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第405話 情報交換
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目の前には正座したケシュア。今度は逃がさないよう両手は後ろで縛っている。
宿の主人には事情を話し、部屋は変えてもらった。窓の弁償は俺が一時的に立て替えたが、かかった費用はそっくりそのままケシュアに請求するつもりだ。
ケシュアを殺さないことを条件に、ローゼスには席を外してもらっている。部外者の目の前で、ネクロガルドの話を聞かれる訳にはいかないだろう。
これはケシュアに対する配慮であり、嘘偽りなく話してもらう為の処置である。
「なぜ、私を治療したの? ……九条は随分と甘いのね」
ケシュアが気絶している間、その身に負っていた無数の傷はミアが治療した。
小さなガラス片を取り除きながら、ひとつひとつ丁寧に……。それを知った上での第一声が、これである。
「そこは、ありがとうございますだろうが……。憎まれ口は叩けるのに、礼は言えないのか? あぁん?」
ケシュアを強く睨みつけやわらかな頬を鷲掴みにすると、反抗的な目は鳴りを潜め僅かに恐怖の色が宿る。
「あ……ありがとうございまひゅ……」
「俺にじゃない。ミアにだ」
「ありがとうございましゅッ!」
尖った口でやけくそ気味に声を張るケシュア。
気持ちが籠っていないからやり直し……と言いたいところだが、ひとまずはそれで目を瞑ろう。
掴んでいた頬から手を離すとホッとしたのか、その口調からは緊張を感じなくなった。
「まさか、九条に熊のお友達が増えていたなんてね……」
「俺の事は調査してるんだろう? ネクロガルドのお仲間は教えてくれなかったのか?」
それには何も答えないケシュア。先程とは違い、怯えているようには見えないが、反省しているようにも見えないのは若干の期待外れといったところか……。
「他のお友達はどうしたの?」
「留守番だよ。お前等みたいなのから村を守る為にな」
嘘ではないのだが、実際はただ東門の見張りを任せているだけ。
関所の建設が終わるまでは、誰かが見張りを継続するというのがネストとの約束。それを反故にするわけにはいかない。
案の定、従魔達で誰が俺について行くかで揉めた結果、その権利を勝ち取ったのはワダツミとカガリ。
俺のダンジョンに巣食っていたオーク共を退治した時、ワダツミとカガリは村でお留守番をしていた。そのことを未だ根に持っていたワダツミにツッコまれ、今回のお留守番はコクセイと白狐ということに。
カイエンは、ただ美味い飯が食えるからとついて来ただけ。寒さについては一応説明したのだが、しっかり飯を食えれば冬眠の心配はないらしい。
「俺の事はどうだっていい。それよりも言う事があるだろ? 何故、俺の秘密を喋った?」
ぎゅっと口を結び、視線を落とすケシュア。ガラリと変わった雰囲気には、重苦しさすら感じさせる。
「どうしようもなかったの……。言わないと殺すって脅されて……」
その弱々しい声に乗せられた悲壮感は悲運な少女を思わせるが、そうは問屋が卸さない。
「嘘ですね」
流石はカガリ。ミアとじゃれあっていながらも、それを聞いた途端ピタリと動きを止め、ケシュアを一刀両断である。
その温度差には、乾いた笑いが出てしまうほど。ケシュアの無駄な足掻きには呆れて物も言えない。
自分の荷物を置いてまで逃げ出そうとしたのだ。自覚はあるはずなのだが……。
「そういうのいいから……。カガリがいるんだからわかるだろ? それとも、俺を怒らせたいのか?」
「……九条なら仲間になってくれると思ったのよ! 自慢じゃないけど私達の勧誘を断る人は、そういない。だから……」
「だからなんだ? その実績があれば、俺が断らないとでも?」
捕らぬ狸の皮算用とは、まさにこの事。どうやらネクロガルドは、俺が仲間に入って当然なのだと考えている様子。
自信過剰も甚だしい。
「九条こそいいの? 今、私を殺せば今回の仕事は上手くいかないかもしれないわよ? ネクロガルドほど古代学に精通している者はいないわ」
確かにネクロガルドの歴史は古いのだろう。だが、それは俺にとって何の意味もなさない。
「別に構わんぞ? 俺は元々リリー様の顔を立てる為、依頼を請け負ったにすぎん。ローゼスには悪いが、面子が保たれればそれでいいんだ。グランスロードまで足を運び調査することが重要であって、その成否はどうだっていいんだよ。俺はそういう人間だってお前なら知ってるだろ?」
「くッ……」
そもそも、ケシュアの命を奪おうとは思っていないのだ。
罰を受けるのは当然だとしても、死を持って償えと言うのは、流石にやり過ぎである。
秘密をバラされたと言っても、それはネクロガルドの内部のみ。色々と付き纏われるのは癪に障るが、それだけだ。
「そこで提案だ。俺の秘密を漏らしたお前には、ネクロガルドの秘密を喋ってもらう。等価交換といこうじゃないか。そう悪い話じゃないだろ?」
