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第615話 新たな誓いと建国の銘

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 王都スタッグ。アンカース邸の貴賓室にて、白狐のもふもふ具合を全身で感じながらも出番を待つリリー。
 儀礼用のハーフプレートの鎧はこれでもかと磨き上げられ、新品同様。心機一転という言葉が相応しい装いである。

「これより1時間後の午前8時。パレードはアンカース邸を出発し、指定されたルートを通り王宮を目指します。到着は正午頃を予定していて、着替えた後に礼拝堂にて式典の開始予定です」

 そんなリリーの様子に、溜息をついたレイヴン公爵。
 眉をひそめ、口を一文字に結んでいるのは、お世辞にも不満がないとは言い切れない。

「陛下……。本当に礼拝堂が会場でよろしいのですか? 戴冠式は謁見の間で執り行うのが伝統で……」

「伝統を、蔑ろにしているわけではありませんよ? 今回は急な事もあり国賓を呼ぶほど大掛かりなものではないですし、こじんまりとした式典で十分でしょう。それに礼拝堂なら、きっとお父様も見てくれているはずですから」

 リリーの意見には共感するところもある。しかし、それを言わせてしまう事に、レイヴンは歯がゆさを覚えていた。
 本当は大々的な式典を催したい。しかし、国庫にはあまり余裕がないと言うのが実情だった。
 アルバートの戴冠式に加え、金の鬣が破壊した闘技場、リブレスの魔導船修理費用、九条対策にと実施した装備品の一斉入れ替え。
 多額の費用を費やした戦争には負け、統合により賠償金の支払い義務こそないものの、当然得る物はなにもない。
 リリーはそこまで知っていて、無駄な浪費をしないようにと気を使っているのだ。

「それと、パレードにはやはり馬車の方が……」

「あら? 九条の従魔を疑うのですか? こんなにも強くて賢くて、何より乗り心地は最高のモフモフですよ!?」

「いえ、九条を疑っている訳ではありません。ただ、国民にとってはまだ刺激が強いのではと……」

「大丈夫ですよ。レイヴン公もコット村で見ているでしょう? 従魔は愚か、アンデッドが門番を務めているんですよ? しかも、住民はそれを受け入れ気にも留めていないのです。凄いとは思いませんか!?」

「いや、確かに凄いとは思いますが……」

「もちろんアンデッドと共存しよう――などとは言いません。ですが、従魔程度には慣れてもらわないと困ります。獣人の国であるグランスロードとも積極的な交流をと考えていますし、何より私が求めているのは平等ですから。……ねぇ?」

 リリーが向けた視線の先にいたのは、グランスロード王国の八氏族評議会メンバー、猫妖種ケットシーのネヴィアだ。

「陛下の思慮深いお言葉、心より感謝申し上げますにゃ」

 この日の為にと九条がファフナーで往復し、メナブレアから連れてきた数少ない他国からの来賓の一人。

「偉大なる女王陛下、この戴冠式に参列できましたことは、私どもにとって大変名誉なことですにゃ。かつて、貴国は数多くの試練に見舞われましたが、陛下がそのすべてを乗り越え、新しい時代の礎を築かれることに、深い敬意を表しますにゃ」

「ありがとうございます。貴国とはこれからも良き関係を築けることを、切に願っています」

 笑顔で交わされる握手。それが済むとネヴィアは一歩後退し、今度はリリーの兄であるエドワードがその手を握る。

「女王陛下のご尽力と揺るぎない信念によって、今日貴国は再び1つとなられる。陛下が新たな王国の統治を始められるこの時に、平和と繁栄に向けて共に歩み喜び分かち合える事。そして幸多き未来と国家のさらなる発展を願って、心からの祝福の意を表します」

