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第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る

(14)某殿下の加護についての考察

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「例のくそ生意気で品性のかけらも無い、アスラン様には異母弟、カイル様には異母兄に当たられるランドルフ殿下の加護についてですが」
「シーラ、言い方」
「あのお馬鹿野郎の加護が、《相手の動きがゆっくり見えて、通常より素早く動ける》だと聞いていますけど、本当ですか?」
「あなた本当に、他人《ひと》の話を聞かないわね」
 メリアが突っ込みを入れるも、シーラは平然と話し続ける。それにカイルは、苦々しい顔つきで肯定した。

「ああ、その通りだな。実際にこれまで城内の鍛錬場で何度も遭遇して、有無を言わさず手合わせの相手をさせられたが、毎回負けている」
「そんなに素早く動くんですか?」
「ああ。踏み込んでも、次の動きを読まれるというか、あっさり避けられる。他の騎士達も同様だった」
「そうなのか? 俺が訓練のために鍛錬場に出向いても、ランドルフと顔を合わせたのは皆無だが」
 ここでアスランが、不思議そうに会話に割り込んできた。それにカイルが、怒りを内包した声で応じる。

「あいつは元々、真面目に訓練なんかしていません。自分の加護が判明してから、面白半分に周囲に喧嘩をふっかけてはやり込めて、満足していた奴ですからね。十五、六歳までは鍛錬場に出向いていましたが、最近は憂さ晴らしに誰かを叩きのめしたい時しか出向いていませんよ。最近は演習や遠征で城外に出ることが多い兄上とは、さらに遭遇する確率が低くなっている筈です」
 そこでシーラが、独り言のように言い出す。

「ということは、当時十五、六歳のランドルフ殿下が、十二、三歳のカイル殿下を、騎士達の面前で面白半分に叩きのめしていたってわけですか。やっぱりろくでもないわ」
「……そうなのか?」
「…………」
 今まで知らなかった事実を告げられたアスランは、一気に顔つきを険しくしてカイルとメリアを凝視する。対する二人はさすがに真正面から彼の怒りを含んだ視線を受け止められず、揃って視線を逸らした。しかしシーラはびくともせず、平然と質問を続ける。

「それでその頃、私はまだ城勤めをしていなかったので、本当のところは分かりませんが、本当に素早く動けたのかなと思いまして」
「動いていたぞ?」
「十五、六歳の、ど素人に毛が生えた程度の、ヘナチョコ騎士とは比べ物にならない程度にですか?」
「シーラ。言っている意味が、良く分からないが……」
 何を問題にしているのかが今一つ理解できず、カイルは怪訝な顔になった。そこでシーラは、質問の相手を変えてくる。

「う~ん、カイル様は当事者だし、かえって判断しにくいのかも。それじゃあメリアは当時からカイル様についていたし、実際にその立ち会いを見たことがあるわよね?」
 その問いかけに、これ以上アスランを刺激したくないメリアが、不承不承頷く。

「それはまあ、何回かあるけど……」
「それなら、第三者の立場から見たままを教えて。当時、ランドルフ殿下の動きってどうだった? カイル様の動きと比べて早かった? 十五、六歳の少年の動きにしては早かった? 他の熟練の騎士達の動きと比べて早かった? それともそれよりも早くて、動きが目に止まらないくらい、超人的な動きだった?」
「…………」
 カイルとアスランは呆気に取られながら、矢継ぎ早に問いを重ねるシーラを眺めた。そして普段の付き合いと、シーラの顔つきから何やら悟ったらしいメリアが、真顔で告げる。

「あなたの言いたいことと聞きたいことが、なんとなく分かってきたわ。今、思い出すから、ちょっと待ってて」
 そう断りを入れると同時に黙考したメリダは、何分かしてからきっぱりと断言した。

「確かに当時のランドルフ殿下は、かなり素早く動いていたわ。でも、動きが見えないってほどではなかったし、熟練の騎士の動きと比べても、目立って速かったとは言い切れないと思う」
 それを聞いたシーラは、我が意を得たりという様子で頷く。

「そうじゃないかなと思っていたのよね。だからあの王子の加護は、誰もが敵わない程度に速く動けるって加護じゃなくて、自分の元々の動きより何割か速く動けるってだけだと思うの」
「でもシーラ。カイル様はランドルフ殿下より年下で、元々体格や体力が劣っているから当時敵わなかったにしても、ランドルフ殿下より年長のれっきとした近衛騎士が打ち負けていたわよ?」
 その反論にも、シーラは余裕で返す。

「それはある意味当然よ。だって相手は、腐っても王子様なのよ? 怪我させるなんてもってのほかだし、派手に負かしたりしたら不興を買って近衛騎士としての将来が潰れかねないじゃない。それよりは派手に負けて歓心を買って、お気に入りの座を得た方が遥かに良いわよ。負けたって『加護持ち王子に負けたのだから仕方がない』という、万人が納得できる言い訳ができるしね」
「それじゃあ、あの負けていた人達は、全員わざと負けていたの?」
「確かにそういう人は多かったと思うけど、『相手が加護持ちなんだから敵うはずがない』と思い込んで、実力を発揮しないまま対戦が終わった人も結構いるんじゃないかしら?」
「言われてみれば、確かにそんな感じもあったかも……」
「だから、自分の加護と実力を過信して、この何年かまともに鍛錬をしていないグータラ王子に、同じ年月をひたすら真面目に鍛錬してきたカイル殿下が、負けるはずないじゃない。それなのに周囲が揃いも揃って、『初戦の相手がランドルフ殿下なんてお気の毒に』的な沈鬱な空気を醸し出しているのが、ものすごくムカつくんだけど」
 いきなりそんな結論と非難を繰り出してきた同僚に、メリアは瞬時に顔色を変えて反論した。

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