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第552話 王族か、信頼か

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 リリーがコット村から追い返されて暫くすると、第4王女派閥に対するの謹慎令は緩和された。
 解除ではなく緩和なのは、限定的な制限が残っているから。リリーだけが王都を出ることを許されていないのだ。
 とはいえ、部屋を出る事すら許されなかった状態から、王宮を自由に歩き回れる程の進歩。
 そもそも公務以外での外出など、滅多にない為。リリーの生活は、ほぼ日常に戻ったと言っても過言ではなかった。

「私にはもうどうすればいいのか、わからなくなってしまいました……」

 民衆の期待を背負っての初陣にも拘らず、大した成果もなく王都へと帰って来たリリーたち。
 期待外れだという声も多い中、アルバートを含めた貴族達からの評判は上々だった。
 コット村がリリーを拒絶したという事実に加え、無血での帰還。そして何より、捕虜であったグラハムの救出が評価されたからだ。
 グラハムへの聴取は、恙無く行われた。口止め等はされていないようで、コット村の内情が初めて明らかになったのだ。
 誰も持ち帰れなかった情報を持ち帰った。謹慎令の緩和は、その功績を讃えてのものでもある。

「そんなことが……」

 目に見えて落ち込むリリーの前で、耳を傾けているのはネスト。
 リリー本人から語られるコット村での出来事に、眉間のシワは増えるばかり。

「結局、九条の顔を見ることは叶わなかったと?」

「はい。当然ですよね……。九条から見れば、私もお兄様と同じなんです。九条の為とは思っていても、結局は自己満足に過ぎなかった……」

 九条の評判を上げさえすれば、たとえ禁呪がバレようとも、挽回は可能だった。
 金の鬣、灰の蠕虫、白い悪魔。九条の力によって国が救われている事実は、決してまやかしではない。
 その功績は、禁呪の使用など相殺して余りある。既に九条は、王国に必要不可欠な人材の1人であったはずなのだ。
 リリーがサザンゲイアへと発つ前までは、バイアス公爵もそれに共感する者の1人であったのだが、その期待は裏切られ今やアルバートを是としている。

「正直、状況は厳しいですね……」

 それは何も進展がないのと同じこと。
 厳しい監視に置かれながらの対話だ。それが難しい事はわかっていたが、実際のところは九条にすら会えていない。
 リリーの謝罪を受け入れずとも良いのだ。最悪、九条から和解案を聞き出せれば、その実現に向け努力は出来た。
 しかし、現実は甘くない。会話どころか、文字通りの門前払い。
 九条の怒りは尤もだ。ミアに続き、シャーリーまでもが命を落とす寸前であったらしいと、グラハムが語っていた。

 テーブルに置かれた3つの派閥の証が、何を意味しているのかわからないネストではないが、だからといって完全に腑に落ちたという訳でもない。

(何故、九条はオーレスト卿と騎士団に手出しせず、撤退を許したの?)

 捕虜として帰還したグラハムを聴取した限りでは、悪いのは礼節を欠いた騎士団側。
 当然、九条の命を狙った冒険者たちも制裁されている。

(程度の差は有れど、オーレスト卿とギムレット騎士団にだって、明確な敵意があったはずなのに……。この差は何……?)

 九条の能力を鑑みれば、カモがネギを背負って来ているようなもの。
 全てを薙ぎ払い、新たなコット村の戦力としての糧にした方が、どう考えても有用。
 しかも、王族を捕虜に出来るオマケまで付いているのだ。
 それだけの状況にも拘らず、まるで自分から争いを避けているようにも見える。

(私が人質であることに気付いて配慮した? それとも、何か別の狙いが……?)

「ネスト……?」

(リリー様がコット村に行く前と後で、何が変わった……? 謹慎を解き、リリー様を動きやすくする為の策だったとしたら? 次に起こす行動は……?)

