙りなさい!」
 カイルに呼びかけられたダニエルが恭しく頭を下げ、茶化してきたシーラをメリアが叱責する。そこでアスランが、思い出したように付け加えた。

「あ、すまない、言い忘れた。実は雇って欲しいのは、俺だけではないんだ。近衛騎士団の中で、俺と一緒に辞めると言っているのが五十人近くいてな。彼らも一緒に雇って貰えないか?」
「ちょっと待ってください。どうしてそんな一斉退職なんて事態になっているんですか?」
 さすがに予想外過ぎる話の流れに、カイルは戸惑った声を上げた。するとここでルーファスが解説してくる。

「端的に言えば、今回の紛争終結の功労者であるアスラン殿下の冷遇ぶりをみて、このまま近衛騎士団に在籍しても良い事は無いと即座に判断した者が、それだけいたということですな。しかもアスラン殿下の後釜に、ランドルフ殿下が就任する可能性が濃厚ですし。あれの下で働きたくないという意思表示でしょう」
「それはまた、なんともコメントしづらいですね……」
「雇っておいて損は無いだろう。近衛騎士団の中でも、腕に覚えがある者ばかりだろうし。そうでなければ、騎士団を飛び出す気概などありはせん。トルファン領には元から砦所属の騎士団はあるが、フェロール伯爵家の騎士団も必要だ。現地で選別する前に、ある程度まとまった人数が決まっていれば安心だろう」
 そう進言されたカイルは、即座に決断した。

「それもそうですね……。分かりました。それでは兄上が推薦する騎士は、基本的に全員受け入れる方向で進めます」
「それはありがたいが、半数以上に家庭があるからな。引っ越しや諸々の準備などで、移動には時間がかかる。まずは身軽な者達だけ随行して、他の者達の移住の準備を進めるようにしていきたいが」
「全面的にお任せします」
「ああ、それと、その口調。さすがに正式に俺が王族から除籍されてカイルの部下になったら、そんな丁寧な口調はしなくて良いから。周囲に対するけじめもあるし。逆に俺が敬語を使う事になるが、甘んじて受け入れてくれ」
「……分かりました。努力します」
(兄上を部下として雇うってかなり抵抗があるが、本人は全く気にしていないようだし、宰相が言う通り得難い人材であるのは確かだし、なるようにしかならないか)
 敬愛している兄を、今後は家臣扱いしなければならないのかと、カイルは溜め息を吐きたいのを堪えた。すると今度は、ルーファスが話題を変えてくる。

「それでは、放逐騎士殿の再就職先もめでたく決まった事ですし、私の話をしても良いでしょうか?」
「酷いですね、宰相。俺は進んで出て行くのであって、追放されるわけではありませんよ?」
「その程度の些末な事は、どうでも良いでしょう。実は近々、私は宰相位を譲ることになりそうです。それに伴い、今後の事をお話ししたい」
 苦笑気味に突っ込みをいれたアスランだったが、ルーファスはそれを一刀両断した挙句に、爆弾発言を繰り出した。そして、それを耳にした周囲の反応は甚大だった。

「なんですって?」
「大叔父上!?」
「お義父様!?」
「宰相位を譲るというのは、どういう事ですか!?」
「どこかお身体に悪いところでもあるのですか!?」
 カイルの側近である侍従のダニエルとリーン、侍女のメリアとシーラは、様々な事情からルーファスと養子縁組をした上で、彼によってカイル付きとして送り込まれた者達だった。当然カイルと同等、もしくはそれ以上にルーファスに対する忠誠心は厚く、何事があったのかと立場も忘れて詰め寄る。しかしそんな彼らを、ルーファスは一喝した。

「お前達、使用人としての分を弁えろ! ここをどこだと思っている!」
「……誠に失礼いたしました。お騒がせして申し訳ありません。即刻、退出いたします」
 四人の中でも最年長のダニエルが一礼し、無言で他の三人を促す。さすがにそれに従わないわけにはいかず、三人は同様に無言で頭を下げ、おとなしく部屋から出て行った。

「やれやれ、やっと静かに話ができるな」
 彼らを見送ったルーファスが、うんざりとした風情で呟いた。しかし怒気を露わにしたアスランが、低く唸るように問いかける。

「静かにはできないかもしれませんよ? 一体どんな理由で、宰相が退任する事になるのですか。誰かの差し金だとしたら、そんな阿呆は闇討ちされても文句は言えません」
「兄上、落ち着いてください」
 やる気満々の異母兄の様子に肝を冷やしたカイルが、慌てて彼を宥めにかかる。しかしアスランは、顔つきを険しくしながら言い返した。

「これが落ち着いていられるか!? 多少の波風があったものの、取り敢えず大きな問題がなくこの三十数年治世が保たれたのは、ひとえに宰相がその役目を全うしてきたからだぞ。軍の一指揮官の俺とは、損失の度合いが違だろうが!?」
「それは確かに、そうかもしれませんが!」
「それとも先程メリアが言っていたように、ご病気なのですか? それなら即刻、その病気に詳しい医師に診察していただかないと。国内の医師で治療が見込めないのなら、帝国に頭を下げてでも名医を紹介して貰って、一刻も早く招聘を」
「ですから兄上、まず大叔父上の話を聞きましょう!」
「そうですな。人の話の腰を折らないでいただきたい」
 厳めしい顔つきのルーファスに苦言を呈され、アスランは漸く冷静さを取り戻す。

「……失礼しました。どうぞ宰相、お話しください」
(絶対皆も、隣の部屋で聞き耳を立てているだろうな)
 神妙に話の続きを促したアスランと、控室に繋がるドアを眺めたカイルは、どんな話を聞かされても動揺しないよう、内心で身構えつつルーファスが再び口を開くのを待った。
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