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第421話 八氏族評議会

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 天空への階段と呼ばれる塔からメナブレアに帰還すると、エドワードから呼び出され、予定通り八氏族評議会への出席が言い渡された。
 底冷えする寒さの中、エドワードの案内で王宮の廊下を歩いているのは俺とケシュア。それと、付き添いとしてミアとカガリだけの入室が許可され、ワダツミとカイエンは宿屋でお留守番である。

「私が依頼主であることに変わりはありませんが、これから先は八氏族評議会での決議に従って下さるようお願いします」

 今回の議題は黒き厄災への対応について。俺達の調査結果を踏まえて、最終的な結論を出す予定らしい。
 評議は2回行われ、1回目は検討段階。そこでいくつかの案に絞られ、数日後に最終決議の投票が行われる流れとなる。

「そんなに気を落とさないでください九条さん。我々もすぐに結果が出せるとは思っていませんから……」

 俯く俺に気を遣うエドワード。その気持ちはありがたいが、少々考え事をしていただけで別に気分が沈んでいるという訳ではなかった。
 その悩みというのも、どうすれば八氏族評議会に黒き厄災の殺害を認めさせるか――である。
 封印が無理なら討伐してしまおう――と、なればいいのだが……。

 暫くすると見えてきたのは、大きな扉を守護するかのように佇む2人の衛兵。

「ここが会場となります」

 そう言って扉を開けると、エドワードは俺達の後方へと下がって行く。

「エドワード様は、ご出席なさらないので?」

「ええ。私にその権限は与えられていませんから」

 その乾いた笑顔が全てを物語っていた。恐らく俺達の推測は間違っていないのだろう。
 黒き厄災の調査を任せたくせに蚊帳の外。獣人の問題だから人族は口を挟むなと言われればそれまでだが、ならばその調査も全て獣人で対処してもらいたいものである。

 部屋に入ると、巨大な円卓を囲むように座る6人の獣人達。ザッと見た感じだと、獣型と人型が半々といったところか。
 勝手に呼ばせてもらっているが、獣型というのは体毛が多く顔が獣のままのタイプ。対して、人型は人の顔をした獣人のタイプである。
 そんな中から獣型の1人が立ち上がると、笑顔を見せながらも歩み寄る。

「遠路はるばるようこそ。調査隊の皆さん。本日は突然の召喚に応じていただき、感謝いたします」

 ノズルのように飛び出た鼻先が特徴的なのは、犬か狼タイプの獣人だ。
 差し出された手で、全員が握手を交わす。

「冒険者の九条です。こちらはギルドの担当ミアと、従魔のカガリです」

 礼儀正しく頭を下げ、知っているだろうとは思いながらも一応の自己紹介。ケシュアもそれに続くと、今度は相手側である。

「私は人狼種ワーウルフの長を務めますアッシュと申します。そして彼等は、各種族の代表である評議会のメンバー。左から戦兎種ボーパルバニーの長、クラリス。土竜鼠種グラットンの長、リック。猫妖種ケットシーの長、ネヴィア。有翼種ハルピュイアの長、セシリア。そして巨猪種オークの長、バモスです」

 アッシュに名前を呼ばれると、評議会員の証であろうローブを翻しながらも立ち上がり、恭しく頭を下げる面々。
 それに違和感を覚えることはなく、同じようにこちらも礼を尽くす。
 紹介されたのは全部で6名。八氏族なのに6人しかいないのは、2つの種族が離反したからだと、エドワードが教えてくれた。
 魚人種サハギンは水棲である為。そして蛇蜥蜴種リザードマンは寒さに弱い為、生活圏の違いと居住性の悪さから相容れなかったのだ。
 それでも円卓に空席が2つ残されているのは、獣人故の仲間意識の高さの表れ。永久欠番に近い扱いなのだと言われれば納得である。

