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第426話 魔獣の力

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「フリーエントリー、ノーオプション、テイマーバトル! 第2回戦! ウェイトスタンダードは340キロ! 両者、参戦従魔をバトルフィールドへッ!!」

 標準的なウェイト基準は200キロ以下が相場らしいが、それよりも重く設定したのはワダツミとカイエンの合計重量が340キロだから。
 それはピーちゃん対策と同時に、俺への配慮なのだろう。
 ステージへと飛び乗ったワダツミは、鼻息も荒くやる気マンマン。対して、ゆっくりとステージに登ったカイエンがその場で立ち上がると、あまりの貫禄に言葉を失くす観客達。
 そんな従魔達に挟まれている俺は、ちっぽけに見えている事だろう。

「ようやく……ようやくだ……」

「おい、ワダツミ。戦闘前だぞ? 何故泣きそうな顔をするのだ?」

「カイエン……お前にはわかるまい。我は嬉しいのだ……」

「何が?」

「今日、我はようやく本気を出せる。白い悪魔と呼ばれる魔物との死闘を経て、九条殿と正式に契約を交わした。そこで得た力を見せる時が来たのだ! わかるか? この気持ちが!?」

「全然わからん」

 熱く語るワダツミに、意外とドライなカイエン。まるで興味はなさそうだ。

「あぁ、わからんだろうな! 我にだってわからなかった! 九条殿が争いを嫌うことは知っていたが、まさかこんなにもこの力を披露する機会に恵まれぬとは思わなかったのだ!」

「聞こえてるっつーの。当て付けか」

 力説するワダツミの肩をピシャリと叩く。
 だが、俺は全く悪くないのだ。今までそれを使ってこなかったのは、ワダツミがその力を隠していたからである。
 つい30分ほど前だ。テイマーバトルの作戦を、あーでもないこーでもないと考えていたら、ワダツミから急に力のことを明かされた。
 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事。
 このタイミングしかなかったのだろう。サプライズで俺を驚かそうとしていたようだが、あまりにもその機会が訪れない為、痺れを切らしてしまったのだ。
 白い悪魔と対峙したのは随分と前の話。言い出せなかった気持ちもわかるが、正直ひっぱりすぎである。

「随分と余裕そうじゃないか。その鼻をへし折ってやる」

 メリルがそう言い放つと観客からの歓声が増し、フィールドに上がってきたのはジャイアントボアと呼ばれる大きな猪。
 それを筆頭に、2匹の狼と2匹の白豹も後へと続く。
 その白豹には見覚えがあった。橋の上で俺達を足止めしていた時にメリルが従えていた従魔である。

「ウェイトスタンダード300越えは、やはりジャイアントボアのガイア一択だな……」

「超ヘビィ級のカードは滅多に見られないからな! 今日ネクプラに来てる奴は運がいいぞ!」

 歓声に混じって聞こえてくる自称テイマーバトル専門家の冷静な解説は、なかなかどうして為になる。

「メリルさんが、ジャイアントボアのガイアをどっちにぶつけるかが鍵だな……」

「ブルーグリズリーの方じゃないか? 角の生えた狼のポテンシャルが気になるところだが、疾風の牙と呼ばれる2匹の狼、ステラとハンスに加え、メリルさんの懐刀、白豹のシルバとゴルドまでいるんだぞ?」

「それでは第2試合、始めぇぇッ!!」

 観客の声に耳を傾けていると、唐突に始まる第2試合。
 大盛り上がりを見せる観客達を横目に、予想通りと言うべきか真っ先に動きを見せたのは、ジャイアントボアのガイア。
 フィールドが振動するほどの巨体で、カイエンへと一直線に突き進む。

「しゃらくせぇ!」

 ドンっという岩同士をぶつけたような重低音を響かせ、馬鹿正直に正面から受け止めたカイエンであったが、そこから動きがピタリと止まる。

「ぐぬぬ……」

 フィールドのど真ん中で繰り広げられる力比べ。床のタイルが捲れ上がってしまいそうなほどの踏み込みに耐えながらも、カイエンはガイアの背中に鋭い牙を突き立てる。
 それは、見ている方が顔を歪めてしまう程の流血。それだけ深く咬みつかれているにも拘らず、ガイアは全く怯みもしない。
 流石は、獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップの王者、メリル率いる従魔である。傷跡だらけの身体は、幾つもの死闘を潜り抜けて来た証なのだろう。

「今だッ! いくら魔獣とは言え4匹の同時攻撃には対応できまいッ! スクエアフォーメーション!!」

 動けないカイエンとガイアの影から飛び出してきたのは、4匹の獣。
 如何にも柔軟性に富んでいるであろうネコ科のしなやかな身体を生かし、上空から強襲するかのように飛び掛かる2匹の白豹に、左右から同時に切り込んでくる2匹の狼。
 迅速且つ一糸乱れぬその躍動感は、最早芸術の域。その練度は、過酷な訓練を匂わせる。

