11 / 93
第1章 幸運か不運か、それは神のみぞ知る
(10)くだらない嫌がらせ
しおりを挟む
建国記念祝賀会を翌週に控えたある日。カイルはある客人を応接室に招き入れた。
「初めてお目にかかります、カイル殿下。ダレン・アジルと申します。今日はお時間を頂き恐縮です」
「宰相閣下からの推薦で、今後私の下で働いて貰う人材だ。わざわざ挨拶をしたいと出向いてくれたのだから、時間を取るのは当然だ。遠慮しないでくれ」
「そう言っていただけると、気が楽ですな」
四十絡みのどことなく癖があるように見える男は、その見た目通り大人しく挨拶だけに出向いたわけではなく、挨拶もそこそこに不愉快な話題を切り出した。
「早速ですが、来月に開催される建国記念祝賀会後に、第一王子殿下が正式に臣籍降下され、領地と王都内の館を賜る予定です。そしてカイル殿下も成人後の一年程の間に、臣籍降下の流れになっているようです。残念ですが、これは覆せないかと」
既に決定事項であるはずのダレンの言葉に、カイルは歯軋りしたいのを必死に堪えながら言葉を継いだ。
「そうなるだろうとは思っていた。想像していたより、時期が早かったが」
「そうですね。殿下はある方面の方々に、相当目障りに思われておられるみたいで」
(宰相の腹心の部下っぽいから、一癖も二癖もある人物だとは思っていたが……。俺を目障りに思っている連中の筆頭は、母上や同母弟達だと分かって言っているよな?)
薄笑いを浮かべつつの台詞に、カイルは神経を逆撫でされる思いだった。しかし相手のペースに嵌るつもりはなく、精一杯の皮肉を返す。
「君は、私が臣籍降下になって領地運営をする時の、補佐役の名目でつけられるわけだが、私と共にどこか知らない土地に飛ばされても構わないのかな?」
「構うような軟弱な奴だとお思いでしょうか?」
「いや……、軟弱な奴なら、そもそも宰相が推薦したりしないだろう」
「分かっておられるようで、安堵いたしました」
(とても使いこなせる気がしない……。大叔父上、これも精神修行の一種でしょうか?)
皮肉を冷笑で返されてしまい、カイルは即刻その場から立ち去りたくなった。しかしそこで、ふと気になったことを尋ねてみる。
「ところで、君はアスラン兄上が賜る予定の領地が、王家直轄領のどこになるのか知っているのか? もう決まっている筈だよな?」
「告知はされておりませんが、先月決定されました。トルファン領です」
「トルファンだと⁉︎」
ここまで王族としての体面を保持してきたカイルだったが、とても看過できない内容を聞いて声を荒らげた。
「あそこは北西の国境沿いに広がっていて、エンバスタ国と頻繁に国境紛争を引き起こしている所じゃないか!?」
「ですから、勇猛果敢なアスラン殿下にそこを治めさせて、北西国境付近を安定させておきたいのではありませんか?」
「体《てい》のいい理屈だな。紛争が多い地域は、とりもなおさず治安に不安があって産業や交易がふるわない、欲深い者達からみると旨味の少ない地域だ。因みに、兄上が賜る爵位についてはどうなっている?」
「数十年前に断絶した、フェロール伯爵家と伺っております」
「……伯爵家だと?」
とうとうカイルは、ダレンを睨み付けながら盛大に歯軋りをした。その不気味な音を聞いてもダレンは全く顔色を変えず、淡々と話を続ける。
「通常、国王陛下に王子として認められている方の殆どは、公爵家か侯爵家の家門を継ぐか、新たに立てるのを認められますが、少ないながらも例外はいつの時代も存在するわけで……。本当にアスラン殿下は、国王陛下に妬まれましたね」