「それでは自己紹介も済んだ事ですし、本日の議題といきましょう。皆様はこちらの席へどうぞ」

 円卓より少し離れた位置に用意されていたのは、上等なソファ。そこに腰掛けると、評議会の全員が手元の資料に目を通す。

「素晴らしい調査報告書だにゃ。これなら壁画の意図も汲み取れるにゃ。我々の歴史に新たな1ページが加わったと見てもいいんじゃないかにゃ?」

 全てを読み終え、溜息と共に感嘆の声を上げたのは、猫妖種ケットシーの長、ネヴィア。
 人型で白い髪と尖った猫耳が特徴の女性。随分と若く見えるのだが、その歳で一族の長を任されていると言うのだから、恐らくは優秀なのだろう。
 報告書には嘘偽りない調査実態を記録している。勿論その中にはケシュアの話していた三大厄災列強伝の事も含まれていた。
 ケシュア曰く教えるつもりはなかったそうだが、あまりにも調査に進展がなかった為、断腸の思いで記載したとのこと。
 結果が出なかった事への詫びのつもりなのだろうが、無駄なプライドである。

「しかし、ケシュア殿の知恵をもってしても扉は開きませんでしたか……」

 少々残念そうに俯きながらも資料を捲る戦兎種ボーパルバニーのクラリス。
 頭頂部から伸びる長い耳が特徴的な人型の獣人。先程からチラチラと視線を感じるのは、ケシュアの付け耳が気になっているからだろう。

「やはり封印なぞ考えず、放っておくのが一番では? チチチッ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せたのは、ザジと同じ獣型の土竜鼠種グラットンリック。
 個人的には一押しな提案ではあるが、そうはいかないのだろう。間髪入れずにアッシュが食って掛かる。

「そんな悠長な事を言っていられないのはわかるだろう!? すでに被害は出ているのだ! そもそも封印を解いたのは、お主の一派だと言うではないか! 誰の所為でこんな事になっていると思っているッ!」

「落ち着いてくださいアッシュ。証拠もないのに憶測で語るものではありませんよ……チチチッ。仮に封印を解いたのが我が一族であったとしても、黒き厄災をコントロールできるはずがないでしょう。逆に思い通りに操ることが出来るのなら、それこそ放っておいてもいいのでは? 被害と言っても今のところはシルトフリューゲルだけ。所詮は人族、何の問題もありますまい。それよりも、我々が強大な軍事力を手に入れたと流布したほうが、良い牽制になるとは思いませんか?」

「それは前回、平和的な解決を模索すると決まっただろう! 議論を蒸し返すのは止めろ!」

 そのやり取りだけで、2人が不仲であることは一目瞭然。

「2人とも落ち着いて下さい。客人の前ですよ?」

 ヒートアップする2人を諫めたのは有翼種ハルピュイアのセシリア。
 細目な所為かミステリアスな雰囲気の漂う人型の女性で、すらっとした顔立ちは大人の女性を思わせる。
 年の頃は25前後。背中の羽根はまるで天使のようだが、椅子に背もたれが付いてないのはそれが邪魔な所為だろう。
 飛ぶことは可能だが、全盛期の有翼種ハルピュイアとは違い退化している分、飛行時間は極僅かだと聞いている。

「ゴホン……失礼。お見苦しいところをお見せしました……」

 咳払いと共に謝罪したアッシュに対し、リックは俺達を睨みつけただけ。
 リックの意見には同意するのだが、あまり良く思われていないのは、俺達も同じように人族だからだろう。

「我は、リックの意見に賛成だ。魔王の手先とは言え、四大魔獣の中でも黒き厄災は一番物わかりが良かったと伝えられている」

 まるで力士かと見紛う巨体を震わせながらも低い声を響かせたのは、巨猪種オークのバモス。
 恐らく俺のダンジョンを狙っていたゴズとは別種なのだろう。その身体は豚というより猪の迫力。
 顔は豚だが、下顎から飛び出た大きな牙と目つきは鋭利。何かの骨で作ったであろうネックレスを幾つも首に下げている姿は、どちらかと言うと魔物寄りの見た目である。

