上 下
13 / 93
第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る

(12)思わぬ展開

しおりを挟む
「疲労感の大半は、あの登場だ! どうしてメリアを縛り上げて、繋いでくるんだよ!?」
「だってメリアったら、往生際が悪すぎるんですもの。あれぐらいしないと職務放棄して、本当に逃亡してましたよ?」
 大真面目にそんな事を言われてしまったカイルは、心配になってしまった。

「その……、メリアはそんなに兄上がお嫌いなのか?」
 その表情を見て、シーラは噴き出しそうになるのを堪えながら言い聞かせる。

「殿下はまだまだ男女の機微というものが、分かっておられませんね。別に毛嫌いしてるなら、あんな罠に引っ掛かりませんって」
「なんだ、その罠って」
「これ以上は女同士の話と、プライベートの範疇なので」
「分かった。聞かない」
 そこでカイルが即答すると、シーラが満足げに笑う。

「そんなカイル殿下を、私は好きですよ? あ、誤解しないように言っておくと、弟みたいにですけどね」
「うん、シーラははっきり言ってくれるから、すごく分かり易いな。じゃあ少し、書類の整理をしている。何かあったら呼んでくれ」
「はい、畏まりました、殿下。私はこのまま、こちらで待機しておりますので」
「ああ、頼んだ」
(今日ですんなり、誤解が解けたら良いんだがな)
 一瞬、応接室のドアに目をやったカイルは、一抹の不安を抱えつつその場を離れた。



 その後、それほど待たされることなく呼ばれたカイルは、再び書斎に戻った。すると微妙な表情のアスランが、控え目に謝罪してくる。

「カイル……、その、今回は気を遣わせてしまって、悪かったな」
「いえ……。別にそれほどでも。あの……」
 本当に大丈夫だったのかと、カイルは少し離れた所に立っているメリアに目を向けた。彼女はさりげなく視線を逸らしたが、ここでアスランが言葉を重ねる。

「ああ……、うん。まあ、俺が少々誤解していたらしいことは分かった。心配しないでくれ」
「そうですか。それなら良かったです」
 二人の間に安堵した空気が漂ったところで、唐突にシーラが問いを発した。

「すみません。質問をしても宜しいでしょうか?」
「シーラ? どうした」
「アスラン殿下はカイル殿下をお誘いになって、夕刻城下に食事に行かれるとのお話でしたが。その予定は変わりありませんか?」
 その問いかけに、兄弟は一瞬顔を見合わせてから、アスランが答えた。

「ああ、そのつもりだが……。それが何か?」
「それなら、メリアと私を同行させてください」
「え? シーラ、何を言ってるの?」
 いきなり名前を出されたメリアが戸惑った顔になる。しかしシーラは当然の如く話を続けた。

「だってメリア。どう考えても、あなたカイル殿下と同行するでしょう? メンタル的な殿下の母親だし」
「あのね……、私、六歳で子供を産んでないわ」
「だから、メンタル的って言ったでしょうが。そうなるとあんた、傍から見たら年上と年下を誑し込んで従えてる悪女よ? 私を一人混ぜ込んで、ダブルデートに見せかけた方が周囲からも浮きにくくて、狙われたりトラブルに巻き込まれる危険性が格段に下がるじゃない」
「なるほど……」
「一理あるな」
 その主張に、カイルとアスランは頷く。しかしメリアは盛大に反論した。

「お二人とも、揃って丸め込まれないでください! シーラは単に憂さ晴らししつつ、美味しい料理を食べたいだけです!!」
「私はこの機会に、アスラン殿下の舌の肥え具合と、懐具合を確認させて貰いたいのですが、どうでしょう?」
「面と向かってたからないでよ! 殿下仕えの者達の評判にかかわるでしょうが!?」
 本気で怒り始めたメリアを見て、一瞬驚いた表情になったものの、アスランはすぐに笑顔になって快諾した。

「その期待は裏切れないな。よし、分かった。四人で行こう。勿論、会計は全部私持ちだ。安心してくれ」
「ありがとうございます! じゃあ早速、城下に出ても目立たない服を出しておきますね。殿下、少々お待ちください。ほら、メリア。私達も着替えに行くわよ」
「分かったわよ……。それでは失礼します」
 あっさりとアスランが了承してしまったことで、メリアは抵抗を諦め、溜め息を吐いて引き下がった。カイルも一応、フォローを入れる。

「兄上。お騒がせして、申し訳ありません。シーラは普段、ものすごく有能な侍女なのですが」
「いや、なかなか楽しい侍女じゃないか。もしかして彼女も、宰相閣下の養子なのか?」
「はい。というか、俺の側仕えの者達は、大叔父上の推薦で働き始めた彼の養子が大部分を占めています」
「そうだろうとは思っていたがな……。それでは一度部屋に戻って、着替えてくる。二時間後にこちらに来るから」
「はい、お待ちしています」
 その言葉通り、アスランはきっかり2時間後に庶民の中に紛れ込める出立ちで現れ、同様の姿の三人と共に、これまでのお忍びでの外出時と同様、使用人の通行手形を使って通用門から城外へと抜け出した。


「私は前々から独り歩きしているが、カイル達も妙に慣れているな。しかも護衛を離れてつけている気配もないし……。これまで何度も手合わせして、カイルの腕前については問題ないと分かっているが、もしかして君達も、何か護身術の心得でもあるのか?」
 使用人用の通行手形を予め準備していたのもそうだが、妙に着古された庶民向けの衣類を三人とも着込んでいた事実に、当初近衛騎士の隊長権限で門の通過をごり押ししようと考えていたカイルは、意外な顔つきでメリダ達に尋ねた。それにメリダは曖昧に頷き、シーラは明るく笑い飛ばす。

「ええ、まあ……。そんなところです」
「私達こう見えて、結構無敵だったりしますから。アスラン殿下は私達には構わず、カイル殿下の護衛をしてください」
「ちょっとシーラ。仮にも王子殿下に、面と向かって護衛しろだなんて言わないで」
 そんなやり取りを聞いたアスランは、苦笑しながら応じる。

「構わないよ。だがカイルについても、それほど腕前については心配はしていないがね。二、三十人に囲まれたら、流石にちょっと困るが」
「ありがとうございます、兄上」
「ちょっとですか……」
「アスラン殿下が言うと大言壮語に聞こえないところが、さすがですよね」
 三人三様の反応を返しながら、一同は賑やかな城下街を楽しげに歩いて行った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

処理中です...