上 下
592 / 603

第592話 慈悲と無慈悲

しおりを挟む
「はい、ちゅうもーく」

 ベルモントの南門。その上でパンパンと手を叩いたのは、ネクロレギオン総司令のシャーリーだ。
 辺りに集まっているのは、王国軍の兵士達。既に武器と防具は没収され、その顔に覇気は見られない。
 シャーリー達がベルモントを占領した後、統治の方はネストとバイスに一任し、すぐに南下を開始。
 ハーヴェストへの援軍に追い付き一戦を交えた。
 結果、王国軍はハーヴェストへ逃げ延びようと試みたものの、既にそこは海賊とサハギンに支配される街に変貌しており、健闘虚しく白旗を振ったという訳だ。

「これからあなた達を捕虜として扱う事になりますが、全ての面倒はみきれないので間引きまーす」

 そうシャーリーが宣言した時の兵士達の動揺といったら酷いものだ。
 アンデッドと魔獣達に囲まれ、更にシャーリーの後ろではファフナーが目を光らせている。
 抵抗は愚か逃げ出す事すらままならず、自分が間引きの対象となるかもしれないという不安から、嘔吐する者も出る始末。

「……ですが、我等が女王リリー様の計らいで、抵抗せず逃げ出さないと誓うなら、比較的自由な生活を保障しても良いというお言葉を賜りました」

 それを聞き、ほんの少しの希望を見出す兵士達。
 条件としては破格である。捕虜は最低限いればいい。重要なのは、その数ではなく地位なのだ。
 人質としての価値。騎士であれば、そこそこの家柄。身代金を払える能力がある者は、ある程度の尊厳を持って扱われ、家族や所属する領主が身代金を支払えば解放されることもある。
 逆にそうでない者は、いるだけ無駄だ。脱走や反乱の可能性を鑑みれば、処刑するか奴隷として売ってしまった方が賢明だ。

「あなた達には、ベルモント組とハーヴェスト組に分かれて生活してもらいます。仮にベルモント側で脱走者が出れば、連帯責任としてハーヴェスト側の捕虜を処刑します。当然逃げ出した者にも同様の罰を与え、死体はアンデッドとして有効活用するので、そのつもりで」

 裏切りに対する対価は、仲間の命。統率が取れ、団結力があればあるほど機能する罰則。
 非人道的ではあるが、抑止力は十分だ。

「では、運命の選択です。リリー様の慈悲を賜り、人としての生活を望む者は街道を挟み右側へ。悪戯に抵抗し、魔王のおもちゃ……アンデッドとして新たな生を賜りたい者は左側へ集合して下さい」

 結果は一目瞭然。街道の左側に残る者など、いるはずもなかった。



 ベルモントの街は、すっかり変わってしまった。
 街の至る所にデスナイトが配備され、我が物顔で闊歩する魔獣たち……。
 町民たちもそれにはビビり散らしていたが、2週間も経ってしまえば慣れたもの。
 たまに見かけるアンデッドは置物同然。何もしなければ、当然何もしてこない。
 魔獣達だって町民なんぞに興味はない。しっかり餌も与えられているので、適当な屋台を襲って食材を平らげてしまう……なんてこともないのだ。
 そもそもの話、コット村から来る商人達はアンデッドや魔獣に対して一切ビビっていなかった。
 それを見れば、怖がるだけ無駄だということに気付くのも時間の問題。
 逆に横柄な冒険者や、チンピラのような厄介者が鳴りを潜めた事で、治安が良くなったとの声も出ている始末。
 皆の生活は、ほぼいつも通りに戻ったと言っても過言ではなかった。

「それも、ネストとバイスの手腕かなぁ……」

 ベルモントの北門。その上で見張りの任務をこなしているのは、やはりシャーリー。
 やっていることは、コット村と同じである。
 別にアンデッドや従魔達に見張りを任せてもいいのだが、残念ながら今のベルモントにシャーリーの居場所はなかった。
 元々はこの街で冒険者として活動していたシャーリー。昔馴染みの店やギルドに顔を出してはみたものの、その扱いはまるで別物。
 それもそのはず、シャーリーは敵軍の将である。機嫌を損ねれば、血を見る可能性もなくはない。
 避けられてしまうのも当然で、そんな奇異の目に耐えきれず、結局見張りに落ち着いてしまったというわけだ。

「私はアンデッドじゃないし、そんな怯えた目で見なくても良くない?」

 それは、無理な相談だ。ベルモントでシャーリーを知る者は多く、そこそこ前から九条とパーティを組んで活動していることは有名である。
 そんな魔王の右腕みたいな立ち位置にいて一般人扱いなど、今更出来るはずがない。

 シャーリーは、溜息をつきながらもワダツミに寄りかかり天を仰ぐ。
 空は快晴、お昼寝には丁度良い暖かさ。……にも拘らず、もふもふの背もたれは突如反旗を翻した。
 おかげで、シャーリーはそのまま地面に寝転び、ワダツミはそれを恨めしそうに覗き込む。

「あぁ、ごめんごめん。アンタ達も同じよね……」

 シャーリーに向けられたワダツミの視線は、抗議と言ってもいいだろう。
 魔獣という存在にとって、そんなことは日常茶飯事。
 贅沢な悩みだ――。シャーリーにはそう言っているように見え、それは遠からず当たっていた。

 それに満足したのかしないのか……。視線を逸らしたワダツミが、じっと見据えるその先には、北の街道を南下してくる1台の馬車。

「ん? あれって……」

 遠目からでもわかる豪華な馬車。御者を担っているのはガタイの良さげな騎士である。
 辺りにこれといった護衛は見られず不用心に見えなくもないが、貴族レベルの身分の者が乗車しているのは確実だ。

