上 下
480 / 622

第480話 当たらずとも遠からず

しおりを挟む
 九条の知らぬところで、ローレンスは人生最大のピンチを迎えていた。
 とはいえ、濡れ衣を着せられて黙っているローレンスではない。このままでは、裏切り者として教会からも見放されてしまう。
 ローレンスはすぐに商人たちを呼び出し、聴取の機会を設けた。コット村とアヴァロスクをリスクなしで往復できる秘訣を聞き出そうとしたのである。
 しかし、商人たちは一貫して運が良かっただけだという姿勢を崩さなかった。
 当然である。商売は早い者勝ちだ。飯の種を他の者に知られてはなるものかと、真実は決して話さない。
 ましてや相手は領主である。シルトフリューゲル側でも通行税を――などとも言い出しかねないので、その対応は慎重にもなる。
 メリットのない徴収など、ただの搾取。コット村での通行税は税と銘打ってはいるが、対価として安全が保証されているのだ。

「確かに、現状では信じられないかもしれません。しかし、九条がその魔族と繋がっているとしたら……どうでしょう?」

「何をバカなことを……。人間が魔族と結託するとでも?」

 アドルフのバカにでもしたかのような口調はもっともだが、ローレンスがこの答えに辿り着いたのは、偶然ではない。
 コット村へと送った軍は、九条をおびき寄せる為の餌に過ぎない。その作戦は功を奏し、九条は結婚式を諦めコット村へと帰って行った。
 そしてヴィルヘルムを残し、アドルフとローレンスは報告という名目でフェルス砦を抜け、エンツィアン領へと戻ったのだ。
 あとはタイミングを見計らい、ヴィルヘルムの軍をフェルス砦へと進軍させるだけでよかったのだが、その結果はたったの数人に敗北を喫するというイレギュラー。
 ローレンスは自分の目を疑った。2000を超える軍を相手にしていたのは、たった一人の騎兵だったのだ。
 炎の魔剣と風の魔剣を巧みに操るその姿は、まさに鬼神。人間とは思えぬ強さに畏怖すら抱いたその時だ。ローレンスはその光景に、強烈な既視感を覚えたのである。
 なんとか逃げ帰ったローレンスは、暫くして裏切りの容疑をかけられた。
 九条はコット村に帰ってはおらず、シュトルムクラータでヴィルヘルムの悪行を暴いていたというのだ。
 ならば200人の兵たちは、一体何にやられたのか……。本当に魔族の仕業であったとしたら……。
 ローレンスは、頭の片隅に引っ掛かっていた既視感の正体を探り始めた。
 書斎に籠り、屋敷中の書籍を読み漁る日々。そしてついに、その元である一冊の本に辿り着いたのである。

「私の仮説に過ぎませんが、まずはこの本をご覧いただきたい」

「これは?」

「ローレンス家に代々伝わる家族年代記です。読んでいただきたい場所は幾つかありますが、まずは黒翼騎士団について。そしてローレンス家を裏切った4人の部隊長たちを仕留めたとされる場所についても注目していただければと……」

 ローレンスからアドルフに手渡された分厚い本。その所々に鳥の羽を用いた栞が挟まっている。
 それは門外不出の家の歴史。簡単に他人に見せていい物ではないが、それも濡れ衣を晴らす為の覚悟である。
 そこまでされてはとアドルフも観念し、指定された場所を黙々と読み始めた。

「記述されている場所が確かなら、黒翼騎士団の部隊長たちは九条が所有しているダンジョンで滅しているのです」

「ふむ……」

 それは最早ローレンス史というより、黒翼騎士団の歴史というタイトルが付いていても違和感のない代物だ。
 主要な人物の肖像画に加え、1000を超える団員の名簿と戦績までがびっしりと記録されている。
 常勝無敗の活躍はまるで夢物語のような内容だが、最後はローレンス家の勝利という形で幕を下ろしていた。

「黒翼騎士団への怨みは晴らせたようで、なによりですが……」

「まずは、黒翼騎士団の部隊長たちが持っていた武具に注目していただきたい」

「ええ。読ませていただきましたよ? ここに記述されている魔剣の類は、現在は九条の所有物なのでしょう? 確認しているだけでも2つは確実。恐らくは全てを手にしていて、隠している可能性もあり得ますが……。だからなんなのです? もしかして、ローレンス卿はそれを取り返そうと?」

「いえ、そうではありません。問題なのは、フェルス砦でその魔剣を振るっていたのが九条ではなかったという点です」

 アドルフの持つ本に手を伸ばし、ペラペラとページをめくるローレンス。
 その手は、1人の肖像画で止まった。それはモノクロながらも精巧。その下には所属に役職に氏名までが記載されている。
 描かれていたのは短髪で、無精ひげが似合う30代と思われる男性。それはローレンスが戦場で見た鬼神の男に瓜二つだった。

