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第540話 最後の良心
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ハイス・フィアンマの各々が武器を手に取り、隙を見てゆっくりと立ち上がろうとしたその時だ。
ガロンが片方の膝を立てると、踏みつけていた小さな枝が、重さに耐えきれずポキリと折れる。
(しまったッ!)
無音にも近い森の中。普段であれば気にもしないが、それは荘厳な静寂を切り裂くほどにも聞こえる音。
どうか聞こえていませんようにと顔を上げるも、その願いは叶わず、ガロンは1人の騎士と目が合った。
「ヘルマン! 強化魔法だ! 俺が先に出るッ!」
森を飛び出し、素早く両手剣を引き抜いたガロン。
そのままの勢いで地面を蹴り、突撃の構えを見せた瞬間だった。
「――待ってくれ! 俺達に争う気はない!」
その声は、騎士側から発せられたもの。
そのあり得ない事象に、流石のガロンも足を止めてしまった。
(ゾンビじゃない!?)
ゾンビが喋るなんて、聞いた事もない。
故に疑念を抱き、思考を巡らせてしまったのだ。
「俺達は交渉にきた。話せるなら話がしたい」
出鼻を挫かれ躊躇いながらも、武器はそのまま降ろさない。
ぞろぞろと森から出てくる仲間達に気を配りながらも、訝しむガロン。
「お前達はなんだ? ゾンビじゃないのか?」
「……俺達もわからないんだ。気づいたら目の前に魔王がいて、命令通りにしか動けないと言われここへ来た……。今は、比較的自由に動けてはいるが……。俺は……俺達は生きているのか? それとも死んでいるのか? 教えてくれ……」
無抵抗を証明する為か、武器も抜かず両手を上げ近づいて来る騎士達。
背の高い門の影から、月明かりの届く範囲へと姿を見せると、その顔つきが露になる。
不安に押しつぶされそうな表情。その肌はお世辞にも綺麗とは言えないが、少なくともゾンビやグールのそれではなかった。
「それは……」
確かに見た目だけなら、生きた人間と遜色はない。
しかし、ウェイクのトラッキングには魔物として映っている。それは疑いようのない事実だ。
(恐らく、魔王はゾンビを完璧な状態にまで復元できる能力を有している……。意志もハッキリしていて、言語を理解するだけの知能もある。果たしてそれを、死んでいると表現していいものなのか……?)
素直に死を伝えるべきか……。それとも、魔物として生まれ変わったのだと言うべきか……。
お茶を濁すのは誠実ではなく、オブラートに包もうにも難解すぎる問題。
すぐには答えを出せないガロンを見て、騎士達は僅かに微笑んだ。
「ありがとう。その表情だけで十分だ。こんな身体にはなってしまったが、お前のおかげで少しスッキリしたよ……」
「すまない……」
「いや、いいんだ。忘れてくれ。俺達がもうそっち側の人間じゃない事は理解した。お互い、己の立場を全うしよう」
「……交渉……か?」
「ああ。言われたことをそのまま伝える。……何も言わず、魔王を諦め帰ってはくれないか? そうすれば、何もせず見逃すそうだ」
それは聞けない相談だ。時間的にはダンジョン側でも戦闘が始まっている頃。
ガロンたちがここで諦めてしまえば、全ての戦力がダンジョンに集結する事にもなりかねない。
そうなれば、全滅は必至。自分達だけが逃げ帰れば、責任問題は当然。最悪、裏切りを疑われてもおかしくない。
「……断ったら?」
「俺達が、それを阻止する事になる」
腰の直剣を、スラリと引き抜く5人の騎士。その表情は真剣そのものだが、向けられた直剣の切っ先は、僅かに震えていた。
わかっているのだ。正面から殴り合っても勝てない事を。自分達が、捨て駒であることを自覚しているのである。
「そうか……。残念だが、お前等の願いは聞き届けられない……」
武器を構え直すガロンたち。憐れむ気持ちはあるものの、当然手を抜く事などできやしない。
身体が魔物であったとしても心が人であるのなら、その理屈もわかるはず。
生前は騎士であったのだ。正々堂々、正面から挑み敗れるのなら、それも本望だろう。
「……だろうな……。無理を言ってすまなかった」
それは謝罪というより、どことなく悲壮感を漂わせる諦めにも似た表情だ。
交渉は決裂した。後は剣を交え、お互いの正義をぶつけ合うだけ。
張り詰めた空気感に、ガロンたちが息を呑んだその時だ。
騎士達は、持っていた直剣をスッと降ろし、地面にゆっくりと両膝を付いた。
「……なんの真似だ?」
「最初からこうしようと思っていた。だが、自害しようとしても、手が動かないんだ……。だから、頼む。俺達を殺してくれ。せめて、人の心がある内に……」
それは、味わった者にしかわからない苦悩。
魔王には逆らえず、自害すら出来なければ、その身を差し出す以外に方法はない。
心まで悪には染まっていない。死こそが、彼等にとっての唯一の救いなのだ。
願わくば、自分達の怨みが晴らされることを信じて、騎士達は一斉に首を垂れた。
(なるほど……。本当に争う気はなかったんだな……)
魔王の傀儡になるくらいなら死を選ぶ。その覚悟は、腐っても騎士であったのだ。
「見事だ……。お前達の意思を継ぎ、魔王は必ず仕留めよう。故に安心して先に逝け」
ガロンは項垂れた騎士達の前に立つと、その首元に狙いを定め、両手剣を振り上げた。
そして神への祈りと共に、その首を1人、また1人と切り落としていったのである。
ガロンが片方の膝を立てると、踏みつけていた小さな枝が、重さに耐えきれずポキリと折れる。
(しまったッ!)
無音にも近い森の中。普段であれば気にもしないが、それは荘厳な静寂を切り裂くほどにも聞こえる音。
どうか聞こえていませんようにと顔を上げるも、その願いは叶わず、ガロンは1人の騎士と目が合った。
「ヘルマン! 強化魔法だ! 俺が先に出るッ!」
森を飛び出し、素早く両手剣を引き抜いたガロン。
そのままの勢いで地面を蹴り、突撃の構えを見せた瞬間だった。
「――待ってくれ! 俺達に争う気はない!」
その声は、騎士側から発せられたもの。
そのあり得ない事象に、流石のガロンも足を止めてしまった。
(ゾンビじゃない!?)
ゾンビが喋るなんて、聞いた事もない。
故に疑念を抱き、思考を巡らせてしまったのだ。
「俺達は交渉にきた。話せるなら話がしたい」
出鼻を挫かれ躊躇いながらも、武器はそのまま降ろさない。
ぞろぞろと森から出てくる仲間達に気を配りながらも、訝しむガロン。
「お前達はなんだ? ゾンビじゃないのか?」
「……俺達もわからないんだ。気づいたら目の前に魔王がいて、命令通りにしか動けないと言われここへ来た……。今は、比較的自由に動けてはいるが……。俺は……俺達は生きているのか? それとも死んでいるのか? 教えてくれ……」
無抵抗を証明する為か、武器も抜かず両手を上げ近づいて来る騎士達。
背の高い門の影から、月明かりの届く範囲へと姿を見せると、その顔つきが露になる。
不安に押しつぶされそうな表情。その肌はお世辞にも綺麗とは言えないが、少なくともゾンビやグールのそれではなかった。
「それは……」
確かに見た目だけなら、生きた人間と遜色はない。
しかし、ウェイクのトラッキングには魔物として映っている。それは疑いようのない事実だ。
(恐らく、魔王はゾンビを完璧な状態にまで復元できる能力を有している……。意志もハッキリしていて、言語を理解するだけの知能もある。果たしてそれを、死んでいると表現していいものなのか……?)
素直に死を伝えるべきか……。それとも、魔物として生まれ変わったのだと言うべきか……。
お茶を濁すのは誠実ではなく、オブラートに包もうにも難解すぎる問題。
すぐには答えを出せないガロンを見て、騎士達は僅かに微笑んだ。
「ありがとう。その表情だけで十分だ。こんな身体にはなってしまったが、お前のおかげで少しスッキリしたよ……」
「すまない……」
「いや、いいんだ。忘れてくれ。俺達がもうそっち側の人間じゃない事は理解した。お互い、己の立場を全うしよう」
「……交渉……か?」
「ああ。言われたことをそのまま伝える。……何も言わず、魔王を諦め帰ってはくれないか? そうすれば、何もせず見逃すそうだ」
それは聞けない相談だ。時間的にはダンジョン側でも戦闘が始まっている頃。
ガロンたちがここで諦めてしまえば、全ての戦力がダンジョンに集結する事にもなりかねない。
そうなれば、全滅は必至。自分達だけが逃げ帰れば、責任問題は当然。最悪、裏切りを疑われてもおかしくない。
「……断ったら?」
「俺達が、それを阻止する事になる」
腰の直剣を、スラリと引き抜く5人の騎士。その表情は真剣そのものだが、向けられた直剣の切っ先は、僅かに震えていた。
わかっているのだ。正面から殴り合っても勝てない事を。自分達が、捨て駒であることを自覚しているのである。
「そうか……。残念だが、お前等の願いは聞き届けられない……」
武器を構え直すガロンたち。憐れむ気持ちはあるものの、当然手を抜く事などできやしない。
身体が魔物であったとしても心が人であるのなら、その理屈もわかるはず。
生前は騎士であったのだ。正々堂々、正面から挑み敗れるのなら、それも本望だろう。
「……だろうな……。無理を言ってすまなかった」
それは謝罪というより、どことなく悲壮感を漂わせる諦めにも似た表情だ。
交渉は決裂した。後は剣を交え、お互いの正義をぶつけ合うだけ。
張り詰めた空気感に、ガロンたちが息を呑んだその時だ。
騎士達は、持っていた直剣をスッと降ろし、地面にゆっくりと両膝を付いた。
「……なんの真似だ?」
「最初からこうしようと思っていた。だが、自害しようとしても、手が動かないんだ……。だから、頼む。俺達を殺してくれ。せめて、人の心がある内に……」
それは、味わった者にしかわからない苦悩。
魔王には逆らえず、自害すら出来なければ、その身を差し出す以外に方法はない。
心まで悪には染まっていない。死こそが、彼等にとっての唯一の救いなのだ。
願わくば、自分達の怨みが晴らされることを信じて、騎士達は一斉に首を垂れた。
(なるほど……。本当に争う気はなかったんだな……)
魔王の傀儡になるくらいなら死を選ぶ。その覚悟は、腐っても騎士であったのだ。
「見事だ……。お前達の意思を継ぎ、魔王は必ず仕留めよう。故に安心して先に逝け」
ガロンは項垂れた騎士達の前に立つと、その首元に狙いを定め、両手剣を振り上げた。
そして神への祈りと共に、その首を1人、また1人と切り落としていったのである。
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