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第573話 次の一手

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 王都スタッグの宮殿にある大広間。
 政治的な議論や軍議、国家の方針や戦略について話し合う場でもあるそこでは、名だたる貴族たちが一堂に会し、難しい顔を並べていた。

「私が幾つか懇意にしている商会を当たってみたところ、リリー姫殿下のご存命は確実かと……」

 アルバートを中心に、大きなテーブルを取り囲む貴族達。
 レイヴン公の発言に、バイアス公は呆れたように溜息をつく。

「はぁ……。これでほぼ確定ですな。あのリビングアーマーは、リリー様の呪詛を解呪する為に送り込まれた九条からの刺客であったのでしょう」

「ぐぎぎ……」

 アルバートの激しい歯軋りは、周囲の者にも聞こえてしまう激しいもの。
 テーブルに肘を突き、組まれた腕は落ち着きなく震えている。
 その姿に、緊張漂う大広間。誰もが顔を強張らせて当然の空気感だ。
 唯一ポーカーフェイスを貫けているのは、公爵であるレイヴンとバイアスくらいなものだろう。

「して、グリンダ様の葬儀はいかがいたしましょう?」

「やれるわけないだろッ!」

 安全だと思われていた王宮内での出来事だ。賊の侵入を許した――など、公に出来るわけがない。
 リリーを呪術で縛るというグリンダの策は脆くも潰え、その本人も殺害された。
 結果、リリーは九条側に寝返り、当然魔法書も奪われたと見るべき事案。
 この短期間に、アルバートは九条に対する切り札を2つもなくしたのだ。
 どうせ奪われてしまうなら、レイヴン公の言う通り素直に返しておけばよかったと後悔しても、もう遅い。
 最早アルバートも手段を選んではいられない――というのが、本音であった。

「行商人たちには、コット村との取引を禁止すると公布する。……いや、出入りも禁止だ」

「よろしいのですか? 相当な反発が予想されますが……」

「構わん。その分の損害は補償してやる……。今の内に試算しておけ。それよりも……」

 辺りを見渡すアルバート。何か言われるのではないかと内心ビクビクしている貴族達を一瞥すると、テーブルを強く叩く。

「アンカースとガルフォードはどうしたッ!」

 当然その場に2人はいない。

「リリー様の裏切りは、前々から計画されていたものだったのでしょう。いかがいたしますか?」

「当然、制裁する。ノーピークスには兵を向かわせ圧をかけよ。素直に投降するならそれでよし。アンカースを捕らえ、処刑をチラつかせればリリーはまだ取り戻せるはずだ。抵抗するようなら武力介入も辞さない」

 魔法書は、最早諦める他ないだろう。しかし、リリーだけは何としても取り戻さなければならない。
 シルトフリューゲルの皇子との婚姻を、今更なかった事にはできないのだ。リリーの代替えはいない。
 しかし、それには問題があった。

「陛下。お言葉ですが、一概に出兵と申されましても、装備がまだ完全ではなく……」

 おずおずと前に出たのは王派閥の1人であったトーマス卿。
 何とか手柄を立て、アルバートに取り入ろうとしたのが運の尽き。
 今回、不幸にも貧乏くじを引き当ててしまったと言っても過言ではない男である。

「そういえば、任せていた浄化の件はどうなっている?」

「完了したものは1000着ほどで、全てとなるとまだまだ時間が必要でして……」

「1週間の猶予をやる。それまでに半分は終わらせるよう教会に伝えろ」

 トーマスが、アルバートから任されたのは王宮内で使用されている兵士達の鎧の浄化だ。その数は、優に万を超える。
 それも全ては九条の所為。王宮内にリビングアーマーが潜んでいたのだ。他にもいるのではないかと憂慮するのは当然のこと。
 そして始まったのは、鎧の一斉点検だ。
 活性化しているリビングアーマーなら、狩人レンジャーのトラッキングスキルですぐにでも特定は可能だが、休眠中はただの鎧と変わらない。
 そこで教会の神聖術師に浄化作業を依頼しているといった状況である。

「半分なんて、とてもではありませんが人手が……」

「なら、ギルドにも協力を仰げばいい。異論は認めん。レイヴン公の方はもっと上手くやっているぞ?」

 突如アルバートからレイヴンへと向けられた視線。にも拘らず、レイヴンは現状を淡々と語った。

「防具商から買い付けられたのは2000着ほどで、既に半分ほど納品は完了しております。……ですが、商人達に足を止めよと仰るのなら、次回からの納入時期が伸びるだろう事は肝に銘じていただきたい」

 それが滞ることがあっても、自分の所為にはするな――。レイヴンがそう言いたいのは、誰の目から見ても明らかだ。
 全ての防具を、国内だけで製造しようとするなら、相当な時間を要する。
 サザンゲイアとの海路が絶たれている今、そこに追い打ちをかけるというのだから、それだけの覚悟は当然だ。

「チッ……わかったよ。経由地として立ち寄ることは許そう……。それでいいな?」

「寛大なお心に感謝します」

 表情を崩さぬままレイヴンは深く頭を下げ、更に機嫌を悪くしたアルバートはやる気をなくしたかのように、背もたれに体重を預けた。

「ひとまず2000の兵をノーピークスへと送る。それと、近いところで協力できる者がいれば名乗り出ろ。そうだな……合計で5000ほど集まれば、申し分ないと考えるが……」

 最後は少々自信なさげに、バイアスに視線を移すアルバート。

「そうですな。アンカース領、しかもノーピークス単独で集められる兵は、多くても精々2000程度。その倍近い兵を集める事が出来れば降伏もやむなしとなるでしょうが、私は少し様子を見るべきかと……」

「その理由は?」

「九条のこともあります。出来れば王都の兵は動かさず、対応されるのが賢明ではないでしょうか?」

 リリーが裏切ったのだ。であれば、派閥の中でも特に親密であったアンカース家かガルフォード家が次の標的になるだろうことは、九条側でも想定されているはずである。
 ならばそれを逆手に取り、王都の兵力が減ったタイミングで攻めてくる――という可能性もゼロではない。
 大規模な軍勢の侵攻は確認されていないが、九条は金の鬣を操る。何時どこからくるかもわからない襲撃に、当然備えは必要だ。

「バイアス公の言う事にも一理あるが、様子を見ていて何になる? リリーを取り戻すのは急務。コット村に足を運ぶよりは、確実だと思うが?」

 今回の出兵は、あくまでネストを捕らえること。リリーへの脅しが目的である。

「大丈夫だ、バイアス公。攻め落とすのは最終手段。そうなれば、当然爵位は返上してもらうが、圧倒的な兵力差を見せつければ、そう時間もかからずに降伏するだろう」
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