「お兄様……。そんなに畏まらずとも……」

「少し堅苦しかったかな? だが、九条さんのおかげで、こうして妹の新たな門出を祝えるのだ。少々唐突ではあったが感謝せねばな」

「はい」

 他国からの来賓はキャロを含めて3人だけ。その規模は、アルバートの時と比べれば天と地ほどの差があるが、リリーはそれで十分だと思っていた。
 真の統治者は国を守るだけでなく、民の生活と未来を見据えなければならない――。それが、リリーの心に刻まれた父からの教え。
 国民を蔑ろにし、自分だけが浮かれ、幸せを謳歌する訳にはいかない。現状では、まだ完全に戦争の余韻が冷めたとは言えないのだ。
 一般人への被害は少ないが、復興支援こそが王としての最初の仕事だろうと、リリーはそう考えていた。

 ――――――――――

 王都の朝に歓声が上がる。空に舞い上がる紙吹雪は陽光を受け星屑のように輝き、石畳の道に沿って集まった群衆は、溢れんばかりの興奮を隠さない。
 誰もが笑顔を交わし、その喜びと声援は魔獣の背に乗る少女へと向けられていた。
 威厳と気品に満ち溢れ、輝くような微笑みを携えるリリー。ワダツミとコクセイがそれを守るかのように付き従い、さらに騎士達が剣を掲げて列を成す。
 人々はその雄姿を目に焼き付けるように見つめ、リリーの手が軽やかに振られると、またしても歓声が湧き起こった。
 それは、敗戦を喫しているとは思えないほどの盛況ぶりだ。
 赤ん坊を抱いた母親が微笑み、少女たちはリリーを真似ておもちゃの小さな冠をかぶる。そして勇敢な騎士に憧れの眼差しを向ける少年たち。
 誰もが新たな王の姿を一目見ようと沿道に集まり、ひとときの祝いの中で自らの不安や苦しみを忘れているかのようだった。

 やがてパレードの一行は、王宮の門を潜る。
 礼拝堂には、グランスロードの来賓を含めた王宮所縁の関係者や貴族の者達が席に着き、式典の開始を待ち望む。
 祭壇に置かれていたのは、アドウェールからの最後の贈り物。形見でもあるティアラだ。
 その隣では、謁見の間から運ばれてきた玉座が、新たな主の登場を静かに待っていた。

 リリーが礼拝堂に姿を現すと、そこに静寂が訪れる。
 レッドカーペットを踏み締め、祭壇の前に辿り着くと、リリーは祈りを捧げるかのようにその場に跪いた。
 そこに現れたのは、純白の生地に金の刺繍が美しい法衣を着た聖職者。フードを深く被り俯いてはいるが、特徴的な長い髭はちょっとやそっとじゃ隠せるはずもなく、誰もがその正体に気付いていた。
 厳かな雰囲気の中、聖職者はティアラを高く掲げた後、リリーの頭上にそっと下ろす。
 冷たい金属の感触がリリーの額に触れた瞬間、辺りは拍手喝采に包まれた。

 想いを新たに立ち上がったリリー。玉座の前に進み出ると、集まった者達へと声を上げる。

「今日、この時をもって2つの国が1つとなり、新たな歴史が幕を開ける。私たちが敵としてではなく、同じ目標を抱く仲間として共に進んでいくのです。全ての人々が安心して暮らせる地であるように、私はこの国に“エクアレイス”という名を授けます。均衡と調和、そして平等を意味するこの名は、皆様の信頼と努力がつくり出す新しい時代の誓いであり理想です。私は、このエクアレイスの女王として、父から受け継いだ遺志を忘れることなく精進し、繁栄させていく事をお約束いたします」

「「女王陛下、万歳ッ!」」

 一瞬にして、歓喜に包まれる礼拝堂。
 今日という日は、ただの戴冠式ではなかった。リリーの中に芽生えたのは、自身の復讐が果たされたのだという自覚。それは真に安堵した瞬間でもあったのだ。
 しかし、リリーが肩の力を抜くことはない。皆の期待を一身に受け、新たな決意を胸に、これからも国王としての道を歩んでいくのである。
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