無論、先に約束を反故にしたのはケシュアだ。その分は何かしらで上乗せしてもらうつもりなので実際等価とは言い難いが、死ぬよりはマシだろう。
ネクロガルドの秘密を知ることが出来れば、最悪俺の機嫌を損ねるようなことはしなくなるはず……。
何かの手違いでその理念に共感することが出来れば、俺がネクロガルドに加入するかもしれないサプライズも……。
いや、よっぽどな事がない限り、それはないか……。
視線を落とし、熟考するケシュア。しかし、その答えにはやや失望と言わざるを得ない。
「……幾つか言えないことはあるけど。それ以外なら……」
盛大に出る溜息。自分が条件を付けられる立場ではないことすらわかっていないようだ。
「それじゃぁ意味がないだろ。俺がお前みたいに口外するとでも? そのつもりなら、既にネクロガルドの名は世界中に轟いていると思うが? 俺がそうしなかったのは、お前等に配慮したんじゃない。ネクロガルドの中に世話になった奴等がいるからだ」
「仕方ないでしょ! 言えないものは言えないの! 私だって死にたくないもの!」
組織の秘密を喋れば殺される。よくあるパターンだ。だが、それが何だと言うのか。俺にはまるで関係がない。
口は災いの元とは良く言うが、秘密を漏らし秘密によって殺されるのなら自業自得。
若くしての死去は無念だろうが、念仏くらいは唱えてやろうではないか。
「わかった。お前に選択権をやろう。今死ぬのと後で死ぬの、どっちがいい?」
その意味はわかるだろう。勿論ハッタリだが、のらりくらりと話していても埒が明かない。
俺に殺されるか、組織の秘密を喋って生き長らえるか……。
「後での方がいいに決まってるでしょ!」
「じゃぁ、話せよ。俺の周囲に危害を加えない限り、お前達の事は決して口外しないと言ってるだろうが」
「だから、喋ると死んじゃうんだってばッ!」
自分で言うのもなんだが、俺は慈悲深い方だと自負している。我慢強いと言い換えてもらっても構わない。
それは仏の教えによるものであり、忍辱という。要は『怒らない』という意味だ。
怒りとは瞋恚と呼ばれ、積み上げてきた善行を台無しにすると言われている。僧としての修行が、水の泡になってしまうのである。
とは言え、ここは異世界だ。今更何を……とも思うかもしれないが、それが自分の生き方であり、変える気はない。
だからこそ、ケシュアとの対話の場を設けた。人は反省のできる生き物だ。情状酌量の機会は与えた。
だが、それもここまで。相手に聞き分けがなければ、苛立ちもする。
女性に手を上げるのは不本意だが、痛い目を見なければわからないと言うならば、致し方あるまい。
「よし、ケシュア。お前ちょっと歯ァ食いしばれ」
宿の主人には事情を話し、部屋は変えてもらった。窓の弁償は俺が一時的に立て替えたが、かかった費用はそっくりそのままケシュアに請求するつもりだ。
ケシュアを殺さないことを条件に、ローゼスには席を外してもらっている。部外者の目の前で、ネクロガルドの話を聞かれる訳にはいかないだろう。
これはケシュアに対する配慮であり、嘘偽りなく話してもらう為の処置である。
「なぜ、私を治療したの? ……九条は随分と甘いのね」
ケシュアが気絶している間、その身に負っていた無数の傷はミアが治療した。
小さなガラス片を取り除きながら、ひとつひとつ丁寧に……。それを知った上での第一声が、これである。
「そこは、ありがとうございますだろうが……。憎まれ口は叩けるのに、礼は言えないのか? あぁん?」
ケシュアを強く睨みつけやわらかな頬を鷲掴みにすると、反抗的な目は鳴りを潜め僅かに恐怖の色が宿る。
「あ……ありがとうございまひゅ……」
「俺にじゃない。ミアにだ」
「ありがとうございましゅッ!」
尖った口でやけくそ気味に声を張るケシュア。
気持ちが籠っていないからやり直し……と言いたいところだが、ひとまずはそれで目を瞑ろう。
掴んでいた頬から手を離すとホッとしたのか、その口調からは緊張を感じなくなった。
「まさか、九条に熊のお友達が増えていたなんてね……」
「俺の事は調査してるんだろう? ネクロガルドのお仲間は教えてくれなかったのか?」
それには何も答えないケシュア。先程とは違い、怯えているようには見えないが、反省しているようにも見えないのは若干の期待外れといったところか……。
「他のお友達はどうしたの?」
「留守番だよ。お前等みたいなのから村を守る為にな」
嘘ではないのだが、実際はただ東門の見張りを任せているだけ。
関所の建設が終わるまでは、誰かが見張りを継続するというのがネストとの約束。それを反故にするわけにはいかない。
案の定、従魔達で誰が俺について行くかで揉めた結果、その権利を勝ち取ったのはワダツミとカガリ。
俺のダンジョンに巣食っていたオーク共を退治した時、ワダツミとカガリは村でお留守番をしていた。そのことを未だ根に持っていたワダツミにツッコまれ、今回のお留守番はコクセイと白狐ということに。
カイエンは、ただ美味い飯が食えるからとついて来ただけ。寒さについては一応説明したのだが、しっかり飯を食えれば冬眠の心配はないらしい。