「聞いていますか?」

 テーブルに置かれた派閥の証に魅入ってしまったかの如く、微動だにしないネスト。
 しかし、それも無駄な努力。結局は何もわからず、ネストの頭はパンクした。

「わがんないぃぃ……」

 王女の前だというのに、テーブルに突っ伏したネスト。
 リリーはそれに嫌な顔一つせず、微笑みかける。

「いつも、ありがとうございます。もちろんネストだけではなく、バイスやヒルバークも……」

「そりゃぁ、王女様の為ですから」

 その返答に不服なのか、リリーの顔から笑顔が消えると、一転して深刻そうな面持ちに。

「そうなのです。私が……私が王女だから……」

「リリー様?」

「……ネストは、私が王女でなくなってしまったら、どうしますか?」

 ネストがその意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
 可能性としては、考えていたのだ。
 シャーリーがリリーへと言い放った言葉が、どうにも引っかかっていた。

 王族なら王族らしく、王宮で大人しくしていろ――。住む世界が違う――。

 言っていることは尤もなのだが、裏を返せば、王族じゃなければ支障はないとも受け取れる。

「……質問に質問で返すご無礼をお許しください。リリー様は、それで本当によろしいのですか?」

「当然、不安はあります。ですが、私は九条の信頼を裏切ってまで王族であろうとは思わない。もちろん、今まで私を支えてくださった人々を裏切ってしまう事については心苦しく思います。しかし、私がここで努力をしたところで、お兄様が変わるとは思えないのです」

 その答えに行き着くには、相当な葛藤があった。
 リリーは自分の運命を受け入れている。王族の女として生まれたのだ。いずれは、他国へと嫁ぐことになるだろうと……。
 それが王国の為であり、国民の命が自分の双肩にかかっているのだと律してきたのだ。
 とはいえ、リリーも人間だ。不満は当然溜まるもの。
 自分から王冠を願った事は1度もない。実兄であるアルバートが王位を継ぐことに、反対することもなかった。
 しかし、アルバートはそれを当然であるかの如く振る舞い、そしてリリーを裏切った。
 リリーは、自分が王族である必要性に疑念を抱いてしまったのだ。何故、そんなアルバートの為に自分を犠牲にしなければならないのかと。

「長らくお世話になった派閥が無くなるのは寂しくもあります。しかし、それがリリー様の選択なら、黙って従うのも臣下の務め。たとえ、そうなったとしても私やバイスは何も変わらないでしょう。今まで通り支援は惜しみませんが、問題はそれだけではありません」

 リリーが、王族からの退位を宣言したとしても、アルバートや他の貴族達が許すとは思えない。
 このタイミングだ。どう考えても、九条の元へ赴く前提だろう事は誰でも予想出来ること。

「わかっています。まずは、王都を出る策を練らなければ……」

「上手く王都から出られたとしても、身を隠す先に当てはあるのですか?」

「もちろんありません! 派閥の貴族を頼る訳にはいかないので、それも考えなければなりませんね」

 王都を出るだけなら、それほど難しい事ではない。捜索の手が及ぶ前、手段を問わなければ方法はいくらでもある。
 一番の問題は、追手から身を隠しリリーを安全に匿える場所だ。
 リリーが王都を脱出後、王族からの退位を宣言する。そして、コット村へと赴くというのが一連の流れになるだろう。
 唯一頼れる国と言えば、グランスロードではあるのだが、コット村とは真逆の方角。

「せめて、九条がリリー様を受け入れてくれれば……」

 九条の真意が測れない今、王族ではないとはいえ、リリーを受け入れてくれる確証はない。
 絶対的な信頼を置ける場所であったコット村は、今や敵地と言っても過言ではないのだ。

 2人は日が暮れるまで唸り続け、頭を捻りまくった。
 幾つもの案が生み出されては消えていく。
 そんな中、一番マシであろう策を思いついたのは、リリー本人であった。

「私と違って、ネストとバイスへの監視は薄い。ギルドで冒険者として仕事を受け、帰還水晶を持参しておいてください。私が帰らないシワ寄せが必ず行くはずです。王都を出て自領へと戻る事が出来れば、暫く時間は稼げるでしょう。九条への対応に追われている今、内輪揉めに軍を派遣するほどの余力はないはずですので」

「御意……」
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