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第407話 グランスロード王国へと向けて

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 ローゼス達の乗って来た小さな馬車が2台と、乗り慣れてしまった場違いな巨大馬車が険しい山道をものともせず突き進む。
 俺達は王都スタッグを出発しミスト領のプラヘイムを北上、レナの故郷でもあるノースウェッジ領を目指していた。

「この辺りも懐かしいな。九条殿」

「そうだな……」

 ワダツミと共に、流れる景色に目を向ける。
 そこは、ノルディックにまんまと嵌められ、ダンジョン調査へと赴いた場所。
 巨大なワームとの戦闘を繰り広げ辛くも勝利を収めたが、それが灰の蠕虫はいのぜんちゅうと呼ばれていると知ったのは、暫く後のこと。
 その傷跡は生々しく残されていた。倒れた幾つもの巨木に、削り取られた山肌。あの時の出来事が、つい昨日の事のように思い浮かぶ。

「ここが、みんなで灰の蠕虫はいのぜんちゅうを倒したって所?」

「ああ」

 ミアの長い髪が、簾のように垂れ下がる。見上げると、そこには逆さになったミアの顔。
 カガリをほったらかしにして何をしているのかと思えば、ミアはハンモックの上ではしゃいでいた様子。
 馬車の中にハンモック? と驚かれるかもしれないが、それはただの荷物置き。
 バイスから借りた馬車は、俺の助言で内装が進化したのである。
 高い天井を生かして作られた網棚。そこに荷物を置く事で、車内はより広く感じられるようになった。
 所謂、電車のパクリである。ミア程度の体重なら、その上で暴れ回っても壊れたりはしないはずだ。
 異世界ならではだろう。元の世界でやろうものなら、SNSに晒され大炎上間違いなしである。

「それにしても、これほど大きな馬車は見たことがない。流石はプラチナプレートの冒険者ですな。専用の馬車をお持ちだとは……」

「いや、借り物ですから……」

 無料でいいから、後悔したくなければ持って行け……と、バイスから半ば強制的に貸し出された巨大馬車。
 一応は、グランスロード王国に行ったことがある経験者の意見。それを信じたのはいいのだが、険しい山道に馬の方が悲鳴を上げ、現在はカイエンが荷台を引いている。
 流石は熊といったところか。速度はそれほどでもないが、上り坂も意に介さず非常にパワフル。
 報酬は、カイエンが満足するだけの御馳走で手を打ってもらった。

「それで九条様。今後なのですが、いかがいたしましょう? ノースウェッジの領主様にご挨拶などは……」

 ローゼスの気遣いはありがたい。細かい所まで目の届く従者のお手本とも呼べる存在。それなのにケシュアときたら……。

「いえ、そこまで気になさらなくても結構ですよ。確かに面識はありますが、挨拶に伺うほどの仲ではないので……」

 レナの両親と顔を合わせるのはアレックスの結婚式以来だが、アポもなしに顔を出せるほどの関係ではない。
 相手だって忙しいだろう。立ち寄ったら声を掛けてくれとは言われていたが、それが社交辞令だろうことは理解している。

「かしこまりました。では、グランスロード王国に入ってからのことなのですが、少々迂回させていただいてもよろしいでしょうか?」

「別に構いませんが、何か用事ですか?」

「用事と言うよりは、安全策のようなものでして……」

 個人的にはさっさと終わらせて帰りたいので、最短距離を行ってもらいたい。
 何の為の安全策なのだろうか? 盗賊や野生の獣に負けるとは思われていないはずだが……。
 思い当たる節があるとすれば、悪路である可能性だろうか。雪国で舗装されていない道ならば、泥濘は当然。

「この馬車では、通れませんか?」

「いえ、そうではありません。……実は、帝国との交渉が思ったほど上手くいっていないのです。今回皆様方のお迎えが遅れたのも、それが主な要因でして……」

 申し訳なさそうではあるが、ローゼスが頭を下げる必要はない。その大元の原因は、俺なのだ。
 黒き厄災を管理していたのはグランスロード王国。その封印が解けシルトフリューゲル軍を一掃したともなれば、その矛先がどちらに向くかは想像に難くない。
 俺の所為で、グランスロード王国とシルトフリューゲル帝国の関係性が悪化したのだろう。
 とは言え、他国のことである。正直関係ないと突っぱねるのは簡単だが、面と向かって言われると罪悪感も湧いて来る。
 謝りたい気持ちは大いにあるが、今更言い出せるわけがない。今度はスタッグとグランスロードで対立が始まってしまう。
 逆に天下三分の計から着想を得て3国でバランスが取れないだろうかと思案するも、分不相応が過ぎると俺はすぐに考えるのを止め、結局口から出たのはただの気休めだ。

「そ……そうですか。……大変ですね……」

「恐らくは帝国も本気ではないでしょう。寒さ故にあまり作物も多くは育たない。人間が住むには厳しい土地です。そもそも我等獣人が極寒の地を拠点としているのは、罰のようなものですから……」

 グランスロード王国の成り立ちについては、少しだけネストから教わった。
 2000年前、魔王亡き後、獣人達は黒き厄災の監視という名目で北の地へと追いやられた。それが彼等の贖罪。
 オークやリザードマンなど、獣人達の中には魔王に協力していた種族もいたからだ。
 それが、獣人差別の始まりとも言われている。
 それから2000年という月日が経ち。差別は随分と緩和したが、シルトフリューゲルだけが懐疑的な立場を取っているのは、教会勢力の権能が強いからだろう。

 馬車内の空気はどんよりと重い。ローゼスになんと声を掛ければよいのか……。
 あなた達は悪くない? 辛い過去でしたね? 過去の事は水に流しましょう? 生きていればいいこともありますよ?
 どんな言葉を投げかけても薄っぺらく感じてしまうのは、俺がこの世界の住人ではないからだろう。
 当事者同士で話し合ってくれというのが正直なところだ。

 ガラガラと途切れず聞こえる馬車の音。薪ストーブは暖かく、このまま寝てしまえればどれだけ楽かと現実逃避もしたくなる。
 そんな中、どうにか雰囲気だけでも元に戻そうと慰めの言葉を考えていると、無神経にも吐き捨てるよう口を開いたのはケシュアだ。

「エルフとは大違いね……」

 その意味はすぐにわかった。それは、獣人であるローゼスには重くのしかかる言葉だろう。
 一瞬歪んだ表情を見せたローゼス。しかし、それを抑え込んだのは流石である。

「確かにそうですね。神に跪き裏切者を切り捨てれば、エルフと同等であったかもしれません。ですが、我等の御先祖様はかつての仲間を見捨てなかった。私はそれを間違いだとは思っていません」

 それがハイエルフという種を守る為、ダークエルフを切り捨てる選択した者達と、全てを受け入れた獣人の差なのだろう。
 種の存続を考えれば、どちらも間違ってはいない。だが、個人的には獣人達の方が好感は持てる。
 群れを大切にする獣にも似た考え方。かつての仲間を許すという度量の広さ。
 それは、自分の幸せも大事だが、他人の幸せも大事だという仏の教え利他行りたぎょうにも通ずるところがある。

 それよりも問題はケシュアだ。コイツは一体何がしたいのか……。
 世間では、エルフは大人しく獣人は荒事に向くなどと言われているようだが、この空間に限ってはどう考えても逆である。
 グランスロード王国まで、ローゼスとは一緒に旅をしなければならない仲間。それなのにこの居心地の悪い険悪なムード。頭を抱えずにはいられない。

「ケシュア。お前にはまだ罰が足りないみたいだな」
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