「俺の事はどうだっていい。それよりも言う事があるだろ? 何故、俺の秘密を喋った?」
ぎゅっと口を結び、視線を落とすケシュア。ガラリと変わった雰囲気には、重苦しさすら感じさせる。
「どうしようもなかったの……。言わないと殺すって脅されて……」
その弱々しい声に乗せられた悲壮感は悲運な少女を思わせるが、そうは問屋が卸さない。
「嘘ですね」
流石はカガリ。ミアとじゃれあっていながらも、それを聞いた途端ピタリと動きを止め、ケシュアを一刀両断である。
その温度差には、乾いた笑いが出てしまうほど。ケシュアの無駄な足掻きには呆れて物も言えない。
自分の荷物を置いてまで逃げ出そうとしたのだ。自覚はあるはずなのだが……。
「そういうのいいから……。カガリがいるんだからわかるだろ? それとも、俺を怒らせたいのか?」
「……九条なら仲間になってくれると思ったのよ! 自慢じゃないけど私達の勧誘を断る人は、そういない。だから……」
「だからなんだ? その実績があれば、俺が断らないとでも?」
捕らぬ狸の皮算用とは、まさにこの事。どうやらネクロガルドは、俺が仲間に入って当然なのだと考えている様子。
自信過剰も甚だしい。
「九条こそいいの? 今、私を殺せば今回の仕事は上手くいかないかもしれないわよ? ネクロガルドほど古代学に精通している者はいないわ」
確かにネクロガルドの歴史は古いのだろう。だが、それは俺にとって何の意味もなさない。
「別に構わんぞ? 俺は元々リリー様の顔を立てる為、依頼を請け負ったにすぎん。ローゼスには悪いが、面子が保たれればそれでいいんだ。グランスロードまで足を運び調査することが重要であって、その成否はどうだっていいんだよ。俺はそういう人間だってお前なら知ってるだろ?」
「くッ……」
そもそも、ケシュアの命を奪おうとは思っていないのだ。
罰を受けるのは当然だとしても、死を持って償えと言うのは、流石にやり過ぎである。
秘密をバラされたと言っても、それはネクロガルドの内部のみ。色々と付き纏われるのは癪に障るが、それだけだ。
「そこで提案だ。俺の秘密を漏らしたお前には、ネクロガルドの秘密を喋ってもらう。等価交換といこうじゃないか。そう悪い話じゃないだろ?」
無論、先に約束を反故にしたのはケシュアだ。その分は何かしらで上乗せしてもらうつもりなので実際等価とは言い難いが、死ぬよりはマシだろう。
ネクロガルドの秘密を知ることが出来れば、最悪俺の機嫌を損ねるようなことはしなくなるはず……。
何かの手違いでその理念に共感することが出来れば、俺がネクロガルドに加入するかもしれないサプライズも……。
いや、よっぽどな事がない限り、それはないか……。
視線を落とし、熟考するケシュア。しかし、その答えにはやや失望と言わざるを得ない。
「……幾つか言えないことはあるけど。それ以外なら……」
盛大に出る溜息。自分が条件を付けられる立場ではないことすらわかっていないようだ。
「それじゃぁ意味がないだろ。俺がお前みたいに口外するとでも? そのつもりなら、既にネクロガルドの名は世界中に轟いていると思うが? 俺がそうしなかったのは、お前等に配慮したんじゃない。ネクロガルドの中に世話になった奴等がいるからだ」
「仕方ないでしょ! 言えないものは言えないの! 私だって死にたくないもの!」
組織の秘密を喋れば殺される。よくあるパターンだ。だが、それが何だと言うのか。俺にはまるで関係がない。
口は災いの元とは良く言うが、秘密を漏らし秘密によって殺されるのなら自業自得。
若くしての死去は無念だろうが、念仏くらいは唱えてやろうではないか。
「わかった。お前に選択権をやろう。今死ぬのと後で死ぬの、どっちがいい?」
その意味はわかるだろう。勿論ハッタリだが、のらりくらりと話していても埒が明かない。
俺に殺されるか、組織の秘密を喋って生き長らえるか……。
「後での方がいいに決まってるでしょ!」
「じゃぁ、話せよ。俺の周囲に危害を加えない限り、お前達の事は決して口外しないと言ってるだろうが」
「だから、喋ると死んじゃうんだってばッ!」
自分で言うのもなんだが、俺は慈悲深い方だと自負している。我慢強いと言い換えてもらっても構わない。
それは仏の教えによるものであり、忍辱という。要は『怒らない』という意味だ。
怒りとは瞋恚と呼ばれ、積み上げてきた善行を台無しにすると言われている。僧としての修行が、水の泡になってしまうのである。
とは言え、ここは異世界だ。今更何を……とも思うかもしれないが、それが自分の生き方であり、変える気はない。
だからこそ、ケシュアとの対話の場を設けた。人は反省のできる生き物だ。情状酌量の機会は与えた。
だが、それもここまで。相手に聞き分けがなければ、苛立ちもする。
女性に手を上げるのは不本意だが、痛い目を見なければわからないと言うならば、致し方あるまい。
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