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第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る

(10)くだらない嫌がらせ

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 建国記念祝賀会を翌週に控えたある日。カイルはある客人を応接室に招き入れた。

「初めてお目にかかります、カイル殿下。ダレン・アジルと申します。今日はお時間を頂き恐縮です」
「宰相閣下からの推薦で、今後私の下で働いて貰う人材だ。わざわざ挨拶をしたいと出向いてくれたのだから、時間を取るのは当然だ。遠慮しないでくれ」
「そう言っていただけると、気が楽ですな」
 四十絡みのどことなく癖があるように見える男は、その見た目通り大人しく挨拶だけに出向いたわけではなく、挨拶もそこそこに不愉快な話題を切り出した。

「早速ですが、来月に開催される建国記念祝賀会後に、第一王子殿下が正式に臣籍降下され、領地と王都内の館を賜る予定です。そしてカイル殿下も成人後の一年程の間に、臣籍降下の流れになっているようです。残念ですが、これは覆せないかと」
 既に決定事項であるはずのダレンの言葉に、カイルは歯軋りしたいのを必死に堪えながら言葉を継いだ。

「そうなるだろうとは思っていた。想像していたより、時期が早かったが」
「そうですね。殿下はある方面の方々に、相当目障りに思われておられるみたいで」
(宰相の腹心の部下っぽいから、一癖も二癖もある人物だとは思っていたが……。俺を目障りに思っている連中の筆頭は、母上や同母弟達だと分かって言っているよな?)
 薄笑いを浮かべつつの台詞に、カイルは神経を逆撫でされる思いだった。しかし相手のペースに嵌るつもりはなく、精一杯の皮肉を返す。

「君は、私が臣籍降下になって領地運営をする時の、補佐役の名目でつけられるわけだが、私と共にどこか知らない土地に飛ばされても構わないのかな?」
「構うような軟弱な奴だとお思いでしょうか?」
「いや……、軟弱な奴なら、そもそも宰相が推薦したりしないだろう」
「分かっておられるようで、安堵いたしました」
(とても使いこなせる気がしない……。大叔父上、これも精神修行の一種でしょうか?)
 皮肉を冷笑で返されてしまい、カイルは即刻その場から立ち去りたくなった。しかしそこで、ふと気になったことを尋ねてみる。

「ところで、君はアスラン兄上が賜る予定の領地が、王家直轄領のどこになるのか知っているのか? もう決まっている筈だよな?」
「告知はされておりませんが、先月決定されました。トルファン領です」
「トルファンだと⁉︎」
 ここまで王族としての体面を保持してきたカイルだったが、とても看過できない内容を聞いて声を荒らげた。

「あそこは北西の国境沿いに広がっていて、エンバスタ国と頻繁に国境紛争を引き起こしている所じゃないか!?」
「ですから、勇猛果敢なアスラン殿下にそこを治めさせて、北西国境付近を安定させておきたいのではありませんか?」
「体《てい》のいい理屈だな。紛争が多い地域は、とりもなおさず治安に不安があって産業や交易がふるわない、欲深い者達からみると旨味の少ない地域だ。因みに、兄上が賜る爵位についてはどうなっている?」
「数十年前に断絶した、フェロール伯爵家と伺っております」
「……伯爵家だと?」
 とうとうカイルは、ダレンを睨み付けながら盛大に歯軋りをした。その不気味な音を聞いてもダレンは全く顔色を変えず、淡々と話を続ける。

「通常、国王陛下に王子として認められている方の殆どは、公爵家か侯爵家の家門を継ぐか、新たに立てるのを認められますが、少ないながらも例外はいつの時代も存在するわけで……。本当にアスラン殿下は、国王陛下に妬まれましたね」
「兄上が眉目秀麗で、勇猛果敢で部下からの信頼も厚い、優秀な武官であることのどこが悪い⁉︎」
「そうですね。国王でなかったら異性にも部下にも相手にされない単なる貧相な中年オヤジが、実の息子相手に劣等感を覚えて嫉妬して遠くに飛ばすなど、自分の品格を一層下げるだけですのに。ですがそれが分からないから、益々醜悪さを増しているのですよ」
 怒りに任せて叫ぶカイルの前で、ダレンは真顔のまま盛大に君主をこき下ろした。それで怒りを削がれてしまったカイルが、半ば呆然としながら呟く。

「……そこまで言って良いのか?」
「別に? 言いたければ、陛下に面と向かって告げ口しても構いません」
「そんな趣味はない」
 精神的疲労感を覚えたカイルは、そこで深い溜め息を吐いた。対するダレンは思い出したように、カイルに対する今後の処遇について説明する。

「ああ、カイル殿下に関しては、どんな加護かは未だに不明ですが大神殿で認められた加護持ちですし、一応生母である王妃様が、殿下とは同母弟の第六王子殿下の立太子を目論んでおられる関係上、幾ら目障りに思っていても殿下の爵位をあまり低くできません。ですから殿下は、公爵を名乗ることになるでしょうな。領地も狭いながら王都近くの直轄地を割かれて、十分体面を保てるでしょう」
「それはそれは……、ありがたくて涙が出るな」
 もう義務感だけで声を絞り出したカイルに向かって、ダレンは恭しく頭を下げる。

「取り敢えずの挨拶とご連絡はこれで終わりにして、今現在殿下のお側で仕えている皆さんに挨拶して、親交を深めて参ります。それでは失礼します」
「ああ、構わない。個別に挨拶してくれ」
(あまりの馬鹿馬鹿しさと怒りで、眩暈がしてきた)
 色々な問題が積み重なり、カイルはかなり気が重くなりながら、ダレンが部屋を出ていくのを見送った。




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