「ようやくのお出ましか……。まぁ、回れ右して帰ってもらいましょうか……」

 ゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをしたシャーリー。
 腕をグルグルと回し軽い準備運動を終えると、ミスリル製の弓を携え警戒レベルを引き上げる。

 恐らくは、王都から派遣されてきた交渉人。街の解放を求めるつもりなのだろうが、どんな条件を出されようとも交渉する気はゼロである。
 門番のデスナイトで少し脅してやれば、尻尾を巻いて帰還する。貴族など、所詮その程度の度胸しか持ち合わせていない。
 そう思って近寄ってくるのを待っていたシャーリーだったが、どうにも様子がおかしい。
 顔が確認できるかどうかの位置で足を止めた馬車。突如その扉が開き、出てきたのは黒いスーツの初老の男性。
 その手に持たれていたのは、降伏を意味する白旗だ。

「あれ? もしかして……セバスさん?」

 それは、アンカース家に雇われている執事長。
 まるで甲子園の応援団かと思うほどに、ばっさばっさと旗を振るその姿は威風堂々。
 本当に降伏するつもりがあるのかと疑いたくなるほどに力強い。

「なんだろ……。ネストに用事? 白旗なんかなくても普通に入れてあげるのに……」

 シャーリーがその意味を理解したのは、その後に降りて来た人物に見覚えがあったからである。

「え!? シルビア……様!?」

 出てきたのはローンデル領の領主、レストール伯爵家の御令嬢。ブラムエストの町長を務めるシルビアであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、ステータスの上限がなくなったので脳筋プレイしてみた

Mr.Six
ファンタジー
大学生の浅野壮太は神さまに転生してもらったが、手違いで、何も能力を与えられなかった。 転生されるまでの限られた時間の中で神さまが唯一してくれたこと、それは【ステータスの上限を無くす】というもの。 さらに、いざ転生したら、神さまもついてきてしまい神さまと一緒に魔王を倒すことに。 神さまからもらった能力と、愉快な仲間が織りなすハチャメチャバトル小説!

異世界転移は分解で作成チート

キセル
ファンタジー
 黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。  そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。  ※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。  1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。  よろしければお気に入り登録お願いします。  あ、小説用のTwitter垢作りました。  @W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。  ………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。  ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界冒険記『ストレージ・ドミニオン』

FOX4
ファンタジー
遠坂亨(とおさか とおる)16歳は、夏休みの最中、新作ソフトを購入し、家へと帰る道のりで不幸にも命を落としてしまう。 その滑稽な死に方に、彼に大笑いで死を伝える、死神セラと対面する。 死後の選択として、天界で次の転生を待つか。新たな生を得て、超人的な能力か、神話級武器をもらい受け、ゲームの主人公みたいに活躍できる異世界にて、魔王討伐をするか。と、問われる亨。 迷ったあげく亨は、異世界へと旅立つ事を決意する。 しかし亨は、ゲームの主人公みたいな生活を送る事は拒否した。 どれだけ頑張っても、一人で出来る事は限界があると考えたからである。 そんな亨が選択した能力は、死んだ時に手にしていた携帯ゲーム機を利用し、ゲームに登場する主人公や、魅力的なキャラクター達をゲームのストレージデータから召喚するという能力だった。 ゲーム的主人公ポジションを捨て、召喚能力を得た、亨ことトールの旅が、どん詰まりの異世界からスタートする。 主人公、個人の力は、チート持ちとは縁遠いものです。地道に経験を積んで成長していくタイプです。 一話の文字数は、千から二千の間くらいになります。場合によっては、多かったり少なくなります。 誤字脱字は無いように見直してますが、あった時は申し訳ないです。 本作品は、横書きで作成していますので、横読みの方が読みやすいと思います。 2018/08/05から小説家になろう様でも投稿を始めました。 https://ncode.syosetu.com/n7120ew/

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

孤児院で育った俺、ある日目覚めたスキル、万物を見通す目と共に最強へと成りあがる

シア07
ファンタジー
主人公、ファクトは親の顔も知らない孤児だった。 そんな彼は孤児院で育って10年が経った頃、突如として能力が目覚める。 なんでも見通せるという万物を見通す目だった。 目で見れば材料や相手の能力がわかるというものだった。 これは、この――能力は一体……なんなんだぁぁぁぁぁぁぁ!? その能力に振り回されながらも孤児院が魔獣の到来によってなくなり、同じ孤児院育ちで幼馴染であるミクと共に旅に出ることにした。 魔法、スキルなんでもあるこの世界で今、孤児院で育った彼が個性豊かな仲間と共に最強へと成りあがる物語が今、幕を開ける。 ※他サイトでも連載しています。  大体21:30分ごろに更新してます。

創造眼〜異世界転移で神の目を授かり無双する。勇者は神眼、魔王は魔眼だと?強くなる為に努力は必須のようだ〜

ファンタジー
【HOTランキング入り!】【ファンタジーランキング入り!】 【次世代ファンタジーカップ参加】応援よろしくお願いします。 異世界転移し創造神様から【創造眼】の力を授かる主人公あさひ! そして、あさひの精神世界には女神のような謎の美女ユヅキが現れる! 転移した先には絶世の美女ステラ! ステラとの共同生活が始まり、ステラに惹かれながらも、強くなる為に努力するあさひ! 勇者は神眼、魔王は魔眼を持っているだと? いずれあさひが無双するお話です。 二章後半からちょっとエッチな展開が増えます。 あさひはこれから少しずつ強くなっていきます!お楽しみください。 ざまぁはかなり後半になります。 小説家になろう様、カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...