「兄上が眉目秀麗で、勇猛果敢で部下からの信頼も厚い、優秀な武官であることのどこが悪い⁉︎」
「そうですね。国王でなかったら異性にも部下にも相手にされない単なる貧相な中年オヤジが、実の息子相手に劣等感を覚えて嫉妬して遠くに飛ばすなど、自分の品格を一層下げるだけですのに。ですがそれが分からないから、益々醜悪さを増しているのですよ」
怒りに任せて叫ぶカイルの前で、ダレンは真顔のまま盛大に君主をこき下ろした。それで怒りを削がれてしまったカイルが、半ば呆然としながら呟く。
「……そこまで言って良いのか?」
「別に? 言いたければ、陛下に面と向かって告げ口しても構いません」
「そんな趣味はない」
精神的疲労感を覚えたカイルは、そこで深い溜め息を吐いた。対するダレンは思い出したように、カイルに対する今後の処遇について説明する。
「ああ、カイル殿下に関しては、どんな加護かは未だに不明ですが大神殿で認められた加護持ちですし、一応生母である王妃様が、殿下とは同母弟の第六王子殿下の立太子を目論んでおられる関係上、幾ら目障りに思っていても殿下の爵位をあまり低くできません。ですから殿下は、公爵を名乗ることになるでしょうな。領地も狭いながら王都近くの直轄地を割かれて、十分体面を保てるでしょう」
「それはそれは……、ありがたくて涙が出るな」
もう義務感だけで声を絞り出したカイルに向かって、ダレンは恭しく頭を下げる。
「取り敢えずの挨拶とご連絡はこれで終わりにして、今現在殿下のお側で仕えている皆さんに挨拶して、親交を深めて参ります。それでは失礼します」
「ああ、構わない。個別に挨拶してくれ」
(あまりの馬鹿馬鹿しさと怒りで、眩暈がしてきた)
色々な問題が積み重なり、カイルはかなり気が重くなりながら、ダレンが部屋を出ていくのを見送った。
「初めてお目にかかります、カイル殿下。ダレン・アジルと申します。今日はお時間を頂き恐縮です」
「宰相閣下からの推薦で、今後私の下で働いて貰う人材だ。わざわざ挨拶をしたいと出向いてくれたのだから、時間を取るのは当然だ。遠慮しないでくれ」
「そう言っていただけると、気が楽ですな」
四十絡みのどことなく癖があるように見える男は、その見た目通り大人しく挨拶だけに出向いたわけではなく、挨拶もそこそこに不愉快な話題を切り出した。
「早速ですが、来月に開催される建国記念祝賀会後に、第一王子殿下が正式に臣籍降下され、領地と王都内の館を賜る予定です。そしてカイル殿下も成人後の一年程の間に、臣籍降下の流れになっているようです。残念ですが、これは覆せないかと」
既に決定事項であるはずのダレンの言葉に、カイルは歯軋りしたいのを必死に堪えながら言葉を継いだ。
「そうなるだろうとは思っていた。想像していたより、時期が早かったが」
「そうですね。殿下はある方面の方々に、相当目障りに思われておられるみたいで」
(宰相の腹心の部下っぽいから、一癖も二癖もある人物だとは思っていたが……。俺を目障りに思っている連中の筆頭は、母上や同母弟達だと分かって言っているよな?)
薄笑いを浮かべつつの台詞に、カイルは神経を逆撫でされる思いだった。しかし相手のペースに嵌るつもりはなく、精一杯の皮肉を返す。
「君は、私が臣籍降下になって領地運営をする時の、補佐役の名目でつけられるわけだが、私と共にどこか知らない土地に飛ばされても構わないのかな?」
「構うような軟弱な奴だとお思いでしょうか?」
「いや……、軟弱な奴なら、そもそも宰相が推薦したりしないだろう」
「分かっておられるようで、安堵いたしました」
(とても使いこなせる気がしない……。大叔父上、これも精神修行の一種でしょうか?)