「この男は、黒翼騎士団のゲオルグ。破天荒かつ豪胆。一騎当千と呼ばれる彼は、炎の魔剣と風の魔剣を意のままに操り、常に部隊の最前線で戦ってきたとされる者です」

「それが?」

「フェルス砦で、ヴィルヘルムの兵2000を相手に1人で突っ込んで来た男がいたのです。そいつは炎の魔剣と風の魔剣を所持していました」

「……それがゲオルグだとでも? 九条が魔剣を貸し与えた、単なる傭兵であったかもしれないでしょう?」

「確かにそうとも考えられますが、いくら魔剣を所持しているとは言え、2000人の兵を前に一人で突っ込んでいく者がいると思いますか? あのノルディックでさえ単騎で出陣などしないでしょう?」

 視線を落とし、考え込むアドルフ。しかし、それだけではまだ足りない。
 荒唐無稽な話に、多少の疑問が発生しただけに過ぎないレベル。
 当事者であるヴィルヘルムの兵たちに、この肖像画を見せる事が出来れば、その顔を覚えている者もいるかもしれないが、エンツィアン領までの往復は時間が掛かり過ぎる。

「もちろんそれだけではありません。フェルス砦から射出されたであろうバリスタの矢の着弾地点は、500メートルを超えていました。どんなに性能の良いバリスタでも、300メートル程度が限界のはず。しかし、次のページに描かれているレギーナという名の狙撃手なら、それも可能なのです」

 ぺラリと捲られたページの裏に描かれていたのは、獣人の女性。
 そこまで言われれば、流石のアドルフもローレンスの言いたいことを理解した。

「確かに九条は、死霊術師ネクロマンサーではあるが、何百年も前の死体を生きた人間のように操るなど……。仮にそうだとしても、魔法の研究とは世代を超えて行われるもの。ましてやそのような大魔法、独学で身に着けられるはずがない」

「魔法書から学んだのですよ。アドルフ枢機卿」

「死者の魂を弄ぶことが禁忌とされている今、それほど強力な魔法書、現存するはずがない! 全て我が教会の手によって焼かれている」

 興奮気味のアドルフに、ローレンスはニヤリと怪しい笑みを浮かべ、更にページを1枚捲った。

「それがあるんですよ。黒翼騎士団の頭脳と呼ばれていたバルザックも優秀な死霊術師。その魔法書が九条のダンジョンにあったとすれば……?」

 そこに描かれていたのは、若干細身にも見える威厳のある男性だ。その顔は知的で賢明な印象を受ける。
 少々若いが、まごうことなきバルザックの肖像画だ。

「噂では、九条はリブレスで魔族を倒している。もし、九条が死体を意のままに操れる術を持っているとしたら、裏で魔族を使役することも可能なのでは?」

 ジッと押し黙り、考え込むアドルフ。
 くだらない妄想だと笑い飛ばすつもりであったが、意外や意外。ローレンスの推測は、その信憑性を飛躍的に上昇させるだけの結果に……。

「……ローレンス卿。この本……少々お借りしたいのですが……」

「正直お断りしたいところですが、私の潔白を証明する為であるのなら、仕方ありません。丁重なお取り扱いをお願いします」

 神妙な面持ちで馬車に乗り、教会へと帰って行くアドルフに頭を下げながらも、ローレンスはひとまず首の皮一枚は繋がったかと、盛大な溜息をついた。

(九条の方は、教会に任せておけばいいだろう。過去の亡霊なぞ知った事ではない……。かつてのシュバルツフリューゲルを取り戻す為にも、私はこんなところで躓く訳にはいかんのだ……)
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

邪神降臨~言い伝えの最凶の邪神が現れたので世界は終わり。え、その邪神俺なの…?~

きょろ
ファンタジー
村が魔物に襲われ、戦闘力“1”の主人公は最下級のゴブリンに殴られ死亡した。 しかし、地獄で最強の「氣」をマスターした彼は、地獄より現世へと復活。 地獄での十万年の修行は現世での僅か十秒程度。 晴れて伝説の“最凶の邪神”として復活した主人公は、唯一無二の「氣」の力で世界を収める――。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生農家の俺、賢者の遺産を手に入れたので帝国を揺るがす大発明を連発する

昼から山猫
ファンタジー
地方農村に生まれたグレンは、前世はただの会社員だった転生者。特別な力はないが、ある日、村外れの洞窟で古代賢者の秘蔵書庫を発見。そこには世界を変える魔法理論や失われた工学が眠っていた。 グレンは農村の暮らしを少しでも良くするため、古代技術を応用し、便利な道具や魔法道具を続々と開発。村は繁栄し、噂は隣領や都市まで広がる。 しかし、帝国の魔術師団がその力を独占しようとグレンを狙い始める。領主達の思惑、帝国の陰謀、動き出す反乱軍。知恵と工夫で世界を変えたグレンは、これから巻き起こる激動にどう立ち向かうのか。 田舎者が賢者の遺産で世界へ挑む物語。

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
商人見習いの少年に憑依した薬師の研究・開発日誌です。自分の居場所を見つけたい、認められたい。その心が原動力となり、工夫を凝らしながら商品開発をしていきます。巻き込まれた薬師は、いつの間にか周りを巻き込み、人脈と産業の輪を広げていく。現在3章継続中です。【カクヨムでも掲載しています】レイティングは念の為です。

処理中です...