「それを踏まえても、既に被害が出ている状況は無視できにゃい。その伝承の信憑性はこの際置いておくとしても、開かずの扉が開かなければ、そもそも話し合いもままならない。状況的には八方塞がり。どうしようもないにゃ」

「ならば、調査隊の皆さんにも意見を募ろうではないか。現場を見て来た者達の意見は重要だ」

 バモスの言葉に全員から向けられる視線。その圧は肝を冷やすほどだが、既に覚悟はできている。
 八氏族評議会のメンバーは6人。意見が割れれば平行線を辿る。そこに俺達が一石を投じてくれるのを期待しているのだろう。
 だが、それが各々の希望通りになるとは限らない。

「では、ケシュア殿から伺ってもよろしいか?」

「そうね……。正直言って、現状では意見出来るほどの調査は出来ていないわ。期間が短すぎる」

「時間があれば開かずの扉を開け、封印の糸口を見つけられると?」

「調査がイコール封印になるとは限らないけど、試していない方法はいくつかある」

「ほう。具体的には?」

「歴史的建造物だから出来ればやりたくないんだけど、扉を破壊すればいいのよ。それでもダメなら内壁をぶち抜き、別のルートを模索する――。勿論塔が崩れないよう、やるなら慎重を期すけど……」

 ケシュアからの提案は、塔内部で既に聞いてはいた。しかし、あくまでも俺達の仕事は調査であり、破壊ではない。
 故にそこまでには至らなかったが、トンネル工事だって硬い岩盤にぶち当たれば発破させるのだ。破壊できるかは置いておくとしても、方法としては理に適っている。

「なるほど。確かに盲点ではある。しかし、それが原因で黒き厄災の怒りを買ってしまっては意味がない」

「そんなことはわかってるわよ。そういう時の為に九条がいるんでしょ?」

「がははっ……流石は金の鬣きんのたてがみを屠っただけの事はある。ケシュア殿からの信頼は厚そうですな、九条殿」

 上手く返されたとばかりに、声を上げて笑うバモス。
 勝手に誤解するなと言いたいところではあるが、ここで仲違いをして不信感を与えるのは得策ではない為、ひとまずは黙っておく。

「では、九条殿の意見をお聞かせ願えますかな?」

「……単刀直入に言いましょう。俺は黒き厄災の討伐を進言します」

 それは、場の空気が変わったのを肌で感じ取れるほどの緊張感であった。
 一瞬だが、俺を睨みつけたのは巨猪種オークのバモスと有翼種ハルピュイアのセシリア。そして土竜鼠種《グラットン》のリック。
 ある意味予想通りなのは、所謂彼等が魔王側に与していた一族だからだ。

「それは、我々が崇める対象を知っての発言と取ってよろしいか?」

「勿論です。俺はこの騒動を歴史の転換点と捉えています。一時的に封印し、また何時の日かそれが解かれてしまうかもしれない恐怖に怯えながら暮らすよりも、早期に決着を付け未来に憂いを残さない方が賢明であると考えます」

 尤もらしいことを、ありえないくらい真面目な表情で、心の底からグランスロードを心配しているのだと訴えかけるように抑揚全開で力説した。
 少々やり過ぎではあるが、信用を得るにはこれくらいが丁度いい。

「ふむ……。九条殿が我々の未来を憂慮してくれているのは、痛いほどよくわかった。しかし……」

 討伐する理由としては悪くないはずだが、すぐに答えが出るとは思ってはいない。
 俺は、獣人達が口には出せないであろうタブーを口にしたのだ。今は、それを意識させるだけで十分だろう。その小さな波紋は、やがて大きな波となって押し寄せるはず。
 これ以上の進展が望めなければ、最終的には俺の意見を通す以外に道はないのだ。
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