皮肉を冷笑で返されてしまい、カイルは即刻その場から立ち去りたくなった。しかしそこで、ふと気になったことを尋ねてみる。
「ところで、君はアスラン兄上が賜る予定の領地が、王家直轄領のどこになるのか知っているのか? もう決まっている筈だよな?」
「告知はされておりませんが、先月決定されました。トルファン領です」
「トルファンだと⁉︎」
ここまで王族としての体面を保持してきたカイルだったが、とても看過できない内容を聞いて声を荒らげた。
「あそこは北西の国境沿いに広がっていて、エンバスタ国と頻繁に国境紛争を引き起こしている所じゃないか!?」
「ですから、勇猛果敢なアスラン殿下にそこを治めさせて、北西国境付近を安定させておきたいのではありませんか?」
「体《てい》のいい理屈だな。紛争が多い地域は、とりもなおさず治安に不安があって産業や交易がふるわない、欲深い者達からみると旨味の少ない地域だ。因みに、兄上が賜る爵位についてはどうなっている?」
「数十年前に断絶した、フェロール伯爵家と伺っております」
「……伯爵家だと?」
とうとうカイルは、ダレンを睨み付けながら盛大に歯軋りをした。その不気味な音を聞いてもダレンは全く顔色を変えず、淡々と話を続ける。
「通常、国王陛下に王子として認められている方の殆どは、公爵家か侯爵家の家門を継ぐか、新たに立てるのを認められますが、少ないながらも例外はいつの時代も存在するわけで……。本当にアスラン殿下は、国王陛下に妬まれましたね」
「兄上が眉目秀麗で、勇猛果敢で部下からの信頼も厚い、優秀な武官であることのどこが悪い⁉︎」
「そうですね。国王でなかったら異性にも部下にも相手にされない単なる貧相な中年オヤジが、実の息子相手に劣等感を覚えて嫉妬して遠くに飛ばすなど、自分の品格を一層下げるだけですのに。ですがそれが分からないから、益々醜悪さを増しているのですよ」
怒りに任せて叫ぶカイルの前で、ダレンは真顔のまま盛大に君主をこき下ろした。それで怒りを削がれてしまったカイルが、半ば呆然としながら呟く。
「……そこまで言って良いのか?」
「別に? 言いたければ、陛下に面と向かって告げ口しても構いません」
「そんな趣味はない」
精神的疲労感を覚えたカイルは、そこで深い溜め息を吐いた。対するダレンは思い出したように、カイルに対する今後の処遇について説明する。
「ああ、カイル殿下に関しては、どんな加護かは未だに不明ですが大神殿で認められた加護持ちですし、一応生母である王妃様が、殿下とは同母弟の第六王子殿下の立太子を目論んでおられる関係上、幾ら目障りに思っていても殿下の爵位をあまり低くできません。ですから殿下は、公爵を名乗ることになるでしょうな。領地も狭いながら王都近くの直轄地を割かれて、十分体面を保てるでしょう」
「それはそれは……、ありがたくて涙が出るな」
もう義務感だけで声を絞り出したカイルに向かって、ダレンは恭しく頭を下げる。
「取り敢えずの挨拶とご連絡はこれで終わりにして、今現在殿下のお側で仕えている皆さんに挨拶して、親交を深めて参ります。それでは失礼します」
「ああ、構わない。個別に挨拶してくれ」
(あまりの馬鹿馬鹿しさと怒りで、眩暈がしてきた)
色々な問題が積み重なり、カイルはかなり気が重くなりながら、ダレンが部屋を出ていくのを見送った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
愛しいあなたが、婚約破棄を望むなら、私は喜んで受け入れます。不幸せになっても、恨まないでくださいね?
珠宮さくら
ファンタジー
妖精王の孫娘のクリティアは、美しいモノをこよなく愛する妖精。両親の死で心が一度壊れかけてしまい暴走しかけたことが、きっかけで先祖返りして加護の力が、他の妖精よりとても強くなっている。彼女の困ったところは、婚約者となる者に加護を与えすぎてしまうことだ。
そんなこと知らない婚約者のアキントスは、それまで尽くしていたクリティアを捨てて、家柄のいいアンテリナと婚約したいと一方的に破棄をする。
愛している者の望みが破棄を望むならと喜んで別れて、自国へと帰り妖精らしく暮らすことになる。
アキントスは、すっかり加護を失くして、昔の冴えない男へと戻り、何もかもが上手くいかなくなり、不幸へとまっしぐらに突き進んでいく。
※全5話。予約投稿済。
異世界転生者〜バケモノ級ダンジョンの攻略〜
海月 結城
ファンタジー
私こと、佐賀 花蓮が地球で、建設途中だったビルの近くを歩いてる時に上から降ってきた柱に押しつぶされて死に、この世界最強の2人、賢王マーリンと剣王アーサーにカレンとして転生してすぐに拾われた。そこから、厳しい訓練という試練が始まり、あらゆるものを吸収していったカレンが最後の試練だと言われ、世界最難関のダンジョンに挑む、異世界転生ダンジョン攻略物語である。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる