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第399話 毛皮のその後
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「九条さん、ミアちゃん。行ってきます!」
「ええ。お気を付けて」
「いってらっしゃーい」
見知らぬ商人について行く1人の村人が擦れ違いざまに手を振ると、俺とミアはそれを笑顔で見送る。
あれから1ヵ月。村の東門には商人達が列を成すようになった。
ブルーグリズリーに襲われない――。商人達にとっては夢のような話だろう。だからこそすぐには信用されず、滑り出しは悪いと予想していた。
しかし、蓋を開けてみれば大盛況。食堂の熊肉料理無料という話から、俺がブルーグリズリーを殺して回っているという噂が広まり、曲解された挙句、俺の耳に入る頃にはブルーグリズリーは絶滅したなどという尾ヒレまで付いていたのである。
何故それを信じたのか理解に苦しむが、早合点した商人達が村へと集まってしまい、ネストと共に対応に追われたのだ。
もちろん絶滅なぞしていない。俺の隣には常にカイエンがついている。
村人達に慣れてもらう為だったのだが、それは商人達を黙らせるには必要十分。
村の広場に商人達を集め、記者会見かと思うほどの質問攻めに辟易としながらも、ネストはこれを好機とばかりに通行税の導入を説明し、商人達の理解を得たのである。
プラチナプレート冒険者のお墨付きだ。数日後に出来た商人達の行列を見て「少し安すぎたかしら?」と本気で悩んでいたネストの顔は、守銭奴のようでもあったが、ひとまずは好調な滑り出しに安堵しているかのようにも見えた。
通行税の回収は軌道に乗ったと言えるが、東門を関所として改修する計画は思ったほど進んではいない。
俺が掘っていたトンネルの残土を再利用する計画だったらしいが、それは予定よりも少なかった。
その理由はハッキリしている。フードルが張り切ってしまったからだ。
俺はそれほど気にしていなかったのだが、フードルがブルーグリズリーの件で出てしまったトンネル工事の遅れを取り戻そうとしてくれたのだ。
おかげで予定していた工期は大幅に短縮し、半月ほどで竣工。大々的に落成式が出来ないのは残念だが、ダンジョンまでの連絡通路はひっそりと完成し、炭鉱側の入口は107番と同様に埋め立てられたのである。
既にネストは王都へと帰還し、後はグランスロード王国の迎えとやらを待つばかりなのだが……。
「うーむ……。やっぱり新品の肌着は着心地がな……」
「わかる。ゴワゴワするよね」
隣でカガリに跨りながらも、うんうんと頷くミア。
日本の肌触りの良い下着が懐かしくも感じてしまうのは、その殆どをネストに押収されてしまったからだ。
病院のボロボロのスリッパに手術着。俺の匂いがついているであろう物は、ほぼ全て。
下着泥棒も真っ青になるだろう量が押収されたが、もちろんタダではない。
商人達が東門を抜ける為の通行税。そこから捻出された一部が、俺へと還元されているのだ。
興味がなかったので通行税がいくらなのかは聞いていないが、1日平均で金貨10枚ほどが手元に入ってくる計算だ。
ピークを過ぎればある程度の目減りはするだろうが、それでも十分な稼ぎである。
東門が見えてくると、その周りにはワダツミとその眷属達が集まっていた。
「おお、九条殿。今日も問題はないぞ」
ワダツミ達は東門の守護担当。外敵からの襲撃に備えているのはもちろん、商人達が通行税を払わずに強行突破しないよう内側も見張っているのだ。
通行税を踏み倒すのは100歩譲って目を瞑るとしても、村人を連れずに東の森を抜けようとすれば、どうなるかは想像に難くない。
今のところ問題は起きていないが、それも東門の改修が終わるまでの話。
現在、通行税の納付先は一時的に冒険者ギルド預かりとなっているが、東門が関所として機能すれば、門兵が置かれネストの方で管理する手はずになっている。
「それで、九条殿は何処かへ外出か?」
「いいや。ここにはついでに様子を見に来ただけだが……何故そう思う?」
「ミア殿が嬉しそうだからな」
「これから、おにーちゃんとお洋服を見に行くんだよ?」
ミアからワダツミへと向けられる満面の笑み。
その言葉はわからないはずなのに、俺の答えから何を聞かれたのかを連想したのだろう。
敏感というか、聡いというか……。ミアの洞察力には、毎度の事ながら驚かされる。
「頼んでいた物を受け取るだけだ。余計な物は買わないからな」
俺達が向かっている先は、衣料品店……と言いたいところだが、実際はただの防具屋である。
「いらっしぇいませぇ!」
防具屋の扉を開けると、威勢のいい挨拶が店内に響き渡る。
「九条だが、頼んだ物は出来てるか?」
「もちろんですよ九条さんッ!」
防具屋のせがれが裏から持って来たのは、綺麗に畳まれた大きな黒い毛の塊。
その1着を、これ見よがしにバサッと広げて見せる。
「どうです九条さん。この黒光りするほどの艶は!?」
見せびらかすように近づける防具屋のせがれ。
少々うっとおしいが、その出来栄えは見事なもの。
「すごいあったかそう!」
ミアがキラキラと目を輝かせて見ているそれは、ブルーグリズリーの毛皮で作ったフード付きのマントである。
俺達がこれから向かうであろうグランスロード王国は極寒の地。ハーヴェストで買ったコートでは少々心もとないとのことだったので、余っていたブルーグリズリーの毛皮を使い防寒具へと加工してもらったのである。
熊肉同様、これも命を頂くという事に変わりはない。それを無駄にしない為にも丁度良かった。
「どう? おにーちゃん」
防具屋のせがれから子供用サイズのマントを受け取ると、手早く羽織って見せるミア。
日本ではマントを羽織るなどという習慣がなかった為、言われるまで気付きもしなかった防寒具。
首元の金具を留めると、全身を覆うポンチョといった風貌だ。
「ああ。良く似合ってるよ……」
「えへへ……」
はにかんだ笑顔は愛らしく、嬉しそうなのはなによりなのだが、カガリからの視線は痛い。
嘘をついた訳ではない。しかし、その毛皮で全身を覆い、フードを被ってしまえば、それはもう巨大な黒いてるてる坊主。
似合う似合わない以前の問題であり、評価のしようがないのである。
「よく似合ってるよミアちゃん。やり手の暗殺者みたいだ」
ミア相手に笑顔を作り、一生懸命手を揉む防具屋のせがれ。
それは褒めているのだろうか? 俺のボキャブラリーからは出てこない褒め言葉である。
「耐水性と耐久性はウサギの毛皮より良く、保温性はウルフの比ではありません。手触りもいいでしょう? 丹精込めて仕上げましたから……。ああ、そうだ。お手入れには気を付けてくださいね? 毛皮製品は濡れたままにしておくと、すぐにカビが生えてしまいますので……」
「ああ。その辺りはミアが知っているから大丈夫だ。それでお代は……」
「お代は結構です。村を救ってくれた恩人からは頂けません」
突然の申し出に、シンと静まり返る店内。
ありがたい話ではあるが、そうはいかない。
「そういうのいいから……。対価はちゃんと払うと言ったはずだ」
人から感謝されるというのは、悪くない。だが、見返りが欲しくて村を助けた訳ではないのだ。
逆にそう思われているなら心外である。
払う物は払い、必要なら頂く。後腐れのない関係の方が、余計な事を考えずに済む。
俺にとっては、そのほうが気楽でいい。
「だから言ったろう。お代は貰っておけと……」
何処からか聞こえてきたしわがれた声。同時に奥から出てきたのは腰の曲がった灰髪の老婆だ。
「ばぁちゃん!?」
防具屋のせがれの祖母だろう。よろよろと出てきたかと思えば、ゆっくりと顔を上げニコリと微笑む。
「4着で金貨40枚頂戴しますよ。九条さん」
「わかりました」
持っていた革袋から言われた額を手渡すと、老婆はそれをゆっくりと懐に仕舞い、僅かばかりの会釈。
「これからも御贔屓に……」
「ええ。機会があれば是非」
そのやり取りを納得のいかなそうな顔で見ていたのはミアだ。
何故か防具屋のせがれも同様の視線を祖母に向けていたのだが、余計な口出しはせずに俺達はその場を後にした。
「ええ。お気を付けて」
「いってらっしゃーい」
見知らぬ商人について行く1人の村人が擦れ違いざまに手を振ると、俺とミアはそれを笑顔で見送る。
あれから1ヵ月。村の東門には商人達が列を成すようになった。
ブルーグリズリーに襲われない――。商人達にとっては夢のような話だろう。だからこそすぐには信用されず、滑り出しは悪いと予想していた。
しかし、蓋を開けてみれば大盛況。食堂の熊肉料理無料という話から、俺がブルーグリズリーを殺して回っているという噂が広まり、曲解された挙句、俺の耳に入る頃にはブルーグリズリーは絶滅したなどという尾ヒレまで付いていたのである。
何故それを信じたのか理解に苦しむが、早合点した商人達が村へと集まってしまい、ネストと共に対応に追われたのだ。
もちろん絶滅なぞしていない。俺の隣には常にカイエンがついている。
村人達に慣れてもらう為だったのだが、それは商人達を黙らせるには必要十分。
村の広場に商人達を集め、記者会見かと思うほどの質問攻めに辟易としながらも、ネストはこれを好機とばかりに通行税の導入を説明し、商人達の理解を得たのである。
プラチナプレート冒険者のお墨付きだ。数日後に出来た商人達の行列を見て「少し安すぎたかしら?」と本気で悩んでいたネストの顔は、守銭奴のようでもあったが、ひとまずは好調な滑り出しに安堵しているかのようにも見えた。
通行税の回収は軌道に乗ったと言えるが、東門を関所として改修する計画は思ったほど進んではいない。
俺が掘っていたトンネルの残土を再利用する計画だったらしいが、それは予定よりも少なかった。
その理由はハッキリしている。フードルが張り切ってしまったからだ。
俺はそれほど気にしていなかったのだが、フードルがブルーグリズリーの件で出てしまったトンネル工事の遅れを取り戻そうとしてくれたのだ。
おかげで予定していた工期は大幅に短縮し、半月ほどで竣工。大々的に落成式が出来ないのは残念だが、ダンジョンまでの連絡通路はひっそりと完成し、炭鉱側の入口は107番と同様に埋め立てられたのである。
既にネストは王都へと帰還し、後はグランスロード王国の迎えとやらを待つばかりなのだが……。
「うーむ……。やっぱり新品の肌着は着心地がな……」
「わかる。ゴワゴワするよね」
隣でカガリに跨りながらも、うんうんと頷くミア。
日本の肌触りの良い下着が懐かしくも感じてしまうのは、その殆どをネストに押収されてしまったからだ。
病院のボロボロのスリッパに手術着。俺の匂いがついているであろう物は、ほぼ全て。
下着泥棒も真っ青になるだろう量が押収されたが、もちろんタダではない。
商人達が東門を抜ける為の通行税。そこから捻出された一部が、俺へと還元されているのだ。
興味がなかったので通行税がいくらなのかは聞いていないが、1日平均で金貨10枚ほどが手元に入ってくる計算だ。
ピークを過ぎればある程度の目減りはするだろうが、それでも十分な稼ぎである。
東門が見えてくると、その周りにはワダツミとその眷属達が集まっていた。
「おお、九条殿。今日も問題はないぞ」
ワダツミ達は東門の守護担当。外敵からの襲撃に備えているのはもちろん、商人達が通行税を払わずに強行突破しないよう内側も見張っているのだ。
通行税を踏み倒すのは100歩譲って目を瞑るとしても、村人を連れずに東の森を抜けようとすれば、どうなるかは想像に難くない。
今のところ問題は起きていないが、それも東門の改修が終わるまでの話。
現在、通行税の納付先は一時的に冒険者ギルド預かりとなっているが、東門が関所として機能すれば、門兵が置かれネストの方で管理する手はずになっている。
「それで、九条殿は何処かへ外出か?」
「いいや。ここにはついでに様子を見に来ただけだが……何故そう思う?」
「ミア殿が嬉しそうだからな」
「これから、おにーちゃんとお洋服を見に行くんだよ?」
ミアからワダツミへと向けられる満面の笑み。