「所詮は獣か……」

 ワダツミはそれを前にしても一切動じず、後方へと軽く飛んだだけ。
 何故だかそれが霞んで見えてしまったのは、朧気にもワダツミの影が置き去りにされたかのように錯覚したから。

「"水影すいえい"」

 ボソリと呟かれた言葉。残された影から形成されたのは、ワダツミの形をした何か。
 その速さ故に、ワダツミが分身したかのように見えたのだ。透明度の高い水色のそれは、生を刻む鼓動のように波打っていた。

 それこそが、ワダツミが俺との契約で得たであろう水を自在に操る力だ。
 俺がそれを与えたという自覚はないのだが、契約が切っ掛けになったことは確かだろう。

「ターゲットチェンジッ! ステラとハンスは分身を! シルバとゴルドは本体を狙えッ!!」

 メリルの声に、白豹の2匹が一拍置いて足を止め、2匹の狼が先行しワダツミの分身へと飛び掛かる。
 閃く鋭爪。幾重にも切り裂かれたワダツミの分身は激しく水飛沫を上げたものの、一瞬で元の姿へと戻る。
 それだけではない。ワダツミの分身からガムのように伸びる2本の触手が、いつの間にかステラとハンスの前足を絡めとっていた。
 振り解こうにも離れない。その本質は水である。逆の足でひっかいても、鋭い牙で噛み千切ろうとも暖簾に腕押し。むしろ余計にまとわりつく。

「"水牢すいろう"!」

 ワダツミの分身が収縮を始め、まとわりついた触手が膨張する。それは、一瞬の内に2匹の狼を飲み込んだ。
 大きな水玉の中で藻掻き苦しむステラとハンス。どれだけ足掻いても脱出できないのは、浮力によって地面から足が離れてしまっているからだ。
 それを助けようとしたのだろう。白豹のゴルドが水玉の中へと体当たり。
 その強烈な一撃によって、ステラは弾き出されたが、今度はゴルドが囚われる結果に。

「シルバ! ステラ! 本体を狙え!」

 水牢をどうにかするより、ワダツミを始末した方が早いと判断したに違いない。
 迅速なメリルの指示に、ワダツミへと駆け出す白豹のシルバ。
 一方のステラは、打ちどころが悪かったのか水玉から脱出したばかりでなんとか立ち上がろうと必死だ。

「ワダツミ……」

「ああ。わかっている」

 俺の声に反応を見せたワダツミは、落ち着き払っていた。
 仲間の仇とでも言わんばかりに迫りくる白豹のシルバ。その前方に突如として出現したのは、空中に浮かぶ水の玉。
 それに触れまいと咄嗟にブレーキをかけ回避するも勢いは死に、そこへと振り降ろされたワダツミの爪は床の石畳を裂いてしまうほどの威力。

「――ッ!?」

 まさに紙一重だ。ネコ科の柔らかな身体と、類稀な反射神経を有していたからこそ避けられただけ。
 ただの野生の獣であれば、その腹は石畳と同じ運命を辿っていただろう。

「シルバ! ステラを連れて下がれッ!」

 未だ立ち上がれていなかったステラの首に咬みついたシルバは、そのままメリルの元へと戻っていく。
 それとほぼ同時。2匹の獣魔を捕らえていた水玉は、そのままゆっくり場外へと移動し音もなく弾けた。

「場外ッ!」

 水の中から解放され、地面に投げ出されたハンスとゴルド。ぐったりとはしているが、死んではいない。
 咳き込んではいるものの、僅かながらに立ち上がろうとする意志は見て取れる。

 2匹の獣魔が脱落し、残るは3匹。

「よくやった。ワダツミ」

「言っただろう? 九条殿に恥は搔かせぬと」

 状況は圧倒的であった。どれだけ鍛えようとも、絶対に埋めることのできない隔たり。それがただの獣と魔獣との差だ。
 俺が気を付けろと言ったのは、過信するなという意味ではなく、やり過ぎるなという意味でもある。
 だからこそメリルは、少しでも自分に有利な状況を作り出したかったのだろう。自分の実力をもってしても、一筋縄ではいかないことを知っているのだ。
 戦力的には俺の方が有利。にも拘らず、卑怯な手で不戦勝を狙う姑息なやり方に怒りを覚えるのは当然と言えば当然。
 だが、メリルは俺の不戦勝を受け入れるべきだったのだ。
 ここに集まっている観客達だって、獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップの王者たるメリルの敗北する姿なぞ見たくはないだろう。
 獣人最強の冒険者が、人間に負けるというシチュエーション。非公式とは言え、その落胆ぶりは想像に難くない。
 俺が悪役を買って出ている内が、華であったのである。
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