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第392話 義理と人情

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「5年前、俺達の縄張りが戦禍に塗れ森から火の手が上がった時、永遠に続くとも思えた山火事に獣達は逃げ惑った。当時縄張りを二分していたウルフ達は早急に西へと逃れ、俺達もそれを追ったが遅かったのだ。迫りくる火の手に倒れていく仲間達。もうダメかと思ったその時、目の前に洞窟を見つけた。そこがその魔族の住処であり、お前がキングと話していた場所。火の手が収まるまで俺達はそこで世話になったのだ」

 なるほど。魔族と一緒だったのなら、魔法の存在を知っていてもおかしくはない。
 だが、あの場所に避難は難しくないだろうか? ブルーグリズリーが何頭いたのか不明だが、あの大きさでは精々3、4頭が限度である。

「お前達が避難できるほど深くは見えなかったが?」

「当時は深い洞窟だった。俺達が森に帰った直後、出入口は土砂によって塞がれてしまった。俺達にとっては命の恩人だ。なんとか掘り返そうとしたんだが、力及ばず……」

「そうだったのか……」

 随分と義理堅いではないか。そこがブルーグリズリー達にとって大事な場所だと言うのも頷ける話だ。
 その辺りを縄張りとしているのも、世話になった魔族の生存を諦めてはいないのだろう。

「最近魔族かもしれないという者の目撃情報があってな。もしや別の出口から脱出したのではないかと探し回っていたのだ。その真偽を確かめるべく、人間達の村の周囲にまで足を伸ばすことも多々あった事は認める」

 恐らくシルトフリューゲル軍の亡骸を運んだフードルを見たのだろう。
 どうりでブルーグリズリーの目撃情報が増えていた訳だ。人騒がせな……。
 それもこれも全てはヴィルヘルムとローレンスの所為である。
 バルザック達の怨みもまだ晴らせてはいないのだ。いずれはきっちりと落とし前を付けさせてもらうが、今はひとまず置いておこう。
 それよりも気になるのは、ブルーグリズリー達の言う魔族の存在である。

「お前達を助けたという魔族だが、角は生えていたか? 尻尾は?」

「魔族なのだから当然だろう?」

「ふむ……。角は折れたり傷ついていたりしていなかったか? 色は何色だった?」

「マジマジと見たことはないが、損傷しているようには見えなかった。色は黒かったが……個体差でもあるのか?」

「いや、それならいいんだ……」

 両角が生え揃っていて無傷。そして色が黒いのであれば、魔力は十分足りている。更に尻尾まであるなら生命維持には何の支障もないはずだ。
 それは閉じ込められた洞窟内でも生存している確率が高いことを示しているが、ならば何故自分から出てこないのか?
 魔族は土いじりが得意なはず。フードルが見せてくれた物質を消してしまう魔法は崩落程度の土砂、軽く消し去ってしまえるだろう。
 それが出来ない理由があるのか、それとも自分の意志で出ようとしないだけなのか……。
 単純に亡くなっている可能性も無きにしも非ずだが……。

「その洞窟。掘り起こせなくもないが……どうする?」

 ダンジョンと村を繋ぐトンネルを掘っている幾人かをこちらに割り当てるだけでいいので造作もないが、ブルーグリズリーからすれば疑わしい話に聞こえるだろう。何せこちらにはなんのメリットもない。
 案の定、不審な目を向けられる。

「何を考えている?」

「ただの善意……と言いたいところだが、恐らくこちらにも不手際があったからな。その埋め合わせとでも考えてくれ」

「不手際だと? 何の事だ?」

「さっき言っていた魔族の目撃情報な。……アレ、多分俺の知り合いなんだ」

「バカも休み休み言うんだな。100歩譲ってお前が魔族をなんとも思わなくとも、魔族はそう思うまい」

「いやいや、嘘じゃない。なんなら会ってみるか? 村に連れてくることは出来ないが、お前を連れて行くことはできるぞ?」

 その言葉に目を丸くするブルーグリズリー。まるで変人でも見るような視線は少々癪に障るが、おかしなことを口走っている自覚はある。
 それだけこの世界では非常識な事なのだ。

「……正気か?」

「そう思うなら自分の目で確かめてみればいいだろ? ここから歩いて2時間程……。いや、お前達の足ならもっと速いだろうが、そう遠くはない。……と、言っても今日はもう遅い。出発は……そうだな……。明日の日の出前にするが……どうする?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺に、ブルーグリズリーは神妙な面持ちのまま、無言でこくりと頷いた。

 ――――――――――

「なんじゃ九条。こんな朝っぱらから……」

 眠そうな目を擦りながらも炭鉱の入口からアーニャと共に姿を見せたフードル。

「バカなッ!? 魔族だとッ! 何故人間なんかと一緒に……」

 知り合いの魔族に会わせる為に連れて来たのに、まるで魔族が出てこないと思っていたかのような驚き方をするブルーグリズリー。
 お前は人の話を聞いていたのかと小一時間問い詰めたいが、ウケ狙いであったとしたら秀逸なボケに笑い転げていただろう。
 ミアが獣の言葉を理解できないのが悔やまれる。

「なんじゃ? この熊は新しいお仲間か? いちいちワシに挨拶なぞせんでもよかろうに……」

「いや、そうじゃないんだ。実は……」

 今までの経緯をフードルに話すと、ほんの少しの笑顔を浮かべる。

「ほう。上手くいけばワシの同族が仲間になるということじゃな?」

「飛躍しすぎだ。まだそうとは決まってない」

 確かにフードルは仲間が出来て嬉しいのかもしれないが、正直俺は御免である。
 たとえ相手が歓迎しても、俺が性格に難アリと判断すれば、そこまでだ。縛りのない魔族を受け入れるのは難しい。

「5年以上も前の話だぞ? 亡くなっていてもおかしくないだろう?」

「たった5年じゃろ? ワシのような障害持ちならまだしも、健常であれば大事ない。……どれ、ワシも同行してやろう。その方が話し合いがスムーズに行くとは思わんか?」

「確かにそうだが……」

 そのつもりはなかったが、フードルが一緒ならいきなり攻撃されるようなこともないだろう。
 チラリと隣に目を配るも、驚きのあまり口が開けっ放しのブルーグリズリー。
 俺の視線には気付いていないようなので、そのデカイ顔を軽く叩いた。

「おい。どうするんだ? 嘘じゃなかっただろ? 洞窟を掘り返すのか、それとも諦めるのか。どっちでもいいが、諦めるならここで解散だ。あの場所のことは聞かなかったことにしておくが……」

 今まで見下して来た人間に力を借りると言うのだ。それなりに抵抗はあるはず。
 しかし、俺の声で我に返ったブルーグリズリーは、地面に鼻がついてしまうだろう勢いで頭を下げた。

「頼む! 掘るのを手伝ってくれッ!」

 ぎゅっと強く瞑られた目。自分達のプライドよりも恩人を優先しようというその意思は、俺を動かすには十分な熱意であった。
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