その言葉はわからないはずなのに、俺の答えから何を聞かれたのかを連想したのだろう。
敏感というか、聡いというか……。ミアの洞察力には、毎度の事ながら驚かされる。
「頼んでいた物を受け取るだけだ。余計な物は買わないからな」
俺達が向かっている先は、衣料品店……と言いたいところだが、実際はただの防具屋である。
「いらっしぇいませぇ!」
防具屋の扉を開けると、威勢のいい挨拶が店内に響き渡る。
「九条だが、頼んだ物は出来てるか?」
「もちろんですよ九条さんッ!」
防具屋のせがれが裏から持って来たのは、綺麗に畳まれた大きな黒い毛の塊。
その1着を、これ見よがしにバサッと広げて見せる。
「どうです九条さん。この黒光りするほどの艶は!?」
見せびらかすように近づける防具屋のせがれ。
少々うっとおしいが、その出来栄えは見事なもの。
「すごいあったかそう!」
ミアがキラキラと目を輝かせて見ているそれは、ブルーグリズリーの毛皮で作ったフード付きのマントである。
俺達がこれから向かうであろうグランスロード王国は極寒の地。ハーヴェストで買ったコートでは少々心もとないとのことだったので、余っていたブルーグリズリーの毛皮を使い防寒具へと加工してもらったのである。
熊肉同様、これも命を頂くという事に変わりはない。それを無駄にしない為にも丁度良かった。
「どう? おにーちゃん」
防具屋のせがれから子供用サイズのマントを受け取ると、手早く羽織って見せるミア。
日本ではマントを羽織るなどという習慣がなかった為、言われるまで気付きもしなかった防寒具。
首元の金具を留めると、全身を覆うポンチョといった風貌だ。
「ああ。良く似合ってるよ……」
「えへへ……」
はにかんだ笑顔は愛らしく、嬉しそうなのはなによりなのだが、カガリからの視線は痛い。
嘘をついた訳ではない。しかし、その毛皮で全身を覆い、フードを被ってしまえば、それはもう巨大な黒いてるてる坊主。
似合う似合わない以前の問題であり、評価のしようがないのである。
「よく似合ってるよミアちゃん。やり手の暗殺者みたいだ」
ミア相手に笑顔を作り、一生懸命手を揉む防具屋のせがれ。
それは褒めているのだろうか? 俺のボキャブラリーからは出てこない褒め言葉である。
「耐水性と耐久性はウサギの毛皮より良く、保温性はウルフの比ではありません。手触りもいいでしょう? 丹精込めて仕上げましたから……。ああ、そうだ。お手入れには気を付けてくださいね? 毛皮製品は濡れたままにしておくと、すぐにカビが生えてしまいますので……」
「ああ。その辺りはミアが知っているから大丈夫だ。それでお代は……」
「お代は結構です。村を救ってくれた恩人からは頂けません」
突然の申し出に、シンと静まり返る店内。
ありがたい話ではあるが、そうはいかない。
「そういうのいいから……。対価はちゃんと払うと言ったはずだ」
人から感謝されるというのは、悪くない。だが、見返りが欲しくて村を助けた訳ではないのだ。
逆にそう思われているなら心外である。
払う物は払い、必要なら頂く。後腐れのない関係の方が、余計な事を考えずに済む。
俺にとっては、そのほうが気楽でいい。
「だから言ったろう。お代は貰っておけと……」
何処からか聞こえてきたしわがれた声。同時に奥から出てきたのは腰の曲がった灰髪の老婆だ。
「ばぁちゃん!?」
防具屋のせがれの祖母だろう。よろよろと出てきたかと思えば、ゆっくりと顔を上げニコリと微笑む。
「4着で金貨40枚頂戴しますよ。九条さん」
「わかりました」
持っていた革袋から言われた額を手渡すと、老婆はそれをゆっくりと懐に仕舞い、僅かばかりの会釈。
「これからも御贔屓に……」
「ええ。機会があれば是非」
そのやり取りを納得のいかなそうな顔で見ていたのはミアだ。
何故か防具屋のせがれも同様の視線を祖母に向けていたのだが、余計な口出しはせずに俺達はその場を後にした。
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